大魔女さんが片目を治してくれた。
おかげで日常生活は普通にできるようになった。
壁に手をつかないでも歩けるし、杖を使わなくても転ばない。
でも、俺の根っこが変わったわけじゃない。
暗いのは怖い。
目を閉じれば、ストレスで死にたくなる。
夜に出歩こうとすると足がすくんで動けない。
薬がないと夜はまともに寝られないし、薬があったとしても悪夢を見る。
目に数多のガラス片が飛んでくる瞬間、真っ暗な景色の中で両親が死んだことを告げられた瞬間、それがなんどもなんども繰り返される夢を毎晩見る。
魔女因子はもうないのだから、俺がストレスで魔女化することはない。だから皆に迷惑をかけることはない。
たとえ夜中にうなされようと、朝起きた時に泣いていようと、それは些細な問題。
みんな自分の好きなところで寝てるから、こんな地下牢で寝ているのは自分だけ。
二階堂さんが朝の見回りに来る前に起きて勝手に流れる涙を拭けば、普通どおりに過ごせる。
誰にもばれない。
みんな楽しそうに生活しているのだから、それに水を差すのは良くない。
俺がひとりで吞み込んでしまえばいいだけ。
俺はすでに視覚という大切なものをもらったんだ。
これ以上はもらえない。
今見ているこの最悪な夢も、耐えられる。
これは夢、ただの夢。
なんど目を潰されようと大丈夫、夢だから。
なんど両親が死のうと大丈夫、これは夢だから。
暗闇の中にいようとも大丈夫、全部全部夢だから。
だから、この震える体も、あふれる涙も、全部全部閉まっておくんだ。
大丈夫、耐えられる、大丈夫、我慢できる
こわい
――なら、そう言えよ
ふと、だれかが手を握ってくれた気がした。
◇
手元に誰かの体温を感じ、意識が覚醒していく。
何も見えない暗闇から解放され、少年は目を開いた。
部屋の中は暗かったが、ロウソクの光があたりを照らし、かろうじて手を握ってくれている誰かが見えた。
それは、
「紫藤、さん」
フードをしている少女。紫藤アリサだった。
「おちつけ、深呼吸しろ」
アリサはポロポロと泣いていて呼吸が荒い少年を落ち着かせた。
片手で少年の手を握り、もう片方の手で背中を撫でる。
言われるがまま、少年は呼吸を整えて涙をぬぐう。
「ありがと、紫藤さん。えっと」
少年は自分の手を握ってくれているアリサを見た。
マスクをしているアリサの表情は読めない。だがこちらを心配している様子は、少年の手を掴んでいるその手から読み取ることができた。
「目の前でうなされてるやつ見たら、こうしてやりたくなるだろ」
「さっすが、紫藤さんは優しいよね!このまま一緒に寝ようか!」
「……」
どうにかいつもの空気に戻そうとしたのか、少年がふざけたことを言う。
いつもならすぐに関節をキメに行くアリサだが、今は何も言い返さない。ただ、少年の手をにぎってじっと目を見ている。
少年は昨日もこうしてだれかが手を握ってくれていたことを思い出した。
それもアリサだったのだろう。
時計を見ると、日付がもう変わっていた。
そういえば紫藤さんは最近、中庭にハンモックを作って休んでいた。
自分のせいで夜中に眠れず昼寝していたのかもしれない。
少年はアリサに申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、迷惑かけた。こんな夜遅くにごめんね」
「説明しろよ」
謝罪より先にまずそれだ。
アリサはそう言って握る手に力を込めた。
話すまで逃がさない。そう言っていることが文字通り手に取るようにわかる。
「あの時の裁判で言ったでしょ?暗いのがトラウマだってさ」
少年は正直に話した。
アリサは鋭い。
隠していてもすぐにばれそうだったから。
「毎晩目を閉じるとちょっとキツくてさ、早く目を開けたまま寝る術を身につけないとね」
笑いながら少年はそういった。
アリサはその様子をじっと見ていた。
「ありがとね、手を握ってくれて。すごい楽になったよ。もう大丈夫」
少年は手を放してくれと腕を引いた。
しかしアリサは離さない。
腕を引く
離さない。
もう一度引く
離さない。
逆に押してみる。
離さない。
「あの……紫藤さん?」
「……ほかの奴らが、どこで寝てるかしってるか?」
手を離さないアリサに少年が困惑していると、ふとアリサがそう呟いた。
牢屋敷の規則から解放された少女たちは自由に過ごしている。
夜中に外に出歩こうが中庭で一夜を明かそうが自由だ。
少年はほかの少女たちがどのような生活をしているのか知らない。
この地下牢にあったベッドはすべてどこかへ持ち去られていたから、地下で寝ていないことは確かだろう。
地下には少年一人しかいなかった。
少年は他人に構っていられるほど余裕がなかったのだ。
最悪な気分で目覚め、目の瞬きに恐怖し、睡眠薬を飲んで眠る。
そんな生活を誰にもバレないように隠すのに必死だった。
「今日はもう遅い。明日は連れてく」
「連れてく?えっと、どこに」
「明日また話す。握っててやるから、今日はもう寝ろよ」
先ほどからアリサは、少年の言葉に答えているようで答えていない。
少年は気づいている。これは怒っている時の紫藤さんだ。
(こんな夜遅くに起こされたらいやだよな)
「ごめんね。迷惑かけて、本当に」
「……ちっ」
少年が謝ると、アリサは苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
そして少年の腕を引っ張って立たせ、どこかへ引っ張っていく。
「紫藤さん?!ちょちょ、ちょっとなになになに!?」
「黙ってろ!明日にしようかと思ったが今にする!行くぞ!」
「行くってどこに!」
「決まってんだろ、医務室だよ!」
◇
少年はアリサに手を引かれ、医務室前に連れてこられた。
「紫藤さん、いったいなにを」
「静かにしてろ。みんな寝てる」
(寝てる?)
少年が首を傾げると同時に、内側から医務室の扉が開かれた。
「よかった。来てくれたのね」
扉を開けて出迎えたのは黒部ナノカだった。少年とアリサの顔を見てなぜかホッとしたような顔を浮かべている。
「最近なにか思い詰めているような顔をしていたから、心配だったの。来てくれて安心したわ」
「ほら、立ってないで早く入れよ」
アリサに背を押され医務室に入ると、そこには――
「おや、君も来たのかい。ようやく劇のメンバーが全員そろったようだね」
「まさか、今から劇を始めるなんて言うんじゃないだろうな。夜更かしは正しくない」
「たまには夜更かしするのもいいんじゃないかな。ボクこういうの憧れてたんだ」
「むにゃ……」
「ふにゅ……」
「ノアちゃんとアンアンちゃんはぐっすりだね。おじさんも眠たくなってきちゃったよ」
「なんだ、お前ら起きてたのかよ」
「レイアっちがなんかテンション上がっててさ、ずっと劇の話してんだよねー」
少女達全員が集まっていた。
医務室の床一面に布団を敷いてどこでも眠れるようにしている。
少年が困惑しているのをよそに、少女たちは和気あいあいとしていた。
「遠野が中心になってさ、屋敷中の布とか集めて、寝床を大量に作ったんだ」
「カーテンとかテーブルクロスとか引きちぎってきました!」
「そこまでしろとは
地下牢のベッドが無かったのはここに運ばれていたからだろう。
少年は状況が呑み込めなかった。
「昔のことを思い出して1人で眠れない人が多かったから、せっかくだしみんなで一緒に寝ようという話になったの。あなたはひとりで眠りたいようだったから声は掛けなかったけれど」
ナノカはそう言うと、少年に手を振っている姉の元へ向かっていく。
この場には12人の少女だけでなく、牢屋敷にいる全員の少女たちがいた。
辛いとき、誰かがそばにいるということがどれほど救われるのか、身をもって知っている少年は理解した。
心に深い傷を負った少女たちの負担を少しでも減らすため、全員が同じ部屋で寝ていたのだ。
「忘れられないのは、お前だけじゃねぇ。みんなこうして助け合ってる」
アリサは握っていた少年の手を引いて出入口で固まっている彼を部屋の奥へと入らせる。
「ウチがキレてんのは、お前が黙ってたことだ。怖いなら怖いって言えよ。そうすりゃ、すぐに誘ったってのに」
あなたも一緒に寝たかったんですねー!
まぁ♡いったいナニが起きてしまうのから?
破廉恥ですわー!
まぁまぁ、彼なら変なことしないだろうし
あてぃしの裸見たこと謝罪しろよ
少女たちは口々に少年へ声を掛けながらスペースを開けていく。
そして少年にマクラを手渡した。
「まさか、俺もここで寝ろと?」
「それ以外あるかよ。いいよな?」
アリサがそう聞くまでもなく、少女たちは彼を受け入れる雰囲気だ。
「いや、さすがにっ」
逃げようとする少年を、意外な人物が引き止めた。
「以前、君から一緒に寝ないかと誘われたことがあったな」
「二階堂さん!?あれは冗談で」
「その約束を果たそうじゃないか。腕も組んでみるかい?」
ヒロがいたずらっぽく笑うと、少年の顔がどんどん赤くなっていく。
少年は少年である。15歳の少年である。
一緒に寝よう!と誰かを冗談で誘うことはあれど、実際にそれをするとなると平穏ではいられない。
「男がこの空間に入り込むのはさすがに……ほら、言い出せないけど嫌がっている子とかいるかもだし」
「大丈夫よ」
マーゴは少年の手を握って自身の隣に誘導した。
「この場にあなたのことを信じていない人間なんていないのだから」
その言葉に多くの少女たちが頷いた。
接した時間はそう長くはないが、それでも少年は多くの少女達からの信頼を得ていた。
少年の目から涙がこぼれる。
恐怖からの涙ではない。
うれしさや安心感、そういった物が目からあふれ出て止まらない。
「ありがとう」
こうして、少年はようやく、ぐっすり安眠を――
眠れねぇ……!!!
みんなが手を握ってくれるのはめっちゃ助かる!おかげですごい安心する!
でも目を閉じると誰かの寝言とか聞こえるし女の子特有のいい匂いとか感じてヤバい眠れない!!
あ、ちょっと宝生さん!耳元に息吹きかけないでください!あんた起きてんだろ!
やめ、ほんとにやめてください耐えられない!笑ってないでやめて!
あとなんか手の握り方がすごく艶めかしい!!あぁ頭撫でないで!好きになっちゃうから!単純接触効果ァァアア!!
「むにゃ……」
あ!だれかが足にしがみついてる!
誰かわかんないけど離して!
逃げられなくなるから!めっちゃ攻めてくる宝生さんから逃げられなくなるから!!
紫藤さん助けて!あぁめっちゃぐっすり寝てる!そりゃそうだよね夜中に俺の手を握るために起きててくれたんだもんね眠いよね!!おやすみ!ゴメンね!
んじゃ二階堂さん助けて!正しくないことしようとしてるよ宝生さんが!あー二階堂さんもぐっすりだわ!確かに今の時間は寝ることが正しいことだよね間違いない!!おやすみ!
宝生さんほんとにやめて!ASMRじゃんこの距離!あなたの囁きボイスに勝てる人いないから!
心臓の音でみんな起きちゃいそうなくらい今ドキドキしてるからストップ!ギブです!ギブアップでーす!!
ギブだから下方向に手を伸ばさないでください!ライン越えですよー!!
あー!あああああーーー!!
◇
「結局一睡もできなかった……」
「隈がすごいわね、一体ナニがあったのかしら♡」
「8割くらい宝生さんのせいなんですけどぉ!!!」
「やはり夜更かしするべきではなかった。正しくない」
「これは夜更かし関係ないんじゃないかな?」
「あてぃしの裸見たこと謝罪しろよ」
*ヤッてないです。
少し前までヒロちゃんがヒロインだったのになぜマーゴさんがこんなに存在感を表している……?
主人公周りのシリアス展開はひとまずこれで一区切りできました。
需要があるかはわかりませんが、今後はのんびり日常回が増えるかと思います。
あてぃしの裸見たこと謝罪しろよbotさんの回も近いうちにやります。