アリサ回
そういえば、紫藤さんの素顔を見たことがないな
ふと少年はそう思った。
見たことはある。見るだけなら経験はあった。
彼女が電気椅子で死んでいた時や最後の魔女裁判の時にマスクを外した彼女の素顔を見たことはあった。
しかしそれはノーカンだろう。普段の彼女とかけ離れていたし、なにより彼女の素顔を見ることだけが彼の目的ではない。
彼女の笑顔を見てみたい
素顔の彼女を思いっきり笑わせたい。笑顔が見たい。
しかし彼女は素顔を見られることがあまり好きではない様子だ。
マスクを外させることはそう容易ではない。
少年もそれは理解している。
かといって無理やりマスクを引きはがすなんて真似は絶対にしたくはない。
そんなことしたくはないし、したとしても笑顔を見せてくれるわけがない。
できれば彼女が自発的にマスクを外したタイミングで、彼女を思いっきり笑わせたい。
そこで、少年はアリサのことを最もよく知る人物に相談することにした。
「どうすれば笑顔の紫藤さんを見ることができるかな。ちょっと相談のってくれよ紫藤さん」
「なんでウチに相談すんだよ、おかしいだろ!」
「やっぱ紫藤さんのことを一番知ってるのは紫藤さんだからなにかいい作戦思いつくかなーって」
「自分で何言ってるかわかってんのか?」
少年はアリサに直接相談しに来ていた。
ドン引きしているアリサを気にせず、少年はとても真面目な顔で作戦会議をつづける。
「食事の時はさすがに紫藤さんもマスク外すだろ?やっぱその時に思いっきり笑わせるのが一番かなぁ」
「しばらく食事はひとりでするか……」
「それかシャワーのときに覗き見るとか?まぁ紫藤さんならシャワー覗くぐらい許してくれそうだしいいかもな」
「んなわけねぇだろ、ふざけんな!」
「じゃぁシンプルに寝込みを襲うとか?」
「マジで殴るぞてめぇ!!」
拳を握って声を荒げるアリサのその姿は、久しく見ていない姿だった。
魔女因子から解放されて以来、彼女は他の少女たちと仲良くやれていて、喧嘩腰になることなどほとんどなかったから。
「さっきから文句ばっかりだけど、そういう紫藤さんはなにか案あるの?紫藤さんはどうすればマスクを外すと思う?」
「……普通に正面から頼めばいいだろ」
「紫藤さんは紫藤さんをわかってないね。頼んだ瞬間、顔面がめり込むパンチを喰らわせられるよ」
「ウチは今そうしたい気分なんだが?」
「どうすればいいかなぁー?」
少年が腕を組んで頭をひねる。
やはりアリサはドン引きしていたが、ふとマスクのヒモに手をかけた。
「別に、マスク外すぐらいならどうってことねぇよ。お前らはその、と、友達だし……」
「うーん解釈違い。紫藤さんはこういうとき『ざっけんな!』って言いながら持ってるタバコで俺に根性焼きしてくる。」
「お前はウチを何だと思ってるんだ?」
「俺の手を握ってくれるめちゃくちゃ優しい人」
「……」
「ちょっとこういうこと言うだけで赤くなって黙っちゃうチョロい人」
「……お前」
「わぁ!紫藤さん顔真っ赤でかわいいね!照れてるのかなあああだだだ久しぶりの関節への攻撃ぃいいい!」
少年はアリサをからかうために伸ばした人差し指を掴まれ、逆方向へ曲げられる。
こうして関節技を決められるのは久しぶりだなと、少年は笑っていた。
関節を決められて笑っている少年を見てアリサはまたドン引きしていた。
「つか、なんでそんなに見たいんだよ」
「人ってさ、誰かの顔を思い出すときってだいたいその人の笑顔が思い浮かぶじゃん?でも紫藤さんの顔を思い出すときって、毎回マスク越しだからなんか嫌だなーって。毎晩紫藤さんのこと考えてるうちに思った」
「毎晩……ウチを?」
「そう、毎晩考えてる。なんなら考えているだけに飽き足らず『紫藤さん、紫藤さん』って声に出してる」
「待て、それはなんかおかしいだろ」
「『紫藤さん、紫藤さん……ウッ』って言ってる」
「マジで気持ち悪いぞ今日のお前……」
掴んでいた指を離し、アリサは一歩後ずさった。
さすがに下品すぎたかと少年が反省していると、アリサは小さくため息をついた。
少年を見て呆れた視線を送っている。
「ったく……ほら」
アリサはマスクのヒモに手をかけ、黒いマスクを取り外した。
アリサの素顔があらわになった。
久しく見ていなかった彼女の素顔に、少年の目が奪われていた。
鼻先から口元、白い頬、きれいな素肌、そのすべてに視線が集中する。
綺麗だ
少年は誰にも聞こえないような小さな声でそう呟いた。
言おうと思って言ったわけではない。勝手に口から出ていた言葉だった。
「これで、満足かよ」
まじまじと少年に顔を見つめられて、アリサは恥ずかしいのか目をそらして頬をかいている。
彼女の声を聴いて、少年は自分が見惚れていたことに気が付き、慌てて本来の目的を思い出す。
「あとはこの顔を大爆笑させたいんだよな……喰らえ!」
「もういいだろっ!顔は見せたんだから」
彼女を笑わせようと少年が変顔を構えるも、アリサはそれより先にまたマスクをしてしまった。
やはり素顔を見せることはあまり好きではないらしい。
少年はガックリと肩を落とすが、素顔を見れただけでも十分かと前向きになる。
「仕方ない、次はシャワー浴びてる時に突撃するから待っててね」
「そろそろいい加減にしとけよお前」
◇
「とは言ったものの、流石にシャワー室突撃は色んな意味で気が引けるよね。今の時代、風呂覗きとかフィクションでも許されないし。どうすれば素顔の紫藤さんを笑わせられるかな?」
「だからなんでそれをウチに聞きに来るんだよ!」
今は夕食の時間。
少年は中庭でコソコソとひとりで食事を摂っていたアリサの隣に座っていた。
アリサはすでにシャワーを済ませてしまったらしく、髪がすこし湿っている。
「紫藤さんと同じ時間にシャワーを浴びていた少女Sさん曰く『ヤンキーがめちゃくちゃ入り口のほう気にしてて草』だそうです。俺のこと待っててくれてたんだね、一緒に入らなくてごめん!」
「沢渡のヤツ……今度会ったらただじゃおかねぇ」
アリサは少年の謝罪を無視して、告げ口したココに怒りを向ける。
食事中だったアリサは今、マスクを外している。
笑わせるチャンスではあるが、笑った拍子に食べ物をこぼしてしまうかもしれない。
食べ物を粗末にするのはあまりよろしくないだろう。
少年は変なところで常識的だった。
結局、少年は自分も食事を持ってきて、アリサの隣で一緒に食事を摂ることにした。
「マスクを外すだけなら思ったより簡単だった。じゃあ次はどうやって笑わせるかだよね」
「だからウチの前で作戦会議してんじゃねぇ」
「変顔見せればいいかもしれないけど、見せようとした瞬間逃げられそうだし……どうしようかな?」
「ウチに聞くなっての」
「このスープ美味しいね」
「そうだな」
「誰が作ってるんだっけ」
「今日の担当は確か……二階堂だったか?」
「さすがだよね、毎日飲みたいぐらい」
「……プロポーズでもすんのか?」
「毎日俺より早く起きて毎日スープ作って毎日愛想が良くて毎日掃除洗濯炊事して毎日俺より後に寝てほしい」
「関白宣言かよ」
「本土に帰れるのいつになるかなぁ」
「二階堂は、まだ時間がかかる、としか言わねぇ。一体いつになったら……」
「紫藤さんは、家に帰る派だったっけ」
「あぁ、ウチは……家族に会いたい」
「そっか……菓子折りとか持ってった方がいい?」
「なんでお前もついてくるんだよ!お前はお前で行くところあんだろーが!」
「まぁね、俺のことずっと気にかけてくれたお医者様がいてね。目のこと報告したいんだ」
「ウチの親に会いに来てる場合じゃないだろ……」
「お宅の娘さんはとてもやさしい子ですって言いに行く」
「……ウチは、そんなんじゃ、ねぇよ」
「……暗くなってきたぞ、大丈夫か?」
「んーまだ大丈夫。もうちょっと紫藤さんとお話してたいかな」
「無理すんなよ、震えてんぞ」
「トラウマ、克服したいと思ってたんだ、すこし日が沈んだぐらいなら、まだ……」
「……無理するなっての」
「はは……ごめん、手握ってもいい?」
「……」
「ありがとう」
「紫藤さんには、すごく、感謝、してるんだ」
「無理して喋らなくていい、落ち着け」
「暗くても、手を握っていれば、大丈夫って教えてくれたのは、紫藤さんだから」
「……ただの偶然だろ。偶然、最初に手を握ったのがウチだっただけだ」
「それでも、とっても安心したんだ。だから本当に、ありがとう紫藤さん。これからも、たまには手を握ってほしいな」
「……お前がウチでいいって言うなら、いくらでも握ってやるよ」
「……」
「……屋敷、戻るか?」
「まだ、いける」
「手、握ってるからな。ウチはここにいるから」
「ありがとう。やっぱり、優しいね、紫藤さん」
「……」
「もういいだろ。みんな待ってる、早く医務室で寝るぞ」
「まだ、紫藤さんが笑ってる姿、見れてないから、もうすこし話したいんだけどな」
「……明日もまた話せるだろ。ほら、立てって」
「……ごめん、足に力入んない」
「は?」
「紫藤さん、肩かして、夜が怖くて立てなくなっちゃった」
「目元潤んでるじゃねーか!無理すんなっていっただろ!」
「だってぇ!紫藤さんに笑ってほしくてぇ!!」
「ウチがこんなんになったお前で笑えるわけないだろ!ほら、掴まれ!色んな意味で医務室行くぞ!!」
「色んな意味ってエッチな意味も含まれますか!?!?」
「黙ってろ!!!!」
◇
「みんなにめちゃくちゃ怒られた……」
「そりゃそうだろ」
医務室に戻るや否や、少年は少女達に囲まれお叱りを受けた。
トラウマを克服しようとした努力は応援したいがそれにしたって一報入れてくれ、とても心配した、最初は室内で練習してくれなどなど。
「俺はただ、紫藤さんに笑ってほしかっただけなのに……」
「だからなんでウチがそれで笑うようになるんだよ」
アリサは深くため息を吐くと、少年の手を握ってベッドに横になった。
今日はアリサが少年の隣でねむるようだ。
「いつでも話し相手になってやるから、もう無理するのはやめろ」
少年の目を見て、アリサは言った。
とても彼のことを案じているのだろう。手を強く握っている。
こんな言い方をされたら、少年は頷くしかない。
「やっぱめちゃくちゃ優しいよね紫藤さん」
「だからウチはそんなんじゃねぇって」
「俺が勝手に思ってるだけだよ、紫藤さんは優しくてかわいくてきれいな女の子だ」
「おまえっ、なに言ってんだ急に!」
突然の誉め言葉。
少年があまりにも自然な雰囲気で言うものだから、アリサは驚いて顔を赤くしてしまう。
少年は赤くなったアリサの顔を正面から見つめる。
「いつか絶対、素顔の紫藤さんを思いっきり笑わせるから、覚悟しといてね」
「勝手に言ってろよ」
そっけなく返したアリサだったが、その口元は、わずかに笑っていた。
深夜……
「紫藤さん、紫藤さん……ウッ」
「マジで言ってたのかよお前」
「寝言だよ」
「寝てから言えよ」
「寝てるって。紫藤さんのおかげでよく眠れてまーす」
「ったく……」
「ヤンキーと変態うっさい!いちゃついてんじゃねーっ!」
「イチャついてねぇ!黙ってろ沢渡!!」
「イチャついてます!」
「黙ってろ!!!!!」
次回はひとつのバッドエンドを書く予定です。
とある選択をしなかった少年のお話を書きます。
しばらくお待ちください。
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