【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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切るところがわからずめっちゃ長くなってしまいました。



最高の劇を作り上げようじゃないか! 

 

 少年が医務室で眠るようになってから数日が経った。

 ゴクチョー曰く、本土からの連絡はまだ来ていないようで、少女たちは牢屋敷での日常の日々を過ごしていた。

 

 そんな日の朝食のことだった。

 皆で食事をとっていると、突然レイアが立ち上がって注目を集めると同時に、

 

「観客も大勢いることだし、今度こそ劇を完成させようじゃないか!!」

 

 そう提案した。

 

「殺人衝動から解放された今の私たちなら、あの時より素晴らしい演技ができるに違いない!みんなの前で披露しよう!」

 

 少年の隣で食事を取っていたマーゴが首を傾げる。

 

「劇?」

「宝生さんは知らないか。前の世界ではみんなでピーターパンの劇をしようって話になってさ」

「まぁ、とっても素敵ね。あなたはどの役だったのかしら?」

「俺は裏方作業だったよ。舞台ってのは可愛い女の子が出てこそだろ?」

「あら、あなたもとっても可愛いわよ?食べちゃいたいくらい♡」

「なにイチャついてんだお前ら」

 

 少年とマーゴの会話を皮切りに、食堂が賑やかになっていく。

 

 少女たちはレイアの提案に肯定的なようだ。

 劇の制作が絆を作ることに役立っていたことは間違いなかったし、せっかくあれほど頑張ったのだから、披露する場面が欲しいと思っていた少女も多かった。

 

「舞台の書き割りとか、また作らないといけないのかな。今ののあ、あの時みたいに上手にかけないかも」

「心配しないでほしい、ノアくん。君の絵と私の演技があれば、必ず観客全員を魅了できるさ!自信を持っていい!」

「……わかった。のあ、がんばるね!」

 

「衣装も作り直さないといけませんわね。布の在庫足りるかしら……」

「また屋敷中を探してみましょう!必要ならまたどこかから引きちぎってきます!」

「魔法が無くなってもゴリラはゴリラですわー!」

 

「演技の練習、また始めないとだな」

「そうだねエマちゃん。おじさんと一緒にがんばろっ」

「……また写真とか撮らないでね?」

「はい……その節は失礼しました……」

「そんなに怒ってないよ!」

 

「アンアン、脚本制作に助けはいるかな」

「いいや、今度はヒロの手を借りずにわがはいひとりの手で完成させる!みんなを感動させる大作を作り上げるのだ!」

「わかった。楽しみにしているよ」

 

「あてぃしとナノカはどうする?」

「私たちは劇制作を手伝わなかったから……」

「それなら、二人はみんなの演劇準備を見て出来そうなことを探してみてほしい!もしも実際に舞台に立ってみたくなったら遠慮なく言ってくれ!」

 

 こうして、少女たちは再び劇制作へと取り組むこととしたのだった。

 

 

 ◇

 

 

「みんな忙しくなるみたいだし、私は医務室でみんなの様子を見ているわ」

 

 劇制作の間、医務室に残ることをマーゴは決めていた。

 

 医務室の少女たちを支えてあげられる人間が常にひとりはいるべき、という彼女の発言に誰も反論できなかった。

 

「悪いね。押し付けるようで」

「良いのよ、アリサちゃんも手伝ってくれるようだし」

 

 マーゴの手伝いを立候補したのはアリサだった。

 一人じゃキツイだろ、と言いながらマーゴの助けに回っている

 

「最近は他の奴らも落ち着いているし、そうトラブルは起きねぇと思う。だからウチらのことは気にせず劇に集中しててくれ」

 

 アリサの言葉に少年はコクリと頷いた。

 

「あなたはみんなのお手伝い?」

「うん、いろいろ男手が必要なときもあるかなーってさ」

 

 少年がそう言うと、マーゴはそっと少年の眼帯越しに目元をなでた。

 優しく、傷つけないように。

 

「今日は眼帯なのね」

「色の違いとか詳しく見なきゃいけないからね」

「あまり頑張りすぎてはダメよ?目が疲れてしまうから」

「あぁ、気を付けるよ」

 

 この距離間にも少年は慣れたもので平静なまま答えた。

 

(だから近いんだよぉおお!!)

 

 平静を装ったまま答えた。

 マーゴはその内心を見抜き、すこし笑っている。

 

「舞台に立つあなたも見て見たかったのに、残念だわ」

「はは、俺よりも素敵な女優たちが舞台に立つから、きっと退屈しないよ。じゃぁ、行ってくる」

「えぇ、行ってらっしゃい」

 

 少年が部屋から出ていくと、マーゴはその背中に手を振って見送った。

 

 アリサはそんな二人の様子を静かに見つめていた。

 

「……お前、最近楽しそうだよな」

「えぇ、とっても幸せよ」

 

 

 ◇

 

 

 少年が最初に向かった先は中庭だ。

 そこにはレイアとノアがいた。

 

 ノアが書き割りを作っているようで、レイアがそれをみてずっと楽しそうにしている。

 

「あぁ、なんて美しいんだ!まさに私が想像していたとおりの光景だ!」

 

 魔法を失った今のノアに、以前ほどの画力はなかった。

 それでもノアのお絵描きが好きという感情に嘘はなく、たくさんのお絵描きをしつづていた。

 その結果、絵の実力がメキメキと上達し、以前の絵と見劣りしないものを描けるようになっていた。

 

 ノアは少年が来ていることに気が付くと、すぐに駆け寄って少年の手を引く。

 

「みてみて!のあね、上手くかけたんだよ!」

「あぁ、とってもすごい絵だよ」

 

 ノアは楽しそうに少年に絵を見せ、少年も絵を見て感想を言う。

 こんなやり取りができることが、少年は心の底からうれしかった。

 

 それはノアも同じだった。

 以前、視覚がなかった少年に絵を見せようとしてしまったことを気にしていたから。

 

「もっと、もっとたくさん見てほしいな!」

「俺も同じ気持ちだ、たくさん見せてほしい」

「ノアくん!次の場面を頼めるかな?」

「うん!今ののあ、たくさん頑張れるよ」

 

 筆を手に取って、ノアはハリボテに向かう。

 慣れた手つきで動くその筆によって、みるみるうちに絵が完成していく。

 

「ノアくんの絵は本当にすごい!絵に込められた情熱がこちらに伝わってくる!あぁ……本当に素晴らしい!」

 

 レイアは感動のあまり涙すら見せている。

 実際、絵は素晴らしい物だったし、少年も思わず感嘆の声をあげていた。

 

「えへへ、レイアちゃんね、たくさん褒めてくれるんだよ」

「それなら、俺も負けていられないな。城ケ崎さん、君の描く絵は今も昔もこの先もずーっとすごい絵だよ」

「わぁ、ありがとう!つぎはどんなのを描こうかなぁ」

 

 ノアもレイアも楽しそうで、手伝いが必要ではなさそうだった。

 少年は屋敷内に戻ろうとする。

 

「そうだ、君もせっかくだし舞台に立ってみないかい?」

 

 すると感動に震えていたレイアが、突然少年にそう問いかけた。

 少年はレイアがそう言ってくることを予想していたのか、すぐに首を横に振った

 

「遠慮しとくよ。確かに俺はかっこいいが主演である蓮見さんに勝てそうにない」

「そう言わないでくれ、君がいることで劇にまたひとつ輝きが生まれると思うんだよ」

「やめとこうぜ、サングラスや眼帯付けたまま舞台に立ったらめちゃくちゃ浮いちゃうだろ?」

「そうでもないさ!フック船長のライバルとして眼帯をした海賊を出演させよう!君にピッタリだと思わないかい?」

 

 確かに、レイアの言葉は正しかった。

 傷のある目に眼帯を付ければ、少年はただの白い眼をした少年でしかないし、海賊の役というのなら眼帯をしていても不思議では無い。

 

 否定する材料が無くなってきたことに少年は焦りを感じる。

 

「あー、片目だと距離感が分かりづらくてさ、きっと本番中だれかとぶつかっちまう」

「そのための稽古さ。みんなと同じようにたくさん練習すれば、きっと大丈夫だとも!」

 

 少年は困った。

 正論で退路がどんどん断たれている。

 

 少年は劇に出たくないわけではないのだ。

 心にあるのは自分が劇に参加することでそれを台無しにしてしまうのではないかという不安感だ。

 

 しかしその不安が少しずつレイアによって取り除かれていく。

 

「……」

「頼むよ。君とともに、舞台に立ちたいんだ!」

 

 レイアは片膝をつき、少年に手を伸ばした。

 どうしても劇に出演してもらいたいらしい。本気で勧誘している。

 

「……っ」

 

 少年は、蓮見レイアの大ファンである。

 そして城ケ崎ノアの大ファンでもある。

 

 あのバルーンが書いた背景を使って、あの蓮見レイアと同じ舞台に立つ。

 

(身の程知らずが過ぎる……!)

 

 敬語を使わず話しているだけでおこがましいというのに、ともに舞台に立つだなんて恵まれすぎている。

 少年はすぐにでも首を横に振ろうとするも、なぜか蓮見レイアから視線を逸らせないことに気が付く。

 

「ふふっ、視線誘導の魔法だよ」

「もう使えないでしょ……」

 

 魔法ではない。これはただの彼女の実力だ。

 長く女優として活躍してきたレイアには人を引き付ける力があった。

 

「君と一緒に、舞台に立ちたいんだ」

 

 その強い思いに、少年はレイアから視線を外せない。

 

「劇、出てほしいな。きっとかっこいいよ!」

 

 レイアだけでなく、ノアからも誘われてしまった。

 

 大ファンである二人から誘われてしまい、結局少年は、

 

「やり、ます」

 

 レイアの手を取ってしまった。

 

 

 ◇ 

 

 

 答えてくれてありがとう。きっと素晴らしい劇ができる。

 衣装のデザインや台本はまたあとで考えよう。

 とりあえず今は、みんなの手伝いをしてきてくれるかい?

 

 レイアのその言葉に従い、少年は二階に上がっている。

 目的地であるノアのアトリエの扉を開けると、

 

「あぁ、あなたでしたの。体調はよろしくて?」

「最近寝不足みたいなので、ハンナさんがずっと心配してましたよ?」

「べ、別に、ちょっと気になっただけですわ。また何か心が不安定になっていないかと……」

「心配してくれてありがとう。みんなのおかげで精神面はすごく安定してるよ。寝不足なのは別問題」

 

 シェリーとハンナが衣装制作に取り掛かっていた。

 机の上には大量の布が置かれていて、少年はデジャヴを感じる。

 

 以前の世界でも見た光景だ

 

 みんな生きている。

 その事実が今更ながら少年の心に染みた。

 

「名探偵の勘が言っています!あなたの寝不足はマーゴさんが毎晩なにかしていることが原因なんじゃないですか?」

「えぇ!?いったい夜中になにをしてるんですの!破廉恥ですわ!」

「……()()何もしてないよ」

 

 就寝時にマーゴが少年にちょっかいを掛けたのは、最初の日だけだった。

 隈ができるほど睡眠妨害をしてしまったことに、さすがに反省したらしい。

 それ以降、就寝時のマーゴは少年の手を握って耳元で自分の寝息を聞かせるだけに留めている。

 

(それも結構やばいんだけど、一番の問題はあの環境)

 

 自分と同世代の少女たちが近くで寝ているという事実が彼の眠りを浅くしていた。

 緊張や興奮を抑えるのに必死で深く眠れないのだ。

 だからといってあそこで眠るのをやめると、今度はトラウマで眠れなくなるだろう。彼に選択肢はなかった。

 

(幸せな悩みだよホント)

 

「みんなのおかげで本当に大丈夫なんだ。助かってるよ、ありがとう」

「ふ、ふーん?なら、良かったですわ」

「眠かったらいつでも言ってくださいね!膝枕しましょう!」

「マジで!?!?!?!?!?」

「何を言ってやがりますの!?」

 

 シェリーの突然の提案に、ハンナは顔を真っ赤にしている。

 

「一度やってみたかったんですよ膝枕。魔法がなくなった今なら勢いよく寝ても相手の足を潰さずに済みますし!」

「俺が枕側かよ」

 

 シェリーとハンナはいつも楽しそうだ。

 そんな二人といることで、少年は自分の口角が自然と上がっていくのを感じる。

 

 もうしばらく会話を続けたいところだったが、少年はみんなのところを回らないといけない。

 自分の役割を思い出し、ハンナに聞いた。

 

「衣装制作は順調?」

「はい!またたくさん布を集めてきましたよ!今度はどこも引きちぎっていません!」

「魔法が無くて引きちぎれなかった、の間違いでしょう?」

「そうとも言いますね!」

 

 どうやら倉庫から綺麗な布をたくさん見つけてきたらしい。

 これだけあれば衣装を作るのには困らなさそうだ。

 

「あなたも劇に参加するのでしょう?今衣装のデザインを考えているところですの」

「ハンナさん楽しそうでしたよ!」

「余計なこと言わないでくださいまし!それで、あなたの採寸をしたいのですけれど」

「わかった。まずは左手薬指な」

「結婚指輪を作る予定はありませんわ!」

 

 シェリーがどこからかメジャーを持ってきて、少年の体を測り始めた。

 

「やっぱり男性ですねー腕の太さとかが私たちとは違います。私の腕も触ってみますか?」

「あまり男に自分の体触らせるのは良くないよ橘さん」

「次は首の太さ測りますねー?えいっ!」

「かはっ、こひゅっ」

「ギャーーーーーー!!!!」

 

 危うく絞殺死体が出来上がりそうになったが、なんとか採寸が完了した。

 

 材料もクリア、衣装デザインもほとんどクリア。

 あとは衣装を作成するだけだった。

 

「ここまで順調なら、俺に手伝えることはもうなさそうだな。作成は遠野さんに全部任せちゃうけど大丈夫?」

「お裁縫は好きですから、構いませんわ。シェリーさんも今は特に何もしていませんし」

「むー!私はお掃除を頑張ってるんですけどねー」

「ホウキをぶんぶん振り回すことをお掃除とは言いませんわ!大人しく座っててくださいまし!」

「はーい」

 

 怪力の魔法を失った今でも、力の調節はうまくないようだ。

 痛みを痛みと認識しないというシェリーの体質は、依然彼女の体に影響を及ぼしている。

 

 通常の人間は、全力を出すときに自分が怪我をしないよう無意識のうちにかけている肉体のブレーキがある。

 

 しかし、彼女はたやすくそのブレーキをぶち壊す。

 シェリーは自分の限界を超えた身体能力をふるうことができるようになっていた。

 魔法ほど圧倒的なものではないが、ホウキで部屋をホコリまみれにするには十分だったようだ。 

 

「橘さんは、あんまり本気の力とか出さない方がいい。いつか大怪我をしてしまうかもしれない」

「そうですね。多分今の私が全力で走ろうとしたら足の骨が折れてしまいそうです。その代わりいいタイムは出せると思いますけどね!」

「ね、じゃねーですわ。どうにかなりませんの?」

「本土に帰れば何か手があるかもしれないけど……橘さんに自分で解決してもらうのが一番かな」

 

 肉体にかけるブレーキがない。 

 それの原因は様々あれど、シェリーの場合は精神的な部分が大きいだろう。

 本土に戻っても解決しないかもしれない。 

 

「うーん、私に出来ますかね。力の加減なんてずっと出来ませんでしたし」

 

「できるわよ、あなたなら」

 

 シェリーの迷いに、ハンナは短く返答した。

 その言葉には絶大な信頼が込められている。

 顔には照れている様子もない。ハンナは本当に、心の底からシェリーならできると信じているのだ。

 

 シェリーはそのハンナの態度がとてもうれしかった。

 

「はい!シェリーちゃん頑張ります!」

「えぇ、応援してますわ」

「俺も応援すーー」

 

「というわけで力調節の練習をします!あなたの手を握りますから痛かったら手をあげてくださいねー!えいっ」

「はいはいはいはいはーい!!」

「あなたたちうるせーですわ!!!!」

 

 

 ◇

 

 

 娯楽室ではミリアとエマがいた。

 

 なにか古い映像を流しながら、ミリアは長い棒を振り回している。

 

 この光景は以前も見たことがある。

 二人は演技の練習をしているのだ。

 

「やぁ!とぉ!」

「すごい!ミリアちゃんすっごく上達してるよ!」

 

 ミリアの演技は、かなり成長していた。

 へっぴり腰もなおり、セリフも堂々としている。

 

「おじさん、こう見えてたくさん練習したからね。じゃあ次はエマちゃんの番だよ」

「う、うん……うぅ、なんだか恥ずかしいな」

 

 ミリアとは対照的に、エマの動きはまだ未熟だった。

 わずか観客二人のこの部屋で緊張していたら、本番ではとても動けないだろう。

 

「桜羽さんはウェンディ役だったね」

「うん、やっぱりボクには荷が重いなぁ」

「応援してるよ、頑張ってほしい」

 

 少年はエマを元気づけると、自分も劇にでることを話すことにした。

 

「俺も舞台に立つかもしれなくてさ、ご指導いただけないかな先輩方」

「ほんと!?楽しみだなぁ!どんな役?」

「フック船長のライバル役だってさ。佐伯さんと戦うことになるのかも」

「え、えぇー?おじさん勝てるかなぁ」

「最初に目を潰せば俺は勝手に自滅するよ!」

「トラウマを安売りするのはやめようね?!」

 

 戦うにしてもどういった場面、どの武器なのかといった設定はまだ決まっていない。

 それでもミリアと少年はその時の光景を想像して笑った。

 

「戦う……」

 

 エマが小さくそう呟いたのを、少年の耳がとらえた。

 どうしたのかと少年がエマの方を見る。ミリアもつられてそちらを見た。

 

「な、何でもないよ!一緒に劇ができるなんて、ボク嬉しいな!」

 

 エマはそう言いながら、ごまかすように腕を振った。

 こちらを見ているようで見ていない。

 

(……まただ)

 

 少年は、なぜかエマと目が合わないということがよくあった。

 エマの視線が、やや下を向いているのだ。

 

 嫌われているのではとすこし不安になったが、ふと、エマの視線がどこに向かっているのか気が付く。

 

(首……?)

 

 エマは少年の首元を見ているのだ。

 

 なにも傷跡はないし、なにかホコリが付いているわけでもない。

 注目させる何かがあるのかと首をさすってみるも、なにもありはしない。

 

 少年のその様子をみると、エマがすこし俯きながら答えた。

 

「えっと、ごめん。ちょっと思い出しちゃって」

 

 それは一週目の記憶。

 

 少年が殿(しんがり)となった時の記憶。

 

 少年が裁判所で死んだあと、エマはその裁判所に再び訪れていたのだ。

 そこで、首だけになっている少年の死体を見た。

 

 その時の絶望、無力感。

 

 それをふと思い出してしまったらしい。

 

「そう、か。それは――」

 

 エマはそっと少年に近づいて首元に触れる。つながっていることを確かめるように優しくなでた。

 彼女の髪のにおいがふわりと少年に届き、彼の心臓がドキリと脈打つ。

 

「あの時は、ありがとう。ちゃんと伝えてなかったよね」

「お、おう。どう、いたしまし、て」

 

 エマがこれほど距離を詰めてくると思わず、少年は言葉を紡ぐのに苦労した。

 

「なにかあったの?」

 

 ミリアはその様子を見て首を傾げている。 

 

「な、なんでもないよ。桜羽さんは首フェチなんだ」

「え!?」

「そ、そうなんだ。まぁ、人によって好きなものは違うからね。おじさんはいいと思うよ」

「首フェチ扱いされちゃった!」

 

 あの時の記憶は、あまり思い出したいものではないし、全部話したとしてもミリアが悲しそうな顔になってしまうだけだろう。

 

 これ以上話を深堀りすべきではないだろうと、少年は演技の話に戻すことにした。

 

「脚本がどうなるか心配だな。キャラクターがまた増えちゃったし」

「そうだね。ヒロちゃんが手伝ってるみたいだけど、アンアンちゃん大変じゃないかな」

「俺はそっち見てくるよ。台本ができたら、一緒に稽古しような」

 

 少年がそう言うと、二人は笑って頷いた。

 

 

 ◇

 

 

「ふぬぬ……」

「あぁ君か。見ての通り、脚本制作は少々難航しているところだ」

 

 少年が次についた場所は図書室。

 アンアンが書いた文章をヒロが適時添削しているようだ。

 

「ぐぬぬ……」

「えっと夏目さん、大丈夫?」

 

 アンアンは原稿を前にして頭を抱えて唸っている。

 話の展開に悩んでいることは誰の目にも明らかだった。

 

「製作は順調である……ただ、すこし筆が止まっているだけだ」

「つまり進んでいないということだな」

「ぐぬぅ……」

 

 ヒロは優雅にコーヒーを飲んでいた。

 以前の脚本はヒロがアンアンの代わりに脚本のほとんどを書いていた。

 しかし今回は補助に回っている。アンアンから求められるまで、自分から動く気はないようだ。

 

「なにか手伝えることはあるかな」

 

 少年がそう聞くと、アンアンは首を振る。

 

「……ない。今度こそ、わがはいは1人で書き切ってみせるのだ……!」

 

 その言葉はとても力強い決意を感じさせたが、肝心の手はなかなか動かない。

 

 レイアの要望により作品の展開が大きく変わっていたうえに、フック船長のライバルという新キャラクターが増えたのだ。

 頭を悩ませるのは仕方のないことかもしれない。

 

 ヒロはアンアンの様子を見て、思い出したように口を開いた。

 

「……以前、君は空が飛びたいと言っていたな」

 

 思い出されるのは、前の世界での記憶。

 アンアンは確かに、自分も空を飛びたいと言っていた。

 

「あ、あれは」

「わかっている。あの時の君と今の君は違う」

 

「ただ、もし今もその願いを持っているのだとしたら、叶えられる存在がいるじゃないか」

 

 ヒロはそう言って少年の方に目を向けた。

 

「君だよ」

「え、俺?」

「君の身長なら、すこし空を飛ばすぐらいできるだろう?」 

 

 言わんとしたことを察したのか、少年は少し考える。

 確かに、今の煮詰まっている彼女には気分転換をさせるべきかもしれない。

 そして自分なら少しぐらい空を飛ばすこともできるはずだ。

 

「ど、どういう意味だ?」

 

 アンアンは二人の会話についていけていない様子だ。

 しかし事態は進んでいく。

 

 少年は腕を少し伸ばしてストレッチをしながら、アンアンの方に近づいていく。

 

「それじゃ、ちょっと失礼」

 

 訳も分からず硬直しているアンアンを両脇から掴み上げ、

 

「え、あっ」

「ほらっ、たかいたかーい!」

 

 頭上へと投げた。

 

 無論、それは天井まで届くような投げ方ではない。

 まるで父親が自分の子供をあやすときのようなものだ。

 

 現に少年の手元からわずか数センチしか浮き上がっていないし、万が一にも怪我があってはいけないとヒロがすぐそばで待機している。

 

「き、きさまらっ」

 

 アンアンは15歳である。身長こそ低いがちゃんとした女性である。

 それがこんな赤子のお遊びなんて恥ずかしい。

 アンアンはすぐにやめるよう言おうとしたが、その時、少年と目が合った。

 

「たかいたかーい!」

 

 楽しそうな穏やかな笑顔。

 こちらを見つめる優しい視線。

 ケガしないよう自分を優しく受け止める大きな手。

 こちらを大切にしているその姿。

 

 その姿が、アンアンの知る誰かと重なった。

 

『たかいたかーい!』

 

 自分と遊ぶ少年に、父親の姿が重なった。

 

 まだ、人形になる前の父親が、自分と遊んでくれていた時の記憶がアンアンの脳にあふれ出す。

 自分が幸せだった時の記憶。

 幸せを求めてしまったせいで、壊してしまった記憶。

 

「……夏目さん?」

 

 アンアンが何も言わないことを疑問におもったのか、少年は動きを止めてアンアンを抱きかかえる。

 そしてゆっくりと地面に下ろした。

 

「気分悪くしちゃったか、ごめん。男に触れられるの嫌だったよな」

 

 少年が謝ると、アンアンは顔を下に向けながら答えた。

 

「そんなことは問題ではない」

 

 ぎゅっと少年の肩にしがみついて離さない。

 身長差も相まって、二人の姿は父親と娘にも見えた。

 

「わがはいは子供ではないんだ。高くあげられるだけの遊びで、何か感じるわけがない」

 

 アンアンの声はちいさく、感情が読み取りにくい。

 しかしちいさく震えているその体は、彼女が涙をこらえていることを物語っていた。

 

 幸せを求めたせいで、自分は両親を失った。

 こんな魔法さえなければ、まだパパとママと遊べたのに。

 自分は幸福を求めてはいけない。

 

 でもーー

 

「でも、また、やってほしい。たのむ」

 

 魔法を失った今なら、もう一度幸せを求めても良いのかもしれない。

 アンアンは勇気を振り絞って少年を求めた。

 

 少年はそんなアンアンの決意を知ってか知らずか、強く頷いた。

 

「もちろん。何回でも」

 

 少年は再びアンアンを抱き上げる。

 

 普段の彼であれば少女を抱きあげることを流石に少しためらうのだが、アンアンが必死に自分の肩を掴むものだから、断る選択肢はなかった。

 涙をこらえる上目遣いの少女からのお願いを、断れる男はいない。

 

 二人はしばらくの間、家族のような時間を過ごした。

 

 たかいたかいに限らず、手遊びや人形を使ったおままごと。そのほかにもたくさんの遊び。

 それは、アンアンが両親としてきた、そしてできなくなった遊び。

 時間を忘れて無邪気に遊んでいた。

 

 だが、いつの間にかかなりの時間が経っていたことに少年が気が付く。

 アンアンもそれに気が付いたのか、寂しそうに握っていた手を離した。

 

「大丈夫だよ。またいつでも遊べるから」

 

 少年はそうアンアンに笑いかけた。

 

「ぜったい、ぜったいだぞ!」

「あぁ、約束だ。指切りするか?」

「する!」

 

 また遊ぼう。

 小指を結んで二人は約束をした。

 

 それを最後に、少年は名残惜しそうにしながら図書室を出ていった

 

 アンアンはその背を見送ると、静かに机にもどっていく。

 その目はやる気に満ち溢れていた。

 

「脚本、書けそうか?」

「あぁ、まかせろ!」

 

 アンアンは力強くペンを握った。

 

 

 ◇

 

 

 二階から降りて食堂にいくと、ココとナノカの姿が見えた。

 忙しそうに厨房に入っていく様子を見て、少年もその背を追いかける。

 

「沢渡さん、黒部さん、なにしてんの?」

 

 厨房に入ると、なぜか甘い香りがした。

 久しく嗅いでいないその匂いに、少年が驚く。

 それと同時にエプロンを付けたナノカが厨房の奥から現れた。

 

「劇制作はみんな順調なようだったから、私たちはお菓子作りをしているの」

 

 両手で材料が入った袋を抱えながらナノカは少年の質問に答えた。

 その横では、ココがボウルで何かをかき混ぜている。

 

 ココは少年の顔を見て、目を細めた。

 

「あてぃしの裸見たこと謝罪しろよ」

「めんご」

「ん、いいよ」

 

 少年が軽く謝ると、ココも軽く返した。

 ナノカが意表を突かれたのか、目をぱちくりさせる。

 

「……軽いのね。てっきり根に持っているのかと」

「根に持ってはいるし。でもあの時こいつはあてぃしらのこと助けようとしたんでしょ?じゃあ問い詰めるのも違うかなーって」

 

 少年は大魔女を呼び出そうとするのを協力してくれたのだ。

 ココはそのことを正しく認識していた。

 

「意外ね……てっきりあなたは罵詈雑言を浴びせるものと思っていたわ」

「あてぃしのことなんだと思ってんのさ!えーっと、次はこれ」

「次は薄力粉よ。小麦粉じゃない」

「おんなじじゃん!」

「ダメよ。成分が少し違うの。オーブンに入れると爆発するわ」

「しねーだろ」

 

 ココとナノカは協力して菓子作りをしていた。

 劇を開演するのに合わせてお菓子パーティーをするらしい。

 

「てか、あてぃしとしてはなんでお前らがこいつのこと根に持ってないのか気になってんだけど」

 

 ココは最後の裁判について聞いた。

 事故とはいえ、裸を見られたことを気にしていないのかとそう言っていた。

 

「私は彼に幻視の魔法を使ってしまったことがあるの。他人の過去を覗いておいて自分は覗かれるのを拒絶するなんて話、通らないわ」 

「なんかうまいこと言おうとしてね?」

 

「つまり俺は黒部さんのシャワーシーンを覗いても許されるのでは?」

「そしたら普通に軽蔑するわ」

「冗談です……」

「見たいなら堂々と入ってきなさい」

「なんかあてぃしナノカのことわかんなくなってきたかも」

 

 ナノカが冗談で言っているのか本気なのか、その無表情からは読み取れない。

 少年が変顔を見せすぎたせいで、彼女はにらめっこで無双できるほど、無表情を保つ力を手にしている。

 

「みんなが忘れているのか気にしていないのかはわからないけれど、相手からその話を振られるまであなたは黙っていた方がいいと思う。無用なトラブルは避けるべきだもの」

「そう、かな。俺、謝って回ったほうがいいかなとか考えてたんだけど」

「それをすると、あなたをからかおうとする人間が今以上に増えるでしょうね」

「黙っとくよ」

 

 マーゴ1人でもう限界なのだ。これ以上増えたらいろいろと爆発してしまう。

 

 ココはにやにやと悪い笑みを見せていた。

 

「謝りたいんなら、あてぃしが配信してやろーか?こいつが土下座している様子は、ぜひサブチャンネルをご覧くださーい」

「あなたは早く生地を作って頂戴。大量に作るんだから休んでいる暇はないわ」

「はー?じゃあお前も話してないで手伝えよ!」

「そのつもりよ」

 

 言葉ではよくぶつかることのある二人だが、こうしてみると案外相性は悪くないのかもしれない。

 軽口をたたきながら協力し合っている。お菓子作りは順調に進んでいるようだ。

 

「そういえば、なんでお菓子を作ることにしたんだ?」

「二階堂ヒロと約束していたの、お菓子を作ってあげると。それに、お姉ちゃんに久しぶりに私のお菓子を食べてほしいし」

 

 ナノカは張り切っている様子だ。

 少年はめずらしく働いているココに目を向ける。

 

「あてぃしは暇だったから手伝ってるだけ。あ、これおいしい」

「つまみ食いはやめなさい。汚いわ」

「んだとー!」

 

 口調こそ荒いが、ココも特にストレスなく過ごせているようだ。

 少年は安心した。

 

「俺の助けは必要なさそうだな」

「そうね。手伝ってくれるのはうれしいけれど、私たちは大丈夫」

「ヒッキーのとこ行ってくれば?なんか悩んでるっぽかったし」

「そっちはもう大丈夫だ。今はやる気に溢れてるよ」

 

 この厨房も活動は順調なようだ。

 少年はあまり厨房を汚してしまうのもよくないと、早急に出ていくことにした。

 

「じゃあね沢渡さん黒部さん、お菓子期待してるよ」

「ふっふーん、楽しみにしとけっ!」

「貴方の方も頑張って。あなたたちの劇、お姉ちゃんも私もとても楽しみにしているわ」

 

 

 ◇

 

 

 劇の制作は数日でとても順調に進んだ。

 

 脚本はやる気満々のアンアンによって完成し、書き割り、衣装も完成した。

 舞台に立つ者たちも真面目に稽古に取り組んでいる。

 お菓子作りも順調なようだ。

 

 医務室の少女たちも噂を聞きつけたのか、劇を楽しみにしているようだ。 

 

 時が経つにつれて、みんなの期待が高まっていく。

 

 そして――

 

「みんな、準備はいいかな」

 

 とうとう本番の日がやってきた。

 

 劇を行う場所は中庭。

 すでに、この屋敷にいるほとんどの少女たちが観客席で待機していた。

 アリサとマーゴ、ココとナノカは観客席にいた。

 お菓子を片手に、主役たちの登場を今か今かと待ちわびている。

 

 そして実際に劇を行う少年たちは、控室にいた。

 綺麗な衣装を身に纏っていて、この一室だけまるで別世界のようであった。

 

 普段着のままのヒロは、その少年少女たちを見渡す。

 

「裏方の私から見ても、みんなの演技はかなり上達していた。自信を持っていい」

 

 そう言って緊張した面持ちの俳優たちを応援した。

 

 エマが背筋を伸ばす。

 

「う、うん!ボク、できるよ!たくさん練習したからね!」

「おぉおじさんも大丈夫!大丈夫……」

 

「二人ともめっちゃ緊張してるじゃん。俺を見習うがいい、この自然体で座っている姿を!」

「足、すっごく震えてるね。緊張してるのかな。アンアンちゃんも一緒に震えてるよ」

「ワーガーハーイーハーウーチューウージーンーダー」

「夏目さん、俺がどこか座るたびに足の上に座ってくるのはやめてほし、あ、冗談冗談いつでも乗ってくれていいから泣かないで!」

「あなた達、いつのまにそれほど仲良くなったんですの?」

 

「うーん、やっぱり皆さん緊張してますね!レイアさん、なにか緊張しない秘訣とかあるんですか?」

「堂々と胸を張ること、かな。大丈夫!みんななら、最高の劇を作り上げることができる!!」

 

 王冠を被ったレイアがそう言い放つと、ほかの少女たちの顔も引き締まったものとなった。

 時空を超えて、たくさん練習してきたのだ。かならず成功できる。

 

 レイアがみんなの顔をひとりひとり確認していく。

 皆の様子をみて小さくうなづくと、指示を出した。

 

「準備はできたようだね。ヒロくん、アンアンくん、ノアくん。幕を開ける準備を」

  

 普段着の彼女たちは舞台を進行させるための黒子役である。

 

「ついに始まるんだね」

「あぁ、ようやくだ。時空をこえて制作した私たちの劇。みんなを魅了して見せようじゃないか!」

 

 レイアが前に出ると、それに続くようにして少年たちが部屋から出ていく。

 みんな準備ができていた。

 

 閉じた幕を前にしたレイアが腕をあげると、舞台袖にいたヒロがうなずき、幕を開けるためのロープを引っ張る。

 

『僕と行こう。夢がいっぱいで、時間になんて縛られない場所へ!』 

 

 舞台の幕が、ついに開かれた。

 

 





分けて書くべきみんなの個別エピソードを1話にまとめてしまうという暴挙。
一万字を超えてしまいました。
ここまで読んでくださりありがとうございます。

次話は、とあるヒロインとの恋愛IFルートです。オリ主との恋愛描写をマシマシにしていますので、閲覧注意です。
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