投稿遅れて申し訳ないです。
Switch版が出るまでに終わらせたいですね……
少し重めのお話
レイアに背中を押され、少年はノアのアトリエまでやってきていた。
その表情は優れない。
「はぁ……」
自己嫌悪で死にそうになっている。
果たして今の自分は
そんな彼に心配そうな視線を送るのは、アトリエにいたノアとアンアンの二人だった。
「なにか嫌なコトあったの?」
「自分が嫌になってきたって感じ」
今の彼はアトリエの椅子に座らされ、両足の上にノアとアンアンを載せている。
食堂の時と同じ体勢、フォーメーションだ。
部屋に入って彼女たちと目が合った瞬間、まるでこうするのが当然というかのように彼の体は勝手に動いた。
椅子に座り、彼女たちを抱き上げ、足の上に乗せる。
一連の動きがあまりにも手慣れていることで、またしても少年は日向ヒカリという軟派な男への軽蔑を深める。
しかし今も自分を抱きしめている少女二人の幸せそうな顔を見ると、自分は正しいのではないかという思考も浮かんでくる。
「こころがふたつある~……はぁ」
「一緒にお絵描き、する?」
「する~」
力の抜けている様子の彼を見て、レイアは安堵の息を吐いていた。
レイアが彼をここに連れてきた理由は、ここなら彼がのんびりできると考えたからだった。
ノアとアンアンのコンビであれば、彼も気が許せるのではないか。
そういう風に考えていた。
彼がノアから筆を受け取ってキャンバスに向かっているのを見るに、その予想は正しかったかもしれない。
落ち込んだ心が治ることをレイアは期待していた。
「私はヒロくんに定期報告をしてくるよ。ごゆっくり」
ノアとアンアンに少年を託し、レイアはアトリエを出ていった。
足音が遠くになっていく。
少年は無心で筆を動かしていた。
メンタルが限界、とまではいかないが負担になっているのは間違いないだろう。
多数の少女相手に恋愛感情を向けており、そして向けられているという今の状況が彼にとっては辛かった。
開き直ってハーレムを楽しむ心の余裕でもあれば彼も楽ではあっただろう。
しかし彼には責任感というものが必要以上に備わっていた。彼女たちに対して真剣に向き合いたいという気持ちが、開き直ることを許さない。
難しいことを考えていると、突然その耳に優しく息が掛けられた。
「うわぁ!?」
びくりと彼の体が反応する。
彼が耳を押さえて横を見ると、アンアンがニヤニヤと笑っていた。
「耳、弱いのだな」
「……び、びっくりしただけだし」
少年の顔が赤くなり、張り詰めていた空気が若干緩む。
「わがはいとの記憶、覚えているか?」
アンアンは少年の肩にもたれ掛かりながら小さく言った。
優しく、静かな声色。
「ヒカリはわがはいのわがままを、たくさん聞いてくれたな」
ご飯を食べさせろ、手を握れ、抱き上げろ、風呂場に運べ、一緒に眠れ。
いったい何回、アンアンは彼に対してわがままを言ってきただろうか。
そのたびに、少年は文句のひとつも言わず、それどころか進んでアンアンの言葉を聞いていた。
「だから今度は、わがはいがヒカリの言葉を聞く番だ」
アンアンは少年の耳元で囁く。
「ヒカリ、何でもいい。わがはいにできることなら、
少年はアンアンからその言葉が出てくるとは思っておらず、不意を突かれ固まってしまう。
なんでもする
なんて欲望をそそる言葉だろう。
女性からそのような言葉を言われて邪な想像をしない男がいるだろうか。
少年が何も返答できないでいると、今度は反対側の肩に体重が乗った。
ノアもまた、彼の肩に寄りかかっていた。
「別の世界でのあ達、一緒にたくさんお絵描きしたよね!たのしかったなぁ」
アンアンと同じように、ノアも彼との記憶を語りだす。
彼女もやはり毎日のように少年と過ごしてきた。
毎日のようにこの部屋で絵を描き、彼との思い出を重ねていた。
「それでね、のあ、ヒカリくんの絵を描くためにずっとヒカリくんのこと見てたんだ!だからこんどは、ヒカリくんがのあを見る番だよね!」
ノアはそう言うと、少年との距離をさらに縮めていく。
もうそれは抱き着くというより、体を擦り付けているようにも見えた。
「のあのこと、たくさん見てほしいなぁ」
少しでも少年の瞳に自分が映るように、ノアは顔をグイグイ近づける。
あまりにも近すぎて、もう少しで鼻先が触れ合ってしまいそうだ。
さすがに距離が近すぎる。
少年がノアと離れようとすると、再び耳にふぅと息が吹きかけられた。
「なんでも言っていいんだぞ」
アンアンが少年の逃げ場を塞ぐ。
彼女もまた、少年と距離を詰めていた。
ノアから離れようとすればアンアンが、
アンアンから離れようとすればノアが、
どんどんと距離が詰められていく。
もう逃げられない。
(あれ……)
少年の体に添えらえていた、少女たちの手がゆっくりと動き出す。
(これ……)
少年の頬を、胸を、ゆっくりと優しく撫でながらその手は下へ下へと向かっていく。
(詰んだ?)
やがて、その手は彼の下半身へと―――
「そ、そこまでだ!!!」
少女たちの動きを止めたのは、報告を終えて帰ってきたレイアであった。
慌てて声を上げ駆け寄る。
「ヒカリくんから離れるんだっ!」
顔を赤くしながら、レイアは少年を守るように間に入り込んだ。
もうすこし到着が遅れてしまえばどうなっていたのだろう。
ふたりの少女、否、ふたりの魔女を強引に引きはがす。
「まさか君たちがこんな手を使うとは思わなかったよ」
レイアに距離を取らされ、ノアとアンアンはむぅ、と顔を膨らませる。
「あー、もう少しだったのに」
「邪魔をするなレイア」
「するさ。私は彼の護衛だからね」
少年を背後に庇いながら、ジロリと容疑者2人を見つめるレイア。
ピリピリと空気が張り詰めていく。
その時だった。
ゴーン、ゴーン
時計の音が屋敷中に響く。
食事の時間を知らせる鐘の音だった。
「あ、ご飯だ!」
ノアとアンアンは小走りで駆け抜け、部屋から出ていく。
先ほどの妖艶な雰囲気とはうってかわって、いつもの子供らしさが戻っていた。
2人に逃げられ、後を追おうとするレイアだが、少年を1人にするわけにはいかないと踏みとどまる。
たった今、少年を1人にしてしまったせいでこんなことが起きたのだ。警戒するのも当然だろう。
「ヒカリくん、大丈夫だったかい?すまない、私が油断したせいで……」
レイアが少年の方を振り向くと、彼は固まったままだった。
プルプルと腕と足を震わせている。
「は、蓮見さん、肩貸してくれない?」
冷や汗をダラダラ流しながら、震えた声で少年は言った。
「……腰、抜けちゃった」
◇
夕食の時間がやってきた。
護衛のレイアを連れて少年は食堂に入る。
抜けた腰が復活するまでの間に、そこそこ時間が経ってしまったらしい。
少年以外の屋敷の住人ほとんどが、食堂に集まっていた。
みんなすでに食事を始めている。
「あ、ヒカリくんは奥の席に座ってね」
エマの案内で、少年は席につく。
どうやら誰がどの席に座るのかを事前に決めていたらしい。
少年は最も端の机。近くにミリアとレイアが座り、ひとつ隣の机にはシェリーとハンナ。遠くの机にはヒロ直々に要注意人物と指定された少女たち、そして先ほど事件を起こしたノアとアンアン。
徹底的に少年を守る配置だ。
「君の食事を別々にすることも考えたが、必要以上に隔離すれば反発を招く恐れがあると判断した。レイア、ミリア。何かあったら護衛を頼む」
ヒロの言葉にレイアは真剣な顔で頷き、ミリアも緊張した面持ちで気を引き締めた。
机にはもうすでに料理が並べられている。
ビュッフェ形式ではないようだ。
今の屋敷ではこれが最善だとヒロが判断したのだろう。
少年が食器を手に取ると、そのタイミングで大きな声が部屋に響き渡った。
「黒部!てめぇ!」
アリサの声で、みんなの視線が食堂の入り口に集まる。
そこには行方不明であった黒部ナノカが何食わぬ顔で立っていた。
「お前!ウチを撒いて今までどこにっ!」
叫ぶアリサを手で制してヒロが前に出る。
「ナノカ、どこに行っていた」
「少し道に迷っていただけよ」
「君がこの屋敷で迷えるわけがないだろう」
広いとはいえ、何日もこの屋敷で生活してきたのだ。さらに言えばナノカは屋敷の間取りや抜け道を熟知している。
ナノカが嘘をついているのは明らかだった。
「別に何もしていないわ。そんな目で見ないでくれるかしら」
「そうか。では先に言っておくが、ノアのアトリエにあるダストシュートにかけられた縄梯子は処分しておいた」
「そんなっ!?」
「……その反応を見るに、やはり仕掛けたのは君だったか」
少年は思い出す。黒部ナノカとシャワールームを共にしてしまったあの事件を。
ナノカはあの事件を再現しようとしたのだろう。
ノアのアトリエからダストシュートを使って、シャワールームに侵入する計画だった。
しかしヒロの手によって防がれた。
「くっ……」
「まったく君という奴は……今の状況を……はぁ」
説教をしようとしたヒロだったが、力が抜けたようにがくりと椅子に座り込んだ。
彼女らしくないだらりとした姿だ。
「ヒロくん?大丈夫かい?」
「……平気だ。すこし、疲れただけだ」
立ち上がって背筋を伸ばす彼女だが、その体には疲労が色濃く見えていた。
すこしどころではないのだろう。
レイアに続いてノアも心配の声をかける。
「ヒロちゃん、休んだほうがいいよ。最近ずっと忙しそうにしてたもんね」
仕事を増やしたのは君だろう、という視線をノアに返すヒロ。
ノアは視線を逸らした。
アトリエでの一連の出来事は耳に入っているらしい。
ヒロが何か口を開こうとした時、ヒロの後ろに立っていたマーゴが肩を押してヒロを椅子に座らせる。
「なにを……」
「働きすぎよ、ヒロちゃん。ヒカリちゃんを守るためとはいえ、見回りも料理も1人でこなすのは無茶よ」
今、机に並んでいる料理はヒロが1人で作ったものだ。
誰かが薬を盛るかもしれないと考え、全ての工程を1人で行っていた。この人数分。
「1人ではない。レイアやアリサにも仕事を任せて……」
「あなたが働き詰めという事実は変わらないわよ。ほら、食べなさい。それとも私があーんってしてあげようかしら?」
「……いただきます」
諦めたように食器を手に取った。
少年はその様子を見てまたもや罪悪感に陥る。
自分を守るため、二階堂さんがあそこまで頑張ってくれている。
あんなに消耗してしまうぐらい、頑張ってくれている。
それもこれも、自分がフラフラと少女たちの誘惑に釣られてしまうからだろう。
食事を口に運ぶ少年の表情は、優れているとはとても言えなかった。
◇
食事を終え、夜の時間がやってくる。
といっても特に大きな出来事はなかった。
少年がシャワーを浴びる際に誰かが侵入してくることはなかったし、気を引き締めたレイアの護衛もあって、誰も少年に対して濃厚接触(意味深)をすることはできなかった。
特に事件が起きないまま、夜の時間は過ぎていく。
そして、とうとうその時間がやってきた。
「さて……」
医務室に集まったみんなの表情を見て、ヒロは大きく息を吐いた。
就寝時間がやってきたのだ。
少女たちの間で、見えない火花が散る。
彼女たちの目的はひとつ。
少年と手を繋いで眠ること。
暗闇にトラウマを持つ彼が安らかに眠るためには、手を繋いで眠る必要がある。
「あーその、俺結構成長して最近1人で眠れるようになったんだけど」
「そう言って何回悪夢に魘されてきた?」
少年が口を閉じる。
昼寝程度の短い時間ならまだしも、長時間の睡眠という名の暗闇は、まだまだトラウマだ。
そうなると当然、誰かが彼の隣で手を握って眠る必要がある。
その役割を狙って、少女たちの睨み合いが始まっていた。
「みんな、聞いてくれ」
誰かが口を開く前に、ヒロが声を上げた。
「手を握る役割は、記憶共有前に定めていた順番を継続する。そうすればみんな平等だろう」
ヒロの言葉に、少女たちは仕方がないかと溜飲を収めた。
そうなることを薄々察していたのだろう。
張り詰めていた空気が緩んでいく。
記憶の共有がおこる前、彼と手を繋ぐ役割を決めていたのは、少女達の立候補か、当番制であった。
当時は立候補する人間がそこまで多くなく、その制度が問題となることはなかった。
しかし今も立候補制を続けてしまうと、少女全員が手を上げることだろう。
それでは収拾が付かなくなる。
であれば、当番制を採用するべきだ。
ヒロはそう考えた。
これが一番少女達からの反感も少ないだろう。
しかし、これにはひとつ大きな問題があった。
それは今日の当番が
「一緒に眠りましょうね♡ヒカリちゃん♡」
「ウッス……」
宝生マーゴであることだった。
言うまでもなく要注意人物だ。
現在の牢屋敷の環境下に置いて、彼女はとても危険だ。
記憶共有前から少年をあの手この手で揶揄っていた。
どうにか彼女を遠ざける策はないかを考えるも、それは当番制の崩壊を招く。ヒロはマーゴを受け入れるしかなかった。
警戒度を強めていたヒロだったが、先ほどの夕食でのマーゴの態度を思い出す。
疲弊したヒロを助けるようにして動いていたり、ヒロに代わって要注意人物たちを監視していたり。
それに図書室で一緒に作業をしている時、彼女の行動に嘘や企みはないように見えた。
(そこまで必要以上に彼女を警戒する必要はないのかもしれない)
要注意人物であることは変わらない。
しかしヒロの中で、マーゴの評価が上がる。
今夜だけの同衾であれば、どうにかなるかもしれない。
今夜を乗り越えれば、明日には定めた新規則を発表できるし、明後日には
そのために、自分は今日一日中必死に頭を回していた。
少年の隣でベッドに転がりながら、ヒロはマーゴに目を向ける。
「マーゴ……おやすみ」
マーゴはいつもの微笑を浮かべて返した。
「おやすみなさい、ヒロちゃん」
◇
電気が消えると、少年の左隣から寝息が聞こえてきた。
よっぽど疲れていたのだろう。ヒロはすぐに眠ってしまった。
ヒロが眠ったことを筆頭に、他の少女達も静かに目を閉じていく。
ヒロほどではなくとも、気を張り詰めていた少女は多く、みんな電気を消してからそう時間を待たずに眠り始めた。
少年も同じようにして眠りにつく……
はずだった。
右隣に寝るマーゴの手が、少年の胸に当てられた。
びくりと体を震わせる少年。
(詰めが甘いわね、ヒロちゃん)
マーゴは常に考えていた。
どうすれば、彼と共にいられるのかを。
記憶共有が起きても、彼女の彼に対するスタンスは変わらない。
彼なら、私に本当の愛を教えてくれる。そして自分も、本当に彼を愛することができる。
そのためには、彼と一緒に生きていかなくてはいけない。
マーゴは彼の立ち回りを分析した。
気絶から目覚めた後の彼、ココやアリサと会話した時の彼、そしてノアとアンアンに追い詰められた彼。
今までの彼の様子を分析し、マーゴはひとつの答えを得る。
彼は
自分が誰と関係を持つべきなのか、あるいは持たないべきなのか。
彼はとても迷っている。
マーゴは確信した。今の彼に『拒絶する』という選択肢はない。
少女たちの悲しむ表情を想像できるから、彼は少女を拒絶できない。
相手を大切に思うからこそ、相手に厳しく当たれない。
だからこそ、ヒロは彼に護衛を付けたのだろう。
彼に変わって、少女たちに厳しく当たれる存在が彼の近くには必要だと判断した。
つまり逆を言えば、護衛がいなければ彼を手に入れるのは容易いということだ。
護衛がいない二人きりの状況を作れれば、間違いなく自分は彼をモノにできる。
愛を手に入れることができる。
護衛もいない、起きている人間は自分と少年のみ。
周りには少女たちはたくさんいるというのに、マーゴは彼と二人きりの状況を生み出してみせた。
反対の左手には、一日中働いて疲弊し、熟睡しているヒロを置く徹底ぶり。
図書室でヒロと共に活動していたマーゴは、ヒロがとても疲労していることに気が付いていた。
マーゴは少年に顔を近づける。
逃げられないよう、彼の右手を強く握りこんだ。
(
マーゴは勝利を確信し、ゆっくりと彼の唇を――
暗闇の中では、人間は視覚を使えない。
周囲の状況を探るためには、他の感覚に頼るしかない。
マーゴから誘惑を受けていた彼も当然ながら、他の感覚に頼っていた。
触覚、聴覚、そして
女性特有の香りの中でわずかながら、彼が感じ取った匂い。
それは、この医務室独自の匂いだ。
薬品がいくつも置かれた不思議な匂い。
この部屋によくいた、
「……」
少年の目には、何も映っていない。そこには誰もいない。だれも、何も。
しかし、少年は視覚ではない感覚で、
マーゴと手を繋いでいた右手をぐいっと引っ張り、少年はマーゴを胸に抱きしめる。
咄嗟のことで、マーゴもうまく反応できない。
少年の胸に抱かれ、マーゴは物理的に行動不能となった。
「あ、あら、大胆ね」
「おやすみ!」
マーゴの言葉と胸に抱く感触に意識を向けないようにしながら、少年は目を閉じる。
まるで夢の世界の方から誘われるようにして、彼の意識は沈んでいった。
◇
見渡す限りの白い空間の中で、彼は目を覚ました。
手も足も動かせない。
呼吸ができているのかもよくわからない。
体が自由に動かない。
少年は確信した。
これは、夢だ。
なぜなら、
「お久しぶり、です」
白を纏った少女がそこに立っていた。
――よく覚えていてください。私の匂いを