「あー……あのナ、ギン坊。誤解のないように言っておくが、オレっちは別に幽霊が怖くて腰を抜かしたわけじゃないんだゾ。たまたま、そう、本当にたまたま持病のぎっくり腰が再発しただけだからナ」
ギンとアルゴは夜のフィールドを、ぴったりと寄り添うようにして歩いていた。
別段甘い雰囲気で、仲睦まじくいちゃついていたりするわけではない。先の一件でアルゴが腰を抜かしてしまい、どうしても自力で歩くことができず、仕方なくこうしてギンがアルゴをケットシー領地まで送っていくハメになったのだ。
本来、第二世代型VRMMOゲーム専用特殊ハードである“アミュスフィア”は使用者の一定以上の生理的反応や外部刺激で強制的にゲームを終了する機能を搭載している。
なので、今回のアルゴのように精神的な意味の負荷が起きた場合、強制ログアウトが作動するはずなのだが、どうやら腰を抜かす程度ではその機能は作動しないらしい。
担いで帰ろうにも、困ったことにアルゴがそれを拒否。曰く恥ずかしいとのこと。
そうなると、最低でも安全エリアであるケットシー領地まて誰かが送る必要があるわけで。必然、その役はギンとなったわけである。
「本当に、本当だからナ。まさかVRでもぎっくり腰が再現されてたなんて流石のオレっちも知らなくてだナ……」
ギンの腕にしがみついて、産まれたての子鹿のようによろめきながら、真っ赤な顔で繰り返しアルゴはそう主張する。
呆れたことに、アルゴはこの状態で「幽霊を追いかけるゾ!」などと言い出し、無理矢理に立とうとした。結果、そのままアルゴは前のめりにつんのめって、その髭のペイントされた顔を思いきり芝居に打ち付けたのだった。
「……そんな持病があるなんて初めて聞いたぞ」
右腕でアルゴを支えながらギンが不機嫌そうに言う。
ALOにはプレイヤーがログアウトする際に、空っぽのアバターが消えることなく存在し続けるという少々厄介なシステムがある。その為、迂闊にフィールド内で落ちると空っぽのアバターがモンスターの敵襲に無抵抗になったり、他のプレイヤーに自分のアバターを好き勝手にされるなどの危険性があるわけだ。
そして、それは強制ログアウトされたプレイヤーも例外ではない。
「ごめんナ、ギン坊」
「そう思うなら、さっさと自分の足で立てるようになってくれ」
いくらモンスターが出現する気配のない場所とはいえ、一応この場所はフィールド内。そんな所にアルゴをそのままにして見捨てるわけにもいかず、決して高くない筋力パロメーターを駆使しながら肩を貸すギンの表情は誰が見てもわかるくらいに不機嫌だった。
その証拠に今も眉間に皺を寄せ、口数もいつもよりずっと少ない。
「少しは怖がるオネーサンに優しくする甲斐性を見せてくれてもいいじゃないカ?」
「そういうのはキリトにでも頼めアホ」
「冷たいナ。まあ、ギン坊の優しさはユウちゃん限定だから仕方ないカ」
とたんに、項垂れていた表情が一変。アルゴはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
それに苛立ちを覚えたギンは、小さく舌打ちを落とす。
「よしわかった。今から犬型のモンスターが大量POPする狩場に放り捨ててやろう」
「えッ⁉︎ い、いやいや、待つんだギン坊。話せばわかル」
サー、と血の気を抜かれたように顔を真っ青にしたアルゴが、慌ててギンに詰め寄る。鼠のアルゴなどと大層な二つ名の持ち主のアルゴだが、実は大の犬嫌いという弱点があり、ひょんなことからギンはそのことを知っていた。おそらくは1番効果のある脅しに、アルゴは珍しく涙目だ。
「だったら少し黙ってろ。俺はあんまSTRは高くないから、正直抱えて歩くの辛いんだよ」
「なァ……せっかくゲームの中とはいえ、女の子に抱き着かれてるのにその態度はないんじゃないカ? ほら、もっと色々あるだロ」
ほらほら、とわざとらしく擦り寄せるアルゴをギンは鼻で笑う。悲しいくらいに感触がなかったからだ。
「はん。フィリアやストレアならともかく、お前みたいなぺったんに抱き着かれてもなんも思わねぇよ。ましてや、幽霊にビビって腰抜かしたやつなんかにはな」
「あっ! 今のは聞き捨てならないナ。オレっちのどこがぺったんだっテ?」
「おいバカ、暴れんな。マジで倒れる」
ぎゃあぎゃあと、アルゴが暴れ始めた時、
「ああああああァァァァァ‼︎」
近くで女の子の、それもギンにとってとても聞き慣れた女の金切り声が聞こえた。
「ななな……なな……なな…なにして……」
ケットシー領地のすぐ近く、あと数歩進めば安全エリアにたどり着くような場所。その場所にギンとアルゴ、共通に見慣れた顔の人物がいた。顔を合わせていた2人が顔を上げてみれば、その人物の全体像が良く見える。
声の主はインプの少女だった。黒く長い髪が闇に溶けるのに対して、紅いワインレッドの瞳はまるで猫の瞳のようにはっきりと見える。
少女は真夏なのに、まるで真冬の外にでもいるのかとばかりにカタカタと体を震わせ、くるみ割り人形のようにカチカチと歯を鳴らしながら呂律の回らない言葉を発していた。2人を指差す右人差し指も面白いくらいに震えている。
「あれ? ユウキじゃん」
意外な人物ーー少なくともギンにとってはーーの登場に、ぽつりとギンがその名前を呼んだ。
「あれ? じゃないよ! アルゴとなにしてんのさ!」
ユウキーー紺野 木綿季のアバターネームーーはそんなギンの対応が気に入らなかったのか、再び金切り声を上げた。
かなり興奮しているのが誰の目にも明らかである。
だが、その原因であるギンはさらに無神経に、
「なにって、見た通りだろ?」
と、首を傾げた。
ちなみにギンは、見ての通り歩けないアルゴの介護中であることを意味して言ったのだが、ユウキには、と言うよりは端から見ると2人は抱き合い寄り添いながら仲良く歩いているようにしか見えない。
更に言えば、アルゴは小柄なユウキと比較してもかなり小さく、アバターの身長も平均以上に高いギンに寄り添うと、必然腰まわりに抱きつくことになる。
無論それを多感な中学生女子がその現場を見て、ましてや相手は密かに想っている相手となれば、この反応も必然だろう。
「いや、見た通りって……ええぇ⁉︎」
更に困惑していくユウキ。
しどろもどろに何か言おうと言葉を選ぶが、それが上手く出てこない。パクパクと酸欠の金魚のようにユウキは唇を震わす。
その様子に見かねたアルゴが助け船を出した。
「ギン坊、たぶんユウちゃん誤解してるゾ」
「はっ? 誤解ってなんだよ」
「あ……うん。わかってた。ギン坊はキー坊以上に駄目なのはわかってた……」
何処か遠い目をするアルゴ。
ーー最早呪いの類いではないだろうか。
内心でアルゴはユウキに心底同情した。知り合いの少年も同じように鈍いが、少なくともその少年は立派に恋人を作っているというのにこのチンピラもどきときたら。
しかもタチの悪いことに、恋人を作った件の少年を見たギンはSAO時代に一度だけだが、
ーー羨ましいな。俺も彼女が欲しいよ。
と、ボヤいたことがあった。無論、その場にいた全員が圏内なのもお構いなしにギンを殴り飛ばしたのは言うまでもない。
アルゴは溜息を吐いてから、ひらりとギンから離れる。
「あー、ユウちゃんや」
「アル……ゴ?」
泣き出しそうになっているユウキをあやすようにアルゴが言う。目尻に溜まった涙をアルゴはそっと拭った。
「ごめんナ。実は今日オレっちがちょっと調べものでドジを踏んじゃってさ、ギン坊にさっきまで介護してもらってたんだヨ」
「介護?」
「そ、うっかり麻痺罠踏んで歩けなくなってサ」
まいったヨー、などと笑うアルゴを見て、徐々に冷静さを取り戻すユウキ。
不安そうにギンへと確認のために視線を向けると、返ってきたのは無言で首を縦に振っての肯定だった。ユウキは、ホッと息を吐く。
「ま、もう大丈夫だから安心してくれ。オレっちはギン坊を獲ったりはしないかラ」
「なっ⁉︎ な、なに言ってるのさ!」
こそっとユウキだけに聞こえるくらい小さな声でアルゴが耳元で囁くと、ユウキは瞬間湯沸かし器みたいにボンっと、顔を真っ赤に染めた。そんなユウキをケラケラとアルゴは笑った後、振り返ってギンに笑みを浮かべる。
「ああ、そうだギン坊。今日のこと誰かにうっかり話したらどうなるかは、わかるよナ?」
そう言って、フードを深く被り直したアルゴはギンの返事も待たずに、ケットシー領地内に向かって月に照らされた夜の道を歩いていった。
その姿があまりにも似合っていたので、ギンは引き止めることを忘れてしまった。
「ねぇ、ギン。今日のことってなに?」
「さあな」
「さあな、じゃないよ」
「あー、ハイハイ。そのうち話すって」
「ギーン」
取り残されたギンとユウキの2人は、ケットシー領地前で茫然と立ち尽くした。
先に正気に戻ったユウキは隣にいるギンにアルゴと何をしていたのかの説明を求める。勿論それでギンが素直に話すわけがない。そうなると再びユウキの勘違いが加速する。
「やっぱりそうなんだ!」
「やっぱりってなにがやっぱりなんだよ。お前が考えるようなことはしてないっての」
「じゃあなにしてたのさ」
「だから無理だっての⁉︎ アルゴに口止めされたの見ただろうが⁉︎」
話せ、嫌だ、の平行線が続き、結局ユウキをあしらい、上手く誤魔化す頃には時計の針は12時を過ぎていたのだった。
試験勉強が全く進まなかったことは言うまでもない。
超久しぶりな投稿。
リハビリも兼ねて文章量は半分以下です。