【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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Ifルート 日向ヒカリ④

 

 

 白いベールに包まれた姿。

 清廉なシスターを思わせる風格。

 

「お久しぶり、です」

 

 いつも何かに怯えているような震えた声。

 相手の行動を観察する静かな瞳。

 

 少年の前に立っていたのは他でもない、この牢屋敷の黒幕であった氷上メルルその人だった。

 

 ある世界では黒幕、ある世界では最初の犠牲者、ある世界では悲願を達成して消滅した少女、そしてある世界では少年を傀儡とした魔女。

 

「――――」

 

 息を吞んだのは果たしてどちらだったのだろう。

 唯一分かることは、お互いに距離を測りかねているということだ。

  

 他の少女達とは違い、少年と氷上メルルの間にあった関係はとても恋愛で語れるものではない。

 

 同じ部屋で過ごし、楽しく会話した記憶がある。

 花畑でみんなで遊んだ記憶がある。

 

 殺した記憶がある。

 殺された記憶がある。

 

 傀儡とした記憶がある。

 傀儡とされた記憶がある。

 

 2人の脳内に記憶が巡る。

 目の前の相手に、何を思えばいいのだろうか。

 

 しばらく見つめあった後、ようやくその静寂が動く。

 

「ヒカリさん……ま、まさか私のことを思い出してくれるとは思ってもみませんでした」

 

 先に口を開いたのはメルルだった。

 胸の前で手を合わせ、震えた声を抑えようとしている。

 

 精神性が一般的なそれとはズレている彼女であったが、自分が恨まれて当然の存在だという自覚はあった。

 魔女屋敷で殺し合いを引き起こしてきた自分のことを少年が記憶を封印して、すっかり忘れ去って生きていくのだと考えていた。

 

「鼻に染み付いちゃってるからね。氷上さんの匂い」

「え、えっと……」

「めっちゃドン引きしてる……いやまぁ確かに我ながら気持ち悪いセリフだったけど」

 

 メルルが困惑しているのは、何も少年の発言が気持ち悪かったからだけではない。

 少年が何でもないかのように自分と会話していることに驚いているのだ。

 

 忘れ去るどころか、怒っている様子もなく会話している。それがメルルを困惑させた。

 

 大魔女に会うためという自身の目的から牢屋敷の魔女裁判というシステムを作り多くの犠牲者を生んだ黒幕。

 別の世界線では少年のことを洗脳し、看守という名の傀儡とした存在。 

 

「考えれば考えるほど、氷上さんの悪いとこ浮かんでくる」

 

 今もまだ、彼女によって心に傷を負った少女たちがいる。すでに死んでしまった少女がいる。

 その罪を清算することなく、氷上メルルは大魔女ユキと共に満足げに消滅していった。

 

 怒るべきだろう。怒鳴りつけるべきだろう。殴りかかってもいいだろう。

 しかし、少年は一歩も動かなかった。

 目の前にたたずむ気弱な少女を静かに見つめている。

 

 その視線に耐えきれず、メルルは口を開いた。

 

「……ヒカリさん、怒っていらっしゃらないんですか?」

 

 怒っている。

 許されちゃいけないとも思っている。

 少年は彼女を許してない。それは他の少女達も同意するだろう。

 

 それでも少年は氷上メルルを突き放さない。

 

 なぜなら――

 

 

 

「――大魔女さんが悲しみそうだから」

 

 

 

 なんて利己的でクズで馬鹿みたいな理由だろう。

 少年はそう自分を叱責する。

 

 かつて自分に光を与えてくれた大魔女、かつて恋人だった月代ユキ。

 屋敷の12人の少女に対して全員が好きだと考えてしまう少年は、やはり少女ユキのことも好きになってしまっていた。

 ユキの、心を見透かしてくるその白い瞳に魅せられてしまった。

 

 未だよくわかっていないことばかりのこの夢の世界だが、もしも自分が氷上メルルを怒鳴りつけ拒絶すれば、この夢の世界にメルルは二度と目の前に現れないだろう。

 少年は不思議とそう確信が持てた。

 

 同時に、メルルが消えたらユキがとても悲しむだろうということも確信していた。

 

 だから少年は氷上メルルを拒絶しないことを選んだ。

 好きな人が悲しみそうだから、という利己的でクズで馬鹿みたいな理由で。

 

 

「――」

 

 

 その言葉を聞いたメルルは、少し呆然としていた。

 そしてすぐにうるうると目元に涙を浮かべる。

 

「ヒカリさんっ……あなたはやっぱり、とっても優しい人です!」

「ただの私情だよ。悲しませたくないってだけ」

 

 このまま少年を抱きしめるのでは、と思うほどメルルは感激した様子で少年と距離を詰める。

 さすがにハグはしたくない少年が後ずさりするも、メルルは気にした様子もなく溢れる涙を拭いながら声を上げる。

 

「私、とっても嬉しいんです!ヒカリさんがそんなに大魔女様のことを考えてくださっているなんて!」

 

 その言葉が少し妙だったことに少年は気づいた。

 

 彼女は喜んでいる。それは間違いない。

 

 しかし、メルルは自分が許されたことだけに喜んでいるのではない。

 自分は罪を犯したという自覚があるからそこに喜んでいるのではない。

 

 目の前の少年が、恨むべき相手(自分)を前に大魔女を優先したこと、大魔女が悲しまないやり方優先したこと。

 

「あなたは、あなたも!」

 

 つまり――

 

 

 

「あなたも、大魔女様を大切に思っているんですね!」

 

 

 

 ――()()を見つけたことによる喜びだった。

 

 

 

 あ、こいつなんも変わってねぇや

 

 

 キラキラと輝いているように見える彼女に、少年はため息を吐いた。

 

 そういえば先ほどからすごく視線が合う気がする。主に自分の片目。ユキと交換してもらった方の白い瞳。

 めっちゃ目が合うと思ってたらそういうことかよ。

 

 少年は2度目のため息を吐く。

 

 馬鹿は死ななきゃ治らないとは言うが、大魔女への狂信とも言える執着は死んでも治らないようだ。

 もっとも、彼女からすれば治すつもりもないのだろうが。

 

 やっぱり拒絶して消滅させた方がよかったのだろうか。

 いや氷上メルルの精神性を考えればもし存在が消えたとしても、大魔女と合うために根性で復活してくるかもしれない。

 詰みだった。

 

 少年が微妙な表情をしていることをメルルは彼の瞳しか見ていないので気づいていない。

 とても嬉しそうに笑っていた。

 

「語り合いましょう!共に大魔女様を想う同士として!」

 

 メルルのその明るい掛け声に、少年は苦笑いを返すことしかできなかった。

 

 

 

 この後、めちゃくちゃ大魔女トークした。

 そこそこ盛り上がった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 朝

 

 少年は時間通りに目覚めた。

 夢の中での会話は現実世界に影響を与えないようで、寝不足も疲労も感じない。規則正しい時間に寝て起きている感覚に等しい。

 文字通り夢のような話だ。

 

「おはよーみんな……ん?」

 

 伸びをしながら目覚めの挨拶をすると、少年は自分がいつも以上に視線を集めていることに気がついた。

 

 記憶が入れ替わって以来、少年はよく視線を集める立場になってはいたが、それを加味しても多くの視線が向いていた。

 

 寝癖でもついているのかと鏡を見る。

 すると、そこには赤、赤、赤

 

 少年の首筋にたくさんのキスマークがついていたのだ。

 

「なっ!?」

 

 首筋を拭ってみるもそれは消えない。

 赤い塗料で描いたイタズラなどではなく、本物のキスマ。

 明らかな()()()()()

 

 このようなことをする、できる犯人はひとりしかいないだろう。

 少年は昨晩自分と最も距離の近かった少女の方を見た。 

 

「……なんか首筋がすっごい赤くなってんだけど」

「あらあら♡虫刺されには気をつけるのよ?」

「絶対宝生さんでしょこれ」

 

 少年は昨日、キスする寸前だった彼女を抱きしめて眠ってしまった。

 そのせいで身動きひとつできなかったマーゴは、ささやかな抵抗として彼の首筋から肩にかけて赤い印をいくつも付けていたのだ。

 

 あまりにも大胆すぎるその行動に、少女達が顔を赤くする。

 それは羞恥の顔だったり怒りの顔だったり。

 どちらにせよ、年頃の少女達にはあまりにも刺激が強かった。

 

 牢屋敷の風紀委員長、二階堂ヒロが咳払いをして厳しい視線を2人に送る。

 キスマークとはこれ以上ないほどのアピールだ。独占の証である。

 とうとうマーゴが動き出した。

 そう判断したヒロは、風紀を正すために説教を始めようとした。

 

 

 

「マーゴ、ちゃん」

 

 

 

 しかし、ヒロより早く口を開いた者がいた。

 普段の優しい声は見る影もなく、暗く冷えた声。

 白と桃色の髪をゆらゆらと揺らししながら、彼女はマーゴを見る。

 

「マーゴちゃん、だめ、だよ。ヒカリくんの首は、ボクの、だったのに」

 

 フラフラと歩きながらマーゴと少年に手を伸ばすのは、エマだ。

 呼吸は浅く、目の前の事実を受け入れられないと小さく首を振りながら虚な目をして少年の首筋を見つめる。

 

「ボクの、ボクのだったのに、そんなの、ボク、ボクの、ボクが」

 

 以前も彼女が少年の首筋に注目していた事、そしてどこかの世界ではその首を物理的に舐めていた事があった。 

  

 桜羽さんは首フェチなんだ

 

 いつだったかの言葉が思い出される。

 さすがの少年もここまで自分の首に執着されるとは思っていなかった。

 普段の彼女とはかけ離れたその様子に、圧倒される少女と少年。

 

「落ち着けエマ!君のものではない」

 

 その中でヒロが唯一動いてエマを止めに入ることができたのは、エマと長く接してきたことと、この屋敷を守らなければならないという使命感のおかげだ。

 尋常でないエマの肩を抑えて物理的に距離を空けさせる。

 

「マーゴちゃん、ヒカリくん」

 

 エマはヒロに押されながらも、うわ言のようにそう呟いていた。

 暴れる様子がないことにひとまず安心し、ヒロはエマをアリサに預ける。そしてマーゴのほうを改めてにらみつけた。

 

「マーゴ……」

「そんな怖い顔しないで?ヒカリちゃんが急に私を抱きしめてきたのよ?彼の方から誘った。そう見ることだってできるんじゃないかしら」

 

 自分が信頼してもいいと思えた相手であるエマの豹変ぶりを見て、若干の悪気を感じているのかマーゴは少し早口になりながらそう言った。

 同時に自身の行いを今更ながら恥じらっているのか、視線が落ち着かない。

 

 マーゴの発言を聞いて少女たちの視線が少年の方に向かった。

 手を出したのか、とうとうやったのか、マーゴを選んだのか。

 強い意志が込められた視線を一気に受け、少年は焦って反論する。

 

「いやちがっ、あれは拘束が目的でっ、宝生さんが突然キスしようとしてきたから……」

「はぁ!?」

 

 大きく声を上げたのはココだった。

 声を上げなかった者達も同様に、怒りや驚きの表情を浮かべる。

 

 彼女達の視線を一身に受けて逆に開き直ったのか、マーゴは普段の様子を取り戻す。

 

「そんなことあったかしら?ヒカリちゃんって妄想が激しいのねぇ。やっぱり男の子だわ♡」

 

 二階堂ヒロは頭を抑えてため息を吐いた。

 話をはぐらかすことに関して、マーゴほど上手な人間はいない。

 たとえ大きく動揺して隙が見える今の彼女であっても、その口から真実を語らせることは難しいだろう。

 

「両者に非がある、と記録しておく……今日から新規則を周知させる予定だったが書き足す必要が出てきたな」

 

 さらに少年周りの警戒を強めなくてはならない。

 昨晩少年の隣に寝ていながらこのような事態に気付けず眠ってしまった自分を責めながら、ヒロは手帳に文字を書き連ねていく。

 

 事実の確認や2人への説教などやらなくてはいけないことがあるが、屋敷の今後のことを考えなくてはいけない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、それはその数日を無秩序に過ごして良い理由にはならない。

 ヒロの動く手には焦りが見えていた。

 

「ヒカリ。誰かと関係を持ちたいなら屋敷から解放された後にしてくれと言っただろう。自制心のない人間は獣と大差ない」

「はい……」

「自分の行いがどのような結果を起こすか予想ができないほど、君は愚鈍ではないはずだ。拘束が目的なら私を起こせばよかっただろう。すぐ隣で寝ていたのだから」

「二階堂さんここ最近疲れてそうだから起こさないほうがいいかなって……」

「その気遣いは嬉しい。ただそれができるなら尚のこと、こういった問題を起こさないで欲しい」

「ウッス……」

 

 ヒロが普段の調子を取り戻し説教を始めると、医務室の空気も穏やかになってきた。マーゴと少年をチラチラみている少女たちは多いが、日常を取り繕うことができている。

 

「……マーゴ。キスマークとはつまり内出血のことだ。肌を吸い上げることで皮膚下の血管が破れ()()ができる現象のこと。極々稀だが命の危険がある危険な行いだ。首に重要な血管が通っていること、知らないとは言わせない」

「危険なところにはしてないわ、よく見て?太い血管には影響がないように、丁寧にじっくり選んで、たぁくさんつけてあげたの♡」

「いちいちそういう言い方をしないと死ぬのか?君は」

 

 ヒロが鋭い目で言葉を紡ぐ。

 少年は正座して頭を下げ、マーゴはのらりくらりと躱していた。

 対照的な2人である。

 

 2人に長々とした説教をしつつ、ヒロはチラリとエマの様子を確認する。アリサに抑えられているうちに冷静さを取り戻していたようで、先ほどの自分の行動を思い出しているのか少し顔を赤くしている。

 

「……朝食の時間だ。全員食堂に向かうこと」

 

 ヒロが時計を見て説教を切り上げた。

 みんなが見ているこの医務室で、長々と叱責を続けるのも正しくないと判断したのだろう。

 

 ヒロが口を閉じたのを見ると、マーゴは少年の首筋に手を伸ばし、自分のつけたキスマークをなぞる。

 その顔には一切の後悔なんて感じられず、それどころかもっとつけてあげようかしら、なんて言っているようにも見えた。

 

 ヒロが視線を送る。同時にエマも紅い瞳でマーゴを見つめた。

 その視線に込められた意味を察しているのかいないのか、マーゴは怪しく笑って部屋から出ていった。

 

 彼女が出ていくことで、ようやく部屋の中の空気が動き出した。

 他の少女たちもぞろぞろと食堂に向かって行く。

 

 残されたのは正座する少年とヒロ。

 先ほどのマーゴのボディタッチで顔を真っ赤にしている少年の方を見ながらヒロは何度目かもわからないため息を吐く。

 

「普段は食事の後は全員自由行動だが……ヒカリ。その状態で好きに歩かせるわけにはいかないな」

 

 キスマークを堂々と見せつけながら生活させるのは、少女たちに刺激が強すぎる。そう判断してヒロは思考を巡らせた。

 十分な医療設備がないこの島では大規模な治療は行えない。幸い付け方が上手かったおかげで彼の体に影響は出ていない様子。自然治癒に任せるのが最も確実だ。

 しかし()()とはそうすぐには消えない。今日中に消えるとは思えない。

 

 となると、物理的に隠すのが一番だろう。

 首周りをぐるりと隠せるような、そんな物が必要だ。

 

「ヒカリ、朝食が終わったら速やかに()()の元に向かって欲しい。何か首元を隠せる物、マフラーかスカーフ。彼女に作ってもらうんだ」

「了解……でも、意外だな。二階堂さんは会うのダメって言うかと」

「……正直あまり勧めたくはないが、彼女も最初よりは落ち着いている。問題を起こすことはないだろう。レイアもまた君に就かせるし、何かあれば対応させる」

 

 昨日のノアとアンアンの一件から、レイアは護衛という役柄でありながら少年を危険に晒したことを反省したらしい。

 次こそは絶対に彼を1人にしないと息巻いていた。

 気合いの入ったレイアがいれば()()といても問題はそうそう起こらないだろう。

 

 少年はヒロの言葉にうなづいた。

 その際に、ふと彼女の目元にあるクマが目に入る。

 昨晩はぐっすり眠れていたようだが、疲労が体に現れているようだった。

 

「二階堂さん、大丈夫?なんだか最近すごく疲れてるって言うか、あぁ俺のせいなのは分かってるんだけどその……なにか焦ってる?」

 

 少年の言葉にヒロはぴくりと眉を動かした。

 焦っている、それを言い当てられたから。

 

「……焦っている?何を根拠に?私が疲れているように見えるのは、君たちの問題に対応しているからだ。心配をしてくれるなら、まずは自身の行動を顧みて今後の健全な生活に活かしてほしい」

 

 そう言い残し、ヒロは医務室を後にした。

 無理やり話を切り上げたように見えるその態度に、少年は疑問を持った。

 

 明らかに彼女は焦っている。 

 このままでは自分が誰かと一線を越えてしまうから急いでいる?

 間違いではないかもしれないが確信を突いているとは言えない。

 

 彼女が公布しようとしているという牢屋敷の新規則。少年は違和感を感じていた。 

 確かに彼女であればルールを作ってそれを遵守させるような行いをするだろう。しかしそれにしては目的がずれているように見える。

 

 まるで規則を作ることが自体が目的のような。

 まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんなふうに見えていた。

 

 心に違和感を感じ取りながら、少年は食堂に向かうのだった。

 

 





 日向ヒカリ編も終わりが近づいて参りました。
 
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