アイビー・トラヴィスの「日常」〜女王國物語   作:mizumega

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3・新人たち

***

 

翌日、アイビーは女王国の新入りに会った。

 

場所はログハウスにほど近い訓練場だ。

剥き出しの地面が広がり、向こうに盛り土がある。

軍用のアスレチック施設と、複雑に掘られた塹壕、射撃訓練用のキリングハウスなど、一通りの設備は整っている。

 

アイビーは5人の新入りと向き合っていた。

いずれも妙齢の女たちだ。

ヘレンによって女体化された「女」だった。

元の出自は分からない。その手の情報はスクルド率いる情報部が一括管理し、女王以外は許可された者だけが知ることができる。

一度『ハイドの女』になったからには、前人生は問わないのがこの国の流儀だ。

 

「アイビー・トラヴィスだ」

アイビーは背中で手を組み、軍隊流に立っていた。自分より背の高い者たちへ気後れした様子もない。

幼い容姿の少女がそのような態度を取るのは、はた目には滑稽に映る。

5人の新入りたちは互いに目を見合わせた。

 

「ここで行うのは初歩的な軍事訓練だ。我々は軍隊ではない。それに各人が人並み外れた力の持ち主であることも了解している。

が、知識としての軍事訓練は、諸君らのよい経験になる。それを活かして欲しい」

クリップボードに挟んでいる書類を見る。

 

「これから名前を呼ぶ。『マグーラ』」

「おっす」

大刀を背負った女が応えた。

「モコシ」

「はい」

ポールアックスを持った女が手を挙げる。

「ヴェレス」

「あいよ、ボス」

小型ロケットランチャーを担いだ大柄な女が面倒くさそうに応える。

「セマルグル」

「サー」

アーチェリーを背負った女が生真面目に直立した。

「ヤリーロ」

言葉の代わりに、持っていた剣で盾をガンガン鳴らして応える。

全員、スラヴ神話から名前を取っているが、元の本名はむろん別だろう。

 

(…なるほど。見事にバラバラだ。うち2人が軍隊経験者…)

アイビーは全員を見渡した。

薄っすらと肉体をオーラの光が覆っている。

その光は、自分より強い。

(素材としては優秀だな)

 

「今日は初日なので、初歩的な訓練から始める。まずランニング…」

「ーーーちょっと待った」

スッ、とマグーラが一歩出た。

(来たな)とアイビーは思ったが、表情には出さない。

マグーラはこれ見よがしに身長と同じくらい長い大刀を肩に担ぎ上げ、

「あんたさ、あたしたちより強いのかい?」

人差し指でこちらを差した。

目上の者に対する態度ではない。

「どういう意味だ」

アイビーは平静に答えた。

「だからさ、俺ら、弱っちい奴に教わる気はないんだよね。…な、そうだろ?」

後ろを振り返る。

誰も頷かなかったが、マグーラの意見に同意しているのは明らかだった。

目つきが上官を見る様子ではない。

 

アイビーは言った。

「これは軍事教練だ。個人の強さは意味がない」

「へえ。じゃあ、なんなら意味があるんだ」

「互いに連携し、状況を有利に導くことだ。そのために訓練がある」

「言い訳っぽいんだよねぇ…」

マグーラは見下した態度を隠そうともしない。

「結局、自分が弱いのを隠したいだけじゃん?」

「私が勝ったら納得するのか」

「まあそういうこと」

「いいだろう」

アイビーは頷いた。

あっさり挑戦を受ける。

「得物は何にする?」

「俺はコレ」

恐ろしく巨大な刀を軽く叩く。

まだ女体化が浅いのか、言動に男の匂いが濃い。

「安心しなよ、殺しゃしないから」

「ならば私はこれで」

 アイビーは腰のアーミーナイフを抜いた。刃渡り20センチの大型ナイフだが、大刀と比べれば果物ナイフかカッターにしか見えない。

「いいのか? 腰の拳銃を使ってもいいんだぜ」

「いや、これで十分だ」

「そっかい」

マグーラがムッとした。

 

「始めよう」

そのままの態勢で、アイビーは宣言した。まるで気負いがない。

「ーーーてえっ!」

いきなり、マグーラが大刀を頭上へ見まった。キイン!とアイビーがアーミーナイフで弾く。

「けえっ、けえっ、けえっ、」

マグーラが次々と大刀を振る。風を巻く太刀筋に、アーミーナイフは力負けしていた。まともに打ち合えない。軌道を逸らせるのがせいぜいだ。

(…うむ、体幹が乱れていない。動きに無駄がないな)

冷静にアイビーは観察していた。

「はっ!!!!」

キイン!とナイフが弾き飛ばされた。と同時に、スッと首筋に大刀が突きつけられる。

 

「降参だ」

これもあっさりとアイビーが両手を挙げる。

「なかなか強いな」

「まだ30%だけどね」

マグーラが大刀を鞘に収めた。

「それで、どうする」

「どうとは?」

「訓練は受けるのか?」

「あんたさぁ、」

ずい、とマグーラが顔を近づけた。

「負けた奴に教わる馬鹿はいねーと思わない?」

「他の者はどうなのだ」

アイビーが振り向いた。

残りの4人はそわそわと落ち着かない。が、受けたいと言う者は皆無だった。

 

「…そうか。では訓練を中止する。帰っていい」

アイビーはアーミーナイフを拾い上げ、腰の鞘に収めた。そのまま背を向け、帰ろうとする。

まるで気負いがなかった。

敗北を毛ほども気にしていない。

5人の新入りたちは呆気に取られた。

「ーーーちょっと待てよ」

マグーラが声を掛ける。怒りを含んで。

アイビーは黙って振り向いた。

「あんた、俺たちを教えに来たんだろ」

「学ぶ気のない者に教えても時間の無駄だ」

それきり背を向ける。

「なんだこの野郎、その態度は!? ああ? 自分を何様だと思ってんだ!?」

「貴様こそ自分をどう思っている?」

振り返らず答える。

「なに!?」

「個人の力量は大したものだ。が、その程度ではすぐ死ぬな」

「…て、てめえ…」

「うぬぼれも大概にしておかないと寿命を縮めるぞ。貴様より強い奴は大勢いる」

 

ダッ、とマグーラは駆けた。

アイビーの前に立ち塞がる。

「…なあよ、あんた、本当は俺より自分が強いと思っているんじゃねえのか…?」

「そんなことはない。貴様は私より強い」

淡々とアイビーは答えた。

「それで良いではないか。教えて貰うなら、誰か他の者に習え。リスティアなら幾らでも見繕ってくれるぞ」

「なんでそんなにやる気がないんだ」

「やる気がないのは貴様らの方だ。教わる前から価値を見抜けると思っているのか? バスケットボールのコーチは選手より上手い必要があるか? ボクシングのトレーナーはチャンピオンより強いか? 私は時間を無駄にしたくない。そこをどいてもらおう」

「どかなかったら…?」

薄っすらとアイビーが笑った。

(この…!)

一気にマグーラの沸点が上がる。

勝ったのは自分の方なのに、なぜか馬鹿にされている気がした。

 

「サー、私は納得できません!」

セマルグルが叫んだ。

「教官はまだ力を隠されているのではないですか?」

アイビーは振り向いた。

「隠してはいない。貴様らのルールで戦っただけだ。そちらの勝ちだ。そうだろう?」

ランチャー使いのヴェレスが前に出た。

「そっちのルールならどうなんだい」

「楽勝だ」

即答した。

「なに…」と新入りたちが気色ばむ。

「あんたのルールって何なんだ」

「むろん…戦争だ」

ジロリとアイビーが横目でマグーラを睨んだ。

初めて殺気らしいものがこぼれる。

「お前など相手にもならん」

「なんだとぅ」

アイビーは新入りたちを見渡した。

「納得いかないか?…いいだろう、一度だけ機会をやる。5人全員で私を倒しに来い。私は、」

と向こうの塹壕を指差し、

「あそこで迎え討つ。5分したら始める。いいな」

 

「…その前に、今ここであんたを始末したら…?」

そろりと殺気を滲ませながら、マグーラが囁く。

アイビーはニコリとした。

「できるのか?」

「シッ!」

言葉が終わる前にマグーラは大刀を担ぎながら抜刀していた。目にも止まらぬ速さだ。

が、アイビーが軽くステップして後退したと同時に、マグーラの足下が破裂していた。

バン!と乾いた炸裂音が響き、マグーラの体が宙に浮く。もうもうと土煙が上がった。

「ぐは!」

バウンドした体が地面を転がった。

「マグーラ!」

残りの4人が駆け寄る。

「大丈夫?」

ヤリーロが膝をついた。

「ゲホッ。…なんでもねえ」

マグーラが苦々しげに答える。

「対人地雷だ」

ヴェレスが吐き捨てた。

「地雷だって」

モコシの言葉に頷き、

「ああ。あいつ、ここに地雷があるのを知っていて立ち止まったんだ。最初から罠だ」

「汚い…!」

モコシが怒りに顔をしかめる。

ヴェレスは首を振った。

「それがやっこさんのルールなんだろうよ」

辺りを見回すが、アイビーはどこにも居ない。

「煙に紛れて消えやがった。わざと煙幕が立ちやすいように火薬を調合してたんだぜ。…見ろ」

巧みに隠された細い溝を示す。枯れ草と枝で偽装していたのだ。

「あいつ、逃げ道までちゃっかり用意してやがる」

「地雷は他にも?」とセマルグル。

「たぶんな。あの掩蔽壕を見ろ。あそこからあたしらを狙い撃つつもりだぜ」

地面に掘られた塹壕の溝が行き着く先は、コンクリートの天井がついたトーチカだった。

「距離は500m。あそこから撃たれたらヤバ過ぎる」

 

「ーーーあと30秒で5分経つ。そこで黙って撃たれたいのか?」

向こうからアイビーの声がした。

 

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