ソードアート・オンライン外伝 銀と黒の物語   作:黒崎ハルナ

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銀と黒

 朝はなるべく穏やかに目覚めたい。

 それがここ数年来、 天音(あまね)ギンのささやかな悲願である。

 特に学生たちの少ない休日である日曜日の朝なら尚更だ。

 毛布にすっぽりと包まり惰眠を貪るという行為は一つの贅沢の極みではないのかと、哲学的な事を考えてみる。

 窓からカーテン越しに当たる太陽の光と自らの体温でいい感じに温まった布団。

 正直気持ちいい。

 この至福の時間がずっと続けばいいのに。寝ぼけた頭に緩んだ表情でそんな事を考える。本人は無論自覚はしていないが、もし写真にでも撮られれば間違いなく強請りのネタになってしまいそうなくらいにーー普段の彼からは想像できないくらいにーー緩みまくっている。

 しかし。

 そんな事でこの悲願が叶うならとっくの昔に叶っている訳であり、

 

「ーーギン!」

 

 至福の時間ほど決して長く続かないのが世の中の決まりというものだ。

 特にギンの場合はそれが当たり前であった。

 

「朝だよ!起きろー!」

 

「ぐふぁお⁉」

 

 聞こえてくるまだ幼さの残る少女の声と共に腹部を襲う突然の衝撃にギンは奇妙な呻き声を漏らす。

 何が起こった、と混乱する事は無かった。

 見なくても分かる。『彼女』がギンの腹の上に飛び乗ったのだ。それも扉を開けてからベッドまでの距離を全力で駆けて勢いをばっちり付けてから。決して『彼女』が重い訳ではないのだがーーむしろ同年代の女子と比較しても随分と軽いーーそれでも不意打ちに無防備な腹部にそんな会心の一撃を叩き込まれれば、普通は悶絶する程の打撃になる。

 

「ぐううぅ……」

 

 情けなく呻き声をあげるギン。毛布から覗く顔は若干涙目である。

 訳あって一緒に住むようになって半年ほど経つが、こちらが何度お願いしようが一向に止めるつもりのないこの起こし方は今日も彼のそう逞しくない腹部に多大なダメージを与えた。

 

「ゆ、木綿季……」

 

 眠気と一緒に意識すら刈り取る一撃を今日も毎朝の通例行事のように受けたギンは涙目な自分の顔を隠す気もなく会心の一撃を叩き込んだ人物を睨む。

 

「おはよう!ギン!」

 

 彼の腹の上に跨りながら、小柄な少女が天真爛漫という言葉がよく似合う笑顔を浮かべていた。

 ベッドの上で。しかも馬乗り。もし第三者が見れば激しく赤面し、よろしくない誤解が生まれそうな体制なのだが、少女は全く気にする様子がない。ギンも毎度の事なのでもう慣れた。

 年齢は14歳と、今年で18になるギンよりも4つも若い。

 腰まで伸ばした長く艶のある黒髪に、ワインレッドのような綺麗な赤みのある瞳。それに袖無しで肩を大きく露出した黒いパーカーに友人から貰ったらしい赤と黒のチェック柄のミニスカートという組み合わせは一見すれば地味な印象を受けるが、彼女から出る明るい人柄というか雰囲気がその印象を上手く消している。

 

「お……おはよう……じゃねえよ」

 

 絞り出すような声で文句を言ってみたが、少女がそれを素直に聞いてくれない事は明白だった。

 

「今日の朝ご飯はパンだよ。早く起きて」

 

 満面の笑みを浮かべながらーー毎度のようにスルーされるギンの抗議を無視してーー彼女は朝食のメニューを口にする。よほど楽しみにしているのか、瞳が早く起きろと訴えていた。

 容姿はひたすら可憐で。常に笑顔を絶やさない。それなのに実はとっても泣き虫で短気で我儘な一面があって。不思議とその我儘が心地よいからどこか憎めない。

 まるで猫かーー物語に出てくる主人公の様に。

 

「ほら!起きて!」

 

「わーたから。起きるから暴れんな」

 

 バタバタとギンの腹の上で暴れる彼女にギンは苦笑する。

 ミニスカートで暴れる所為でさっきから視線が困っているギンの心情なんて知らない少女。

 純粋無垢の典型を目の前にいる少女とするならばーーギンはその真逆である。

 無気力を絵に描いたやつ。親しい友人たちは口を揃えて彼をそう言う。

 名前の通りーー決して染めてはいないーー色素の薄い銀色の髪に加えて、同年代の男子よりも高い身長の所為で一見すれば不良にも見えなくもない。それを彼自身も認めていると共に、割と本気で気にしていたりもする。

 とは言え、別段喧嘩っ早いわけでもないし、素行が悪いわけでもない。

 見た目は不良だが、中身はやる気ゼロな無気力少年。

 ようするに少女と全くの真逆なのだ。

 

「ほら、いい加減降りろ」

 

 毎度の事だが眠気などはとっくに吹き飛んでいた。

 ありがたい事にこの少女が起こしに来るようになってからの半年間でギンが朝寝坊をした事は一度もない。これでもう少し起こし方に気を使ってくれたら素直に感謝の一言でも言えるのだが、そんな事は無理だと半年前に理解している。

 

「うん」

 

 よいしょ、と可愛らしい声と共にベッドのスプリングが軋み、見た目通りの身軽さでスプリングの反動を利用してベッドからひょいと飛び降りる。

 ベッドに膝をついてギンに跨っていた姿勢から、一度だけ体重をギンに預け、腕の力を利用して床に降り立つ。

 とん。と浅い足音が部屋に響いた。

 

「はやーく」

 

 次いでパタパタと慌ただしく扉を開けて急がせる彼女にギンも気怠そうにベッドを抜けだして部屋を出る。

 

 紺野木綿季(こんのゆうき)

 

 この黒い少女とギンが出会って色々な経歴で一緒に住むようになり半年が経とうとしていた。

 

「あー……だる」

 

 ギンは銀色の自分の長い髪を頚の後ろで適当にゴムでまとめてから階段を降り、一階の台所に立つ。

 台所兼リビングとなっている部屋には4人は座れるほどの大きさのテーブルと、あまり使われない大型のテレビがある。

 テーブルには母が用意したのか、サラダと目玉焼きが二人分置いてあった。

 ギンの両親は二人とも多忙な人だ。

 帰って来ない日も多く、この無駄に広い一軒家は事実上ギンと木綿季の二人だけの家となっている。

 若い男女が同じ屋根の下で一緒なのは世間的に問題がありそうな気もするが、不思議な事にギンもユウキもそういった間違いを起こした事も起こすつもりも今のところない。

 中学生に18の男子が手を出したとなれば、それはそれで問題ではあるが……

 

 それはさておき。

 

「木綿季。パン焼いといてくれ」

 

「りょ〜かい」

 

 ヤカンに火を付けてお湯を沸かす隣りで木綿季は二人分の食パンをトースターに入れる。

 最近覚えたらしい曲を口ずさみながらパンを用意する姿は、傍目から見ても楽しそうだ。

 その様子を見てギンは一人笑う。

 半年前まで目の前の少女とこうして朝食を準備するなんてギンは想像できなかった。

 

 ーー1人ぼっちの食事程、つまらないものは無いものだよ。

 

 今より少しだけ昔、鋼鉄の城の中で教えてもらった言葉の意味をギンは今になって理解する。なるほど、確かにその通りだ。

 

「冷蔵庫のイチゴジャム食べていい?」

 

 冷蔵庫に顔を突っ込んだまま木綿季が聞いてくる。

 

「あー……たしかそれキョウスケのだから駄目だと思う」

 

 自他共に認める重度の甘党である父の甘味は許可なく食べる事は許されないのが天音家の暗黙のルールとなっている。

 木綿季もそれを理解してか、代わりに母親が買ったであろうピーナッツバターをギンに見せた。

 

「じゃあ、こっちのピーナッツバターは?」

 

「それなら大丈夫だろ、さすがに」

 

 返事を返しながらマグカップにお湯を注いでインスタントのコーヒーを淹れる。その過程でもう一つのマグカップにコーヒーの代わりにホットミルクを砂糖多めで淹れていたらテーブルにピーナッツバターを置いて戻って来た木綿季から文句の声が出た。

 

「あー!またギンだけコーヒーだ」

 

「いや、だってお前飲めないじゃねぇか」

 

「飲めるもん」

 

 彼女はコーヒーが飲めない。

 初めて飲んだときに眉を顰めて「苦い」「不味い」と眉をしかめながら言っていたのはギンもよく覚えていた。

 なので木綿季でも飲めるようにーー彼女が特に気に入っているーーホットミルクを用意していたのだが、何故か木綿季は毎朝コーヒーを飲もうとする。

 その理由が目の前にいる少年と同じものを飲みたいからという乙女な理由であることをギンは知らない。

 

「飲む!」

 

「無理」

 

「飲む!」

 

「無理」

 

 出会ってから半年と少し。

 このやり取りをギンと木綿季は毎朝飽きる事もなく繰り返している。

 木綿季も本気でコーヒーが飲みたいわけではないし、自分がコーヒーを飲めない事をわからないほど物分かりが悪いわけでもない。ましてやムキになって意地を張っているわけでもない。

 木綿季は見た目の幼さとは逆に頭の回転や理解力は凄く良い。

 それなのに毎朝こうして飽きることなく繰り返しているのはきっと彼女にとって大切な儀式のようなものなのだろう。

 その証拠に木綿季の声には苛立ちや急かすようなものは含まれていない。

 多分、木綿季にとって何かしら意味の在ることなのだろうとギンは思っている。

 だからこその儀式なのだ。

 ギンとしてもこの他愛ない会話は嫌ではない。

 そんなわけで、彼と居候の黒い少女は今朝も子供みたいな会話を繰り返している。

 

「ボクだってもうリッパな大人なんだからね!」

 

「それとコーヒー飲めるのは関係ないだろ」

 

「関係あるもん」

 

 傍目から見たらなんとも間抜けで子供っぽい会話だろう。

 だけどは木綿季は楽しそうだし、ギンも呆れながらもその顔には微笑が浮かんでいる。

 そして。

 

「ほら、できたからどけ」

 

 そんな会話を繰り返したこと数回。

 二人分のマグカップを両手に持ったギンと二人分のトーストが乗った皿を持った木綿季は向かい合うようにテーブルに座り、少し早い朝食を食べるのだった。

 

 

 

 

 

 

 天音ギンと紺野木綿季が住む一軒家は住宅地から少し離れた場所にポツンと建っている。

 その為か車の行き来も少なく、人通りもあまりない。

 閑静と言うには寂しいが、見方を変えれば静かで落ち着いた場所とも取れるのではないだろうか。とはギンの談。

 家から少し離れた西側にはアパートやマンション、一戸建てのーー自分の家よりも立派なーー家が雑然と混じり合いながら建ち並んでいる。この街並みを歩けば駅に近づき、近づくにつれて綺麗に整理された高級マンションや大きなデパートが増えていき、やがてオフィス・ビルやらが並ぶ街並みになっていく。

 家を出てからこの西側を歩くこと三十分。

 住宅街とビジネス街の境目に在る商店街にギンのバイト先のお店が建っている。

 だからこうして毎週日曜日のバイトに限りだか、彼はちょっとした散歩気分で通勤する事が出来る。それも木綿季のおかげで遅刻の心配もなくのんびりと、だ。

 

「いい天気だね」

 

 そう口に出したのは木綿季だ。

 ギンが起き抜けに見たのと同じ格好で彼女は健康そうな細い腕を太陽に伸ばす。

 

「そうだな」

 

 そう返事をするギンの服装は白いワイシャツに黒のチノパン。

 これにシルバーアクセでも付けたら見た目の悪さも加わりホストかはたまた柄の悪い不良学生にしか見えないだろう。実際にギンは学生なので、一概に否定ができない。

 対照的な、けれど歩調を合わせて歩く二人。

 並ぶと木綿季の頭はギンの胸辺りにくる。平均日本男子学生よりも少し高いギンに対して逆に平均よりも少し小さい木綿季がこうして並んで歩くと、その身長差や互いの顔つきから、傍目には髪の色などを無視すれば少し年の離れた兄妹の様に見えなくもない。

 そして、2人の関係はたぶんそんな表現が一番近くて一番遠い。

 

「もうすぐ夏休みだけど、ギンは何処かいく予定とかある?」

 

「あー……Dicey Cafe……とか」

 

「いや、それバイト先じゃん。旅行とかの話だよ」

 

「……とくにない」

 

「えー……」

 

 季節は7月中旬。

 もうすぐ夏休みを迎えるこの時期は梅雨があけて太陽がそろそろ自己主張が激しくなる季節だ。

 木綿季としては実に2年ぶりの夏休みなのだからはしゃぐ気持ちや楽しみな心情はギンにも理解できる。

 

「まぁ、旅行だなんだの前にテストなんだがな」

 

「たはは、そうなんだよねェ……」

 

 ギンの言葉に木綿季は苦虫を潰した顔になる。

 夏休み前のテストで赤点を取れば補習が待っていたりするのでなんとしてもそれだけは回避したい。

 とはいえ彼女の成績はそこまで悪くはないし、補習もよっぽど成績が悪くなければ行われる事はないそうだ。

 

「おはようございます」

 

 毎朝欠かさず犬の散歩をしている顔見知りの老人に挨拶される。

 老人の手にはリードが握られいて、その先には今年3歳になるらしい犬が「ワン」と小さく挨拶してくれた。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。今日も元気そうだね」

 

 木綿季の最後の挨拶は犬に向けられたものだ。

 しゃがんでから木綿季が犬の頭を優しく撫でると犬は気持ち良さそうに目を細めた。

 近年では住人同士の無関心さが増える一方なのだが、この辺りは下町な空気が強いせいか、こうして歩いているだけで様々な住人に挨拶を交わしていくことができる。

 

「おはよう!姉ちゃん」

 

「おはよう!今日も朝練頑張ってね」

 

「うん!」

 

 例えば毎朝のようにサッカーの朝練をしている近所のサッカー少年だったり。

 

「おはようございます。今日も夜勤明けですか?」

 

「まあな。最近また人が減ったからな」

 

「大変ですね。無理して倒れないでくださいよ」

 

「ははは!貧乏フリーターは体が資本だからな、気をつけるよ」

 

 夜勤明けで目が血走っているフリーターの男性だったり。

 

「おう。元気そうだな。そっちのチビっこもな」

 

「チビっこじゃないもん!これから伸びるもん!」

 

 日課のランニングをしているボクサーだったりと、たくさんの人々が此処には居る。

 

 人と人との繋がりは何よりも大切にするべきだ。

 それは現実世界(リアル)でも向こうの世界(もう一つの世界)でも変わらない。

 

「おはようございます」

 

 そんな風に十人くらいのご近所さんに挨拶を繰り返しながらギンと木綿季は、住宅街を抜けて大通りに出た。

 途端に通行人の数が増える。

 此処まで来ると、散歩だの何だのの人は殆ど見なくなり、大半の人々が同じ方向に、恐らくは駅に向かって歩いている。

 そんな通行人の波を無視して二人は商店街の方角に歩を進めていく。

 交通量も日曜日である事も相まってか、とても多い。まだ9時前だと言うのに、車の流れは若干だが渋滞気味だ。少し進んでは止まり、少し進んでは止まり、路面を埋める車はそんな非効率な行進を繰り返す。

 そんな中ーー

 軽快な排気音を響かせながら、渋滞した道路の路肩を1台の自動二輪(オートバイ)がすり抜けていった。

 車の列の隙間を縫うように走り抜けて行くバイクをしばし見つめていると、隣から興奮気味な声で木綿季が話しかけてきた。

 

「すごいよね」

 

「ああ、そうだな」

 

 曖昧で適当な返答も気にせず、木綿季はその大きな瞳を輝かせる。

 

「速いよね」

 

「だな」

 

「ギンも取ろうよ」

 

「何が?」

 

「自動二輪の免許」

 

 ここ最近、木綿季はギンに自動二輪の免許を取る事を強く勧めている。

 そもそものきっかけは、ギンの1つ下の友人が先日、自動二輪の免許を取ったことだった。

 ギンがお世話になっているバイト先の店主(マスター)とも仲の良かった友人は、店主から少し年代物ではあるが、中古のバイクを買い取り、時折だが足代わりに使う事がある。

 ギンとしても、バイクは便利で欲しいとは思う。ギンと木綿季の通う学校はバイク通学も許可されていて、もしバイクがあれば朝の通勤ラッシュの満員電車に乗る必要も無くなる。それは大変魅力的だ。1男子としても、バイクにまったく興味が湧かないわけでもなく、むしろ興味という意味合いならかなりあったりする。

 

 ただーー

 

「面倒だからパス」

 

 その為に時間とお金を使うのはギンとしては面倒なのである。

 

「む〜」

 

 玩具を買ってもらえずに拗ねる子供の様な表情で木綿季は頬をリスみたいに膨らます。

 彼女としてもバイクは大変魅力的らしく、再三説得をしてみてはいるが、ギンが首を縦に振ったことはない。

 

「そもそもそんな金ないぞ」

 

「そこはほら、ギンが頑張って稼いでさ」

 

 何時だったか忘れたが、一度だけその友人が寝坊したからとバイクで通学してきた時があった。話には聞いてはいたが、本当に免許を持っていたことに木綿季は驚き、少し羨ましくなったのだ。

 と、いうのもバイクの通学ではなく、その日の放課後についでだからとその友人の恋人にして木綿季の親友でもある女性を乗せて帰ったことに、である。

 学生の2人乗りなんてあまり褒められたものではないが、ああやって体を密着させ、風を切っていく2人に木綿季は自分とギンの姿を重ねてみた。

 

 ーー悪くない。むしろ良い。

 

 その日から木綿季は自動二輪の免許をギンに取らせようと決めた。今のところは成果が無いのは残念だが。

 

「ま、そのうちな」

 

 ぽん、と木綿季の頭に手を乗せる。

 恥ずかしいのか、それとも別の感情からか、顔を赤くする木綿季だが、手を退けるような言葉も、嫌がる素振りも見せず、借りてきた猫の様におとなしい。

 現金だなァ。と、自分に内心で呆れながら木綿季は上目遣いでギンを見上げた。

 

「約束だよ」

 

「はいはい」

 

 まぁ、いいか、時間ならまだある。半年前なら思いもしなかった事実に木綿季は胸がくすぐったくなった。

 なんなら2年後に、自分が16歳になったら免許を取ろう。想像とは逆になってしまうが、それも自分たちらしくていいではないか。

 そんな事を考えた。

 

「ん?なんだ」

 

 視界の先、数メートル先にある電気屋に人混みが出来ていた。自分たちと同い年くらいの子が集まり、なにやら楽しそうに話している。恐らくは部活にでも行くのだろう。スポーツバッグを肩にかけていた。

 

「なんだろう。ちょっと見てくる」

 

 そう言って木綿季は人混みのある電気屋に向かう。とりわけ急ぐ様子も見せず、面倒そうにギンも木綿季の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見、見えない……」

 

 ギンが追いつくと、木綿季が奇妙な踊りをしていた。ぴょんぴょんと跳ねているので、たぶん人混みの先にあるテレビが見えないのだろう。

 人並みより少し背の小さい木綿季に軽く同情し、人並みより少し大きな身長のギンは人混みの上からテレビモニターを覗く。

 

 

 そこにはギンが予想していた通りのものが映っていた。

 

 

 

 モニターには最近話題になっているVRMMOのPV映像が流されていた。

 ウエスタン風の男性アバターが荒野を駆け、似た様な格好のアバターたちを撃ち倒す。倒れ伏すアバターの屍の上に立ちつくすウエスタン風のアバター。

 そこに不意打ち気味に物陰からガトリングを装備した黒いマントのアバターが表れ、ウエスタン風のアバターと激しい撃ち合いを始める。

 激化する銃撃戦。接近する2体のアバター。

 最後には互いの額にウエスタン風の男はリボルバーの銃を、黒マントの男はオートマタイプの拳銃を突き付けた。

 

 GGO(ガンゲイル・オンライン)

 

 派手に大きくゲームタイトルが映され、最後にOの部分を銃弾が撃ち抜いて映像は終わる。

 

「そういやァ、そんなゲームもあったな……」

 

「え?なに、なに」

 

 未だに奇妙な踊りを続ける木綿季に苦笑し、ギンは最近話題のゲームだと説明する。

 GGO。正式なゲームタイトルはガンゲイル・オンライン。

 外国サーバーを利用した有名なFPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)の1つ。

 VRMMOの登場以降に作られたゲームで、早い話“かなりリアルな”対人シューティングゲームだ。

 最終戦争によって荒廃し、荒れ果てた未来の地球という中々にありえそうで笑えない舞台設定と、VRMMOによくある魔法や剣といった要素を排除した、銃火器を使用しての銃撃戦が売りとされている。

 そして、最大の特徴は日本で稼働しているVRMMOの中で唯一リアルマネートレーディングシステムを採用している事だろう。

 実際にこのゲームで生計を立てている「プロゲーマー」も多く、トッププレイヤーは月で20万から30万前後稼ぐそうだ。

 

 

「は〜……」

 

 ギンの説明を聞いた木綿季がなんとも表現し辛い声を漏らす。

 

 ーー正直、別次元の話だよな。

 

 ギンは内心でそう思った。

 ゲームというのは楽しむ為にある。それはゲームの基本であり、本懐だ。だから、“遊び”の意味でゲームを楽しむ者からしたら、“生きる為”にゲームをするというのは想像し辛いものなのだろう。今の木綿季はそんな表情だ。

 

「そんな世界もあるってことさ。やりたいなら止めはしないが、リアルマネーが動くゲームは正直オススメはできない」

 

 リアルで金が動いている。その事実が、ゲーマーたちの意識を一段高い場所に持っていく。

 GGOもその例に溢れることはなく、他のVRMMOと比べてもプレイヤー間の摩擦はかなり激しい。その証拠にトッププレイヤーたちに至っては、廃人プレイヤー以上の時間と情熱を費やしている。

 

「うーん……」

 

 実の話、木綿季とギンは世間的に言えばゲーマーの部類に入る。それもかなりやり込むタイプのだ。

 二人の出会いのきっかけもあるオンラインゲームがきっかけだった。

 その過程で色々ーー人様に話すにはかなり時間が必要なくらいの濃い内容ーーあって、今はこうして木綿季はギンの家に居候している。

 

「ボクはいいかな。あんまり殺伐としたのって苦手だし」

 

「そうか」

 

 たっぷり思考してーー時間にして1分くらいーーから木綿季はそう言った。

 ゲームの楽しみ方は人それぞれ千差万別。

 今回は木綿季の楽しみ方に合わなかった。ただそれだけである。

 

「でも、ギンがやりたいならボクもやるかも」

 

「いや、俺もいいわ。まあ、キョウスケが買って来そうな気もするが」

 

「ははっ!確かにそうかも」

 

 少しでも興味があれば直ぐに買って来る父親の顔をギンは思い出す。

 ノリと勢いだけで生きているのではないのだろうか、と本気で思うくらいに破天荒な父親の被害者は大抵が息子であるギンになる。

 実際、あの父親のおかげでギンは二年半前にとある事件に巻き込まれた経験があったりするし、いい加減にあの父親は学習する事を覚えてほしいと切実にギンは思う。

 

「まァ、俺は木綿季と一緒なら何処でもいいんだがな」

 

「…………あー、あはは……」

 

 さらっと言ったギンの言葉に木綿季の歯切れが悪くなる。

 別に深い意味はない。ギンにとって彼女は恩人であり、大切な家族のような存在だ。

 そして、その事を木綿季も理解している。

 とは言え、だ。

 年頃の、14歳の女の子にはいささか魅力的な台詞な訳で。

 

「まあ……うん。ボクもできたら……ギンと一緒がいい…かな」

 

 何とも歯切れの悪い物言いである。恥ずかしいのか頬に赤みが増していた。

 見る人が見たら即座に気づきそうな、ある意味露骨すぎる態度なのだが、ギンは気づかない。というか木綿季の態度すらギンは気にしていない。

 察しが悪い。というよりは天音ギンはこの手の事に人並み以上に鈍感なのだ。それでいて他人のこの手の事には人一倍敏感だからタチが悪い。

 

「ん?風邪でも引いたか」

 

 聞く人によっては失礼極まりない発言なのだが、木綿季もそれが無自覚なものだとはわかっているので何も言えないのが辛い。

 木綿季は気恥ずかしさを誤魔化す為にギンの手を取り、引っ張るようにして急がせる。

 

「なんでもない!ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ」

 

「お、おい」

 

 結局、木綿季が急かす理由も顔が赤い理由もギンは今日も知らないのだった。

 

 2025年 7月13日。

 

 世界初のVRMMOが開発されて2年と少し。

 人々は仮想世界をもう一つの現実として受け入れ始めていた。

 

 自称普通の男子高校生の天音(あまね)ギンと真っ黒な少女、紺野木綿季(こんのゆうき)

 

 これは正史では存在しなかった少年と、正史では存在し続けれなかった少女が体験する、正史では語られなかった物語。

 

 

 暑い夏の日に起きた小さな事件である。




一部修正をして再投稿。
完全に思いつきによるものなので、暇つぶし程度に読んでもらえたら幸いです。
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