学園内のどこを探しても、彼女の姿は見えなかった。だから先に、クラスの皆に顔を見せる事にした。
あのぅ、と小声でそっと教室に入った彼女を真っ先に見つけたのは、マーベラスサンデーだった。相変わらずの元気で、彼女は両手を挙げて大声を上げる。
「あーっ! スティルー☆」
「きゃっ!?」
「えっ!?」
「なんだって!?」
全員の眼が、入り口の方へと注がれる。スティルは思わず身を竦めようとしたが、もはや間に合わない。瞬く間に、クラスメイト全員に取り囲まれてしまった。
「スティルさん!? どうして、ってか今まで何してたの!?」
「何も言わずにいなくなっちゃうんだもん、私達皆すっごく心配して!」
「嗚呼、今日この日が来る事を、私は分かっていたとも! 君が帰ってくる日の為に作っていたアリエッタも完成していてね!」
サウンズオブアースがそう情熱的に言った頃には、スティルは完全に身動きがとれなくなっている。アグネスデジタルだけは、少し離れたところで立ったままだった。というより、動けなかったのだ。とにかくこの目の前の光景を目に焼き付ける為に。
「妖精さんがスティルさんだって、なんで教えてくれなかったのよ! 言ってくれたら良かったのに、お礼も言えないままなんて、って思ってたんだから!」
クラスの誰かが言う。え、と思ってスティルが視線を横にやると、ロブロイが申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「ご、ごめんなさい。スティルさんがいなくなった後、当たり前ですけど『妖精さん』もいなくなって、皆不思議がったんです。それで、私が……」
妖精さん。スティルのあだ名の一つ、と言えるかもしれない。心優しい彼女は誰に頼まれるでも無く、クラスの皆の手伝いをしていた。影の薄い彼女の行動はほとんどの者に気がつかれず、彼女自身も己の行動を人に告げる事は無かった為にいつしか『妖精さん』の仕業という事になっていたのだった。当然、そのスティルがいなくなれば教室から『妖精さん』もいなくなる。どうしてだろうと不思議がる皆に、スティルを除けば唯一真相を知っていたゼンノロブロイがその正体を明かしたのだった。
「ずっと、ごめんね。色々してくれてたのに、私達ずっと知らんぷりしてて」
「い、いえ。別に、私が言わなかったので……」
「……スティルさん。でも、私、結構怒ってますからね」
ロブロイが静かな声で言うと、一瞬周りの空気がしんとなった。スティルも思わず体を硬くする。
「え、と。その」
「一言くらい、何か仰ってくれても良かったですよね。私達、いきなり聞かされたんですよ、貴方が退学届を出して、いなくなったって」
「……それ、は」
「私、お友達のつもりだったのに。……所詮、私達なんて、その位の」
そこまで言ったところで、彼女の言葉は止まった。ぽろぽろと、涙が落ちる。大きな耳が、ぺたんと垂れた。
「……うう、ごめんなさい。意地悪、言いました。怒ってます。怒ってますけど……寂し、かったんですよ。それ以上に」
「ごめん、なさい。本当に……私、その、考えなしに、動いてしまって」
二人を中心に、次第にすすり泣きの声が広がっていく。サウンズオブアースがバイオリンを取り出して、優しげな音楽を弾き始めた。その彼女も、静かに涙を流している。やがて落ち着いた皆は、しばしの間笑顔で再会を喜びあった。
しばらくして、スティルは教室を出た。クラスメートの皆とは、再会を喜び合えた。そうなれば、後は最後に、彼女の元へ。もう時刻は夕刻だ。或いは、もう寮に戻っているかも。そう思い、栗東寮に向かう。入り口では、話を既に聞いていたフジキセキも待っていた。
「……フジさん」
「お帰り」
そう言って、彼女は優しく抱きしめてくれた。スティルはその胸の中で、また少し泣いてしまった。
「ごめん、なさい。ご心配をお掛けして」
「君の部屋は、あのままだよ。私も、ずっと待ってたからね。でも、帰ってきてくれて、本当に良かった」
じゃあ、と言って彼女はスティルを一旦離す。
「ちゃんと、挨拶しないとね。さっき、帰ってきた筈だよ」
「ありがとうございます」
スティルは笑顔で会釈すると、寮の階段を上る。やがて、何度もくぐった扉の前に立つ。すう、と息を吸い込んで、優しく扉を叩いた。
「……大丈夫、だよ。スティルインラブ」
一瞬、驚いて動きが止まる。しかし、すぐにふふと笑った。そうだ。彼女は、そういう人だった。不思議な空気を纏った、捉えどころの無い少女。きっと、自分の行動も、お見通しだったのだろう。
「はい。……入ります、ね」
扉を開ける。室内のネオユニヴァースは、思い出の中の彼女と変わらず、優しい微笑みを浮かべていた。
「待って、いたよ」
「……お見通し、でしたか? 私が、帰ってくるのを」
「完全には、見えていなかったよ。でも、あなたのトレーナーさんを、“RELY”――そうして、良かった」
相変わらず、言っている事は分かる様な、分からない様な。ただ、ずっと自分を心配してくれていたのは、分かる。だから、時には警告さえしてくれた。
「貴方の、警告を……私は、無視してしまって」
「それが、良かったの、かも。“シンギュラリティ”……二回、起こったんだね。もう、大丈夫だよ。きっとこれからは、“HPED”に、向かっていける」
「はい。きっと、掴んで見せます。……これからも、お友達で、いて下さいね」
「……スフィーラ」
そういう彼女の顔は、どこか輝いて見えた。