少年は死んだ
あの少年が視覚を取り戻した。
その喜ばしいニュースはすぐに牢屋敷にいる全員の少女たちに伝達された。
『牢屋敷にいる全員の少女たち』とは彼と生活を共にしていた12人の少女だけではない。ナノカの姉と同じように、大魔女が消えてから目覚め始めたすべての少女たちにも同様に伝達された。
彼はよく医務室に出没していた。そのため彼の人となりを知っている少女たちの数は多く、みんながその知らせを喜び、屋敷全体がお祝いムードとなった。
少年はその雰囲気にむず痒いものを感じたが、みんなが笑ってくれていたので良しとした。
その日の食事は、豪勢なものとなった。
といっても、食料品は限られているし、食べる人数もかなり増えたのだから、豪勢といってもささやかなものであった。
それでも少年少女たちは楽しそうに全員で食事をした。
魔法で見る風景ってどんな感じでした?
そのかっこいいサングラスはどこで買った?
変顔のレパートリーはあといくつあるのかしら
あてぃしの裸見たこと謝罪しろよ
そんな会話で盛り上がった。
そこでふと、彼が口を滑らせた。
「大魔女さんが、俺の目を治してくれたみたいだ」
二人の少女の視線が少年へと向かうが、彼はそれに気が付かなかった。
◇
次の日の朝、彼は地下牢で目を覚ました。
視覚が戻ってもトラウマが消えたわけではない。眠ろうと目を閉じると心臓の鼓動が速くなる。
だが、眠らないわけにはいかない。彼は医務室にあった睡眠薬を使用することで強引に眠りについていた。
その薬の副作用で悪夢を見てしまう。内容は覚えていないが、ひどい物だった。
だが、今日の彼の目覚めはさわやかだった。
なぜだかとても気分がいい。
そう言えば、右手がとても暖かく感じられる。
まさか、悪夢でうなされている自分の手を誰かが握ってくれていたのだろうか。
「まぁ考えてもわかんないか!」
彼はそこまで考えて思考を切り替える。
今日はやるべきことがあるのだ。
「せっかくみんながお祝いしてくれたのだし、お礼を言いに行こう」
彼はそう思い立ち、一階のラウンジに進んだ。
誰かしら一人はいるだろうと思っての行動だったが、その目論見は正しく、ラウンジにはエマとヒロがいた。
「桜羽さん、二階堂さん」
少年がそう呼ぶと同時に、突然こちらを振り向いたエマとヒロに手を引かれ、部屋の隅へと追い込まれる。
「お、お金持ってないです!!!」
彼がそう叫ぶのも無理はない話だった。
エマとヒロは無言で彼に近づいていく。
思わず彼が後ずさりすると、壁にぶつかった。
エマとヒロは変わらず彼に近づく。
そして三人の距離が非常に近くなった。
「あの……おふたりとも、とても近くて……その……落ち着かないのですが」
「ごめんね、もうちょっと我慢してくれる?」
「すまないがもう少し見せて欲しい」
ヒロは彼が失明してしまったことを気にしていた。エマも少年を心配するヒロを気にしていた。
しかしなんと彼の視覚が片方だけだが戻ってきた。
気分を下げて上げられた人間は、時に大胆な行動をする。
エマとヒロは少年の目を至近距離で覗き込んでいた。
お互いの息遣いが気になってしまうほどの距離感。
顔を赤くしている少年とは対照的に、エマとヒロはとても真剣な目で少年の瞳を観察していた。
白い瞳の中に微かに見える赤い光。
それは、エマとヒロがよく知っている瞳だった。
「ユキちゃんの目だ。間違いない」
ヒロはこくりと頷いた。
少年はゴクリと喉を鳴らした。
「ユキは『半分だけなら渡せる』と、そう言っていたんだな?」
「っス……入れ替わりの魔法を使ったらしくて……ちかい……」
「おそらくだが、君の瞳と自分の瞳を視神経や一部の脳組織ごと入れ替えたのだろう」
入れ替わった瞬間に溢れ出た血は、その強引な手段によって傷がついてしまったから。しかしその傷ももう塞がっている。
「眼球を入れ替えたときにできたケガは、治療の魔法で治したんだ」
大魔女はすべての魔法が使える。
治療の魔法もおそらく使えた。
「ユキとメルルが消滅してしまったときのことを覚えているかな。おそらくその時に、ユキの光の粒が君の体に触れた。それでユキが取り憑いて、君が光を渇望したタイミングで目覚めたんだ」
ヒロの推測は正しい。
ユキが彼に取り憑いたのはまさにそのタイミングだった。
「強引だなぁ。でもユキちゃんらしいね」
エマはそう言って笑うが、ユキのことを思い出したのか俯いた。
「うぅ……ユキちゃん……」
「うぅ……ちかい……」
少年も別の意味で俯いた。
顔が真っ赤な少年にようやく気がついたのか、ヒロはため息を吐く。
「流石に赤くなりすぎだ。この程度の距離感ならば
以前、とは別の世界線でのことだ。レイアが主催した劇を練習していた最中、かなり距離が近くなることがあった。その時の少年は平気な顔をしていて、こちらを揶揄う余裕すら見せていたが、今はその様子のかけらもない。
「やっぱ肉眼で見ると全然感覚が違うっていうか、世界が輝いて見えていて、その……2人ともめちゃくちゃかわいい……」
「だよね!ヒロちゃんはとっても可愛いんだよ!」
「エマ……君はもう少し自身を客観視すべきだ。君の外見はかわいいと評するに十分な見た目をしている。自分への褒め言葉は素直に受け取るべきだ」
顔を赤くする少年を横目に、エマとヒロは誉め言葉の押し付けあいを始めた。
娯楽室で二人を引き合わせてから、二人の気まずい雰囲気はなくなり、仲良くなったように見える。
少年はそのことに安堵していたが、やはり距離が近いことを気にしているようで落ち着かない。
彼は15歳である。異性のことが気になって仕方がない年ごろである。
魔法があれば相手の顔を好きな距離、角度で見ることができたが、もうそれはない。
至近距離でじっと顔を見られてしまうと、いろんな意味で彼は耐えられなくなる。
このままでは頭がフット―してしまう、そんなときに助け舟が来た。
「あんまり男の子を誘惑しちゃダメよ♡ヒロちゃんエマちゃん」
歩いてきたのはマーゴだった。
その手にはワイングラスがある。ラウンジに飲み物をとりにきたのだろう。
誘惑なんてしてるつもりはない。
ヒロはその言葉を言えなかった。少年の顔はもう茹でダコのように赤くなっている。流石に距離が近すぎたか、とヒロは反省した。
「宝生さん……っ」
救いを得た少年がマーゴの方を見るが、すぐに逸らしてしまう。
ワイングラスをもってこちらに歩いてくる様子は、とても15歳の少女とは思えない。
さらに部屋が暑かったのか、普段より服装をはだけさせている。
マーゴはその様子をみてクスリと笑った。
「あら?どこを見ていたのかしら♡」
「しゅ、しゅみません」
謝る少年だったが、マーゴがわざと胸が強調されるように体を動かすと、視線がそちらへと向かってしまう。
サングラスをしていない彼の視線は、とてもわかりやすかった。
「簡単に
「ご、ごめんなさーー」
「ほら、ちゃんと見て♡」
心のうちを読み取り、行動を推測し、相手を誘導する。
マーゴはそういった心理学に長けていた。彼女の技術を使えば、彼の視線を動かすことなんて造作もないことだった。
再びマーゴの胸元と視線が合ってしまった。
「ブフゥ!?」
「君が一番誘惑してるじゃないか……」
「あら、ごめんなさいね?面白い反応をしてくれるからやりすぎてしまったわ」
「それより早く手当てしないと!!あの時の裁判とは違って今は魔女化してないから鼻血の大量出血で死んじゃうよ!」
「ブファ!?」
「二度目!?」
「エマちゃんの言葉で、あの裁判の時に見た私たちの
「ちがっ、ボクはそんなつもりじゃ」
「やはり君は魔性の女、略して魔女だったか」
「ヒロちゃん!?」
ヒロが冗談なのか本気で言っているのかわからない表情でエマをからかっている。
以前の険悪だった二人の関係性からは想像できない光景だった。
マーゴはその光景をしばらく眺めていたかったが、さすがにそろそろ少年が死にそうだ。
「お話しするのもいいけれど、救急箱を持ってきてくれるかしら。本当に彼、死んじゃうわよ?」
倒れた少年を起き上がらせながらそう言うと、エマとヒロは慌てて駆け出していった。
その間もなにか会話をしているようで、二人はどこか楽しそうだった。
起き上がった少年が鼻を抑えながら笑う。
「ちゃんと仲直りできてよかったよ」
「そうね。きっとあなたのおかげよ」
「まさか。俺はただ、罪悪感を利用して二階堂さんを桜羽さんがいた部屋に連れてっただけだよ」
「あら、罪悪感に漬け込んで女の子を部屋に連れ込むだなんて、あなたって大胆なのね♡」
「めちゃくちゃ人聞きが悪い!?」
マーゴは持っていたグラスを揺らし始める。
どうみてもワインにしか見えないが、彼女は未成年なのでおそらくぶどうジュースだろう。たぶん。
味を確かめるようにゆっくりとそれを飲み干した後、マーゴは少年の顔を見ながら言った。
「あなたはこの先、どんな姿でいるつもりなのかしら?」
「ん?あぁサングラスのことか。どうしようかなって悩んでるとこ」
少年がサングラスをかけ続けていた理由は、瞳に残った痛々しい傷跡を隠すため、そして視線が全く動かないことをバレないようにするため。
後者の理由はもう無くなった。視覚が戻って視線が動くようになったからだ。
しかし、視覚が戻って綺麗な瞳となったのはあくまでも片目だけの話である。
もう片方の瞳は変わらず痛々しいケガが残っていて、相手を怖がらせてしまうだろう。
「眼帯にしようかとちょっと考えてみたけど、ちょっと威圧的すぎるよな。やっぱサングラスのままで……」
少年がそう言ってサングラスをかけようとすると、マーゴがそっとその手を止めた。
そしてじっと少年の顔を見つめる。
「素顔のあなた、とっても素敵」
マーゴの記憶には、自身を庇うために自ら
彼もまた、マーゴが信じたいと思った相手の一人だった。
マーゴがそれを自覚したとき、彼はもう氷上メルルと看守によって殺されていた。
だから彼女は後になって後悔する選択はもうしない。思ったことを素直に伝えることを恐れない。
「私と二人きりの時は、サングラスは外してちょうだいね♡」
そう言って少年の頬を撫でると、マーゴは立ち去ってしまった。
入れ替わるようにエマとヒロが救急箱を持って走ってくるのが見える。
「やっぱ誘惑してんじゃん……」
少年は三度目の鼻血を出し、出血多量で死んだ。
*死んでません
こんな感じで一話で終わるお話を思いつくうちは書いていく予定です。
次回はおそらくアリサ回。投稿日は未定です。