彼女の眠る墓に、彼はツルハシを振り下ろした。
雷鳴が鳴り響き、濡れた彼の背中を闇の中に浮かび上がらせる。雨は弾丸のように激しく彼の皮膚を叩き、荒れ狂う烈風に髪を吹き乱しながら、目を赤く血走らせた彼は叫ぶ。
千夏、千夏、戻ってこい!
お前にもう一度会う為なら、俺は時間だって巻き戻してみせる!死者をも蘇らせてみせる!
墓地に突き刺さる無数の十字架の群れ。けれど、彼が捜し求める魂は、ただひとつ。
髪からも頬からも雨と汗を滴らせ、悪魔に憑かれた人のように彼はひたすらに墓を掘り続ける。
そうだ。まだ終わらない。約束をしたのだ。永遠に彼と時を同じにすると、彼女は彼に約束したのだ。それなのに、彼女は彼を裏切り、あの美しい箱庭を踏みつけにし、粉々に打ち砕いた。その償いを、彼にしていない。魂の半分を引き千切られた彼の、絶望と孤独の深さを彼女は知らない。
俺を残して逝くなんて許さない。必ずおまえを見つけだしてやる。
目覚めろ、千夏!
おまえの半身が、墓の上から呼んでいる!
棺を開けて、その暗い世界から這い出てこい!
おまえは、俺にその身を、その声を、その髪を、その唇を、その魂全てを、その全存在を捧げなければいけないんだーー!
ALOーーアルヴヘイム・オンラインにおける男性プレイヤー不人気ランキングは、猫妖精族ケットシーがぶっちぎりの1位をキープしている。
その理由は単に直接戦闘に不向きな種族であるからとかの理由ではなく、もっと単純な、正確には他種族の男性プレイヤーたちのくだらない逆恨みが原因だ。
アルヴヘイム・オンラインはSAO事件中に開発、販売された既存のVRMMORPGでも最古に位置するゲームで、その人気は中々に高い。
炎を司る炎妖精族のサラマンダー。
水を司る水妖精族のウンディーネ。
風を司る風妖精族のシルフ。
土を司る土妖精族のノーム。
闇を司る闇妖精族のインプ。
影を司る影妖精族のスプリガン。
使役を司る猫妖精族のケットシー。
工芸を司る工匠妖精族のレプラコーン。
音楽を司る音楽妖精族のプーカ。
北欧神話を始めとした数々の神話をモチーフに作られたこの世界で、プレイヤーたちはまず初めに9つの種族から1つを選ぶ。
どの種族が秀でているというわけではなく、各種族によって特色や苦手分野もある。このあたりは完全にプレイヤーの好みの問題だ。
種族中で唯一、高位の回復魔法が使え、水の魔法にも長けたウンディーネを選ぶ者もいる。
武器の扱いに長け、炎魔法が得意な戦闘向きなサラマンダーを選ぶ者もいる。
武器の生成に長け、種族中で唯一古代武具級の武器を作れるレプラコーンを選ぶ者もいる。
その他の種族にも当たり前に種族中唯一がある。
こういったプレイヤーの好みと自由制がALOの人気の1つだろう。
閑話休題。
猫妖精族のケットシーはモンスターのテイミング、つまりは使い魔の扱いに長けた種族だ。
他の特徴として、俊敏性に長け、視力が全種族で一番良いなどもあるが今は触れないでおこう。
ALOでは、その種族によってアバターの容姿にも特徴がでる。例を挙げればウンディーネは水妖精なことから、髪の色が水色なのに対して、炎妖精族のサラマンダーは髪の色は赤色になるなどがそうだ。
では、ケットシーはどうだ?
ケットシー最大の特徴は金色の髪と小柄な容姿に加えて、猫妖精族を象徴する耳と尻尾ーーぶっちゃけ猫耳と猫の尻尾がある。
さて、イメージしてほしい。
小柄な可愛らしい容姿に、これまた似合う金色の髪とぴょこぴょこと揺れる尻尾と猫耳。
ふと声をかけ、振り返るとーー
男がいた。
……つまりは「男の猫耳なんて見たくねェんだよ!」と言う多種族の男たちの涙ながらの悲痛な叫び声が原因なのだ。
男の娘ならまだ許せるだろうが、10代後半や20代くらいの成長した男子の猫耳など目の毒でしかない。
そんなわけで、毎月更新される男性プレイヤーのPK率1位とアバター作成で選びたくないランキングは毎回ケットシーが独占中である。
「……だからって、これは勘弁してほしいよな」
ケットシー領地でギンはげんなりとため息を吐いた。
ぐるりと辺りを見渡せば、視界に入るのは女ばかり。これが知り合いのサラマンダーとかなら歓喜するのだろうが、今のギンには苦痛でしかなかった。
ケットシー領地は他領地に比較して女性プレイヤーが多いのは、ALOでは有名な話だ。もちろん男性プレイヤーもいるにはいるが、その数は圧倒的に少なく、女性プレイヤーの3割程度しかいない。
そんな中に他種族のーーインプの男性プレイヤーが1人ぽつんといれば、それだけで奇異の目を向けられるのは当然だった。しかも、アバター使用で本来なら黒色の髪が銀色なのも視線を集める要因になっている。
7月14日 PM8:50
期末試験前日にゲームをする余裕なんてものはないギンが何故こんな時間にログインしているのかと聞かれれば、もちろんそれなりの理由があった。
「おせェな、アルゴ……」
未だに来ない待ち人に少々腹を立てる。
約束の時間自体はまだ過ぎてはいない。むしろ時間的にはまだ数分だが余裕がある。しかし、自分以外が異性という奇妙な状況がギンをイラだせた。
つい数時間前の事だ。
珍しく彼女ーーアルゴから厄介ごとを手伝って欲しいとのメールが来た。
基本ソロで活動する彼女が珍しいとはギンも思いはしたが、生憎とこちらは明日から期末テスト。さすがに手伝う余裕も時間もないと、返信をした。
がーー
ーーいいのカ?オレっちがうっかり、あの話を誰かに喋っちまってモ。
なんの話かはギン本人もわからない。
そして、本人もわからないからタチが悪い。
結局、恐喝紛いなお願いで指定された場所であるケットシー領に来たギン。
正直来たくはなかったが、来ない時の報復が恐ろしい。
「待たせたナ」
不意に、右隣から声をかけられる。
普通なら大声を上げてしまいそうな、索敵スキルを無視した死角からの声にギンが驚く様子はない。こんな風に不意打ち気味に話しかけてくる事は彼女を相手にするには、そう珍しくないからだ。
待ち人はフードを被った女性だった。
名をアルゴ。このALOで彼女を知らないプレイヤーはいないと言われるほど有名な一流の情報屋である。
「いや……時間通りだよ」
PM9:00
約束の時間ぴったりに来たアルゴにギンはぶっきらぼうな態度で返す。
情報と時間には正確に、が信条らしい彼女が今まで時間に遅れたことはない。
「悪かったナ。急に呼び出しテ」
「そう思うなら呼ぶな」
「ニャハハー。そうだナ」
独特な語尾を付けて話すアルゴ。
オンラインゲームでは、こうして現実の自分とは違う口調やキャラになるプレイヤーは結構いたりする。
ロールと言われたりするソレは、現実の自分と仮想世界の自分を切り替える為のものであり、MMORPGゲームでは大切な要素の一つだとギンは思う。
仮想世界では人の本当の性質がよくわかる。ギンの父、天音キョウスケの言葉だ。
現実では虫一匹殺せないやつが仮想世界ではPKにどハマりしたり、現実では不良なやつが仮想世界では子供に人気な初心者救済プレイヤーだったりと、そのギャップを知る者からしたら中々に面白い。
現実は見えない重い蓋が自分たちを押しつぶそうとしてくる。だけど仮想世界は違う。本当の、裸の心が、人の本質が見えるのだ。
もちろん、そんな事とは別に純粋にアルゴのようにロールを楽しむ者もいるが。
「じゃあ、早く用事を済ませちまうカ」
踵を返し、ケットシー領地の外に向かうアルゴに付いて行く。
情報屋と自らを名乗る彼女は、そのプレイ時間の大半をゲーム情報の収集に当てている。その熱意たるや、アバターのステータスを情報収集に特化させているほどだ。
そんな彼女がわざわざ人を頼るまで調べたい事柄とは何なのだろうか。
ギンはアルゴに尋ねる。
「用事を済ませるもなにも俺は何も聞かされてないんだけど」
「ああ、そういやァそうだったナ。オネーサンとしたことが、うっかりしちまっタ」
くるりと反転させたアルゴが意味深な笑みを見せる。
「ALOで幽霊が出たらしいんだト。今からソレを見にいくのサ」
何故、こんなことになった?あの地獄からようやく戻ってきたというのに、何故?
すべてが遅過ぎた。2人の箱庭に帰るために、彼はありとあらゆる手段をこうじ、手を血で洗い流すことも、神を冒涜することも恐れなかった。
もともと神様なんて、この世にいやしない。彼の隣で嘲笑っていたのは常に悪魔で、それは彼の最も頼もしいパートナーだった。
あらゆるものを犠牲にした。
仲間を悪魔の生贄に捧げ、友をこの手で赤く染め上げてでも彼はこの鋼鉄の牢獄から脱出し、彼女の待つ箱庭に帰らなければいけなかった。なのに、ここにきて、あらゆることが破滅へと向かっている。
時間がない。
もう一度、もう一度時を巻き戻さなければ。
彼女と過ごしたあの時まで、時間を戻すのだ。
叶うなら、悪魔に魂だってくれてやる。
時間がない。
頭がふらつき、喉からくぐもった声が漏れる。胃が締め付けられるように痛み、吐き気が襲う。
もう失わない。絶対に手離さない。彼の望みを嘲笑し、彼のもとから逃げていくなんてーー
許さない!
幻のように揺らめく彼女の小さな顔へ、彼は手をのばし、トマトのようにぐしゃりと握りつぶす。
彼の後ろにいる悪魔が、にやりと笑った気がした。
幽霊が出た。
そんな噂がアルヴヘイムで流れたのは今から1週間前になる。
ケットシー領地から少し離れた場所で、見慣れないアバターを見たとALO掲示板に書き込みがあったのが始まりだ。
最初はただのイベントNPCかとも思われたが、どうやらそういう類いではないらしい。
曰くーー
本来の使用アバターとは違う。
曰くーー
転移などの反応もなく、突然現れる。
曰くーー
まるで闇に溶けるように消えてしまう。
との事だ。
「…………嘘くせェな、おい」
「まあ、そうだナ」
ケットシー領地を出て数分、森のフィールドで件の幽霊の話を聞いたギンの第一声は呆れと疑惑が混じったものであった。
2025年の現在でも、幽霊の類いの話はよく耳にする。それは、進歩していく技術云々以前に人がそういった摩訶不思議な事に興味を持ち続けているからだろう。
しかしーー
「VRで幽霊もクソもないだろ」
0と1で構成された現在の技術の結晶であるVRで幽霊が出るのだろうか?
答えは99パーセントでNOだ。
ギン自身が幽霊に近いシステム外の現象を数回体験しているので一概に比定できないが、それでもVRに昔ながらの幽霊が出るとは考えにくい。
「普通に考えれば特殊クエストの発生か、運営側のバグだろうナ」
「そこまでわかってるなら、なんで今日じゃないとダメなんだ?」
「それがナ、件の幽霊さんはリアルとアルヴヘイムの時間が両方とも夜にならないと出現しないんだヨ」
「ホントかよ」
「アルゴの情報に間違いはないのサ」
アルゴが自信満々に鼻を鳴らす。
ALO内時間は現実世界と同期しておらず、1日が16時間で推移している。これは特定の時間帯でしかプレイ出来ない層を考慮したもので、例えば夕方にログインするとALOでは早朝だったり、ゲーム内で昼にログアウトすると夜中であったりすることがある。
その為、現実世界とアルヴヘイムで日の高さが揃うことは滅多にない。
アルゴが何故今日を指定してきたのかも納得と言うものだ。ギン自身としては大変迷惑な話ではあるが。
「にしては……出ないな、幽霊」
PM9:30
空には星がまたたいていた。
「堪え性がないナ、ギン坊ハ」
「30分近くモンスター1匹もPOPしないフィールドにいるんだが、帰っても文句言われないよな」
フィールド内にある安全地帯の草陰に隠れた2人は地面の上にぺたりとしゃがみ込み、そこから幽霊が現れると言われている広場をかれこれ30分近く睨みすえていた。
……が、未だに幽霊どころかモンスター1匹現れていない。
「まあまア、落ち着きなヨ」
「はぁ……」
試験前日に何をやっているのだろうか、と今更ながらの後悔に襲われる。
あの廃人ゲーマーの木綿季ですら、試験前だからとALOのログインを控え、現実世界で真面目に勉強をしているというのに自分ときたら……
せめて悪足掻きくらいはしよう。そう決意したギンは、メニュー画面とは別のウィンドウを開いた。
中身は試験範囲のテキストだ。月明かりを頼りに1人問題を解き始める。
「ん、何してんダ?」
「試験勉強。明日から期末テストだって言っただろ」
「ほぉ〜、意外に真面目なんだナ。見直したヨ」
そう思うなら帰らせろ。内心でギンが毒吐く。
VR技術の発展に伴い、仮想世界での勉強も推奨されるようになった。ゲームの中で勉強なんて、と否定的な意見も多いが、実際に慣れてしまうとかなりの利点の多さがある。
特に課題レポートなどの長時間に及ぶ文章の入力は、こちら側でやったほうが圧倒的に効率が良い。現実世界でよくある眼や手首の疲れなどはないし、一般家庭で使われるパネルモニタのUXGA解像度では不可能な数の資料窓を幾つでも見やすい位置に配置したりもできる。これは現実世界では不可能なことだ。
また、今のギンのようにネットの海から様々なテキストを探して見つけることも可能である。わざわざ本屋で探す必要も、ネットで見つけたテキストを印刷する必要もないのは大変ありがたいことだ。
近い未来、それこそ20年後くらいの学生たちは、もしかしたら紙媒体の教科書を捨て、全ての勉学を仮想世界で行うようになるのかもしれない。それくらい仮想世界での勉学は期待されている。
「よシ!ここはオネーサンが手伝ってやろウ。わからないことがあったら、遠慮なく聞いてみナ」
「いや、いい。たぶんわかんないだろうし」
「オ、言ったナ。こう見えてオレっちだって結構勉強には自信があるんだ…………ゾ?……」
顔をそっと上に向け、お姉さんぽい口調で請け合った直後にアルゴはギンの展開していた問題集を覗き込む。
そして、テキストに書き込まれた数式を見た彼女はうっと声をつまらさた。
「…………え、嘘?今の高校生ってこんな難しい問題やってるの。なに?ギンって東大でも目指す特進クラスとかなの?」
「ねェよ。普通のクラスの普通の授業だよ」
ロールすら忘れて口調が素に戻ったアルゴがとたんに目をそらして、そわそわする。
「もしかして、キー坊やあーちゃんも実はかなり頭良いのカ……」
「もしかしなくても、あの2人は学校でも成績優秀組だ。アスナに至っては学年トップだしな」
「……キー坊だけはこっち側だと思ってたのにナ」
告げられた真実にショックを受けたアルゴが項垂れる。
歳上として、情報屋として、多少の知識に対するプライドがあったのだろう。それが思わぬところから砕かれたのだから、アルゴとしては立つ瀬がない。
「なんだ、アルゴは勉強苦手なタイプか?なんか意外だな」
「いや、まあ、昔から数学だのは相性がよくなくてネ」
「おい、情報屋」
「ニャハハー。でも、その代わりに文系は割とできるんだゾ」
「ホントかよ……」
先ほどの態度からか、イマイチ信憑性が感じられない。
アルゴは小柄ながらスタイルの良い身体を逸らす。
「本当だゾ。こう見えてリアルでは自他共に認める文学少女なんだからナ」
「少女って歳か……おまえ」
「おヤ?美女の方が適切だったかナ」
文学美女。改めて聞くと凄く語呂が悪い。
彼女曰く、一度仕入れた知識は忘れることは無いそうで、記憶力だけなら凡人のソレを超えている。加えて、アルヴヘイムは北欧神話をベースにしたゲームであり、そのゲームの知識に詳しいアルゴは必然的に神話関連にも多少は詳しいらしく、その証拠に前に神話について自慢気に話していた事があった。
そう言った意味では、アルゴの言う自称文学少女もあながち間違いではないのかもしれない。
「どの口が言うんだか……」
「その顔は信じてないだロ。なら、試しに何か聞いてみナ。漢文でも古文でも、英語でもバッチコーイだヨ」
ギンの腕を揺さぶりながら、アルゴが嬉しそうに急かしたときだ。
突然、森全域に鐘の音が鳴り響いた。
「オッ!」
「なんだ?」
アルゴがびくっと反応する。ギンもとっさに顔を上げた。
かつて鋼鉄の浮遊城で聞いた音によく似た鐘の音が高らかに響く。
時刻を確認すれば、夜の10時になろうとしているところだった。
「丑三つ刻にしては、まだ早いな」
「上手いコト言うナ、ギン坊」
軽口を叩きながらも、2人は警戒を強くする。
もしもこれが、噂の幽霊クエストなら必ず件の幽霊が現れる筈だ。そんな確信に似た予感があった。
そして、その予感は的中する。
「おい、アルゴ。あれは……」
2人が見ていた広場に人影がぼうっと浮かび上がった。
アルゴとギンが息をのむ。
闇の中から現れた少女は、このアルヴヘイムでは見慣れない、代わりに現実世界では見慣れた学生制服を着ていた。けれどそれは、現代のオーソドックスな今風にアレンジされた裾の短いセーラー調の制服ではない。
もっと野暮ったい、ワンピースタイプのセーラー服。少し昔にあった古いタイプの古式ゆかしい制服だった。しかも夏だというのに冬服仕様だ。
少女はまるで空気を踏むようなふわふわした頼りない足取りで、広場中央までやってくると、彼女はぺたんとしゃがみ込む。
そうして、ぼんやりとした表情で足回りにあった石を一つずつ積み木のように積み重ね始めた。
何時の間にか鐘の音は止まっていた。
辺りは静寂に支配され、あれだけ騒がしかった草木の音や風の音すら聞こえない。
けれど、彼女はまだそこにいる。銀色に輝く月明かりを浴びて、淡々と黙々と、石を一つずつ丁寧に重ねていく。
その光景にギンとアルゴは目をそらすことができなかった。
「あれは……なんだ?」
ギンが積み重ねられた石と少女を見て呟く。
健康的な腕や、肩まで伸びた栗色の髪、それにアルブヘイムでは明らかに浮いている異質なアバター。まるで、現実の世界から迷い込んでしまったようなーー
「…………よシ」
突然、アルゴが立ち上がりギンを前に押し出すようにして女の子がいる場所へと歩き出したので、ギンは驚く。
「お、おい。アルゴ」
「噂の幽霊はいたんダ。なら、話を聞いてみないとだロ?」
「……なんで俺まで行く必要があるんだよ」
「クエストを手伝う約束じゃないカ。約束は守らないとナ」
「ふざけんな。お前だけで行って来い。つか、前に押すな」
もめていたら、向こうも気がついたのか彼女が振り返った。
アルゴは足を止める。ギンも息をのんだ。
少女の顔は、西洋人形のように整っていたが、その表情は洞窟のように空っぽで、感情というものがまったくと言っていいほどないーー
「あ、あんたは誰だイ?ここでなにをしているのかナ?」
虚ろだった空虚な瞳に精気が灯ったのは、その瞬間だった。
頬が薔薇色に輝き、口元に不遜なまでに生き生きとした笑みが浮かぶ。
虚ろな幻想が、はっきりとした現実になる。
可愛らしく甘い彼女の声が、尊大に答えた。
「わたしは
感情の変化に戸惑うアルゴを下げるようにして、ギンが一歩前に出る。
「この場所はあんたのモノなのか?」
「そうよ。ここはわたしたちの箱庭なの。綺麗でしょ、わたしと彼だけの秘密の場所よ。家では、みんながわたしたちのことを監視して、あれこれうるさくてうんざりしているの」
「そうかい。それは悪いことをした。それで、ここで秘密の逢引でもする予定だったのか?」
尋ねると、千夏は細い顎をツンとそらした。
「そのつもりだったのだけど……でもダメね。彼に会うには誰にも知られてはいけない決まりなの。あなたたちが邪魔したから、今夜はもう会えないわ」
立ち上がり、積み重ねていた石を蹴り崩すと、千夏はスカートをふわりと翻してさっさと森の奥へと歩き出した。
月明かりが彼女を照らし輪郭がはっきりと見える。その顔にギンは見覚えがあった。
「人違いなら悪いんだが、もしかして昨日リアルで会わなかったか?」
慌ててギンは彼女に声をかける。
千夏は振り返り、いたずらっぽく目を細めた。
「残念だけど、わたしはあなたに会うのは今日が初めてよ。ナンパにしてはありきたりね」
官能的な甘い瞳に胸を射抜かれたような気がして、ギンの体は無意識に震えた。
見た目はギンよりも少し歳下に見える筈の千夏。なのに、大人っぽい妖しい瞳がギンの視線を釘付けにする。
まるで遥か昔から生きている、不死者のようなーー。
「そんなんじゃねェよ。ただ、昨日あんたによく似た女の子に会ったから……つい、な」
「ああ……そういうことね」
クスクスと艶っぽい笑い声の後に千夏は言う。
「それはわたしの妹よ。可愛いでしょ。でもダメよ、あの子はわたしたちのモノだから」
「な、なア!」
今度はアルゴが千夏を引き止める。
一緒だけ千夏の空気に当てられたアルゴだったが、強気に踏ん張ると、そのまま言葉を繋げた。
「ここ最近の幽霊ってのはあんたなのカ?その規格外なアバターと関係がーー」
「うふふ、ふふ、くすくす……」
ふいに、千夏が笑い出した。その声は先ほどの艶っぽい笑いではなく、軽やかな反面、執拗で病的な怪奇的な笑い声に、さすがのアルゴも怖くなったのだろう、再び息をのむ音が聞こえた。
千夏は口の端を可愛らしく吊り上げる。
「ふふ、幽霊ね。そうね、確かにわたしは幽霊だわ。“だってわたし、とっくに死んでるんですもの”」
ツウっと、背筋に冷たいものが走った。
ザワザワと風が吹き、木々が揺れる。
千夏は笑いながら森の奥へと駆けていった。肩の下まで伸びた栗色の髪があでやかに揺れ、スカートの裾が踊るようにひるがえり、その姿が闇に溶けて消えていくのをギンとアルゴは声を、出すこともできず見送った。
細い体が淡いかげろうのように揺らめき、闇の中に完全に溶けたとき、アルゴはへなへなと地面にしゃがみ込んだ。
「アルゴ!」
焦るギンがアルゴに駆け寄ると、アルゴは震える声で言った。
「あれはなんダ?……なあ、ギン坊は気がついたカ?」
「気がついたって、何にだ?」
ギンが答えるとアルゴは体を震わせる。
「あの子…アバターにプレイヤーカーソルも、MPCカーソルも無かったんダ。しかも、オブジェにだって取れる筈のタゲも取れなかっタ」
「そんな馬鹿な…それじゃあ、ホンモノだって言うのか?」
「そんなわけーー」
立ち上がろうとして、足が弱々しく崩れ落ちる。アルゴは眉をふにゃっと下げ、ひどく情けない顔でギンを見上げ告白した。
「すまんギン坊。オネーサン、腰が抜けちまっタ」
アルゴ姉さんのキャラが掴めない。
アルゴファンのみなさんすみません。
次回は木綿季出るよ。