【完結】光を失った少年の話   作:野口さん

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地の文多めです。


Ifルート 二階堂ヒロ

 

 二階堂ヒロは、正しくないものが許せない。

 

 牢屋敷で生活し、かけがえのない友人を得たことで多少その性格は丸くなったが、そのあり方は変わらない。彼女は常に正しくあろうとする。

 

 だから、彼女は自分の罪を許せない。

 正しい行いができなかったことを許せない。

 

 結果だけ見れば、彼女の行いは正しかったのは間違いない。

 牢屋敷に囚われていた少女は、大魔女を含めて全員が救われたのだから。

 

 彼女に感謝している人間は多い。というより感謝していない人間はこの牢屋敷にはいないだろう。ヒロのおかげで自分たちが助かったことは、全員が知るところだった。

 

 しかしいくら感謝を述べられようと、涙ながらに頭を下げられようと、彼女は自分の罪を忘れない。

 

 彼女に言わせれば、みんなが救われたのは自分のおかげではなく、説得に応じて魔女化してくれた少女達のおかげであり、最後の最後に大きな決断を下したユキのおかげであり、そして――

 

 光ある未来を自ら投げ捨てた彼のおかげなのだ。

 

 彼がどんな思いであの裁判所に立っていたのか、どんな思いで自分と会話していたのか、どんな思いで魔女化して、どんな思いで消えていくユキに手を伸ばしたのか。

 そして、どんな思いで私とエマの仲を取り持ったのか。

 

 彼のおかげで、私はエマと仲直りすることができた。

 

 彼があの場で光のない世界を選んでくれたから、みんなは救われた。

 いいや違う。私が選ばせてしまったのだ。

 

 もっとほかのやり方があったのではないか。

 彼を魔女化させなくてもよかったのではないか。

 魔女因子を消さずに魔法だけを残すことができたのではないか。

 それがどれほどありえない選択肢であれ、あの時の私がもっと考えていれば、違う結末もあったのではないだろうか。

 

 ヒロは何度も自分に問い続ける。

 

 大魔女ユキのおかげで、彼の視覚は部分的ながら元に戻った。

 不安定だった彼の精神も、最近は大きく回復しているように見える。

 

 しかし、犯した罪は取り消せない。過去にはもう戻れない。

 

 

 ◇

 

 

「おはよう、二階堂さん」

「おはよう、よく眠れたかな」

 

 朝、少年とヒロはほぼ同時に目を覚ました。

 互いの顔が目の前にあり、少年が照れくさそうに少し笑う。それとは対照的に、ヒロは苦しげな表情だ。

 

(よく眠れた?なんて白々しい)

(彼がよく眠れなくなったのは、私が彼から魔法を奪う選択をしたからだというのに)

 

「よくねむれすぎて二度寝したい気分だよ、二階堂さんもいっしょにどう?」

「生活リズムが乱れるのは正しくない」

「ですよねー」

 

 少年とヒロの会話を目覚まし代わりに、ほかの少女たちも目を覚まし始めた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ヒロは起き上がる。

 規則正しく生きる彼女は、モーニングルーティーンを欠かさない。

 洗顔、朝食、見回り等、やることは決まっていた。

 

「あぁ、二階堂さん」

 

 ヒロが立ち上がって医務室を出て行こうとすると、少年が眼帯を掛けながら引き留めた。

 最近の彼はハンナが作った眼帯を気に入っているらしく、よく身に着けていた。

 

「朝の見回り、俺もいっしょに行くよ、ってか行かせてほしい」

「……構わないが、どうしてかな」

「肉眼の感覚にまだ慣れなくてさ、慣らすためにいろいろ見ておきたいんだよね」

 

 彼は白い瞳を指さした。

 まだその感覚に慣れていないらしい。

 

 魔法を使った視界と肉眼で見える視界は違う。

 本人曰く、家のテレビで映画を見るか映画館で映画を見るかぐらいの違いがあるらしい。

 その違いによって生じる差のせいで、赤面した彼の顔を見ることになったのは、ヒロの記憶には新しいことだった。

 

 断る理由も権利もない。

 ヒロが首を縦に振ると、少年は安心したように笑ってヒロの後についていった。

 

 

 ◇

 

 

 朝食の際には点呼をとり、朝食が終わったら部屋の異常がないか確認してまわる。

 

 少年はそんなヒロの後ろをついていった。すこしでも景色になれようと、キョロキョロとあたりを見渡している。

 

「……」

 

 ヒロはその少年を見ながら、以前のことを思い出していた。

 

 それは少年が瞳を取り戻すよりすこし前のこと、ヒロは目の見えない彼の日常生活の補助を行っていた。視覚を失い、使い慣れない杖のせいで彼が転ばないように、補助をしていた。

 

 その時、ヒロは彼に対して謝罪の言葉を送り、これから自分が責任をとることを伝えたことがあったのだ。

 

『君を盲目にさせたのは私だ、これから一生をかけてその責任を取る』

 

 しかし、少年は、

 

『そんな顔しないで、気にしないでくれよ。二階堂さんは正しいことをしたんだ』

 

『ただ、もし俺に申し訳ないって思ってるんなら……そうだな……』

 

『前みたいな友達としてさ、普通の態度で話しかけに来てほしい。みんながいつもみたいに楽しそうに笑ってくれることが、俺はすごくうれしいから』

 

『あとさっきの言葉プロポーズみたいですごくドキドキしたからもっかい言ってくれない?』

 

 ヒロを正しいと肯定し、いつも通りに生活してくれと返した。

 

(彼が、そう言うならば)

 

 責任感の強い彼女は、その言葉に従った。

 目を失う以前のように、普通の友人のようにふるまってきた。

 それが彼に対する贖罪となるのならば。 

 

 彼がユキによって目を取り戻した今もそれは変わらない。

 ヒロは友人として彼のそばに立っている。

 

「君はすこし、目を使いすぎているんじゃないかな」

 

 ヒロはそう言いながら、少年の瞳を見つめた。

 

 白い瞳は、ヒロの大切な友人である月代ユキの目だ。

 大魔女の目なのだから特別性であり目が疲れにくい、という可能性もなくはない。

 だが普通の目と同じように大切に扱った方がいいのは間違いないだろう、それがヒロの考察だった。

 

「隻眼の人間はひとつの目を酷使する影響で眼精疲労になりやすい。この屋敷には目薬といった医薬品はないから、君は定期的に目を休めるべきだ。目を長く閉じたりすることが効果的と聞く」

 

 ヒロはそう言うと、自分の手を差し出した。否、自分の腕を伸ばしたのだ。

 

「目を休ませている間は、また私が支えよう」

「あのね二階堂さん。異性の体に触れるって男子からしたらめちゃくちゃ緊張することでしてね」

「みんなと手をつないで寝ているのだから、今更じゃないか?」

「うーん正論」

 

 少年は言われるがまま目を閉じてヒロの腕に手を伸ばす。

 人肌に触れていれば、彼は安心して目を閉じることができる。

 

「その目は私の大切な友人の目であり、大切な人の目だ。大事にしてほしい」

「えっと……俺はどっち?」

「さて、どちらだろうね?」

 

 ヒロがどのような表情でその言葉を言っているのか、目を閉じている少年にはわからなかった。

 大切な友人、大切な人、果たして自分はどちらなのか、そして大切な人とはどういう意味か、なんて考えてしまう。

 

(まぁ二階堂さんのことだし、大切ってのもそれ以上の意味はないんだろうな)

 

 大切は大切だ。男女の関係で使うような意味ではなく、失いたくないという意味で使う大切。

 そういう意味では、自分から見ても二階堂ヒロという女性は大切な人だ。

 彼女もそういう意味でいったのだろう。

 

 少年はそう自分を納得させる。

 

「もっとしっかり掴んでくれてかまわない」

 

 ヒロはそう言うと、腕をつかんでいた少年の手をさらに引き込んでいく。

 そして少年と腕を組んで歩き始めた。

 

 以前とは違い、ただ少年に腕を掴ませるのではなく、がっしりと腕を絡めている。

 

 少年はその意図を聞こうと思ったが、

 

(まぁ別に損はしてないしな!)

 

 嫌ではないため彼女の腕の感触を楽しむことにした。

 視覚を閉じていると別の感覚が鋭くなるというのは有名な話である。

 

「次はどこの部屋だっけ?」

「次はこちらだ。階段があるから気を付けてくれ」

 

 ヒロの補助を信頼しているのか、少年の足取りは軽い。

 おかげで見回りのペースも落ちていない。普段ヒロが1人で行う時と同等の速度でできている。

 

 屋敷内で異常も見つかっていない。

 腕を組んだまま歩いている光景を何人かの少女に目撃され、ニヤニヤされる程度のことしか問題も起きていない。

 屋敷は平和だった。

 異常がなければ、見回りも早く終わる。

 

「だいたい見終わったよね。この後どうしようか」

 

 少年がそう聞くと、ヒロは少し悩んだ様子を見せた。少年はすこし驚く。

 いつも時間厳守で予定を埋めていそうな彼女のことだ。すでに次の行動を決めているものかと、少年は思ったのだ。

 

(まるでイレギュラーなことがあったみたいな……俺じゃん)

 

 少年は自分のせいでヒロの予定を狂わせていることに気が付いた。

 あわてて腕をほどこうとする。

 

 しかし腕はとても固く組まれていて離れない。

 

「急にどうしたのかな。何か急用でも?」

 

「二階堂さんの予定を邪魔しちゃって悪いなと」

「君のことを邪魔だと思ったことはない」

 

 ヒロは少年の言葉に強く言い返した。

 自然と組んでいた腕に力が入る。

 

「次は外に向かおう。遠くのものをみることも、目を休める手段の一つだ」

 

 有無を言わさず、ヒロは玄関に向かった。

 組んだ腕が離れないため、少年は彼女についていくことしかできなかった。

 

 

 ◇

 

 

「まだ朝方だからか、だれもいないな」

 

 二人は花畑にきていた。

 元から静かな場所だったが、風も人もない今、静寂がそこを支配していた。

 しっかり組まれた腕を通じて、互いの心臓の音が聞こえてくるように少年は感じていた。

 

「……」

「……」

 

 二人の間に会話はない。

 

 ヒロは何を考えているのか、ずっと下を向いている。

 少年はそんなヒロをみて、どこか居心地が悪そうにしていた。

 

 実際、居心地が悪かったのだろう。

 少年は、ゆっくりとヒロと組んでいた腕を解く。

 

「あ……」

 

 拒絶、されたのか。

 

 ヒロがそう考えるより先に、少年は口を開いた。

 

「二階堂さんはさ、最近よく眠れてる?」

「……?睡眠時間は十分とれているが」

「黒部さん曰く、ちょっと眠れなくなっちゃうみたいだけど、許してね」

「なにを……」

 

 

「フンッ!!」

 

 

 突然、彼が変顔を始めた。

 

 魔法を失ったせいで、全盛期よりすこし威力は落ちたものの、その顔は相変わらず目の前にいる相手を必ず笑わせる()()の一撃だった。

 真正面で彼の顔を見てしまったヒロは、もう助からない。

 

「なっ!?」

 

 ヒロは、彼がなぜ変顔をしたのかとか、表情の意味だとかを考えるより先に、彼の変顔が脳に刻まれてしまった。

 横隔膜が急速に震え、表情がゆるむ。体が震えて思わず吹き出しそうになるのを必死に抑えていた。

 

「く、ふっ、ふふっ、な、なんなんだ突然、くっ」

「膝をつかないとは。さすがだね二階堂さん」

 

 まるでバトル物のセリフだな、なんて少年は場違いなことを考える。

 ナノカはこの変顔を正面から受けていないにも関わらず、しばらく立ち上がれなかった。 

 

 必死に笑いをこらえているヒロを見ながら、少年はつづけた。

 

「目が戻ってから、二階堂さんが笑ってるところ見てないなーって思って。いっちょ笑わせてみた」

 

 いつも、彼女は思いつめた表情をしていた。それが少年は嫌だった。

 

「前言ったでしょ?みんながいつもみたいに笑ってくれることが嬉しいって」

 

 彼が魔法を使って生活していた時。

 ヒロははあまり笑う人間ではなかったが、だからこそふと見せる笑顔が少年はとても綺麗なものに感じられた。

 

「もちろん二階堂さんも例外じゃないぜ?毎日笑顔をみせてほしいんだ俺は」 

 

 みんなには、毎日笑っていてほしい。

 それは紛れもなく少年の本音だった。

 

「しばらく寝るのに苦労するかもね。そこはごめん」

「く、ふふっ、その時は、君も道づれだ」

 

 口角をあげたまま、ヒロは少年に近づいていく。

 もう言葉をしゃべれるのかと少年が驚くが、ヒロは気にせず言葉をつづける。

 

「今日も、私は君の隣で寝る。私の笑い声を耳元で聞きながら、君は熟睡できるかな?」

「なにっ、考えたな二階堂さん……」

「しばらくは、君も私も、寝不足になるだろうね」

 

 そう言うと、ヒロは笑みを浮かべながら少年の手を取った。

 先ほど腕を外してしまったこと気にしていたのだろう。少年はそう考えて自分もその手を握り返す。

 

「ふふっ、笑わされてしまったな」

 

 屈託なく笑うその姿は、とても絵になるものだ。

 魔法で彼女の笑顔を見た時からずっと、彼はヒロの笑顔が綺麗で美しいと思っていた。

 

 だから思う。これほど綺麗に笑う少女が、罪悪感を抱えて生きていくべきではない。彼女がこの先そんな生き方を続けていくとしたら、少年は自分が許せなくなる。

 

「もしも二階堂さんが、俺に対する責任とか、罪悪感とかで、こうしてるなら、俺は――」

 

「違う」

 

 ヒロは少年の言葉を遮った。

 

 そして少年の手を両手で握って、笑った。

 

「私が、こうしたいんだ。君と手を握っていたい」

 

 とても、とてもきれいな笑顔だった。

 それは少年が望んでいた、いいや、望んでいた以上に。

 

 彼女の綺麗な笑顔を、彼はようやく見ることができた。

 

 映画館でみる映画は、家で見るよりよっぽど綺麗で美しい。

 

 責任を忘れて生きていくなんて、二階堂ヒロはしない。この先も少年の瞳のことを思って彼のそばにい続ける。ただ、それは罪悪感に突き動かされているのではない。それが彼女がやりたいことなのだ。彼女の笑顔が、それを証明している。

 

 再び、あたりが静かになった。

 誰も来ないし、風もない。

 

 昼食の時間がくるまで、二人は手をつないで穏やかな時間を過ごした。

 

 

 ◇

 

 

 そんな出来事があったが、彼とヒロとの間に大きな関係の変化はないように見えた。

 ヒロがいつも通り彼に世話を焼き、腕を組んで歩く。

 その行動は、他者から見ればただの日常風景でしかなかった。

 

 だから、組んでいるだけだった腕がいつのまに恋人繋ぎに変わっていたり、会話している二人の表情が以前とは違っていたりなど、二人の関係がすこしずつ変わっていることは、しばらくの間、誰にも気づかれることはなかった。

 

 






次話もおそらくIfルートです。
誰でしょうね。
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