【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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Switch版発売おめでとうございます。
投稿間に合いませんでしたTT


Ifルート 日向ヒカリ ⑤

 

 朝食を済ませた少年が向かった先は、屋敷から少し離れたところにあるゲストハウスだった。

 三軒並んだ建物、端の一室。

 

 ()()はずっと、この家で待っていた。

 

「遠野さん」

 

 少年が入ってきたことでハンナはぱあぁと花が咲くような笑顔を見せる。

 しかし彼と一緒にレイアも来ていることに気がつき慌てて表情を戻した。

 

「いらっしゃいませ、ですわ」

 

 表情を誤魔化しながら挨拶するハンナの隣には、青髪の少女が笑顔で少年を迎えた。

 

「ようやく来てくれましたね!私もハンナさんも待ちくたびれてました!」

 

 喜びを隠さないシェリーの言葉にハンナは恥ずかしそうにしながらも無言で肯定する。

 以前はすこし危うい雰囲気を醸し出していたハンナだったが、時間をおいて落ち着いたようだ。

 

 記憶の入れ替え後からずっと、ハンナは少年が迎えに来てくれることを待っていた。

 シェリーも彼女に付き添い、共にこの場所で待っていた。

 

「私とハンナさんの思い出の場所ですからね!」

「思い出と呼ぶには少々物騒すぎる気もしますが……まぁ否定はしませんわ」

 

 少年の護衛のレイアは静かにその様子を見つめている。その目は警戒を解いてはいないが、口には柔らかな微笑を浮かべていた。

 ノアとアンアンの一件があった以上、少年から目を離すつもりはない。

 かといって少年と少女たちの交流を妨げるつもりもないようで、レイアは静かに見守っていた。

 

 のんびりお茶会でもできそうな雰囲気であるが、この場に少年がきた目的はそれではない。

 少年は赤い印がついた首元を撫でた。

 

「悪いんだけど、遠野さんに首元を隠せるものを何か作って欲しくって」

 

 赤いキスマークを少しでも隠すために、少年とヒロはハンナを頼ることにしていた。

 首に巻けるようなものなら何でもいい。

 

 キスマークを隠すためのものを作れ、という頼み事はすこし問題なのではと少年が罪の意識に苛まれる。

 しかし、ハンナは何でもないかのように答えた

 

「もう出来ていますわ。季節外れですけれど、首に巻くには十分でしょう」

 

 その言葉と同時に、ハンナは少年にそれを手渡した。

 

 それはたたまれており、広げてみると長方形の布が出てくる。

 

「これ、マフラー!?もう作っててくれたの!?」

 

 柔らかな白い毛糸で編まれていて、暖かそうである。

 

 頼まれる前からこんな大掛かりなものを作っていたのかと少年が驚く。それは静かに様子を見守っているレイアも同様であった。目を丸くしている。

 その様子をみて、ハンナは照れたように視線を逸らしながら今朝のことを語り出した。

 

「あ、あんなことがあったんですもの。一刻も早くそれを隠せるようにしたいと思うのは、なんらおかしいことではなくってよ」

「ハンナさんすっごく集中して、ずぅ〜っとぬいぬいしてました。よっぽどキスマークを付けられたのが悔しかったんでしょうね」

「そこ、余計なこと言うんじゃありませんの!」

 

 今朝の少年とマーゴの一件から、ハンナは言われる前からマフラーの製作を始めていたようだ。

 少しでも早くあの首元を隠せるように、彼女はとても頑張った。

 

 記憶の中の彼は、自分の裁縫を好きだと言ってくれていた。

 その大切な思い出を糧に、ハンナはとっても頑張ったのだ。

 

「ありがとう遠野さん」

 

 少年は嬉しそうにそのマフラーを受け取って首に巻いた。

 白いマフラーがふわりと舞う。

 季節外れですこし暑いが、なかなかどうして着心地がいい物だった。

 

「さっすが遠野さんだ。着心地良くて普段使いにも良さそう……バレンタインの番外編とかにも使えそう」

「や、やけに具体的ですわね……」

 

 季節外れのマフラーを巻く少年を、ハンナは嬉しそうに見つめた。

 自分の今までの努力が報われている。

 

 別世界の記憶と重なるその事象をかみしめた。

 

 2人の空気を邪魔しないよう、レイアは静かに壁にもたれている。

 少年がこうして平穏な日々を送れていることに安心している様子だ。

 

「この世界でも、あなたはそう言ってくださるのですね」

「どの世界にいても俺は遠野さんに感謝するよ。送ってもらってばかりだから」

 

 そう言って目元に着けていた眼帯をなぞる。

 この世界でも、別の世界でも、ハンナは少年に物をプレゼントして、少年はとても感謝した。

 

 ハンナは少年の言葉を受け取って胸いっぱいの様子だ。

 しかしすぐに表情を戻してしまう。

 

「あなたの助けになったなら……嬉しいですわ」

 

 そうすこし悲しそうに言い放った。

 その理由は、少年が自分に会いに来た原因を思い出したからだ。

 

 宝生マーゴによってつけられたキスマーク。

 それだけでなく、少年が屋敷の少女達みんなと大切な日々を過ごしてきたことを思い出したから。

 少年は自分だけを相手してくれるわけではないのだと、ハンナは視線を落とす。

 

 同時に少年も、そのハンナの様子から何を考えているのかを察し、苦しそうな表情を見せた。

 それもこれも全部、自分が悪い。

 日向ヒカリという男が悪い。

 

 ハンナと少年のふたりが下を向いて黙ってしまったため、部屋の空気が一気に重たくなる。

 その様子に遠くに立つレイアもつらそうな表情だ。

 

 一方、シェリーは瞳をきらりと輝かせていた。 

 重苦しい空気を切り裂くように口を開く。

 

「ヒカリさんって、誰が一番好きなんですか?」

 

 シェリーが突然ぶっ込んできた。

 

 あまりに突拍子もない、あるいは確信を突いたその質問に場の空気が凍る。

 

「……た、橘さん?」

「やっぱりマーゴさんですか?それともミリアさん?」

 

 シェリーは気にせず話を続ける。

 疑問に思ったことは聞かずにはいられない。

 

 その姿勢は褒められるべきものかもしれないが、この島の現状でその質問をするのは非常にまずい。

 少年が明確にひとりを選んでしまえば何人の少女が悲しむかわからない。

 なにより少年もつらいだろう。

 

 静観していたレイアが目を細める。

 

「……シェリーくん、そういった話題は控えてくれるかな。おそらく誰も幸せにならない」

「そうですかね?私はヒカリさんの本心が聞けるなら嬉しいですよ?」

 

 レイアが止めに入るもシェリーは話題を変えるつもりはないようだ。

 変わらず少年に瞳を向け、答えを聞き出そうとしている。

 

 外面からシェリーの本心を見抜くのは難しい。

 本心を隠すことがうまいという意味では無く、何を考えているのかわからないという意味でだ。

 この質問をすること、そして答えを聞くことで、シェリーはどのような狙いがあるのだろうかと、レイアが頭を悩ませる。

 

 一方、そのシェリーを黙ってみている少女もいた。

 ハンナだ。

 彼女は大切な友人であるシェリーのことをなんとなく理解している。

 

 記憶の入れ替えが起きてから、シェリーとハンナはずっと一緒にいた。

 ハンナから見て、シェリーの様子はずっと変わらないままだった。

 

 倫理観が無くて、推理が好きで、友達思い。

 

 橘シェリーという少女は、友達が苦しんでいるなら手を差し伸べることができる。

 ずっと変わらず、そうだった。

 

「大丈夫ですよヒカリさん!どんな選択であれ、私たちはあなたを見捨てたりしませんから!」

 

 そう言い放ったシェリーは一点の曇りもない笑顔を浮かべていた。

 

「シェリーさん、あなたは、まさか……」

 

 ハンナはここで、シェリーの目的に気が付く。

 友達思いの彼女にとって、今の少年はどう映っていたのか。

 

 いくつもの並行世界の記憶を見て、少女達とギクシャクしていた少年を、どう思っていたのか。

 

「橘さん……俺は……」

 

 少年の口がゆっくりと動く。

 

 自分はどうするべきなのか。

 それをずっと考えてきた。

 

 誰か1人を選んでしまえば、その1人以外は悲しむ。

 それがわかっているからずっと答えを出せなかった。

 

「俺は……」

 

 みんなに笑っていて欲しい。この島にいる者全てに。

 つまり、ずっと前から答えは決まっていたのだ。

 足りなかったのは、それを言葉にする勇気。

 

 

「みんなが、好きだ」

 

 

 彼女たちにはやはり優劣なんてなく、順番なんて到底つけられるものではない。

 少年にとって彼女たちとの記憶は、そのどれもが大切という言葉では足りないほどかけがえのない思い出なのだ。

 誰か一人を選ぶなんてできない。だから、全員。

 

「みんなのことが、好きだ」

 

 しっくりくるその言葉を言った瞬間、肩がとても軽くなったような感覚がした。 

 背筋につたっていた罪悪感が霧散するような。

 

 少年のその言葉を聞いて、シェリーは笑った。

 

「ヒカリさん」

 

 一歩近づく。

 

「ようやく言ってくれましたね」

 

 友達が困っているなら、手を差し伸べずにはいられない。それが橘シェリーという少女なのだ。

 自己嫌悪で苦しんでいる友達を助けないわけがなかった。

 

 肩の荷が下りて力が抜けている少年をみて、シェリーは満面の笑みを浮かべる。

 あまりにも眩しい。

 

「みなさんもヒカリさんが好き、ヒカリさんもみなさんが好き!問題は解決ですね!」

 

 少年が頭を悩ませていた問題を笑顔で打ち砕く。

 複数の女性と付き合ってはいけないという当然の倫理観をマジカル☆パンチで粉砕していく。

 

「大丈夫です!一夫多妻なんて今時珍しくないですから!」

 

 とんでもない発言にハンナとレイアが慌てて会話に飛び込んでくる。

 

「珍しいですわよ!聞いたことありませんわ!」

「少なくとも、この国では認められていないかな」

「私たちは魔法少女です!法律の壁なんて魔法でちょちょいと!」

「できませんわよ!第一、もう魔法は使えませんわ!」

「じゃあ引っ越しちゃいましょう!多重婚が認められる国に行ってまとめて結婚しちゃうんです!」

「しぇ、シェリーくん、一回落ち着くんだ。まずその国の制度や言語を勉強して戸籍を得ないと……」

「そういう問題ですの!?」

「むむ、確かにそうですね。言語の問題はちょちょいとはいけませんからねー」

「それ以外の問題もちょちょいとはいきませんわよ!まずは他の方達にも意見を聞かないとですし……」

 

 少年はその会話を静かに眺めていた。

 複数の相手を愛しているという非難されて当然の答えを出したというのに、彼女たちは受け入れてくれた。

 

 嬉しい、と安心する気持ちと、心に残る罪悪感。

 しかしそれすらも、彼女たちの笑顔によって吹き飛ばされていく。

 

 

 あぁ、やっぱり好きだ。

 

 

 少年は小さくそう呟いた。

 

 

 ◇

 

 

 記憶の入れ替えがおきてから、二階堂ヒロは図書室にいる時間がずっと増えた。

 少年をめぐって起こるであろう少女たちのいざこざを少しでも収めるため、奔走してきた。

 

 もし今の彼女たちを自由にさせてしまえば、きっと誰かが傷つく。

 それは少年かもしれないし、あるいは別の少女かもしれない。

 

 大切な友人たちが痴話喧嘩で分裂するなんて想像したくもない。

 ヒロは必死に頭を回して屋敷を管理していた。

 

 急がなくては

 急がなくては

 

「今日中に、完璧にしておかないと」

 

 閉じてしまいそうになる目を開かせるため、コーヒーを飲み干す。

 普段の彼女であればしないであろう荒々しい手つき。

 

 そんな時だった。

 

「二階堂さん」

 

 図書室の扉が開いた。

 入ってきたのはこの屋敷の問題の中心に立つ少年であった。

 

 その顔は、憑き物が落ちたように朗らかだ。

 対照的に、ヒロはひどく消耗している様子である。

 

 身だしなみこそきれいに整えているが、その目には普段のような覇気がない。

 

「……随分と表情がマシになっているな」

「そういう二階堂さんは少しやつれてない?ちゃんと休んでる?」

「気遣いに感謝する。ただ、急を要する案件なんだ。時間が惜しい」

 

 ヒロは少年から視線を逸らして机に向かう。

 誰もが納得するような新規則を作ろうと必死な様子だ。

 

「悪いが君と話している時間ももったいないんだ。用事がすんだら出て行ってくれるか」

 

 ヒロが冷たくそう言うも、少年は気にした様子もなく部屋に入る。

 

「さっき、少しみんなと話してきたんだ」

 

 少年はパタンと扉を閉めた。

 その音でヒロがチラリと少年の方を見る。

 

「色々言いたいことっていうか報告することがあるんだけど、その前に」

 

 ここでようやく、ヒロは少年が一人でここに来ていることに気が付く。

 護衛のレイアがいない。

 そして室内にはエマもミリアもいない。

 

 図書室は、ヒロと少年の二人きり。

 

「二階堂さん」

 

 普段と比べて少し低い声で、少年は口を開いた。

 

 

 

「もう……帰っちゃうの?」

 

 

 

 それはヒロがどうにか隠そうとしてきた事実であった。

 

 

 





次話、最終話です。
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