【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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 それは、まだ光が見えていた時の記憶


三週目

 

 人の笑った顔を見るのが好きだった。

 嬉しそうな顔、楽しそうな顔、笑ってる顔。それを見るのが好きだった。

 あっちが嬉しいとこっちも嬉しくなる。

 

 父さんを笑わせて、母さんを笑わせて、俺も笑った。

 幸せな家族だった。

 

 いろんな景色をみることが好きだった。

 

 綺麗な風景、美しい絵画、素敵なアイドル。

 

 すごいものを見るのが好きだった。

 

 だって、それを見てる人って、みんな笑っているんだ。 

 みんながうれしいと俺もうれしい。

 俺がうれしいと、父さんも母さんもうれしそう。

 

 幸せな家族だったよ。

 

 でもまぁ、人生そんなにいいことばかりじゃない。

 

 事故がおきた。

 

 俺にいいもんを見せるためっていう家族旅行の途中でさ、3人で観光してたんだよ。

 そしたらまぁ、ガラスをたくさん積んで暴走してたトラックが倒れてきてさ。

 割れたガラスに父さんは頭を刺され、母さんは首を刺され、俺は目を刺された。

 

 2人とも死んだ。俺だけが生き残った。

 でも、目の角膜?網膜?まぁなんか重要なとこまで壊れちまったらしくてさ。さらには目を摘出しなきゃ目の奥に入ったガラスが取り出せなくて脳が傷つく恐れがあるってんで、仕方なく摘出。んで、えーと目を戻すときに、あれ?取り出すときだっけ?まぁその手術の時に偶然地震が起きたらしくて、ミスって眼球がダメになったんだと。悪いね、ここら辺あんま覚えてないんだ。十年前の話だし。

 

 そんで、視覚が完全にダメになった。目の前に誰かいてもわからない。光があるのかもわからない。

 

 もう何も見えない。

 

 それが嫌だった。

 

 だから、心の底から願ったんだ。

 どうか見えるようにしてください。

 目が見えるようになる機械をください。

 目が見えるようになる能力をください。 

 目が見えるようになる魔法をください。

 

 なんでもいいです。神様、どうか、どうか

 

 

 

 光をください

 

 

 

 ◇

 

 

 

「っ!?この記憶はっ!?!?」

 

 

 魔女と化した二階堂ヒロによって、突如始まった魔女裁判。

 それはこの場にいる全員を魔女化させるための物であり、普通の人間からすれば悪魔の儀式のようであった。

 少女たちが、次々とバケモノのような魔女に変貌していく。

 

 そして佐伯ミリアが魔女化した際に、二階堂ヒロにとって想定外なことが起きた。

 それは記憶の共有。

 

 すべての記憶がごちゃ混ぜに入れ替わり、共有された。

 

(これは、私が死んだ後の記憶っ!?)

 

 いわゆる一週目、二週目の記憶を、すべて共有され、思い出された。

 誰が殺し、誰が殺されたのか。この牢屋敷で起きた悲惨な事件を全て。

 

 それは、少年も例外ではない。

 

「頭いてぇ……」

 

 (でも、そうか……二階堂さんは)

 

 きっと大魔女を召喚しようとしているのだろう。

 そして魔女因子をどうにかしてもらおうとしている。

 

 少年はそこまで思考を進め、頭を抑えた。

 

 なんだかあたりが魔女化した紫藤アリサによって燃え上がっている気もするし、遠野ハンナによって島ごと浮き上がっていたような気もするが、そんなことが気にならないほど、少年は拳を強く握りしめていた。

 これから起きることを想像し、体が震える。

 

 こわい、いやだ、失いたくない。

 

 彼が深呼吸をすると同時に、二階堂ヒロも同様として息を吐いていた。

 精神の魔女化が進んでいて時間がない。

 ヒロはそれでも冷静に思考を整えている。

 

(シェリーの魔女化はできた。暴走した際のリスクが高すぎるからエマの魔女化は最後にまわしたい。だから選択肢はひとつ)

 

 ヒロから視線が送られると、少年は気が付いたのか小さく返事をした。

 

「……ごめん、ぼーっとしてた。魔女化、だよな」

「あぁ。協力してほしい。大魔女を召喚するためには、この場にいる全員の魔女化が必要だ」

「大魔女を召喚して、魔女因子を消してもらう、だったよな。聞いてたよ」

 

 少年が頭を抑えている。

 先ほどから表情が見えない。

 

「もしもさ、二階堂さんの計画していることがうまくいったら、俺達ってどうなるのかな?」

「それは……魔女因子が無くなった私たちを、国は拘束する意味がない。家に帰してくれるはずだ」

「うん、そうだよね。魔法を使えなくなってるんだろうね」

「……?あぁ、魔法が使えない私たちはただの少年少女になる」

 

(なんだ?彼は何を……?)

 

 ヒロは彼に違和感を感じていた。

 何かを聞こうとしているかのような態度だが、なにか心ここにあらず、といった状態だ。

 そこがやや気になったが、ヒロはそれより先に考えるべきことがある。

 

(彼を魔女化させるにはどうすればいいだろうか。彼のトラウマ、心の禁忌が全く分からない。以前の世界や私が死んだ後のエマの世界でも、彼はその禁忌を明らかにしていない)

 

(魔女化したミリアの魔法によって得られた情報で、なにか彼の言動に違和感はなかっただろうか。些細なことであれ、突き詰めれば彼の秘密に迫ることができるかもしれない)

 

『俺の魔法は視覚強化だ』

『暗いのは好きじゃなくてな』

『俺は普段、視覚強化の魔法で物を見てるんですよ』

 

(まさか……いいや彼の魔法なら、ありえなくはない。もしもこの仮説が正しければ、彼が頑なにサングラスを外そうとしなかったことにも納得がいく。だが、しかし……それが意味するところは)

 

 二階堂ヒロはひとつの仮説にたどり着いた。

 それはあまりにも残酷な仮説だ。自分は彼に、とんでもないことを頼み込もうとしている。

 

 意を決して、ヒロは口を開く。

 

「君は……君はもしかして、目が見えていないんじゃないか?」

 

 少年は、何も見えない目を見開いた。

 

「……さすがだね、二階堂さん」

 

 ヒロからその事実が明かされ、証言台に立っていたほかの少女たちは驚いた様子を見せる。

 事情を知るミリアとナノカはつらそうにうつむいていた。

 

「メルル、君の魔法で治せたりは……」

「あうぅ……怪我を負ってから時間が経ち過ぎていて……私では力になりません、ごめんなさい」

「俺の傷は現代医療でも手の施しようがないんだ。氷上さんが謝ることじゃないよ」

 

 彼の傷はもう完璧に塞がっているのだ。なにせ失明したのは10年も前のこと。 

 彼の体は目の見えない状態に慣れ切ってしまい、もはやそれが普通になってしまっていた。

 治っている物をさらに治せというのは不可能だ。

 

(なんということだ。これでは、大魔女に魔女因子を取り除いてもらったとしても、彼は……)

 

 ヒロの絶望をよそに、少年は覚悟を決めたと言わんばかりに背筋を伸ばした。

 

「大魔女ってのに魔女因子を回収してもらう。俺も賛成だ。そうすりゃみんな助かる」

「……そうすると君はこの先、目の見えないまま生活することになる。大魔女に君の魔法だけでも残してもらうよう説得を」

 

 ヒロが絞り出すような声で提案するも、彼は首を横に振った。

 

「ナシだね。大魔女がそこまで話が通じるのかわからないし、仮に説得できたとしても島の外の人間から見れば魔女になる恐れがある人物がまだ生き残ってることになる。俺だけ帰れないならまだいいけど、難癖付けられてみんな閉じ込められたままになるかもしれない」

 

 彼の言葉は正論だ。

 魔女に対する恐れが、自分たちをここに閉じ込めている。魔法を使える人間が残っている限り、自分たちはこの島から出られない。

 

「しかし、それでは君が……」

「大丈夫だよ二階堂さん。魔女因子がなくなれば魔女にはならない。ストレスを持っても俺が魔女化することはないから安心してくれ」

「ちがう、そんなことは心配していない」

「いいんだ本当に」

 

 彼はそういってゆっくりとサングラスを外した。

 

 少女たちは彼の瞳を始めて見た。ようやく、彼と目を合わせることができた。

 誰かが息をのむ音が聞こえる。

 彼の瞳には、痛々しい傷跡が残っていた。誰が見ても、彼の目は機能していないことがわかるだろう。

 

「お医者様には義眼にしようって強く言われたんだけどさ、無理言ってそのままにしてもらってたんだ。いつか傷が治って見えるようになるかも、なんて夢見ちゃって、ずっとこの眼のまま生きてたよ。みっともねぇよな」

 

 彼は笑っていた。

 

「いつか……こんな日が来るんじゃないかと覚悟してた。この魔法、俺にとって都合がよすぎるからさ……大丈夫。屋敷の間取りは覚えてる。壁に手を当てながら歩けば普通に生活できるだろうし、みんなに迷惑かけないよ」

「そんなっ」

「島から出た後も気にする必要はない。こんなこともあろうかと点字の勉強はしてきたし、なにより本土にはいろんな生活支援がある。そこを頼るよ。盲導犬との生活が楽しみだ」

「ちがう、私は」

「あぁ、そうだった。魔女化が必要なんだよね。それについても大丈夫。橘さんと同じで、たぶん俺も自力でなれる」

「待ってくれ、話を――」

 

 二階堂ヒロがなにかを言っているのを聞こえないふりをして、彼は何度か深呼吸した。

 自身の禁忌と向き合う時がきた。

 

 こわい

 

「俺はこんなんだからさ、暗いのとか、ほんとにダメで」

 

 いやだ

 

「事故のこととか、見えなくなる恐怖とか、いろいろおもいだすんだ」

 

 失いたくない

 

「それが俺の禁忌、トラウマ」

 

 でも――

 

「だから、俺が魔女化するには――」

 

 

 

 

 

「魔法を使わなければいい」

 

 

 

 ◇

 

 

 こわい、こわい、こわい

 魔法を失えば、俺はまたあの何もない世界で生きることになる

 

 いやだ

 いやだよ

 

 父さんの笑顔、母さんの笑顔

 思い出せなくなってしまう

 二人の写真を見ることすらできなくなる

 いつか忘れてしまう

 

 せっかくできた友達の笑顔も忘れてしまう

 

 友達の、笑顔を

 

 そうだ、みんなの笑顔

 

 みんなが笑顔でいてくれるためなら

 

 

 こわい、いやだ、失いたくない

 

 でも――

 

 

 

 みんなに笑ってもらうためなら

 

 

 

 ◇

 

 

 

 顔にひびが入り、爪が伸びていく。

 痛々しい傷がのこった眼球は、もう存在する必要がないと言わんばかりに真っ黒に染まっていた。 

 

「うん、できた」

 

 もはや眼球と認識できないほど黒に染まった瞳。

 彼は、穏やかに笑っていた。

 

「暗いのがトラウマだからさ、魔法を使わなければ俺は光も何も感じない景色と向き合うしかない。するとストレスで魔女化がぐんぐん進む。誰にも頼らず魔女化できるってわけさ。言ったろ?迷惑かけないって」

 

 あっけらかんと言い放つその姿に、ヒロは唇をかむことしかできなかった。

 彼は、自ら魔女化して少女たちを救うことを選んだ。

 自身の光を手放すことを決めたのだ。

 

「……すまない」

「いいってば。時間ないだろうし早く次の娘を――ブフォ!?

 

 突然、彼が噴き出した。

 同時に、その鼻から血が流れだす。

 

「うおぉ!?やべっ!?」

 

 鼻を手で抑えているが、ドバドバと鼻から血が流れている。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 メルルが魔法で治そうとするのを、彼は手で制する。大丈夫だという代わりだろうか、親指を立てていた。

 

(何が起こった!?魔女化したのは間違いないが、出血!?)

 

 ヒロは困惑していた。

 それは彼も同様であったが、納得しているかのように首を縦に振って見せた。

 

「なるほど、魔女化によって魔法は強化されますよと。なるほど、なるほどね。つくづく俺にとって都合のいい魔法だよほんとに」

「?」

 

(彼の魔法は視覚強化……その魔法が魔女化によって強化されたのだろうが……『俺にとって都合のいい魔法』と言ったのか?彼にとって、あるいは『男性にとって都合のいい魔法』……)

 

「まさかっ!?」

 

 二階堂ヒロは顔を真っ赤に染めた。

 そして両手で自身の体を抱きしめる。

 

「……あまりこちらを見ないでほしい」

「悪いね。もうバッチリ見てしまった」

「君に謝罪をする方法を考えていたが、こういったやり方は……その……」

「謝罪とかまじでいらないっての。ごちそうさまでした」

 

 二人の会話で、彼が何を見ているのか察したものは慌てて体を隠し、察しているがもはや手遅れだと感じている者はため息を吐き、なにも察していないものは首を傾げた。

 

「まさか皆の体を!?見るなら私だけを見たまえ!【私を見るんだ】!!」

「視線誘導きかねーだろアイツ!!オイ変態!ぜってーあてぃしの方みるんじゃねーぞ!マーゴの方見てろ!」

「あら?さすがにじっと見られるのは恥ずかしいのだけれど……」

「魔法を失った後のあなたのことを思うと、あまり強く言いたくない。でも……その……恥ずかしいからあまり見ないでくれるかしら」

 

「最後の最後に、いいもん見れたわガハハ!!ささ、ほかの子を魔女化させようぜ!俺も協力するからさ!全身のほくろの数を言い当てて相手を怖がらせましょう!ストレスをマッハで貯めてやるよ!」

「もうひとりしか残っていないんだが……」

「……え?ボク!?」

「君以外に誰がいるんだ……話そうか、エマ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 大魔女とメルルが、消滅していく。

 

 淡い光が二人を包んでゆっくりと、消えていく。

 

(あぁ……)

 

 それに呼応するように、彼の視界が狭まっていく。

 

 ゆっくりと、消えていく。

 

(よかった……)

 

 彼は安堵していた。

 

 魔法が消えた。魔女因子が消えた。

 皆、魔女から解放された。

 

 消えていく。

 

 消えていく。

 

 光が、消えていく。

 

(あぁ、そうだ)

 

 言わなければいけないことがあった。

 最後に、大魔女さんに。

 

 光を失った俺に、魔法を、奇跡を、

 

「光をくれてありがとう」

 

 彼は大魔女へと手を伸ばす。

 何もない、何も見えない。

 

 彼はまた光を失った。

 

 大魔女から生じていた光の粒が、自らの手に乗っていることすら彼は感じることができない。

 

 最後のひと粒がふわりと消えた。 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 事態はすべて解決した。

 

 大魔女は氷上メルルとともに消滅した。最後にすべての魔女因子を吸収して。

 

 牢屋敷に閉じ込められていた少女たちは、規則がなくなった牢屋敷の中を自由に過ごしている。

 それは、彼も同様であった。腰に構えていた刀を鞘にいれ、杖代わりにしている。しかし、慣れないものを使っているせいか――

 

「あだっ」 

「っ大丈夫か!!」

 

 少年が足を床に引っ掛けて転んでしまった。すかさずヒロが助けに入る。

 エマがヒロの気を引こうとする悪癖のおかげで、誰かを助けるという行動をヒロはよくしていた。その経験が生きている。

 

 少年に怪我がないかを確認しながら、ヒロは悔しそうにしていた。  

 自らの行いが許せないのだ。

 

「……すまない。私は君から光を奪った」

「元からなかったもんだよ。二階堂さんが奪ったわけじゃない」

「なんて謝罪すればいいのかもわからない」

「いいってば。こうして助けてくれるだけで十分だっての。屋敷の間取りは覚えたつもりだったんだが、細かい段差はわかんなかったな」

 

 牢屋敷で生活していると、彼が今のように壁に頭をぶつけたり、足を引っかけて転ぶことがあった。

 そのたびに周りにいた少女が助けにいっていたが、助けに入った数でいえばヒロが一番多かった。

 

「すまない……本当に……」

 

 このまま放っておけば、自殺でもしてしまうのではないか。 

 そう思わせるほどにヒロの声は震えていた。

 

 少年は声のしている方向に向け、わらう。

 

「俺としては、結構この結末を気に入ってる。いつかこの魔法は使えなくなると思っていたからさ。だから使えなくなるまでにいろんな良いものをみようと思って、色々見てきた」

 

 バルーンの絵のことを知ったのも、レイアの劇をみたのも、その時のことだった。

 もう、両方とも見ることはできないが。

 

 ヒロは彼がノアとレイアの大ファンであったことを知っている。

 他人を笑わせることが好きな少年だと知っている。

 

 少年を支える腕に力が込められた。

 

「マジで気にしなくていいんだぜ二階堂さん。俺の最後に見た光景は美少女達のエッチな姿だ。パーフェクトすぎる。一生忘れない光景だよ」

 

 少年はヒロに向かって笑顔を見せた。

 

 しかし、その笑顔を向けられたのは、ヒロの顔から横にずれた位置だった。

 彼は、誰かにむかって笑顔を見せることすら満足にできない。

 

(起きた出来事は取り返せない。私は、何をして謝罪すれば……)

 

「あ、あの二階堂さん?下ネタに走ったのは悪かったからそろそろ手を放してほしいんだけどな?」

「っ、すまない」

「謝らなくていいのに……」

 

 少年は立ち上がってヒロにお礼をいうとそのまま歩いていく。

 

「えっと今がラウンジだから医務室は左の……いまどっちだっけ?」

「医務室はこちらだ。ほら、腕を」

 

 ヒロは少年の腕をとり、自身の腕に掴ませた。

 

「助かるけど……いいの?」

「この程度でよければいつでも。私にはその責任がある」

「マジで!?!?!?この状態で一緒に寝ようぜ!!」

「君が、それを望むなら、私は」

「冗談!!!冗談でーす!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ヒロの介助のおかげもあり、少年は怪我無く医務室に来ることができた。

 

「あぁ、あなたたち」

 

 ふたりを出迎えたのは黒部ナノカだった。

 ナノカの隣のベットには、彼女の姉がいた。

 かつて看守だったナノカの姉が人間の姿を取り戻してから、ナノカはずっと姉のそばにいた。

 

 ナノカの姉だけではない、かつてこの牢屋敷に閉じ込められていた少女たちが次々と目を覚まし始めたのだ。

 この医務室にはそんな少女たちが現代に復帰するために使われていて、連日満員である。

 

「どうしたの?また怪我かし、ら」

「いいや、ちょっと黒部さんの顔を見に来ただけだよ?」

「そ、そう、なの、だったらす、こし」

 

 彼の顔をみるナノカの様子がおかしい。

 口元をおさえ、必死に何かをこらえている。 

 

「く、ごめんなさい、ちょっと、待って。あなたの顔をみると、どうしても」

「どうしても?」

「どうしても、あの時のあなたの顔を思い出してしまって、くふっ」

「フンッ!!」

「あははっ!」

 

 彼が変顔を見せると、ナノカは耐えられなかったのかお腹を押さえて崩れ落ちる。

 

 記憶の共有が起きて以来、ナノカは少年の顔を見るたびにあの時の変顔を思い出して笑いがこらえられなくなっていた。

 

「よかったね。なのちゃん」

 

 ナノカの姉が、安心したかのように笑っている。

 妹に仲の良い友人ができたことを喜んでいるようだった。

 

「黒部さんも元気、あーふたりとも黒部か。紛らわしいな」

「あなたさえ、よければ、私のことは名前で、ふっ、なまえで、ふふっ、呼んでくれてもっ」

「二階堂さん、今の黒部さんは」

「君に背を向けているな。顔を見ながらだと話せないらしい」

「オラ!こっち見ろ!一生俺の顔を見るたびに笑うようにしてやるから!!」

「おなか、おなか痛い、やめて、なにその顔っ、あはっ、おね、おねえちゃんたすけてっ」

「本当によかったね、なのちゃん」

 

 医務室は賑やかだった。 

 少年たちの会話を見ているだけの少女たちも穏やかにその光景を眺めていた。

 

「さて、このままだと黒部さんがシックスパックになってしまう。そろそろ部屋に戻るよ」

「もう?」

「家族水入らずってね。邪魔者は帰るさ」

「邪魔なんかじゃ、ふふっ、ないわ」

「嘲笑してない?」

「ちが、これはあなたの顔をみてるから」

「……そんなにすごいのか?君の変顔は」

「お?二階堂さんも試してみる?」

「やめておきなさい二階堂ヒロ。寝る前にふと彼の顔を思い出して眠れなくなるわ。私がそうだもの」

「どおりで夜中に笑い声が聞こえるわけだ……」

 

 ヒロとナノカが彼の変顔について話を弾ませている。

 

 その隙にと、少年はナノカの姉の方へ向かった。 

 彼女の声がした方向へ向かう。

 

 ナノカの姉も察したのか、少年を自身の方へ来やすいように手を伸ばし誘導する。

 

「なのちゃんのこと、ありがとうね」

 

 少年はその場に膝をついて視線を合わせる。合わせたつもりになる。

 

「以前のあなたに、頼まれたので」

 

 たくさん、笑わせてあげて

 

 もはやそのお願いを覚えているものは少年以外にいないだろう。

 それでも彼は違う世界の彼女のお願いを、どうにかかなえたかったのだ。

 

「たくさん笑わせますよ。妹さんが腹筋バキバキになるのを楽しみにしててください」

「ふふっ」

 

 ナノカの姉は小さく笑うと、彼の頭に手を当て、そっと撫でた。

 

「楽しみにしてるね」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「危なかった……もうすこしあのまま撫でられていたら危うく好きになるところだった」

「そんな大げさな……次は部屋に戻る、でいいのか?このまま地下に?」

「そう思ってたんだけど、やっぱ変更。娯楽室にいってもいいかな」

「……なぜ私に許可を求めるんだ」

「つき合わせちゃって悪いなと」

「私のことなんて気にする必要はない。これが君への贖罪となるのなら、いくらでも付き合う」

 

 ヒロの決意は固い。

 こうなったヒロが揺るぐことはないだろうと、少年は雰囲気で察した。

 腕を組んだ2人は二階へと上がっていく。

 

「それで、なぜ娯楽室に?」

「桜羽さんがいるんだ。ちょっと会っておこうかと」

「……エマが?」

「最近耳が良く聞こえるんだ。桜羽さんの声がそこからきこえた」

「その、私は」

「付き添いしてくれるんだろう?頼むよ」

「あぁ……」

 

 少年は、ヒロがエマと極力会わないようにしていることに気が付いていた。

 おそらくふたりの過去が関係しているのだろうと考えてはいたが、無理に詮索をするつもりはなかった。

 だが、気に入らない。二階堂ヒロと桜羽エマが笑わないことが気に入らない。

 

 ふたりが仲直りして、また笑顔になってもらうために、

 

「エマ……」

「ヒロちゃん」

 

 彼はヒロの罪悪感を利用して、無理やりふたりを引き合わせた。

 

「あ、ふたりも来たんだね。みんなで何か……」

 

 娯楽室にはミリアもいた。

 全員でなにか遊ぶことを提案しようとするも、ヒロとエマの様子に気が付いて、思慮を巡らせる。

 少年もまた、同じように頭を回していた。

 

 そしてふたりは同時に行動に出た。

 

「あーさっきぶつけた頭が痛むなー!早く部屋で休みたいなー!!」

「わぁ、それは大変だね!おじさんが付き添うよ!」

 

 大根役者が現れた。

 

「付き添いならば私が」

「あーあーめっちゃいてぇ!急いでいこう佐伯さん!!」

「うんうんそうしよう、早く行こうかじゃあねヒロちゃんエマちゃん!!」

 

 とんでもない勢いで少年とミリアはいなくなってしまった。

 残されたのは困惑しているエマとヒロのふたり。

 

「エマ、私は一生をかけて償いをーー」

「知ってた?ヒロちゃん、ボクねーー」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ふぃー合わせてくれてありがとな佐伯さん」

「こちらこそだよ、仲直りできるといいね」

 

 ミリアの腕を少年がつかんで歩いていた。

 介助の役割はヒロからミリアに引き継がれる。 

 

「この後どうしよっか、ほんとに頭が痛むんだったら部屋まで戻る?」

「いや、あれは全部演技だから大丈夫。どこかで暇をつぶそうか……」

 

 ふたりが廊下を歩いていると、偶然アトリエから出てきたノアとアンアンと鉢合わせた。

 

 ノアはふたりを見つけると駆け足で近づいてくる。

 

「みてみて!のあね、またお絵描きしたんだ!」 

「っノア、待て!!」

「ふえ?」

 

 ノアは無邪気だ。

 トラウマを乗り越えたおかげで、ノアは自分の手で自由に絵を描いている。

 そしてその絵を誰かに見てもらうことに喜びすら感じていた。

 

 以前のノアとは大違いだ。

 しかし変わらないところもある。 

 ノアはずっと無邪気だった。

 

 そう、ノアは無邪気だ。

 少年がもう何も見えないことを忘れ、絵を見ることを彼に要求してしまった。

 アンアンが思わずもう発動しない魔法を使って止めようとするも、もう遅い。

 

 ミリアが血相を変えるが、少年は穏やかに、つかんでいたミリアの腕をすこし引っ張った。大丈夫だ、という代わりに。

 

 少年はノアの絵を見たふりをする。

 

「わーい素敵な絵――って、俺なんもみえてねーじゃないかぁ!」

 

 そういって自身の頭を叩いた。

 無理に笑わせようとしているのが、かえって痛々しい。

 

「あ……」

 

 ようやくノアは彼の目が見えていないこと思い出した。

 無理もない。ノアの記憶の中の彼は、とても目が見えていないなんて思えなかったのだから。

 

「ごめんなさい、のあ、忘れてて」

「俺らの仲だ。謝るほどじゃないよ、佐伯さん、ほら」

「……ノアちゃん、素敵な絵だね」

「よかったな城ケ崎さん、佐伯さんのお墨付きだぜ。きっとバルーン時代より評価されるぞ!」

 

 少年は笑顔だった。

 魔法を失う前に、あれほど練習してきた笑顔を浮かべる。

 こっちが笑えばあちらも笑う、そんな素晴らしい笑顔を浮かべ、浮かべーー 

 

「だから、だからもっとたくさんの絵を……」

 

 もう限界だった。

 

「あぁだめだ、あの『バルーン』にこんなタメ口で話すなんて恐れ多すぎる!撤退!!」

 

 少年は立ち上がって階段の方へ駆けていく。

 

「あ、ひとりじゃ危ないよ!ノアちゃんアンアンちゃん、またね!!」

 

 ミリアも慌ててそれについていった。

 

 残されたのは、ノアとアンアンのふたり。

 

「のあ、すごくひどいこと、言っちゃった」

「……そうだな」

「ごめんなさいって言いに行かないと」

「……今はやめておけ」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「はぁ、はぁ、すご、すごいな俺」

「そこに、いるか?佐伯さん、俺、二階から、自分の部屋まで、付き添い無し、ケガ無しで走って降りてこれたぞ、すごくないか?これなら、外でもひとりでやっていけるよな」

「にしても、さっきの会話はダメダメだったな、笑わせるどころか、悲しませるようなことして、なんだあのヘタクソな乗りツッコミ、めっちゃすべってたよな、それにあのバルーン様、城ケ崎さん相手に『俺らの仲』なんて言葉、使っちまって」

 

 ミリアは何も言わず、少年の背を撫でた。

 

「う、うぅぅ」

 

 こらえていた涙があふれ出てくる。

 

「なんで、なんで」

 

 涙がいくら溢れようが、視界がゆがむことはない。 

 そもそも視界なんてないのだから。

 

 自分が泣いているのかすらもわからない。

 

 なんども助けてくれた二階堂さんがどんな顔で助けてくれるのかわからない。

 黒部さんを笑わせることができても、彼女の笑顔がわからない。

 黒部さんの姉さんがどんな顔をしているのかもわからない。

 桜羽さんと二階堂さんがどんな顔で鉢合わせたのかわからない。

 城ケ崎さんの本当の絵がどんなものかもわからない。

 夏目さんがどんな気持ちで城ケ崎さんを止めていたのかわからない。

 佐伯さんが今、どんな表情で背中をさすっているのかわからない。

 

 何もわからない。

 

 もう限界だった。

 

「いや、だぁ」

 

 誰かが笑っていようと、部屋が明るかろうと、なにをしようとも、視界には何も映らない。

 

 いやだいやだいやだいやだいやだ

 くらいくらいくらいくらいくらい

 

「くらいのは、もう、いやだ」

 

 

 どうかまた、見えるようにしてください。

 

 どうか、だれか、どうか、おねがいします。

 

 

 

 光をください

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 ようやく、求めてくれましたね

 

 

 

 

 

 あなたの中の魔女因子が、強い渇望によって呼び起こされたように

 

 あなたの中の私も、強い渇望によって目覚めました

 

 完全に消滅した私では、十分な力を与えることはできませんが……

 

 入れ替わりの魔法で、半分だけなら、渡せそうです

 

 長生き、してくださいね

 

 エマとヒロには、たくさん、笑ってほしいですから

 

 

 

 ◇

 

 

 

「いっ!?」

 

 謎の声が耳に響くと同時に、少年の目に痛みが走った。

 赤いものが溢れて滴り落ちる。

 

 それは血液だ。痛い。

 血液が、目に入って、赤しか見えない。

 

 赤い、赤い、赤い

 

 赤が、見えた。

 

 ()()()

 

 次第に血の流れが止まり、落ち着いてくる。

 

 目を開けると、そこには

 

「佐伯、さん?」

 

 見えた。

 見える。

 見えている。

 

 こちらを心配そうに見つめる佐伯ミリアの姿が、くっきりと見えていた。

 

 長らく魔法を使った視界を利用してきた彼にはわかる。

 これは、肉眼の景色だ。肉眼でしか見れない景色だ。

 

 少年の片目だけが、なぜかその機能を取り戻していた。

 

 少年がしばらく固まっていると、ふと廊下の方から足音がした。ふたり分。

 

「あのね、のあ、謝らないとって思ってーーひゃあ!?」

 

 彼は感情が抑えられず、とりあえず目に入った景色全てを全力で抱きしめることにした。

 

「ノア!?ふぎゅ!」

 

 わざわざ謝りにきていたノア、その付き添いにきていたアンアン。

 

「ちょちょちょっと流石にお仕置きに鯖折りはマニアックすぎってひゃああ!?」

 

 少年が怒っていると勘違いしたミリア。

 あとなんか近くにいたアリサ。

 

「なんでウチまで……」

 

 見える、見える。

 少年は見えていた。

 

 驚いている顔、怒った顔、照れている顔、呆れた顔。

 それらが全部見えていた。

 

 自身の喜びをなんという言葉で形容すればいいのかわからない。

 どの言葉を使用しようとも、この感情を表すには足りていない。

 

「見えるんだ、みんなが、みんなの顔が」

 

 彼が震えた声でそういうと、少女たちは驚いたような顔を見せる。

 

 彼の目は片目だけ色が変わっていた。

 黒い元の目とは対照的に真っ白な目。

 それは、まるであの時の大魔女のような目だった。

 

「ありがとう、大魔女さん」

 

 

 こうして、彼はようやくハッピーエンドを迎えたのだった。

 

 

 





   原罪
【光を失った少年】

 少年は願った

 光をください

 魔女は応えた

 では、あなたも共犯者となりましょう




マーゴやアリサ、他のキャラクターたちともっと絡むお話を考えてはいるのですが、ひとまずは完結です。
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