もし、最終裁判で――
大魔女とメルルが、消滅していく。
淡い光が二人を包んでゆっくりと、消えていく。
(あぁ……)
それに呼応するように、彼の視界が狭まっていく。
ゆっくりと、消えていく。
(よかった……)
彼は安堵していた。
魔法が消えた。魔女因子が消えた。
皆、魔女から解放された。
消えていく。
消えていく。
光が、消えていく。
(あぁ、そうだ)
言わなければいけないことがあった。
最後に、大魔女さんに。
光を失った俺に、魔法を、奇跡を、
「光をくれてありがとう」
彼は大魔女へと――
◇
大魔女が消滅し、魔女因子は消え去った。
牢屋敷にいる少女たちはみんな救われた。
殺人衝動を得ることもなければ、この屋敷に閉じ込められることもない。
家に帰れるのだ。
少女たちは、ハッピーエンドを迎えることだろう。
「……」
コツコツと地下牢に足音が響く。
牢屋敷の規則が無くなってから、各自好きなところで生活するようになった。
この地下は日の光もなければ衛生的に好ましいところでもない。好き好んでこの場に残る人間はそうそういないだろう。
しかし、それでもこの場に残っている人間がいた。
「……もう正午をすぎる時間だ。起きてほしい」
足音が、彼のいる牢屋の前で止まった。
二階堂ヒロが彼に会いに来ていたのだ。
ヒロが来ると、彼はゆっくりとした動きで起き上がった。
「来なくていいっていつも言ってるのに」
声色は、依然と変わらない。
しかし、彼の表情は何も浮かべてはいない。
喜びもなけれな悲しみもない、完全な無。
その目に残った痛々しい傷も相まって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
(以前の彼とは大違いだ)
自分がどれほど罪深いことをしてしまったのか、ヒロは唇をかんだ。
最後の裁判が終わり、ユキとメルルが消滅した。
そして、彼の魔法も同じく消失した。
視力を失った彼は、どんどん弱っていった。
歩くたびに怪我をして、誰かと話すたびに涙が溢れる。
みんな、彼の助けになろうとした。
どこか出かけようとするたびに彼の補助にまわったり、彼を励まそうと面白い話をしたりした。
しかし、その気遣いは逆効果だったようで、彼はどんどんとやつれていき、そして
彼はこの牢屋の中で1日を過ごすようになった。
表情も変えず、虚空を見つめ、なにも行動をしようとしない。
ヒロはもう何度目かもわからない、謝罪の言葉を口にする。
「すまない……私は、君から――」
「二階堂さんは、知ってるかな。ネズミを使ったある実験のこと」
言葉を遮られ、ヒロは顔をあげる。
こんな風に誰かの言葉を遮るなんて、以前の彼にあっただろうか。
長らく声を出していなかったからか、若干かすれた声で彼は語りだした。
「水が入ったプールにネズミを入れるとさ、普通のネズミだと15分くらいでもがくのを諦めて溺れて死んじゃうんだ」
「でもね、溺れ死ぬ前に一回ネズミを救出して、十分休ませた後にまたプールに入れてみたらさ、こんどは60時間もあきらめずに泳ぎ続けたらしいよ」
「いっかい助けられたんだからまた助けてもらえるかもしれない、そう思って必死に泳ぎ続けたんだろうね」
「俺も同じ。一度なくなって、絶望して、諦めそうになった時に、魔法をもらった。たすけられた」
「だから、またなくなった今も、救出されるんじゃないかと、必死に、あがいてた」
「そんなわけないのにな」
そこまで言い切って、彼はため息を吐いて自身の頭をかきむしった。
いったい何回そんなことをしたのだろうか。頭には爪でひっかいた跡がいくつも残っている。
「みっともないよな。みんなには悪いことしたよ。佐伯さんに泣きじゃくって、わざわざ謝りに来てくれてた城ケ崎さんと夏目さんに喚き散らして……紫藤さんが止めてくれなかったら、どうなってたことか」
彼の心が壊れた日のことだ。
ノアの描いた絵を見れなかったこと。それが、彼にとっての限界だったのだ。
もう二度と何も見れないことを理解させられた彼は、
髪をかきむしり、泣き叫び、床に頭を打ち付けた。
頭から出血し、のどが裂けて血を吐き、水分が枯れるまで泣き叫んだ。
近くにいたアリサが彼を止めるまで、誰も彼に近づけなかった。
少年はそっと、額にできた傷跡を撫でる。
そして朗らかに笑った。
「だからさ、諦めることにした。目も未来も、全部」
そう言って息を吸って吐いた。
とても気分がいいのだと示すように。
「そしたらなんか、暗闇見てても平気になったよ。トラウマ克服、魔女化回避さ、ははっ」
彼はもがくのを諦めたのだ。その体は、ゆっくりと溺れていく。
誰も助けることはできない、水底へと沈んでいく。
あとは、死を待つのみ。
「いま、すっごい楽な気持ちだよ。涙もでないし、よく眠れるし、人生で一番調子がいいんじゃないかな」
「だから、俺のことは気にしないでいいよ。お腹もへらないんだ。なんか、全部どうでもいい」
皮肉にも、今の彼はトラウマを乗り越えてしまった。
この生活を続けていくことにも、なにもストレスを感じないのだろう。
少年と視線を合わせられなくなり、ヒロは下を向く。
「俺よりも、桜羽さんと一緒にいなよ。仲直り、できた?」
「……ああ。君のおかげだ」
「よかった。じゃぁ、たくさん悪いこと言った分、たくさん、仲良くしてあげなよ。俺に構ってないでさ」
少年はそういってヒロを遠ざけた。
しかしヒロはその場から動かない。今も少年の方を見ている。
「エマは……私を許してくれた。おあいこ、だと」
一生をかけて償おうとしたヒロの罪を、エマは笑って帳消しにした。
「だが、私は君から一方的に奪った。この先私は、君への償いのために生きるつもりだ」
せっかく手に入れた視界を彼は再び奪われた。
奪ったのは自分だ。それ以外に手段が思いつかず、彼を魔女化させたのは自分だ。
ヒロは自分を許さない。
「人生をかけて、君を――」
「いらねぇって言ってんじゃん」
少年は淡々とした声でヒロを遮った。
感情がこもっているのかどうなのか、もうわからない。
「俺は、もうそういうのいいんだ。謝罪とか、人生とか、全部全部どうでもいいんだよ」
「このまま、ここで寝ていたい。なにも考えず、誰にも迷惑かけず、ここで、死にたい」
「俺に謝りたいと思っているのなら、放っておいてほしい」
「みんなにも、俺のことはわすれるよう、言っておいて」
そういって、少年は口を閉ざした。
もう喋ることはないと言うかのように。
ヒロは血が出るほどに拳を強く握った。
あれほど陽気だった彼をここまで追い詰めてしまった。
すべてを諦めさせてしまった。
自分のことが許せない。
あの時別の方法を思いつかなかった自分を許せない。
失明した彼を支えることができなかった自分を許せない。
全て諦めてしまった彼にかける言葉が思いつかない自分を許せない。
そして今ここで、彼を見捨てるという選択肢を思い浮かべた自分が許せない。
「そんなこと、できるわけないだろう」
「君を死なせることが、君への贖罪?そんなわけがない」
「君が、再び笑って前を向いて歩けるようにする。それまで、私が君を支える!」
ヒロは牢屋にこもっていた彼の腕を引き、無理やり外へと連れ出した。
すべてを諦めてしまった少年は、全く抵抗しなかった。
抵抗するというやる気すら、彼はもう持てない。
◇
「目見えなくなったから、感覚が鋭くなったのかな。今自分がどこにいるのかわかるよ。食堂だよねここ」
「わかっているのなら、口を開けてくれないか」
「食事くらい1人でできる、二階堂さんは俺のこと気にしないでくれ」
食堂に連れてこられた少年は、ヒロが口元に運んだスプーンを拒絶する。
時間は正午を過ぎている。
昼食にはちょうどいい時間だ。
「まったくお腹すかないんだ。不思議だね」
「それでも食事を摂らないのは正しくない。せめてスープだけでも」
「いらない。この食堂の空気だけでお腹いっぱいだ」
食堂には、ほかの少女たちがいることを少年は気づいていた。
彼女たちの表情はとても重苦しい。
目が見えなくても雰囲気というもの彼は感じていた。
「みんな遠巻きに見てるよ。嫌われたね俺も」
「嫌っているわけではない、あれは君を心配して――」
「わかってる、冗談だよ。みんな優しいから、こんな俺でも嫌わないし、見捨てないでいてくれる」
少年を遠巻きに見つめる少女たちは、なにも彼を嫌っているわけではない。
むしろ好意的に思っているし、なにか助けられないかと心配そうに見ている。
しかし少年のそのすべてを諦めた表情が、少女たちをためらわせた。
なんて声を掛ければいいのかわからないのだ。
慰め?応援?
今の彼にかける言葉が思いつかない。
そんな空気の中、ある少女が彼の元へと歩み寄った。
城ケ崎ノアだ。
「あの、のあは……その……」
とても悲しそうな顔と声色で少年のほうを見ている。
対する少年は彼女の様子とは対照的に元気そうに答えた。
「やぁ、城ケ崎さん。元気?」
以前の少年と同じような態度だったが、ノアは気付いた。
彼が
「のあ、ごめんなさいって、言わなきゃって……」
「いいって、俺が勝手に目見えなくなって、勝手に笑わせようとして、勝手に発狂しただけだから」
「ごめん、ごめんなさい」
「大丈夫だって、またたくさんお絵描きしてよ!きっと城ケ崎さんならすっごい絵をかけるようになるからさっ!」
少年は笑った。
それは以前の彼とまったく同じ笑顔だ。
見ているこちらも笑ってしまいそうな元気で優しい笑顔。目を失ったとしても、その笑顔は変わらず楽しそうで優しかった。
しかし、ノアにはわかる。
ちがう
これは彼の笑顔じゃない。こんな虚しい笑顔じゃない
優しく笑って自分の絵をほめてくれたあの顔じゃない
あの笑顔でまた褒められたい、自分の本当の絵を見てもらいたい
でも、もうできない
彼はもう何も見えないし、
少年の額の傷を見て、ノアは涙を流した。
狂ってしまった時のことを鮮明に思い出す。
「うぅ、うううぅう」
もうあの笑顔の彼に褒めてもらえることはないし、自分の絵を見てもらえることもない。
それどころか、自分が絵を見せようとしたせいで、彼はもう諦めてしまった。
自分のせいで彼は諦めてしまったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、のあが、のあのせいで」
ノアはごめんなさいと何度も口にして、その場にしゃがみ込む。
いつの間にか隣に来ていたアンアンがその背中を撫でた。
「すまない……」
アンアンは少年にそう一言残して、ノアを連れて下がっていく。
震えるノアの背を撫でる手も、わずかに震えていた。
少年は小さくため息を吐いた。
自分のせいでノアとアンアンを悲しませている。いいやこの場にいる全員、自分のせいで笑顔になれていない。
「俺のことは忘れてほしいんだけどな」
「無理な話だ。君のことを忘れられる者などいるものか」
「そりゃそうだよな。目が見えない奴なんて珍しいし」
「そういう意味ではっ」
「もう行こう、十分だろ」
彼の言葉に感情は籠っていなかった。
結局食事を全くとらず、少年は牢屋に戻ろうと席を立つ。
「待ってくれ、次はこっちだ」
ヒロはその腕をとって、次の場所へと向かった。
少年は抵抗せず、連れられていく。
彼らが出ていったことで、食堂は静かになった。
残された少女達の空気は重い。彼のためになにかしたいが、できない。再び逆効果になるのは目に見えているから。
少女達の醸し出す重苦しい雰囲気は、牢屋敷中に広がっていく。
◇
食堂を出て、ラウンジを通る。
道中に感じる少女達からの視線に気が付かないふりをしながら、少年は黙ってヒロについていく。
やがて彼女の足が止まり、目的地にたどり着いた。
「……なんでシャワールーム?」
「ここ最近、ずっと地下牢にいたのだろう?体は毎日洗うべきだ」
少年の腕を引いて、ヒロが進んだ先はシャワールームだった。
「私たち以外誰もいない、服を脱いでくれ」
「体洗うくらい1人でできるよ。出てって」
「今の君を一人にしたくない」
もしも一人にさせてしまったら、ふらりと消えてしまいそうなほど彼は弱く感じた。
「はぁ……」
彼はあきらめたように服を脱ぎ始めた。
目の前に異性がいるというのに、恥じらっている様子はない。体を隠そうとすらしない。
彼は本当に、すべてを諦めてしまったのだ。
「今の時間はシャワーから冷水しか出ない、まず頭を」
「だから自分でできるって」
ヒロは少年の頭を洗い始めた。
傷口に染みて痛いだろう、そう言いながらも頭を洗う手を止めるつもりはないらしい。
「いいって二階堂さ……ん」
少年はうっとおしく感じ、ヒロを押しのけようと体にふれて気がつく。
服の感触を感じないのだ。
ちいさくため息を吐く。
「二階堂さんまで脱ぐ必要はないんじゃない?」
「君と一緒に入るんだ。私の体も一緒に洗ったほうが効率的だろう?」
「シャワー浴びるのに効率もなにもないでしょ」
ヒロの素肌に触れているのに、彼の様子は変わらない。
以前の彼であれば、恥ずかしがって何らかのアクションを起こしただろうに。
(以前の彼であれば……か)
「体を流す。冷たいだろうが我慢してほしい」
「はいはい」
彼はされるがままだった。
ヒロが体のどこに触ろうが、まったく反応すらしない。
「……私の体も洗ってみるかい?好きに触ってくれても」
「自分の体は、自分で洗った方が
「……そうだな」
彼に生きる理由を見出してもらおうと、自身の体を餌にしてみるも、少年は見向きもしない。当然だろう、目が見えないのだから。
ヒロは自分の体をパパっと洗い流し、少年の体を拭いていく。
実際に触れてみてわかる。彼の体はとても細くなっていた。ストレスによるものか、食事を摂っていないせいか、その両方か。
「拭くことぐらい自分でできるっての」
「これが、私にできる最大限の謝罪だ」
「男の体を拭くのが謝罪だって?そんなもんいらないって何度も言ってるじゃん。裁判のときからずっと」
「君がなんと言おうとも、私はつづける。罪を犯した人間は、等しく裁かれ罰を与えられるべきだ」
「それが正しいって?価値観の押し付けは正しくないよ」
「君をひとりにすることが正しいことだと?ひとりになれば自殺してしまいそうな君を?」
「そう、それが正しい」
「そんなわけがない」
彼の言葉に力強く反対した。
自殺は彼女にとって禁忌だ。魔女因子はなくなった今も、それが彼女にとっての禁忌であることには変わらない。
そんな彼女にとって、彼をひとりにさせるなんてありえないことだった。
力強い反対を聞くと、少年は静かになった。何も言い返さず、黙って服を着替えている。
何を考えているのか、読み取ることはできない。
「次は外に行く、日の光を浴びるべきだ」
黙ってしまった彼の腕をとり、ヒロはシャワールームを出る。
そのまま外に出ようとした時、彼の足が止まった。
「なにをっ」
「外出ても何も変わらないよ。日の光浴びるったって、何も見えないよ」
「っ……」
「部屋にもどる。もういいだろ」
乱暴にそう言うと、少年は地下へと続く階段の方に向かっていく。
彼のとても虚しい背中を見ると、ヒロは黙ってそれに従うほかなかった。
◇
光が差し込まず、暗い。
石でできた壁には苔が生えているようで、清潔感を感じない。
いるだけで気分が落ちていきそうな地下に、少年とヒロのふたりがいた。
ベッドに座った少年の隣にヒロが座っている。
二人の間に会話はない。
ボーっと虚空を見つめる少年の様子を、ヒロは歯噛みしながら見つめていた。
普段の彼であれば、こういったとき話しかけてくれていた。
笑わせようと話の輪を広げてくれていた。
以前の彼ならばこういう時に、
元気な彼ならばいつも、
魔法が残っている時の彼ならば、
普段の彼の様子と今の様子とを比べ、握った拳からまた血が流れ出そうになる。
「……寝る」
ヒロの様子を気にするでもなく、少年はそう小さくつぶやいた。
風が吹けば消え入りそうなほど小さな声だったが、ここには風なんて拭かないし、よしんば吹いたとしてもヒロはその声を聞き逃さない。
「まだ早い時間だが……」
「久しぶりに動いたから疲れたんだよ」
少年はヒロの言葉を気にせずベッドに奥に横になる。
「……そうか」
ヒロは少し考えたようなそぶりを見せると、少年と同じベッドに横になった。
詰めてくれ、と小さく言い少年の布団に潜り込む。
「ここで寝るの?」
「あぁ。そばにいると言ったからな」
「俺はいらないって言ったんだけどな」
1人用のベッドは二人で眠るにはせまい。
無理に距離を空けようとすると、通路側で横になっているヒロが落ちてしまう。
必然的に二人の距離はとても近くなる。
横になるふたりは背中合わせにならず、正面から向き合っていた。
少年は目が見えないから相手の顔がどれほど近い距離にあろうと気にしないが、それでもこれほど近いと思うところはある。
邪魔というほどではないが、眠りづらいな。
そう思った少年はヒロを突き放そうとしたが、こうなったヒロは動かないだろう。
そこで強引な手段をとることにした。
「……はぁ」
ひとつため息をつくと、突然ヒロの体を抱きしめた。
「!?」
ヒロが驚きの声をあげるも、少年は抱きしめる腕を離さない。
細い体だな、なんてのんきなことを考えている。
これで自分を嫌ってくれれば、ひとりにしてくれるだろう。
しかし、そう簡単にはいかない。
少年の首元に顔をうずめられていたヒロがぐいっと顔をあげる。
「この程度で、私が君と距離を空けるとでも?」
「空けてくれるまで抱き枕にするよ」
そう言って乱暴にヒロの体を抱きしめる。
これで自分を拒絶してくれれば、ひとりになれる。
少年は、なにもかも諦め、疲弊していた。
何もしたくない、何も考えたくない。
だが、ヒロはそんな少年の狙いとは逆に、拒絶するどころか少年の体を抱きしめ返した。
ふたりの体が密着する。
「……何してんの」
「私の体は好きに使ってくれ。それで、すこしでも君が前を向いてくれるなら」
「前は向いてるよ。見えないってだけ」
この程度で少年が立ち上がってくれるとは思えない。
それでも、ほんのわずかでも彼に生きる気力が湧いてくるならばこの程度、いくらでもできる。
ヒロは少年を強く抱きしめた。
お互いの体が密着し、相手の体のすべてが手に取って感じられるようだった。
「君が望むのならば、私はっ」
恥じらいか、あるいは別の感情か、ヒロの体温が上がっていく。
自然と抱きしめる腕に力が入っていた。
「……」
今度は少年が抱きしめられる番だった。
されるがまま、彼女の抱き枕と化す。
仕方がないと、少年は諦めておやすみと彼女に声をかけて目を閉じる。
「おやすみ、明日はきっといいことがある」
生きる希望を持ってほしい。まだあきらめないでほしい。
彼女の声は、とても力強い物だった。
◇
二階堂さんは、こんなことしない
男に抱かれて抱き返すなんてそんなことしない
正しくない、明らかに
おかしくなっちゃってる
二階堂さんだけじゃない、みんなもそうだ
ずっと暗いし、笑わない
城ケ崎さんもずっと泣いてる
泣き声が聞こえる
みんな、おかしくなってる
俺のせいで
俺のことなんか忘れてほしい
みんなには笑って生きてほしい
でも、笑うどころか泣かせてる
俺の存在が、みんなを悲しませてる
俺のせいで
そうか、俺のせいか
なら、責任とるしか、ないよな
俺さえいなくなれば、前のみんなにもどってくれるよな
◇
「ん……」
朝、二階堂ヒロは正しい時間に起床した。
ここ最近はストレスの影響か目覚める時間が不規則だった。
「そうか、私は……」
眠い目をこすりながら、ヒロは自分が彼と抱き合ったまま眠っていたことを思い出した。
その行為に恥ずかしさを覚えないわけではないが、それどころではないと自分を一喝した。
そして気が付く。
目の前に少年がいない。
あれほど強く抱きしめていたのに、いつの間にかいなくなっている。
ベッドに触れるも、すでにそこは冷たくなっていた。
「寝ている間に?いったいどこへ――」
慌てて起き上がったヒロが振り返ると、そこには、
首を吊った少年の姿があった。
「あ」
「あああ、ああ」
「ああ、ああああぁぁぁぁあああ」
首を吊る前にまた頭をかきむしったのか、また新しい傷ができているし、爪に血が溜まっている。
傷だらけの目元には、涙の跡が残っていた。
すべてを諦めた少年は、光も、未来も、ついには自分の人生も諦めた。
こうして、牢屋敷には少女だけが残された。
彼の望んだとおり、彼女たちは彼を忘れて笑って生きていけるのか、前の少女たちに戻れたのか。
あるいは彼の後を追おうとするのか、彼と同じく空っぽになって生きるのか。
水底に沈んだ彼には、わからなかった。
最終裁判でユキに手を伸ばさなかった結果、ユキが取り憑かず目が治らない世界線です。第3話の最後に発狂して全部諦めてしまったって感じですね。
次話はヒロインIFルートです。
今回がシリアス過ぎたので調整します。