ウマ娘トレウマ短編集   作:篠平才斗

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 歴史ものは好きなのです。スティルが歴史小説好きと言うのは、それもあって嬉しかったですね。なので前々作に続いて歴史を絡めた作品を一つ。
 前回はキンチェムの話を噛ませましたが、今回も実際に存在する歴史をモチーフにしています。こちらは競馬すら関係ありませんが。ただ知名度はそれなりにあると思います。

 以前、歴史上の名馬の逸話をウマ娘に置き換えると――というのを幾つか考えたのですが、これ小説とかにするのはセーフ何でしょうか。歴史上の馬で、競馬に関係ないところを選ぼうとするとまあどうしても戦争がらみになりますが、ウマ娘のガイドラインは暴力描写も当然禁止な訳で……どこまでなら許容されるんでしょうかね? 不透明なので現状踏み込んで書く事は無いですが。


愛しい貴方の傍らで――スティルインラブ

「劇の練習を、手伝って欲しい?」

 

 きょとんとした顔で、彼――スティルインラブのトレーナーは、そう言った。目の前には、ほんのりと頬を染めた、栗毛のウマ娘。

 

「はい。今度の感謝祭で、私達のクラスはお芝居をする事になりまして」

 

 彼女、スティルインラブはそう言うと、少し気恥ずかしそうに目線を逸らす。トレセン学園では春と秋に、ファン感謝祭を行っている。そこでは生徒達が、思い思いの企画をしてファンや他の生徒達を楽しませていた。

 

「なるほどね。どんなお話を?」

「あの、これ、なのですけれど」

 

 彼女がそう言いながらおずおずと差し出したのは、ホチキスで簡単に綴じられた紙束だった。表題には『白い龍の傍らで』とタイトルが記されている。トレーナーは受け取ると、ざっと流し読んだ。主人公は戦乱の時代に生まれた、ウマ娘の戦士。ただ、戦うシーンはあまり多くは無い。主眼はそちらではなく、所謂ラブロマンスものだった。

 

 彼女の仕える将軍は、まだ若いが勇敢で槍の天才。主人公は密かに彼に想いを寄せるが、身分違いの恋故に想いを告げる事は出来ずにいた。将軍は主君の命によって敵の城を攻める総大将を任され、見事にこれを達成する。将軍の勇名を恐れた敵の城主は、あっさりと降伏すると将軍を歓待し、更に彼の嫂で、今は未亡人の美人を是非妻に迎えて欲しいと言う。それを聞いていた彼女の胸中は揺れ動くが――と、そんな内容だ。

 

「……なんというか。これをやるの? 学生の劇って言ったら、俺は桃太郎とか……」

「小学生じゃ無いんですから、流石に」

 

 確かに、中等部の娘達が桃太郎は無い。スティルの言葉は最もだろう。しかし、それにしてもませているように彼は思った。今時の中学生はこんなものなのだろうか。

 

「で、スティルはどの役を」

「私、その。主人公、なんです」

「え?」

 

 思わず、そう聞き返してしまった。スティルは目立つのが好きでは無い。こんな役を自分から引き受けるような性格ではないのでは……と、思ったが。

 

「実は、その作品の作者が……母、でして」

「……そう言えば、お母さん、作家さんなんだっけ」

「はい。それで、ロブロイさんやアースさんが、絶対私がやるべきだ、と……。私が久しぶりに学園に帰ってきたんだから、とも」

 

 なんとなく、事情は飲み込めた。スティルが一時学園を去り、そして戻ってきた。ロブロイやアース達も、それは嬉しかったのだろう。だから、その歓迎も込めて、こういう計らいをしたのかもしれない。――或いは、自分達を心配させた、ある種の意趣返しかもしれないが。

 

「私も断ったのですが……一番このヒロインの気持ちが分かるのは、私の筈だと押し切られてしまって」

「なるほど。まあ、事情は分かったよ。ところで、この主人公……白龍? 白バってなってるけど、スティルは栗毛だろう、そこは?」

 

 最初のト書きで、主人公の白龍は白バ――文学的にウマ娘の毛色を表現したもので、白い毛のウマ娘をざっくりと示す言葉――と書かれている。スティルの髪色は栗毛だ。

 

「そこは、カツラとか、ヴェールとか……小道具で、それっぽくするつもりです」

「あ、そうか、それでいいのか……。じゃあ、やろうか。俺はどこをやれば良い?」

「そうですね。ここの、将軍の役をお願いできますか?」

 

 トレーナーは頷いて、まず台詞を小声で何度か呟いた。そして、一つ咳払いをすると、言った。

 

「……どうしたのだ、白龍。思い詰めた顔で、話とは」

「はい。どうして、先程の縁談……お断りになられたのですか」

 

 そう台詞を言うスティルの顔は、真剣なものだった。彼女は元々、歴史小説は好きだ。そして、彼女自身物語の中に没入し、時には自分がお話の主人公になったかのような夢を見て楽しむ事もある。役になりきるのは、慣れていた。その意味で、ロブロイ達の見立ては正しかったと言えるだろう。

 

「どうして、と言ってもな。先刻、殿に申し上げた通りだ。私には妻はいらぬ。それに、攻め落とした城主の家の未亡人を無理矢理手籠めにしたかの様に見られても、恥だ」

「でも、大殿様だってお認めになられたではありませんか。それなら、主君が認めた婚姻、悪い噂など立ちません。それに……私も先日、あの方をお見かけしましたが、未亡人と言ってもまだお若いですし、美しい……とても、お美しい方でした」

 

 彼女の声色は、いつもに比べて張り詰めている様に聞こえる。戦に生きるウマ娘として、凜とした感じを出そうとしているのだろう、とトレーナーは思った。そしてその凜とした声色の中に、かすかに切なさが滲み出る。上手い、と思った。そしてその上手さは、彼女より年上のトレーナーを思わずどきりとさせるに十分だった。

 

「確かに、美人だったな。私だって、別に美人が嫌いなわけじゃ無い」

「では、どうして」

「今はまだ、我が君は安定した地盤を固めたとは言い切れぬ。せめて一州、いやそれ以上を得ねば、いつまた敵の大軍に押し潰されぬとも限らぬ。我が君がそれだけの力を得るまでは、私も一息はつけないさ。いざという時には、私は我が君をお守りして戦場に散る。そうなった時、残された者は苦しむだろう。だから、殿が力を得て、私も一息つけるまでは、妻帯はせぬ。それは、ずっと前に決めていた」

 

 長台詞を噛まない様に、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。紡ぎながら、彼は奇妙な感覚に襲われる。この台詞を、本番で言うのは誰だろう。ウマ娘達のクラスでやる出し物なのだ。男役でも、ウマ娘が担当する事になるのだろう。男性的な華やかさも併せ持つサウンズオブアースか、英雄好きなゼンノロブロイ辺りだろうか。それが、何やら胸に引っかかる様な感覚があった。

 

「そう、ですか……」

 

 白龍――もとい、スティルは少しほっとした様な表情でそう言った。しかしすぐ、はっと不安そうな表情を浮かべる。

 

「申し訳ありません。殿の口ぶりですと、まるで既に、意中の方がおられる様な……不躾をお許し下さい、その様な方が、いらっしゃるのですか?」

「うん? ……ああ、いる」

 

 それを聞いたスティルの耳が、一瞬ピンと伸びて、そしてへたりと垂れた。表情はあえて変えず、しかしウマ娘の耳は表情よりも何倍も雄弁にその感情を表に見せる。白龍は凜とした戦士なのだ。しかし同時に、恋するウマ娘でもあるのだ。それを彼女は見事に演じてみせていた。その彼女を見て、トレーナーは本来抱いてはいけない筈の感情を燃え上がらせそうになる。最も、彼の場合はつい先日――あの、彼女に再び会えた花畑で、既に半ば吐露してしまっているのだが。それはそれとして、この場では、学園では守らねばならぬ一線がある。しかし、その彼の踏みとどまろうとする意思は、目の前の可憐な少女によって壊されつつあった。

 

「……そう、なのですね。私も、長く殿にお仕えしてきましたが……その様な方がいらっしゃるとは、存じ上げませんでした」

「ああ。彼女は、強い芯のある女性でな。強く、しかし誰よりも心優しく。そういう人だ」

 

 心臓が五月蠅い。どくどくと、その強い拍動は静まりそうに無い。それを感じながら、しかし同時に、むくむくと悪戯心が湧いてきた。このまま自分だけ、こんな風にさせられるのも不公平だ。そんな、ある種身勝手な感情が溢れ出てきた。だから、ついこんな「仕掛け」をしてしまった。

 

「いつも、私を支えてくれた。彼女のお陰で、今の自分がある。……そう言っても良い。見目も、貴族の娘の様な華やかさとは違うかもしれないが、私は愛しているよ。綺麗な栗毛の髪をした――」

「え?」

 

 スティルの表情が、固まった。

 

「あの、台詞が」

「吸い込まれそうな綺麗な瞳をしている。小柄で、あまり口が大きくないからお菓子を少しずつ食べる所は、まるでリスかハムスターみたいで愛らしい。澄んだ声も可憐だし、全てに一生懸命で……」

「と、トレーナーさん!!」

 

 スティルが、顔を真っ赤にして叫ぶ。それでも、彼は止まらなかった。

 

「俺が体調を崩した時は心配してくれて、お弁当を持ってきてくれた事もあった。あれは美味しかったな。なんて素敵な娘なんだろうと改めて思った。クラスの皆の為に、率先してお手伝いをしてる事も知ってる。後ゴルフが……」

「……っ!!」

 

 スティルはぱくぱくと口を開くものの、遂には言葉も出なくなる。やがて顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をして部屋を飛び出してしまった。折悪く、そこにスイープトウショウのトレーナーをやっている後輩が入ってくる。

 

「あのー……ちょっとご相談が……と思ったんですけど。大丈夫ですか……? 今物凄い勢いで、スティルちゃん走って行っちゃいましたけど……」

「……ちょっと、やりすぎちゃって」

 

 一気に冷静になった彼は、項垂れながら顔を手で隠してそう言った。その顔は、耳まで真っ赤に染まっている。この後輩にはとても、この表情は見せられない。見せる訳には、いかなかった。

 

 

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