【ヒカあか】報われない恋でもいいから   作:無名のヒカあか好き

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「幼馴染に恋をするのは、そんなに素敵なことじゃない」

 

会えない時間が想いを育てる。

育つのはどんな想いだろう。

 

 


 

 

 よく整理整頓された私室の中で一人、少女が携帯電話を片手に逡巡している。

電話帳から呼び出された番号は彼女の幼馴染が持つ携帯のもの。

少女は何度も発信ボタンを押しかけては止めることを繰り返し、それを数分繰り返した後、大きなため息とともに諦念を吐き出した。

 

 現在の日時は土曜日の13時過ぎ。

私的な連絡をするのには非常識、そのようなことは決して言えない時間。

 

 それでも普通の高校生である自分と既に社会人として働いてる幼馴染では事情が違いすぎる。

少女──藤崎あかりはそう考えていた。

ましてや件の幼馴染の職業はプロ棋士。

週末であろうと関係なしに囲碁と向き合い続ける職業なのだ。

 

 

(今日は対局が無いのは知っているけど、それでもイベントとか研究会があるかもしれないし……)

 

 

「ヒカル……」

 

 

 あかりの口から無意識に幼馴染の名前が零れる。

物心がつく前から隣にいた男の子。

ずっと変わらずいっしょに居られると思っていたのに、ヒカルが囲碁を始めてからは二人の距離は開くばかりだった。

 

 ヒカルの邪魔をしたくない。あかりのその思いに嘘はない。

しかしそれ以上にあかりは弱気になってしまっていた。

自分にヒカルの隣にいられる資格があるのか、それがわからなくなっていたのだ。

 

 あかりはもう一度、小さくため息を吐いた。

そして無言で電話帳を開き直し、過去に何度もかけたことのある番号を発信する。

 

 

「もしもし……こんにちは、藤崎あかりです。

 お久しぶりです。はい、そうです。

 それで、ヒカルくんはご在宅でしょうか──」

 

 

 

 

 

 

「あかり、どこかへ出かけるの?」

 

 

 階段をトントンと降りて玄関で靴を履いていると、音を聞きつけたのだろう。

姉のほのかが居間から顔を出す。

あかりは姉の問いかけに手短に答えた。

 

 

「うん。ヒカルの家に行ってくる。おばさんがお茶に誘ってくれたから」

 

「ふぅん。珍しいね」

 

「今日はヒカルが早く帰ってくるんだって。

 私がヒカルに話したいことがあるって伝えたら、家で待っていたらどうかって。

 ……お姉ちゃんも来る?」

 

「嫌だよ。それ、私がおじゃま虫じゃん。

 せっかく久しぶりに、あかりが愛しのヒカルくんと会えるのにさ」

 

 

 ほのかはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、あかりにからかいの言葉を投げた。

いつもの姉のいじわるに、あかりは「もう!」と頬を膨らませながら扉を開け「ヒカルと私はそんなのじゃないからね!」と言い捨て家を出る。

かわいい妹の赤く染まった頬を見逃さなかった姉は、ひらひらと手を振り見送った。

 

 

そんなの(・・・・)じゃない」

 

 

 姉に放った言葉をもう一度呟くように口にして、あかりは玄関先で小さく俯いた。

ヒカルと自分がただの幼馴染でしかないことを確認して寂寥感を抱いてしまったから。

 

 もうあかりは幼い子どもではない。

16歳にもなっているのに*1、ただの幼馴染の家へ図々しく押しかけようとしていることへの不安が、ぐるぐるとあかりの胸を巡って足がすくんでしまいそうになる。

 

 

「でも、会いたいよ……」

 

 

(図々しいかもしれないけれど。迷惑かもしれないけれど。それでもヒカルに会いたい)

 

 

 自分がみっともない恋をしている自覚はある。あかりはそんな風に自己評価をしていた。

 

 だからあかりは自宅のすぐそばにあるヒカルの家から遠ざかり、まずはお茶請けを買い求めに行くことにした。

せめて、礼儀正しくだけはありたかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「そうなんです。それでヒカルは先週の対局で──」

 

 

 ヒカルの母・美津子とのお茶会は、あかりが想像していたよりも遥かに大きな盛り上がりを見せていた。

幼馴染に向ける少女の恋心と一人息子に対する母親の愛情は、異なる性質の感情ではあったが『ヒカルが好き』という点では一致していた。

それに加え囲碁のことはよくわからない美津子と、ささやかなお小遣いを週間碁の購入費用に当てているマニア(・・・)のあかり*2

あかりの語って聞かせる、新進気鋭のプロ棋士・進藤ヒカルの活躍ぶりは美津子を大いに喜ばせるものであったのだ。

 

 

「あら、いけない。もうこんな時間……」

 

 

 ふ、と話が途切れたタイミングで美津子は時計を見上げて呟いた。

時計の針は17時30分を過ぎたところを指している。

あかりも美津子に釣られて時刻を確認し、焦ったように言葉を発した。

 

 

「あ、ごめんなさい! 私が長話をしていたから」

 

「いいのよ。そんなこと。

 あかりちゃんがヒカルの仕事のことを教えてくれて嬉しかったわ。

 おばさん、囲碁のことは本当に詳しくないから」

 

「私もお話できて嬉しかったです。

 学校には囲碁の話ができる子があまりいなくて……」

 

「あら、そうなの。おばさんでよかったらいつでもお話に来て頂戴ね。

 ……ヒカル、遅いわね。早く帰ると言っていたのだけど。

 あかりちゃん、もしも良かったらお夕飯もうちで食べていかない?

 せっかくずっと待っていてくれたのに、ヒカルに会えないまま帰ってもらうのは申し訳ないわ」

 

 

 美津子からの思いもよらない厚意の言葉に、あかりは二度三度と目を瞬かせた。

 

 

「……いいんですか? 私、お邪魔なんじゃ」

 

「邪魔なんてそんなことないわよ。

 あかりちゃんがお夕飯の席にいてくれたら昔みたいで懐かしくて楽しいわ。

 私は今から準備をしないといけないから、あかりちゃんにはテレビでも見て待っていてもらうことになってしまうけれど──」

 

「そんなっ、私も手伝います。手伝わせてくださいっ!」

 

 

 ひどく身に余る扱いを受けそうになって、あかりは思わず立ち上がり美津子へと頭を下げる。

あかりの鯱張(しゃちほこば)った振る舞いに美津子は一寸だけ目を丸くして、笑いをこぼした。

 

 

「ふふ。あかりちゃんは本当に良い子ね。ヒカルにも見習って欲しいわ。

 それじゃあ、お手伝いをお願いしましょうか」

 

「ありがとうございます!」

 

「あら、お礼を言うのはおばさんの方よ。

 今日は本当に楽しい日ね。

 おばさん、娘と一緒に料理をするのが夢だったの──」

 

 

 それからはあっという間に時間が流れた。

美津子の頼まれるままに買い物に行って、台所で二人並んでヒカルの大好きだという料理を作って。

「ヒカル、遅いですね」「ごめんなさいね。偶にこういうことがあるの」などと会話しながら二人で夕飯をとって。

結局、21時を過ぎてもヒカルは帰って来なかった。

ヒカルの父、正夫も今日は出張で不在とのことで、あかりは美津子の強い勧めで自宅へ電話して父親へ迎えに来てもらい、失意をひた隠しにしながら帰宅することになった。

あかりが笑顔の裏に隠した悲しみを美津子が見抜けなかったとは限らないわけではあるが。

 

(もしかして、おばさんも寂しかったのかな……

 地方のイベントとかに派遣されたら、ヒカルが何日も帰ってこないことも珍しくないんだし)

 

 自室のベッドの上でクッションを抱きながら、あかりはぼんやりと考える。

 

 

「でも、私も頑張ったんだよ。頑張って囲碁部を創部したんだよ。

 約束したのに……ひどいよ、ヒカル」

 

 

 それが理不尽だとわかっていても、ヒカルを責める言葉を口にしてしまう。

ヒカルは何も知らない。何も悪くないのに。

 

 一年前、あかりが進んだ高校には囲碁部は存在しなかった。

だからあかりは同好会からスタートする必要があったのだ。

そして入学したのが進学校であることが災いし、あかりの囲碁部結成には非常な苦労が伴ったのである。

 

 第一に学校は文武両道を推奨してはいたものの、帰宅部を選択する、すなわち学業を重視する生徒が多数派を占めたこと。

その一方で部活に精を出す生徒は内申点を目当てにしていることが多かったこと。

部ではなく大会にも出られない同好会となると、内申点にはほとんど寄与しない。

まして初心者には面白さを伝え難い囲碁ともなれば新入部員の獲得はほとんど絶望的だった。

 

 そんな中、それでも諦めず熱心に勧誘を行うあかりは、端的に言って学校で浮いてしまう。

さすがに心が折れそうになるあかりを支えたのは、ヒカルとの約束だった。

 

 あかりが高校で囲碁部に入ったら、指導碁に行く──その約束は、ヒカルにとっては何でもないものだったのかもしれない。

 

 しかし、きっと、囲碁が好きという感情だけではあかりは部を立ち上げられなかっただろう。

ただヒカルに会いたいという一心によって、あかりは不可能を可能にしたのである。

 

 あかりが今日ヒカルに会いに行ったのは、このことを報告したかったから。

 

(でも、頑張りを認めてもらいたかったわけじゃないの。

 約束だからと、指導碁をお願いだなんてそんな図々しいことをするつもりもなかった……)

 

 あかりはただ、自分に胸を張ってヒカルと会える理由が欲しかった。

それだけだったのだ。

 

 

 

*1
しかもあかりは一ヶ月後には17歳になる。

*2
あかりが何のマニアであるのかは、あえてここでは言明しない。




『もう二度と作中で言及されそうにない、あかりちゃんの囲碁部結成の流れ』
・高校1年生の4月〜5月
 同好会立ち上げのゴタゴタで新入生が部活を選ぶ、最も大きなチャンスとなる時期を逃す。
・同年11月
 クラスメイトの女子が一人、バレー部を退部して同好会に入ってくれる。
 曰く「進学校のくせにガチすぎてついていけなかった」とのこと。
 この子は囲碁初心者。
 あかりは喜んで囲碁を教えることに。
・高校2年生の4月上旬
 中学で囲碁部に入っていた3人の男子生徒を発見し、入部してもらう。
 見事にワンチャンスを捕まえた形。
 部員が5人になったので囲碁部の立ち上げ
 あかりの執念の勝利。
・高校2年生の4月半ば
 ヒカルに囲碁部のことをウキウキで報告しようとしたら会えなくて涙目 ← 今ココ!


『同好会時代の活動』
一人だった頃は詰碁の勉強をしたり週刊碁を読んだりしていることが多かった模様。
勧誘のためのポスター作成もちょくちょく行っていた。
こんな寂しすぎる期間が半年も続いたのか……(自分で設定しておいてドン引き)。
部員が二人になってからは囲碁を教えることを基本に、週刊碁をネタに雑談、試験前には囲碁を封印して勉強会……など楽しく活動できていたようである。よかったね。


R-18版の需要はありますか?

  • あかりを性的に食べるヒカル……ありだな!
  • やっぱりヒカあかはプラトニック路線で。
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