世界で一番幸せな女の子と犬(成人男性国家公務員) 作:mimi11111111
『銃を降ろして、手を上にあげろ!』
降谷は低く鋭く、少女に中国語で命令する。その声に反応して、部下たちも一斉に銃を構える。緊張の糸が、音を立てて張り詰めた。
そんな中、少女はゆっくり振り返る。艶やかな黒髪は月光を浴びてちらちらと輝き、陶器のような肌に大きな黒曜石が二つ嵌め込まれていた。彼女の人とは思えぬ美しさに、何人かが息を飲む。彼女の動作はひどく緩慢で、動作すべてが蝶がひらひらと羽ばたいているようだった。彼女はその細くのびた腕を振り、降谷の前に拳銃を投げ捨てる。
『遅い、あともう少しで殺すところだった。』
彼女の血のにじんだような紅い唇から、鈴のような音が紡がれる。その言葉ひとつひとつに思わず傅きたくなる衝動に駆られる。不満を降谷に述べながら、ゆったりと両腕を上げる。
「確保!」
思考を切り替え、彼は部下に命じる。だがその声を遮るように、低い声が闇の奥から響いた。
「待て。」
降谷が振りむくと、今回の総指揮を担っている黒田兵衛が現れた。
「彼女の身柄は私が預かる。あとのことは降谷、君に一任する。」
そう告げた黒田に連れられ、少女は歩き出した。降谷はそのまま、少女の背中を見送る。彼女の一歩ごとに、周囲の空気が澄んでいく感覚を覚えた。月光が、彼女の背を追って伸びていった。
彼女が去っていくと、その幻想は崩れ落ちた。燃えたゴムの匂い、血と泥が混ざる生臭い空気が立ち込める。少女が立っていた場所には、瀕死の男がぐったりと座り込んでいた。頭部のすぐそばには、弾痕が一つ。煙が、ゆらゆらと立ちのぼっていた。男は死んではいない、気絶しているのだろう。
降谷の脳裏に、自身を振りほどいてまで少女のもとへ向かった親友の顔がよぎる。しかし、現実はまだ降谷に感傷を許さない。すぐさま、思考を振り払い、周囲の部下に命令し、自身も事態の収拾に取り掛かった。
いえーーーい!脱出FOOOOOOOOO!!!!!!
私の即席救難信号は日本警察に無事届いていたらしい。しかもみんな大好き黒田管理官というSSR級の味方をつけた私は、公安警察のもとで重要参考人として絶賛匿われ中です。ぶい!
黒田管理官に保護されてからの生活はドタバタで、まず病院に連れていかれました(当たり前)。私を乗せた車が崖から落ちていったのは公安側も意図していなかったらしく、非常に心配してもらった。しかし警察病院でいくつもの精密検査をしてもらったのに、私は軽いかすり傷がある程度で全くけがをしていなかった。どういうことだよ。怖いわ。お医者さんも困惑だったよ。
それから、管理官とのふたりっきりどきどきの事情聴取が行われた。私があまりにも特異な人物のせいで、公安の中でも関わる人物が制限されていたっぽい。そのためにお忙しい黒田管理官を結構長い期間私が独り占めしてしまい、大変申し訳ないっす。
黒田管理官は、14ちゃいの私に非常に同情してくれて、人生で二人目の優しい大人に
『協力者の君を危険な目に合わせてしまい、申し訳ない。』
ってあのしぶ~い声で真摯に謝罪してくれた。で、私はというと、
『ハッ、まさか温厚な日本警察に殺されかけるとは思わなかった。随分血の気が多いんだな?』
はい、最悪。上記のセリフを翻訳すると『助けてくれてありがとうございます』くらいの意味しかない。ほんとだもん!!ただ、10年間しみこんだこのバッドコミュニケーションは一朝一夕では治らなかった。
特にありがとう、ごめんなさい辺りは絶望的で、口に出そうとしても喉につかえてしまう。父の教育方針的に、マフィアのボスは人に感謝も謝罪もしないので、徹底的に矯正された。
私が一度『謝謝』と口走れば、言われたものは即座に殺され、私にもお仕置きが待っていたのだ。まさに私も相手も不幸になる悪魔の言葉、それがありがとうである。二回目くらいで私の中で『謝謝』を封印することに決めた。どんな人間だよまじで。
しかーし!私の話し相手は何を隠そう、天下の公安のトップ、黒田管理官である。偉そうな口調のわりに何度も発言に詰まる様子を見て、すぐさま私のこの、難儀な悪癖を見抜いた。
しかも、交流を深めていくうちに、日本語で途切れ途切れに話すことでフィルターから逃れられるということも発見してくれた。ちゅき。父の教育で、日本語はペラペラなのだが、出〇イングリッシュならぬ玉環ジャパニーズのため、流暢に話せば元の木阿弥である。しかし、ただ事実を淡々と述べるということを念頭において話すと、まあ普通の意思疎通(当社比)ができるようにまでなったのだ!やったね。
ただこの話し方だと、詳細な話ができないというデメリットがあるのだが、そこは黒田管理官。的確に言葉をかみ砕いて、「こういうこと?」と聞いてくれるので、私はただそれに「YES!YES!YES!」と頷くだけでよかった。全くどこかの死神とは比べ物にならないほどの包容力である。
まあそんなことがありつつ、数年ぶりの日本食に舌鼓を打ったりしつつ、穏やかに過ごしていた。こんなに穏やかな日々は久しぶりで、そして本音を言うと少し寂しかった。
今日、私は久々に外出の予定がある。私の救世主、スコッチのお見舞いである。
本当は重要参考人であり、監視対象である私に外出許可など下りないだろうに、黒田管理官が気を利かしてくれたのだと思う。(ありがとう黒田管理官。今日も渋くていい声です。)
もう一月ほど彼に会っていない。黒田管理官曰く、しばらく昏睡状態であったものの、ここ最近容体が落ち着いてきたらしい。
一年前に出会ってから、彼はずっと私のそばにいてくれたから、ちょっと不思議な気持ちがしている。今でも目に浮かぶ、私を助けるために撃たれたあの瞬間。ついで、彼の瞳に映ったまっすぐな光。それを思い出すと、今でも心が温かくなる。本当に私の心の支えだったのだ。
じゃあ、久しぶりに会えるやったー!とは素直にいかない。なんせ、この一年間、成人男性を下僕扱いしていた事実があるからね!!!不本意とはいえ、顎で使い、意味もなく罵倒し、彼を振り回した。さぞ屈辱だったろうと思う。強制力がない今、彼が私に会いたいのかは不明である。つか撃たれた原因だし!!助けに行かなきゃよかったとか思われてもなんもいえねぇ
そんな感じで、気まずさとか恋しさとか複雑な気分で部屋をうろうろしていると、インターホンが鳴った。お迎えが来たみたいである。
「…よし」
私は深呼吸して、鏡の前に立つ。寝癖なーし。服よーし。顔、死んでるのはいつも通り!表情筋のトレーニングはまだ途中なのでしょうがない。
意を決して私は扉を開けた。