「十年、バズーカ……?」
きょとんとした顔で、スティルが訊く。訊かれた相手は、大きく頷いた。
「そうそう、こいつを浴びるとな、なんとびっくり、十年後の姿になっちまうって代物だ!」
「……なんで、そんなものを持ってるんですか」
「え? ピンクのニンジャがくれた。これが今のトレンドだ、レッツゴーだって」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
「まあまあ、そんな事別にいいじゃねーか! 早速誰か、気になる相手に撃ってみろって!」
それだけ言って、彼女はさっさと行ってしまった。何故彼女が自分にこれを渡したのか。これは一体誰が作った、何の為に作った代物なのか。何も分からない。そもそも、何故彼女は、大して接点のない自分にこれを渡したのか。スティルには、何も分からないのだ。
「……というか、こんな武器みたいなものを、人に向かって撃つなんて……」
「大丈夫、だよ」
不意に、後ろから声を掛けられた。びっくりして振り返ると、ルームメイトのネオユニヴァースが、いつも通り少しぼんやりしたような表情で立っていた。
「それは、安全」
「……本当ですか?」
「アファーマティブ」
うーん、とスティルは唸り、そして信じる事にした。ユニヴァースの事は、深く信頼している。かつて自分が進む道が危ういと警告してくれた。優しく、そして自分には見えない何かが見えている、不思議な娘。
「と言っても、誰に……そうだ、トレーナーさんに撃ってみようかしら」
思い立ったが吉日。彼女は早速、バズーカを担いでトレーナー室に向かう。細身の少女とは明らかに不釣り合いのバズーカ、確実に浮きそうなものだが、誰もその違和感を指摘しない。確かに彼女は影が薄いところはあるが。
そうこうしている内に、彼女はトレーナー室に到着する。すうと息を吸い込んで、コンコンとドアをノックする。
「トレーナーさん、いらっしゃいますか?」
「うん? 大丈夫だよ」
彼の声は、いつも通り優しい。そんな彼に、安全と信じていてもこんなものを撃ち込むのは心が痛む。……とはいえ、ワクワクしている自分がいるのも事実。十年後のトレーナーさん。三十半ばという事になるが……
(どんなお姿に、なっているのでしょう)
そう思いながら、ガチャリとドアを開ける。トレーナーが顔を上げ、怪訝な表情を浮かべた。それはそうだ。目の前にいる担当が、物騒なものを構えてこちらを見ている。
「スティル……?」
「ごめんなさい!」
ぼん、と音を立てて、バズーカが打ち出される。トレーナーが煙に包まれ、そして――
「……あれ。なんか部屋が……って、スティル? なんで」
呆気にとられた表情のトレーナーが、そこにはいた。スティルは思わずバズーカを取り落とす。
「ほ、本当に、変わってる」
そこにいるのは、間違いなくトレーナーだった。あまり変わっていないように見えるが、しかし違う所もある。例えば、髪の色が黒い。今の彼は、僅かに茶髪なのだ。
「どういう事だ?……若いというか、学生だった頃の……」
「は、はい。あの、いたずらと言うか……」
「……疲れて、夢でも見てるのかな。確かに、君にはずっと言われている事だけど。仕事熱心なのは良いけど、もっと体を労わって欲しいって」
「じゃあ、今とあまり変わらないんです……うん?」
少し、彼の言葉が引っかかった。彼はそれには気付かず、話を続ける。
「でも、なんだか嬉しいな。夢でも、君に会えた」
「そ、そうですか? ……それなら、私も、嬉しいです」
「うん。なんというか、こうして見ると色々大きくなったね、君も」
「そうで……ちょっと、待ってください」
気が付いた。彼の言葉だと、まるで。
「あの。十年後の私を、トレーナーさんは御存じなんですか?」
「君に“トレーナーさん”って言われるの、久しぶりだね」
あ、あ、と声が漏れる。まさか、いや確かにそうなればいいと一人考えた事は何度もあるが。
「相変わらず、お菓子は大好きだよ。でも今の君ほどトレーニングはして無いからねぇ……この前は体重計に乗って悲鳴上げてたな。ゴキブリでも出たのかと思って行ったら、バスタオルだけの君がへたり込んでてさ。俺はそんなに気にしないけど……。コーヒーの淹れ方はどんどん上手になってるよ、カフェさんに教わったって言ってたね。随分社交的になったというか、結構自分からどんどん他の人と関わるようになってきてるかな。最近だと影が薄くて店員に気づかれない、みたいな事もほとんどなくなったね」
彼の話は随分具体的だ。それだけ、“十年後のスティルインラブ”とよく一緒にいるのだろう。というより、これはもう間違いなく。
「ああそうだ。もうすぐ三人目の……」
そこまで彼が言った所で、またもくもくと煙が上がる。あっと言う間に、トレーナーが若返る――正確には、元のトレーナーが戻ってきた。
「うわあっ!? ……あれ、スティル? あの娘は……? ……夢でも見てたのかなぁ……?」
不思議そうな顔をしながら、彼は髪を掻く。そんな彼を見ながら、スティルは先程の言葉を心の中で反芻していた。
(三人目? 三人目って何? トレーナーさんの担当の娘……? それとも、いや、多分……)
「スティル……? 顔、真っ赤だけど大丈夫……?」
「ひゃっ!? だ、大丈夫です! ただ、ちょっと……ごめんなさい!」
そう叫ぶと、彼女はだだだっと走り去ってしまった。後には事情も分からず、ぽかんとした表情を浮かべたトレーナーだけが残されたのだった。