【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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一週目終盤からの分岐ルートです。



Ifルート 氷上メルル

 

 看守によって、自ら魔女となった彼の首が斬り落とされた。

 魔女は死なない。彼は首だけになっても攻撃する意思を止めず、声にならない叫びをあげている。

 しかし首だけになってしまえば何もできやしない。 

 

 メルルはそっと少年の頭を拾い上げ、

 

「とってもかっこよかったです。お疲れさまでした」

 

 口の中に『トレデキム』を……

 

「あぁ、そうだ!」

 

 流し込む前に、メルルは動きを止めて何かを思いついたのかポンと手を叩く。

 ニコニコと笑って彼の頭をそっと撫でた。

 

「次の看守はあなたにやってもらいましょう!」

 

 嬉しそうな彼女の声色は、自分の案がこれ以上ない名案だと信じ切っているようだった。

 実際、言葉を話せない看守と、頭部だけとなった彼から反対意見はない。

 メルルの意見は賛成多数のようだ。

 

 嬉しそうなメルルの声を聞きつけ、ゴクチョーがバサバサとどこからともなく降りてきた。

 

「おや、魔女化しちゃってますね。メルル様、いったいどんなひどいことしたんです?」

「な、何もしていませんよっ、自分から魔女化されたんです。エマさん達を守るためにって、彼は必死に戦っていらして……」

 

 そう話すメルルの瞳には涙が溢れていた。

 彼の友を思う気持ちと自ら魔女化するという覚悟にひどく感動しているのだ。

 

「私、感動してしまって……それで、思ったんです!次の看守は、彼にやってもらおうって!」

 

 感極まったメルルの言葉に、ゴクチョーは小さくため息を吐いた。

 

「他の少女にした方が良いのではないですか?なにせ男性を看守とすることは初めてですし、何か不測の事態が起こったら困りますよ」

「確かに不安要素はありますけど……でも、もうすぐいらっしゃる新しい囚人の少女たちも近くに頼れる男性がいれば、きっと楽しく過ごせると思うんです!それにその、彼もそういう環境で過ごすことが好きそうですし……」

 

 メルルは少し顔を赤くしてそう言った。

 屋敷で生活していた彼が、鼻の下を伸ばして他の少女たちと会話している様子を思い出しているようだ。

 

「男性ひとりという状況でも、()()()さんは最後まで魔女化を堪えていらっしゃいました。きっと彼からしてみれば、この牢屋敷は過ごしやすい場所だったんでしょうね!」

「……メルル様、彼はヒカルではなくヒカリ、ですよ。日向ヒカリさんです」

「あ、あれれ?」

 

 メルルはこてんと首を傾げる。

 そして話を変えようと手をパチンと叩いた。

 

「とりあえず、次の看守はヒカリさんに担当してもらいましょう!」

「はぁ、わかりました。とりあえず今は、エマさん達を見つけに行きましょう。彼は……頭と体をくっつけてあげたほうがいいのでは?」

 

「あ、そうですね。忘れてました」

 

 メルルは恥ずかしそうに小さく微笑んだ。

 

「看守さん、繋げてあげてください」

 

 看守は静かに、彼の頭をとてもやさしく持ち上げた。

 

 そして壊さないように、傷つけないように、丁寧に体とくっつけていく。

 

 その行動は、()()()()()()()の行動としては少し違和感のあるものだったが、その行動を指摘する者はいなかった。

 看守がとても悲しそうに少年の体を撫でているのを見ている者も、誰もいなかった。

 

 

 ◇

 

 

 エマ、マーゴ、ココは即座に処分された。

 ココは魔女化し、マーゴはそのココに殺され、エマは()()()()()()()()()()()()看守によって殺された。

 メルルは、エマと会話することよりもやりたいことがあったのだ。エマとの会話もそこそこに、今回の魔女裁判は閉廷した。

 

 メルルのやりたかったこと、それは看守となった彼との生活である。

 新たな看守となった彼に、様々な作業を覚えさせる楽しみをメルルは持っていた。

 

 新任の看守が決まったが、現在動いている看守はまだ動いていた。

 彼が仕事を覚えるまでサポートにまわっている。

 この牢屋敷には、看守がふたりいるということだ。

 

「おや?」

 

 そんな仕事の日々を送っていたある日。

 洗脳が完了して完全に自意識を失った彼の顔を覗き込みながら、ゴクチョーは何かに気が付いたように声をあげた。

 

「何かありましたか?」

 

 彼の近くで大魔女の本を読んでいたメルルがゴクチョーの方を見る。

 ゴクチョーはすこし驚いた様子を見せていた。

 

「仕事の覚えが悪いと思ってみれば、どうやら彼、目が見えていないようなんですよ」

「えぇ!?」

 

 衝撃の事実が明かされ、メルルは慌てて彼の顔を覗き込む。

 魔女化の影響で顔にひびが入り、目が真っ黒になっていてわかりづらいが、確かにその瞳は魔女化する前から傷だらけになっていた。

 これでは何も見えないだろう。

 

「本当ですね……眼球もそれに連なる神経も完全に機能していないみたいです……こんな状態で、あなたは生活していたんですね……」

「おそらく、彼は魔法でいろいろと見ていたんでしょうね。なれはてとなり魔法が使えなくなった今、彼は完全に何も見えていないようです」

 

 ゴクチョーのため息交じりの言葉を聞きながら、メルルは彼の今までの努力を想像してホロホロと涙を流す。

 目が見えないことを隠しながら、平然と生活していたなんて、想像を絶する苦労があっただろう。

 

「メルル様、どうしましょうか。私としては、今からでも他の少女を看守にした方がいいと思いますケド……」

「いいえ、看守は彼です。今まで目の見えないまま苦労して生きてきた分、彼には報われて欲しいんです!ここでの生活はきっと楽しいですし、それに大魔女様に会うことができれば、きっと()()()さんの目も治ります!」

「アカリではなくヒカリ、ですよ。というかどうします?仕事を覚えさせるのはギリギリどうにかなるかもしれませんけど、メルル様と他の囚人とで見分けがつかないのでは?」

 

 牢屋敷で生活中、メルルは看守に何かしら指示を出すことがある。

 その際に、メルルがどこにいるのか、そもそもメルルが誰なのかわからないのは不便だろう。

 

 メルルはすこし考える様子をみせると、何かを思いついたのかぱぁっと笑って、

 

「目でわからないのなら、他の部分で私を感じてもらいましょう!」

 

 そう言って、そっと彼の体を抱きしめた。

 彼の頭を自分の胸元に埋めるように抱きしめる。

 

 人間だったころの彼ならばとても動揺していただろうが、今の彼は何も抵抗する様子はない。 

 

 メルルはすこし顔を赤くして、恥ずかしそうにしていた。

 

「男性にこんなことするなんて、はしたない、ですよね」

「彼が人間だったなら、そうかもしれませんね。それで、メルル様は何をしているんです?」

「私の匂いを覚えてもらっています」

 

 目が使えないなら、鼻で自分を感じてもらおう。

 そう思って、メルルは彼の頭を引き寄せたのだ。

 

 胸に彼を抱きしめたまま、そっと彼の耳元に口を近づける。

 

「よく覚えていてください。私の匂いを、私の声を、私の体を」

 

 目が使えないなら、鼻で、耳で、手触りで。

 

 メルルは聖母のような慈愛の表情で彼の顔を見つめていた。

 

()()()さん。何も見えなくても大丈夫です。私はここにいますからね」

 

 彼女の声を、彼はもう忘れないだろう。 

 何があっても決して忘れない。

 匂いを、声を、手触りを、氷上メルルがどういった存在なのか、彼は記憶した。

 

 

 こうして、彼は看守となった。

 

 

 メルルはしばらく彼を抱きしめていたが、他の仕事もあることを思い出す。

 最後に彼の頭を名残惜しそうに撫でて腕を解いた。

 

「次の場所に向かいましょう、まだやることはたくさんありますから!ヒカリさん、一緒にお仕事を覚えていきましょう!まだ時間はたくさんあります!」

 

 メルルは彼の手を握って歩き出す。

 人間だった時の彼を思いだし、楽しそうにしていた。

 

「あ、そうです!次の魔女候補の方がいらっしゃったときには、ヒカリさんだけじゃなくてこちらの看守さんにもお手伝いしてもらいましょう!ふたりで協力し合えば、きっとお仕事もすぐに終わります!」

「えぇ?看守を増やすんですか?コレ、管理するのは私なんですが……」

「お願いできませんか?これも、大魔女様を見つけるためなんです!」

「はぁ、メルル様もバレない程度に手伝ってくださいよ。結構この仕事、大変なんですからね?」

「はい!もちろんです!」

 

 異形と化した彼の手を握り、メルルはニコニコと笑っていた。

 

 

 ◇

 

 

 かつてヒカリだった()()が看守としての仕事を覚えだしたころ。

 彼が外にいた時のことだった。

 

 何か異常はないかと彼は見回りをしていた。

 もしも異常が見つかった場合、直ちに連絡をする必要があるから。

 目の見えない彼が()()()()というのは妙な話だが、仮面をつけた彼が盲目だとわかる人間はもういないからその矛盾が突かれることはない。

 

 今日も異常はない、彼がそう見切りをつけようとした時だった。

 ガサガサと草が動く音が聞こえ、彼がそちらを振り向く。

 

 そこには、看守がいた。

 

 彼が囚人だったころに看守だったなれはてだ。今の彼からすれば、先輩にあたるだろう。

 

 自我を持たない彼は、音の正体が仲間だと気配で察知し、興味を失ったように視線を別の方向に移してパトロールを再開しようとする。

 

 しかし、その背中を掴まれた。

 とてもとても弱い力だった。

 彼が看守でなくは、気が付くことすら難しかったかもしれない。

 

 彼が後ろを振り向くと、背中を掴んでいた正体はやはり看守だった。

 

 なにか連絡事項だろうか、彼がボーっとその場に待機していると、看守はとてもとてもゆっくりと、その手を動かし、

 

 

 ポン、と彼の頭に手を置き、そっと撫で始めた。

 

 

 

 とても悲しそうに、今にも泣きだすのではないかというほどつらそうに、看守は彼の頭を撫でていた。

 

 今の彼には、この手にどのような意味があるのかはわからない。

 仮に意味を理解していたとしても、看守として洗脳された彼は何かを考えることもできない。

 ただ、人間だったときの体の記憶が、今はじっとしていたほうがいいと言っている。

 その記憶に従い、彼はピクリとも動かなかった。

 

 看守は何度も彼の頭を撫でている。

 時折、何かに縛られているような、苦しそうに体を震えさせていた。

 

「…………」

 

 看守は今、洗脳に抗っているのだ。

 プログラムされた以上の行動を無理やり行い、体がエラーを起こしている。

 きっと今、体と脳とプログラム、すべての意思がバラバラで体中が苦痛に襲われていることだろう。 

 

 そこまでして、彼女は彼の頭を撫でずにはいられなかったのだ。

 

 いったい彼女はどのような表情で、どのような感情で彼の頭を撫でているのだろうか。

 彼は何も見えない。気配から感情を察することもできない。

 

 

 やがて、糸が切れたように突然、彼の頭を撫でていた手が止まる。

 直前まで自分が何をしていたか、なぜ自分がここにいるのかわかっていなさそうに看守は少しあたりを見渡した。

 そして彼の方を振り返ることすらなく、自分の仕事に戻っていった。

 

 おそらく今のが、()()()()()と触れ合える最後のチャンスだったのだろう。

 この機会を逃せば()()は二度と、洗脳に抗って行動することはできない。洗脳に従うだけの看守となってしまう。

 しかし、彼は何も行動を起こさなかった。

 

 

 だって、そんな指示はされていないから

 

 

 看守は、今日も仕事をする。

 

 

 すべては氷上メルルの指示通りに。

 

 

 ◇

 

 

 しばらくたち、新たな魔女候補が連れてこられた。

 

 地下牢で目覚めた少女たちは、次々と不安げな声を漏らし、怯えている。

 やがてゴクチョーからのアナウンスがあり、看守の姿がみえ、少女たちの悲鳴があがった。

  

 牢から無理やり連れ出され、少女たちはラウンジへと歩かされる。

 先輩の看守が先導し、看守となった彼は最後方にいた。

 

 メルルは他の少女たちにバレないように、最後尾でそっと彼の手を握る。

 

「私、ちゃんとできるでしょうか……」

 

 不安げな彼女の手を、彼は強く握り返した。

 大丈夫だ、そう言うように。

 

 メルルはとても嬉しそうに笑顔になるも、ほかの少女に見つかってはいけないと慌てて表情を戻す。

 

「そうですよねっ、ヒカリさんがいれば、きっと大丈夫です!」

 

 彼は今日も洗脳された通りに動く。

 

 屋敷を管理し、少女達の脱走を防ぎ、処刑を実行する。

 そして、主を守る看守として動く。

 

 氷上メルルが弱弱しく手を握ってきたら強く握り返す。氷上メルルが危険な目に遭っていたら守る。氷上メルルが不安そうにしていたら優しく手を握る。氷上メルルが助けてほしそうにしていたら必ず助ける。氷上メルルが処刑されそうになっていたら他の少女たちを無理やり処刑台に立たせる。氷上メルルが殺されそうになったら加害者を処分する。氷上メルルが美味しくない料理を嫌がったら彼女だけの料理を制作する。氷上メルルが他の少女への献身で疲れていたら快適に休める環境を作る。氷上メルルが怖がっていたら必ず近くにいる。氷上メルルが寒そうにしていたら温もりをとどける。氷上メルルが抱きしめてほしそうにしていたら抱きしめる。氷上メルルがひとりで眠るのは寂しいと言ったら共に眠る。氷上メルルが求めれば、自分は他の何よりも優先して彼女の傍にいる。

 

 彼は今日も、洗脳された通りに動く。

 すべてにおいて、氷上メルルを優先する。

 それが彼に与えられた役割。

 

「一緒に、頑張りましょうね」

 

 手を強く握られ、彼も手を握り返す。

 だってそう命令されているから。

 

 次の裁判も、その次の裁判も、

 彼は必ず、氷上メルルを守る。

 

 

「大好きですよ、ヒカリさん」

 

 

 その言葉は、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 





 メルルが名前間違えるネタをやりたかったから前話で名前公開したまであります。
 次回はラスボスです。
 
 全員分のIfルートが終わりましたら、一話だけ長めのお話を投稿しようと考えています。
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