世界で一番幸せな女の子と犬(成人男性国家公務員)   作:mimi11111111

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 消毒液と薬の粉っぽい匂いがする白い病室、ただの病院ではなく、潜入捜査などで負傷した公安たちが搬送される警察病院の一室に俺はいた。

 

 黒田管理官から直接依頼された護衛任務の真っ最中。俺の護衛対象は今、あの日と同じ、小さい背中を丸め、病室のベッドを見つめている。

 

 そのベッドには、親友である諸伏景光が静かに呼吸していた。呼吸は穏やかだ。だが、その瞳はまだ閉じたままだった。

 

 少女は何も言わない。親友の呼吸と機械の電子音だけが微かに響いていた。

 

 現在公安が保護、監視している少女、玉環(ユィファン)。彼女は中国南部の巨大犯罪組織の後継者だった。幼少期に攫われ、その体に様々な教育を叩きこまれ成長した。あの夜、満月を背にしていた玉環(ユィファン)は、その情報に違わぬ姿をしていた。誰よりも、冷たく、美しく、恐ろしかった。

 

 だが、その面影はもう失われつつある。唯一の味方であったヒロに寄り添い、無表情ながらも、彼を案じる気配がにじんでいる。

 

 一年前、潜入捜査が組織に露見したヒロは、逃走の最中、忽然と姿を消した。組織も、公安も、誰一人として、アイツを見つけることができなかった。しかし、ある日、公安に届いた謎の”通報”がすべてを動かした。

 

 〔本日夜間、日本国内の山域において、中華系犯罪組織が狩猟行為を行う。現地にいる私の即時保護を要求する。貴組織の関係者も同行する。早急な武力介入を推奨する。〕

 

 この半ば脅迫めいたメールは、黒田管理官のもとへ直接届き、文面にある中華系犯罪組織に俺は覚えがあった。黒の組織と近年関りを深めているこの組織は公安でも要注意の存在だった。

 

 しかし、この”関係者”がまさか失踪していた親友だとは予想していなかった。そして、久方ぶりの再会を果たした親友が、俺を振り払い向かった先がこの少女だった。

 

 あの夜、彼女を初めて見たとき、それが腑に落ちなかった。なぜアイツが、あの“玉環(ユィファン)”を守ろうとしたのか。あの場にいた誰よりも強者だった少女を。

 

 後継者として育てられた玉環と今目の前に座っている玉環(ユィファン)、この二人はまるで別人のようだった。

 

 「…今はただ眠っているだけです。命に別状はありません。」

 

 ヒロは玉環(ユィファン)に何を思い、彼女のもとへ駆け出したのか、その真意を知りたくなった。その衝動は俺の口を無計画に開かせた。

 

 「…うん。」

 

 玉環(ユィファン)は素直にそれに答えた。その声はあの時のような凛々しさはなく、弱弱しい呟きだった。

 

 「ヒ…あなたは彼のことをなんと呼んでいたのですか?」

 「ん、…えっと、いぬ…じゃない、えっと…彼は、私に、スコッチ、って名乗った。」

 

 たどたどしく、彼女は続ける。彼女の癖については黒田管理官から聞かされている。支配者として刷り込まれた威圧と皮肉の残響。この癖は本人にも制御できないために、誤解しないでやってくれと。玉環(ユィファン)自身も、癖を抑え込もうと懸命にしゃべっていた。

 

 「そうですか。…僕はスコッチと親友なんです。彼と向こうでどのように過ごしていたか、教えてくれませんか?無理にとはいいませんが…」

 「ん、と…そうだね…」

 

 彼女は少し考えるそぶりを見せ、また、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

 「ケガ、したら、治してく、くれた」

 

 保護した後、彼女に行われた精密検査によって、体にいくつもの古傷や、骨折痕が残っていることが確認されている。14歳とは思えない過酷な訓練のあとが彼女には刻まれている。

 

 「髪、結んで…みそしるもつくって、おいしかった」

 

 彼女があげたそのいくつもの思い出はなんてことないことばかりだった。しかし、彼女のいた場所で、それがどれだけ眩しいことだったのか。

 

 「夜に起きたら…私をのぞきこんでるスコッチと、目があった。」

 

 ん?

 

 「朝、起きても、なぜか部屋にいて…」

 

 いや…まあ、護衛なら部屋にいるのもおかしくないか…

 

 「『今朝はいつもより体温が0.5度ほど低いですね、お茶をどうぞ。』っていったり…」

 

 おいおいおい、ヒロどういうことだ。怖いぞなんか。俺の眼前の少女も若干困惑ぎみだし。

 

 「そ、そうですか、教えてくれてありがとうございます。」 

 

 俺は若干怖くなってきたので、話を切り上げる。ヒロの寝顔に顔を向ける。こいつ、中国でどんな生活送ってたんだよ…!

 

 傍らにいる玉環(ユィファン)は、苦笑いをしつつ、俺と同じくヒロを見つめる。わずかに頬が緩み、唇の端が動く。その笑みはあまりにも短く、儚い。

 

 「あのとき、きてくれて、うれしかった。」

 

 彼女の瞳があの夜と同じ輝きを帯びる。

 

 「スコッチのおかげ。」

 

 その言葉に偽りはなかった。玉環(ユィファン)の瞳には、まるで憧れのヒーローを見つめるような純粋な光が宿っていた。

 

 ただの無邪気な子どものように、ヒロが目覚めるのをいまかいまか、と待ち望んでいる。俺は、そんな少女をみて目を細めた。

 

 ヒロ、お前はこの子の本質にいつ気づいたんだ?そして、この子の本来の姿を知りつつも、彼女の状況を何一つ変えられない自分をどう思ったんだ…

 

 俺も彼女と同じく、ヒロの目覚めを待つ。彼女を守り続け、無事目的を完遂した親友に心の底から感服しながら。

 

 早く起きろ、ヒロ。保護対象の前で無様に撃たれたお前を叱り飛ばしてやるからな。

 

 

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