アイビー・トラヴィスの「日常」〜女王國物語 作:mizumega
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ブービートラップを警戒しながら、ヴェレス、セマルグル、モコシ、マグーラの4人は通路の奥へ進んだ。
入り組んだ灰色の道は狭く、1人1人が通るだけの幅しかない。
いつ襲われるか分からない状況に、新入りたちの心は徐々に消耗していった。
やがて通路が上へ傾斜し、入り口に光が見えてきた。
「…ここで手榴弾を転がされたら全滅だねえ」
ヴェレスの言葉に、セマルグルが反応した。
「全員停止。各人間隔を10m離して。グレネードがきたら素早く伏せること。ヴェレス、私が先頭に立ちます。鼻が利く方なの」
「よろしく」
入り口へ差し掛かると、セマルグルは再び停止を命じ、矢をつがえた。
そして外へ向かって一本放つ。
途端に、バリバリ!と激しい銃声が響いた。
「…やっぱり待ち構えてる。でもそんなに近くじゃない。100mは離れているわ」
「十分近いじゃないか。…よし、分かった。あたしが煙幕弾を撃つから、あんたらは全力で走り抜けるんだ。外へ出たら散開し、隠れられる所で身を伏せる。いいね? 抜け駆けするんじゃないよ」
ヴェレスはマグーラをジロリと睨んだ。
「怖い顔すんなよ。先走ったりしねえって」
「ヴェレス、頼みます」
「いいかい? 3… 2… 1…!」
シュポン、と緊迫した状況にしてはいささか気の抜けた音を発し、煙幕弾が飛んでいった。
「今だ!」
4人は煙の立ち込める外へ向かって素早く出口を抜けた。
ムッとする濃い草いきれが鼻を襲う。
出た先は、深い森林だった。
下生えが生い茂り、視界を遮っている。
「まずいね…先が見えない」
ヴェレスが舌打ちした。
「固まっていると危険だわ。散開しましょう」
セマルグルの言葉に頷き、
「あたしは右に行く。セマルグルは左。あたしたちの間にマグーラとモコシが入りな。各員、さっきと同じく10m間隔」
モコシが異議を唱えた。
「なんで散らばるの? みんなで行ったらいいじゃない」
あまりに初心者な言葉に、ヴェレスはため息をついた。
「あんなあ、みんなでひと所にいたら、機関銃の良い的なんだぜ? 蜂の巣にされたいのかい」
「散らばっていれば、1人が倒れても、残りが銃撃の方向から敵の位置を割り出せます。でも、正面から水平に薙ぎ払われたら一瞬で全滅。常に遮蔽物に隠れながら進みましょう」
「声掛けを忘れるな。見失うほど離れるな。特にお前、自分だけ手柄を立てるつもりでいるなよ。そういう奴ほどみんなの迷惑になるんだ」
「いちいちうっせえなあ。分かってるって」
「どうだかねえ」
マグーラの言葉に首を振りつつ、ヴェレスは前進を開始した。
マグーラの文句にもかかわらず、4人は慎重に動いた。必ず大木の幹に隠れ、移動する時は隣に声を掛ける。敵に位置を悟られる危険があるものの、向こうは1人だ。攻撃すればかえって危うくなる。
(それほど広くはないみたい…これは追い詰められる)
いつでも矢を撃てる姿勢を保ちつつ、セマルグルの頭に勝算がよぎった。
その時。
ゾクッ、と寒気が背中を上る。
(…後ろ!?)
振り向いたセマルグルは、後方にアイビーの存在をはっきり感じた。
茂みに遮られて直視できないが、彼女の勘が外れたことはない。
「7時の方向!距離じゅ…」
ーーーザクッ!
両足の太股に衝撃が走った。
「え………」
絶句した。
太股から、尖った杭が飛び出ている。
セマルグルには分かっていた。
これはブービートラップだ。
鏃のように鋭く削った杭を何本も枝に付け、水平に振るように出来ている。
「うわぁあああああ」
恐怖に襲われ、セマルグルは矢を放っていた。茂みの向こうで爆発が起こり、爆風が彼女へ吹いてくる。その風に乗るように、一瞬だけアイビーの姿が見えた時、パ!パ!パ!と額を拳銃の弾で撃たれていた。
(最初から仕組んでいたのか…紐を引っ張ってトラップが発動するように)
銃撃を警戒するあまり、現地の材料を使って罠を張ることを完全に見落としていた。
自分のミスに舌打ちする間もなく、セマルグルの意識は途切れていた。
同時に、残りの3人が振り向く。
「そっちか!」
「セマルグル!」
「待て、やめろ!」
ヴェレスの忠告が届くより先に、
「きゃぁあああああ」
モコシの姿が消えた。
「モコシ!?」
慌ててマグーラが駆け寄る。
深い穴がポッカリと口を開けていた。
そして、穴の底に何本もの杭が…
マグーラは思わず顔を背けた。が、気を取り直し、串刺しにされているモコシを直視した。
(腹と足を貫通してやがる。あの野郎ぉ…!)
「待ってろ、今助けてやる」
「早…く、逃げ…」
血の泡を吹きながら、モコシが言う。
「馬鹿野郎、逃げられるかよ!」
(くそっ…全部お見通しか! だったら!!)
「出てきやがれえええ」
ヴェレスが立て続けにランチャーを放った。持てる魔力を全部注ぎ込み、多数の弾丸を森の中へ叩き込む。たちまち周囲から派手な爆発が連続して起こり、360℃の弾幕を張る。
この攻撃で当たらないはずはない…
そう思った時、ゾクリと地面から殺気が昇ってきた。
ふと足元を見ると、茂みに隠れてアイビーがこちらを上目遣いで見ている。
「…くっ!」
ランチャーはもう撃てない。
とっさに腰の拳銃を引き抜くも、
ーーーブウン…
何かが空中を飛んできた。
丸太だ。
人が何人も乗れるほどの巨大な丸太が、ロープに吊るされてこちらを狙っている。いくら体が丈夫でも、あんなのを喰らったら…
横っ飛びに避けようとすると同時に、アイビーが地面をスライディングして、ヴェレスの足を払っていた。
「!?」
一瞬だけ宙に浮いた彼女の体を、まともに丸太が叩く。文字通り十数メートルも吹っ飛んで、茂みへ落ちていた。
アイビーが立ち上がる。
冷ややかな目で、新入りたちの無惨な姿を眺めながら。
「野郎ぉ…」
マグーラが大刀を手に立ち上がった。
本気で殺意が湧いている。
刃が魔力で輝いていた。
鉄をも断ち切る魔刀だ。
一方のアイビーも、アーミーナイフを抜いていた。
こちらも刃が魔力で輝いている。
(落ち着け。奴の策略に乗るな)
先程とは違い、マグーラは摺り足でアイビーに近寄っていった。
「…よお。お次はどんな卑怯な手を使うんだ…?」
アイビーは答えず、こちらも摺り足で接近してくる。
そして、間に大木を挟んだ状態で、両者は向き合った。
アイビーが逆手にナイフを構える。
あと少しで、大刀の間合いに入る。
マグーラの額に汗が流れた。
ヘレン・ハイドにスカウトされるまで、マグーラは無敗を誇っている。
人間の時でも喧嘩で負けたことはなかった。
むろん斬り合いでも。
それなのに…こんな小娘に気圧されている。
(ありえねえ)
魔力は明らかに自分より小さい。
だが、なぜこれほど圧力を感じるのか。
あと半歩。
間合いに入れば、なんだろうと斬れると確信している。
奴がどう防ごうと、鎧ごと叩き斬る。
ふいに、アイビーがナイフを投げた。
それまで斬り合う気満々でいたのに、突然得物を捨てたのだ。
ナイフは真っ直ぐマグーラへ飛んでゆく。
避けなければ当たるが、
キンッ!
簡単に弾いていた。
サッとアイビーが大木の陰に隠れる。
反射的にマグーラは大刀を振っていた。
「きえいっ!!」
必殺の一撃だ。
大木の幹ごと奴を斬る。
手応えが、あった。
大人の腕では抱え切れないほど太い幹が、一刀両断されていた。
が…
(なにっ!?)
アイビーの姿はない。
その、一瞬の硬直が命取りになった。
幹がグラリ…と倒れてくる。
その上に人影が乗っていた。
アイビーだ。
下へ伏せるのではなく、上へ跳んでいたのだ。
そして、軍用ブーツが微かに光っている。
魔力が込められていた。
「しまっ…」
避けようとする前に、ブーツが倒れる幹を強く蹴っていた。魔力で倍加された筋肉が、通常ならあり得ない力で一気に大木を倒す。瞬時に地面へ激突した。
そしてマグーラはというと、広がった枝に逃げ場を失い、まともに挟まれていた。
「ぐおっ」
ズシン…と地響きが鳴る。
アイビーは幹から軽く飛び降り、マグーラに逃げる暇を与えず、立て続けに拳銃を額へ撃ち込んでいた。
タ!タ!タ!タ!タ!
9ミリパラベラム弾がマグーラの額にボツボツと穴を開ける。
グルン、と目玉が裏返った。
ピクリ、ピクリ…体が蠢き、それから痙攣が止まった。