アイビー・トラヴィスの「日常」〜女王國物語 作:mizumega
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アイビーは感情のない目でマグーラを見下ろし、拳銃のマガジンを抜くと、フル装填した新しいマガジンと交換した。常に弾切れを考慮し、全弾をいつでも撃てるようにするのが彼女の癖だ。
拳銃をホルスターに収める。
それから、マグーラを軽く蹴った。
「起きろ。いつまで寝ている」
マグーラの目がもとに戻った。
「あ……れ?」
(…生きてる?)
アイビーは構わず、穴の方まで歩き、飛び降りた。
「痛いか?」
「痛いに決まってるじゃないですか…」
相変わらず腹に杭が刺さったままで、モコシが睨みつける。
アイビーは刺し傷を指で触り、
「いや。傷口は回復しつつある。痛覚はないはずだ。お前の思い込みが痛みを生じさせている」
淡々と告げ、手を貸してゆっくり杭から引き抜いてゆく。
モコシは呻いたが、傷口から血は流れなかった。
「一人で出られるか?」
「…やってみます」
(優しさのない教官…)
思いつつも、両腕を振ってしゃがみ、その反動で跳び上がる。意外にも1発で届いた。
アイビーが続く。
向こうからセマルグルが足を引きずりながら歩いてくる。
反対側から腹を押さえてヴェレスがよろよろと来た。
全員、恨めしげな顔つきだ。
アイビーは頓着せず、
「整列」
4人が横並びした。
ボロボロの状態を眺め、
「…このように、相手が有利な状況では、戦力が小さくとも侮り難いのがよく分かったと思う。くれぐれも猪突猛進せず、可能な限り情報を集めた上で行動するように。
しかし、初顔合わせにも関わらず、互いに連携し、率先して行動したのは良かった。戦術眼も悪くない。特に仲間を見捨てず、皆が協力したのは貴重な教訓となる。
もし諸君らがもっと学びたいというのなら、私は喜んで協力する。
以上で、本日の訓練は終了する。
武器の手入れを怠らず、よく休むこと。
解散」
誰も動かなかった。
ただジッとアイビーを穴の開くほど見ている。
しかしアイビーは毛ほども気にしていなかった。
皆が動かないようなので、アイビーは頷いた。
「では…」
と、一人だけその場を離れようとする。
「待って下さい」
セマルグルが一歩前に出た。
「自分は納得できません。これだけの事をしておいて、ただの訓練だったというのですか」
「そのとおりだが」
「しかし…これは…」
「ただの殺し合いじゃないのかい!?」
「酷すぎると思います!」
「あんたイカれてるぜ!」
次々に非難の言葉を浴びせる新入りたちに、アイビーは微笑みで応えていた。
「なんで笑ってんだ。狂ってんのか!?」
「諸君らは何を学んだと思う?」
「なんでしょうかね。汚いやり方ですか」
苦虫を噛み潰したモコシ。
「私もフェアではないと考えます」
セマルグルが詰め寄る。
「軍隊の経験はありますが、ここまで過酷な訓練は記憶にありません」
「だろうな。私は綺麗事を教えたつもりはないからな」
「なんだって?」とヴェレス。
アイビーは皆へ振り向いた。
「私は『戦争』を教えているのだ。他に何がある?
いいか、戦争に『フェア』などという考えはない。
綺麗だろうが汚かろうが生き残った方が『勝ち』なのだ。
そのためにはどんな手段でも取る。今日、私がしたようにな。
言っておくが、今日の事は初歩中の初歩に過ぎない。
本物の戦争ではもっと汚いやり方が幾らでもある。
小手先の戦術ではなく、戦争という『思想』を理解しろ。
マグーラが私に挑んだような決闘は、戦場では何の意味もない。
私が弱ければ、強い味方を呼べばいい。あるいは罠を仕掛けるか。
誤解しないでもらいたいが、私は諸君に同じ真似をしろとは
薦めていない。むしろその逆だ。
戦争はどこまでも汚い手段であり、人間をケダモノに変える所業なのだ。
だが、戦争を止めたければ、諸君らはまず戦争の仕方を
学ばねばならない。分かるか。
敵を知り、味方を知れば、百戦危うからずとはよく言ったものだ。
セマルグル、ヴェレス、貴様らの経験をよく思い出せ。
諸君らには才能がある。それを無駄にするな」
言いたいことだけ言うと、アイビーはさっさとその場を離れていった。
「…だってさ」
ヴェレスが肩をすくめる。
「自分の経験は思い出したくないのですが…確かに一理ありますね。異形帝国もいることですし…」
セマルグルは考え込んだ。
「だけどあの人、な〜んかいけすかない!」
モコシはまだ怒っていた。
「ま…ああいうタチなんだろうよ。人のケツを蹴り飛ばすのが上手いっていう」
マグーラが呟いた。
4人がああだこうだ言い合っている頃、アイビーは掩蔽壕のヤリーロを背負って、訓練場を後にしていた。
「痛むか?」
「いえ。それほど…」
「グローア殿に診てもらおう。自己診断は禁物だ」
「あの…聞いていいですか」
「なんだ」
「教官は、どうしてあんな事を…いえ、怒っているのではないのです。ただ、最初から私たちを煽っていたというか…」
「そういうわけではない。素直に訓練をしてくれれば、それ相応の対応はする。今日は一人が反抗的だったので、ああいうことになった」
「帰っていいと言われたのは本気ではないですよね?」
「いや、本気だとも。別に戦うことが全てではない。それ以外にも有意義な時間の過ごし方は幾らでもある。戦いたくなければ戦わなくていいと私は思う」
「でも、悪い奴らが来たらと思うと、やっぱり訓練が必要なのでは」
「心配するな。私が戦う」
「えっ…」
淡々と答えるアイビーに、思わずヤリーロは教官を見つめた。
気負ったところは少しもない。
ただ事実を述べているに過ぎないというふう。
「参りましたね…」
ヤリーロがため息をついた。
「そんな事を言われれば、嫌でも教えて頂かなくてはなりません」
「嫌ならやめればよかろう」
「いえ、ですから、…教官って、鈍いって言われません?」
「どうかな。シモンあたりは言いそうだが…」
「あ、でも、実弾はさすがにダメだと思います」
「そんな事はない。これからも使うぞ」
「だって…」
「あのな、ヤリーロ君。『ハイドの女たち』が銃弾ごときで死ぬと思うか? 私は微塵も思わん。それに訓練は緊張感があったほうが良い」
「はぁ〜〜〜…教官ってやっぱり変です」
「そうなのか」
言いながら、アイビーはヤリーロを背負って歩いた。