アイビー・トラヴィスの「日常」〜女王國物語 作:mizumega
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翌日、アイビーは女王国の新入りに会った。
場所はログハウスにほど近い訓練場だ。
剥き出しの地面が広がり、向こうに盛り土がある。
軍用のアスレチック施設と、複雑に掘られた塹壕、射撃訓練用のキリングハウスなど、一通りの設備は整っている。
アイビーは5人の新入りと向き合っていた。
いずれも妙齢の女たちだ。
ヘレンによって女体化された「女」だった。
元の出自は分からない。その手の情報はスクルド率いる情報部が一括管理し、女王以外は許可された者だけが知ることができる。
一度『ハイドの女』になったからには、前人生は問わないのがこの国の流儀だ。
「アイビー・トラヴィスだ」
アイビーは背中で手を組み、軍隊流に立っていた。自分より背の高い者たちへ気後れした様子もない。
幼い容姿の少女がそのような態度を取るのは、はた目には滑稽に映る。
5人の新入りたちは互いに目を見合わせた。
「ここで行うのは初歩的な軍事訓練だ。我々は軍隊ではない。それに各人が人並み外れた力の持ち主であることも了解している。
が、知識としての軍事訓練は、諸君らのよい経験になる。それを活かして欲しい」
クリップボードに挟んでいる書類を見る。
「これから名前を呼ぶ。『マグーラ』」
「おっす」
大刀を背負った女が応えた。
「モコシ」
「はい」
ポールアックスを持った女が手を挙げる。
「ヴェレス」
「あいよ、ボス」
小型ロケットランチャーを担いだ大柄な女が面倒くさそうに応える。
「セマルグル」
「サー」
アーチェリーを背負った女が生真面目に直立した。
「ヤリーロ」
言葉の代わりに、持っていた剣で盾をガンガン鳴らして応える。
全員、スラヴ神話から名前を取っているが、元の本名はむろん別だろう。
(…なるほど。見事にバラバラだ。うち2人が軍隊経験者…)
アイビーは全員を見渡した。
薄っすらと肉体をオーラの光が覆っている。
その光は、自分より強い。
(素材としては優秀だな)
「今日は初日なので、初歩的な訓練から始める。まずランニング…」
「ーーーちょっと待った」
スッ、とマグーラが一歩出た。
(来たな)とアイビーは思ったが、表情には出さない。
マグーラはこれ見よがしに身長と同じくらい長い大刀を肩に担ぎ上げ、
「あんたさ、あたしたちより強いのかい?」
人差し指でこちらを差した。
目上の者に対する態度ではない。
「どういう意味だ」
アイビーは平静に答えた。
「だからさ、俺ら、弱っちい奴に教わる気はないんだよね。…な、そうだろ?」
後ろを振り返る。
誰も頷かなかったが、マグーラの意見に同意しているのは明らかだった。
目つきが上官を見る様子ではない。
アイビーは言った。
「これは軍事教練だ。個人の強さは意味がない」
「へえ。じゃあ、なんなら意味があるんだ」
「互いに連携し、状況を有利に導くことだ。そのために訓練がある」
「言い訳っぽいんだよねぇ…」
マグーラは見下した態度を隠そうともしない。
「結局、自分が弱いのを隠したいだけじゃん?」
「私が勝ったら納得するのか」
「まあそういうこと」
「いいだろう」
アイビーは頷いた。
あっさり挑戦を受ける。
「得物は何にする?」
「俺はコレ」
恐ろしく巨大な刀を軽く叩く。
まだ女体化が浅いのか、言動に男の匂いが濃い。
「安心しなよ、殺しゃしないから」
「ならば私はこれで」
アイビーは腰のアーミーナイフを抜いた。刃渡り20センチの大型ナイフだが、大刀と比べれば果物ナイフかカッターにしか見えない。
「いいのか? 腰の拳銃を使ってもいいんだぜ」
「いや、これで十分だ」
「そっかい」
マグーラがムッとした。
「始めよう」
そのままの態勢で、アイビーは宣言した。まるで気負いがない。
「ーーーてえっ!」
いきなり、マグーラが大刀を頭上へ見まった。キイン!とアイビーがアーミーナイフで弾く。
「けえっ、けえっ、けえっ、」
マグーラが次々と大刀を振る。風を巻く太刀筋に、アーミーナイフは力負けしていた。まともに打ち合えない。軌道を逸らせるのがせいぜいだ。
(…うむ、体幹が乱れていない。動きに無駄がないな)
冷静にアイビーは観察していた。
「はっ!!!!」
キイン!とナイフが弾き飛ばされた。と同時に、スッと首筋に大刀が突きつけられる。
「降参だ」
これもあっさりとアイビーが両手を挙げる。
「なかなか強いな」
「まだ30%だけどね」
マグーラが大刀を鞘に収めた。
「それで、どうする」
「どうとは?」
「訓練は受けるのか?」
「あんたさぁ、」
ずい、とマグーラが顔を近づけた。
「負けた奴に教わる馬鹿はいねーと思わない?」
「他の者はどうなのだ」
アイビーが振り向いた。
残りの4人はそわそわと落ち着かない。が、受けたいと言う者は皆無だった。
「…そうか。では訓練を中止する。帰っていい」
アイビーはアーミーナイフを拾い上げ、腰の鞘に収めた。そのまま背を向け、帰ろうとする。
まるで気負いがなかった。
敗北を毛ほども気にしていない。
5人の新入りたちは呆気に取られた。
「ーーーちょっと待てよ」
マグーラが声を掛ける。怒りを含んで。
アイビーは黙って振り向いた。
「あんた、俺たちを教えに来たんだろ」
「学ぶ気のない者に教えても時間の無駄だ」
それきり背を向ける。
「なんだこの野郎、その態度は!? ああ? 自分を何様だと思ってんだ!?」
「貴様こそ自分をどう思っている?」
振り返らず答える。
「なに!?」
「個人の力量は大したものだ。が、その程度ではすぐ死ぬな」
「…て、てめえ…」
「うぬぼれも大概にしておかないと寿命を縮めるぞ。貴様より強い奴は大勢いる」
ダッ、とマグーラは駆けた。
アイビーの前に立ち塞がる。
「…なあよ、あんた、本当は俺より自分が強いと思っているんじゃねえのか…?」
「そんなことはない。貴様は私より強い」
淡々とアイビーは答えた。
「それで良いではないか。教えて貰うなら、誰か他の者に習え。リスティアなら幾らでも見繕ってくれるぞ」
「なんでそんなにやる気がないんだ」
「やる気がないのは貴様らの方だ。教わる前から価値を見抜けると思っているのか? バスケットボールのコーチは選手より上手い必要があるか? ボクシングのトレーナーはチャンピオンより強いか? 私は時間を無駄にしたくない。そこをどいてもらおう」
「どかなかったら…?」
薄っすらとアイビーが笑った。
(この…!)
一気にマグーラの沸点が上がる。
勝ったのは自分の方なのに、なぜか馬鹿にされている気がした。
「サー、私は納得できません!」
セマルグルが叫んだ。
「教官はまだ力を隠されているのではないですか?」
アイビーは振り向いた。
「隠してはいない。貴様らのルールで戦っただけだ。そちらの勝ちだ。そうだろう?」
ランチャー使いのヴェレスが前に出た。
「そっちのルールならどうなんだい」
「楽勝だ」
即答した。
「なに…」と新入りたちが気色ばむ。
「あんたのルールって何なんだ」
「むろん…戦争だ」
ジロリとアイビーが横目でマグーラを睨んだ。
初めて殺気らしいものがこぼれる。
「お前など相手にもならん」
「なんだとぅ」
アイビーは新入りたちを見渡した。
「納得いかないか?…いいだろう、一度だけ機会をやる。5人全員で私を倒しに来い。私は、」
と向こうの塹壕を指差し、
「あそこで迎え討つ。5分したら始める。いいな」
「…その前に、今ここであんたを始末したら…?」
そろりと殺気を滲ませながら、マグーラが囁く。
アイビーはニコリとした。
「できるのか?」
「シッ!」
言葉が終わる前にマグーラは大刀を担ぎながら抜刀していた。目にも止まらぬ速さだ。
が、アイビーが軽くステップして後退したと同時に、マグーラの足下が破裂していた。
バン!と乾いた炸裂音が響き、マグーラの体が宙に浮く。もうもうと土煙が上がった。
「ぐは!」
バウンドした体が地面を転がった。
「マグーラ!」
残りの4人が駆け寄る。
「大丈夫?」
ヤリーロが膝をついた。
「ゲホッ。…なんでもねえ」
マグーラが苦々しげに答える。
「対人地雷だ」
ヴェレスが吐き捨てた。
「地雷だって」
モコシの言葉に頷き、
「ああ。あいつ、ここに地雷があるのを知っていて立ち止まったんだ。最初から罠だ」
「汚い…!」
モコシが怒りに顔をしかめる。
ヴェレスは首を振った。
「それがやっこさんのルールなんだろうよ」
辺りを見回すが、アイビーはどこにも居ない。
「煙に紛れて消えやがった。わざと煙幕が立ちやすいように火薬を調合してたんだぜ。…見ろ」
巧みに隠された細い溝を示す。枯れ草と枝で偽装していたのだ。
「あいつ、逃げ道までちゃっかり用意してやがる」
「地雷は他にも?」とセマルグル。
「たぶんな。あの掩蔽壕を見ろ。あそこからあたしらを狙い撃つつもりだぜ」
地面に掘られた塹壕の溝が行き着く先は、コンクリートの天井がついたトーチカだった。
「距離は500m。あそこから撃たれたらヤバ過ぎる」
「ーーーあと30秒で5分経つ。そこで黙って撃たれたいのか?」
向こうからアイビーの声がした。