また今回は卒業後を想定しています。彼女はGEでも走る以外の道もあると明言していますし、こういう路線を行きそうだなぁと思いながら書きました。彼女自身が所謂「トレウマ勢」にはあんまり見えないので、そこの整合性もつけつつ、という感じですかね。
色々な意味で、緊張していた。久しぶりに担当に会う、というのもある。彼女が急に、久しぶりに逢瀬でもしてくれんかのう、と軽い調子で言ってきて、まあ自分もその日はオフだし、大丈夫と伝えて待ち合わせの時間を決めて、今に至る、のだが。しかし、一番の問題は。
「……どんな格好で来るんだ?」
思わず、声が出ていた。彼女の――自分の担当ウマ娘、ノーリーズンの私服は、はっきり言って、ダサい。赤い法被のような上着に、白地のタンクトップにはデカデカと筆文字で『天下統一』。ボトムスは茶色のステテコ。とはいえ今の彼女は花の女子大生、多少はファッションにも気を遣って……と、思いたいところだが。前に会った二ヶ月程前の彼女の格好は、やはり同じだった。そもそも、花の女子大生と言うならあの頃の彼女は花の女子高生だった訳で。
「いや、別に俺は良いけど、流石にもうちょっと、なあ。……まぁ、あいつにしても、彼氏でも無い俺にそんな気を遣う事もないだろうが……」
そう、呟く。その通り、俺は彼女のトレーナー――軍師で、彼女は一競技ウマ娘。それだけだ。それが本来あるべき姿、の筈だが。しかし実際には、そうは上手く行かないもので。特にウマ娘の側が、トレーナーに行き過ぎた感情を持つ事は多い。トレーナーは若ければ二十代前半、高等部の娘達からすればさほど離れた年齢でも無く、そしてトレーナーへの道は難関そのものだ。自分で言うのも何だが、相当“できる”人間が揃っている。しかも専属トレーナーとなれば、そんなトレーナーがずっと、自分の事を考えてくれるのだ。例えば三冠を制したミスターシービー、その両親はトレーナーとその担当で、半ば駆け落ちして結ばれたというのは有名な話だ。また近いところで言えば、トリプルティアラを達成したスティルインラブとそのトレーナーは、端から見ていても明らかにそういう関係ではと思わせる程の親密ぶりだったが、ついにはスティルがまずいなくなり、それを追ってトレーナーもいなくなり、そして二人して帰ってきた。そこからは、もうはっきり言って「そういう関係」にしか見えなくなっている。
とはいえ、あいつに限ってそれは無い、と思う。おそらく学園中の未婚のトレーナーとその担当ウマ娘がくっついたとしても、無いだろう。そもそも彼女にそういう色恋沙汰への憧れも感じた事はない。彼女に信頼されているとは感じるが、それはあくまでトレーナー――彼女流に言うところの軍師としての信頼だろう。女が男に向ける様な情愛を、彼女から感じた事は無い。実際、卒業の時などは、実にあっさりしたものだった。たまに遊びに顔を出すかもしれんのう、位の事は言っていたが、笑顔で分かれたものだ。それを考えても、彼女にそういう感情は、少なくとも俺に対しては無いだろう。
「でも、いつかあの子にも、そういう時が来るんだろうか」
そんな事を、ふと思った。ノーリーズンが誰かに恋をする――あまり、想像できない。そんな風に思って苦笑している時、不意に声をかけられた。
「あのう……ごめん下さい」
聞き覚えの無い、非常に可愛らしい声だった。なんだろうと思いながら、声の主の方を見る。そして、あっと目を見開いた。
「にゃーっはっはっは! 愉快痛快、その顔が見たかったのじゃ!」
その声は、今まで散々聞いてきた、聞き慣れた声。しかし、それを発している人物に、戸惑いを隠せなかった。
「……え、あの、その……の、ノーリーズン……か?」
「なんじゃその言い方は! どこからどう見ても、お主の愛バの、ノーリーズンじゃろうがぁ!」
腰に手を当てて、彼女は怒る。いや、そうは言われても。あまりにも、想像の中の彼女と違いすぎたのだ。髪はストレートのロングになり、薄い桃色の上着と白いワンピース。なんというか、どこの良いところのお嬢様ですか……という感じで。
「いや、だって……えっ。この前大学のキャンパスで会った時は、今まで通りというか」
「今日は逢瀬と言うたであろうが! そういう日にいつも通りという事はあるまい? かの家康公と徳川勢は普段は質素倹約を旨としておったが、いざ戦となればその絢爛たる軍装は他を圧倒したと伝わっておる」
相変わらず、そういう事には詳しい。いや、それは当然か。今の彼女は、かつての競技者としての側面を完全に一度封印し、学問の道に突き進んでいる。伝統文化を守る為に、伝統文化をより詳しく知らねばと、大学の史学科に進学しているのだ。
「……まあ、うん。分かったよ。で、一体、今日は……」
「じゃから……逢瀬よ。まず昼食からじゃな。目を付けていた和食の店があるのじゃ。ほれ、行くぞ」
そう言って、彼女は俺の手を握る。彼女の体と触れ合う事など、過去に何度もあったのに。その時は、なんだかどきりとさせられた。
「あ……」
「予約はもう、してあるからの」
どこか、その声色も少ししっとりとしている。俺はもう、何も言えなかった。ただ、引かれるがまま、彼女と共に歩き出していた。
かつて、かの織田信長公が、初めて舅である斎藤道三公と会見すると言う時。道三公は信長をからかってやろうと折り目正しい格好の者達を並べ、自身はうつけと噂の婿殿がどんな奴か、一つ物陰から見てやろうと会見場所の前にある小屋に隠れていたそうな。すると現れた信長公は、なんと呆れた事に片肌脱ぎのだらしのない格好で柿を食いながらやって来たという。しかしその後ろには戦でもするのかという様な軍勢が続き、その槍や鉄砲の質量は斎藤家のそれを上回るものだった。道三公はその軍勢に驚きつつ、しかし婿殿はやはりうつけであるようだと思った。あの格好で、畏まった会見場に現れれば、彼は赤っ恥をかかされるであろう。
しかし、会見場に着いて待っていた道三公は、やがて現れた信長公の姿に愕然とした。彼はあの後、素早く正装に着替えて堂々たる姿で舅の前に現れたのだ。策謀家である舅の考えを、見抜いていたのであろう。道三公は信長公の才覚を認め、いずれ息子達は彼に屈するだろうと予言したという。
この話自体はどこまで本当かは、分からぬ。全て事実として、最後の予言は半分当たり、半分外れた。しかし、そんな事は今は置いておく。ここからは、大いに学ぶべき事があろう。
あやつは、ワシを色恋沙汰に疎い女と思うておる。着飾る事もできん女子と油断しておる。かつてはそうであった事は否定せんが、今は違う。人間、離れると気がつく事があると言う事じゃな。
それで、なんとかあやつともう一度、会いたくなった。そしてもう一度会ったら、今度こそは逃さぬ。そう思って策を練り、思いついたのがこれじゃった。ミラ子によると、『ギャップ萌え』なる言葉があるそうじゃが、言ってしまえばそれじゃの。
とはいえ、服のことはワシは疎い。それで、ミラ子やスティル殿などに色々と意見を聞いた。それで出来上がったのが、この出で立ちというわけよ。
そして、我が策はまずはハマったようじゃ。あやつの顔を見れば分かる。すっかり面食らって、ワシに主導権を譲り渡しおった。しかし、急いては事をし損じる。ワシはじっくり、固めていくぞ、覚悟しておれ――。