世界で一番幸せな女の子と犬(成人男性国家公務員)   作:mimi11111111

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 …玉環(ユィファン)様っ! …こっちへ!  …俺の方へ、手を…!

 考えもなしに俺は主人のもとへ飛び出す。青ざめた玉環(ユィファン)様を、誰かが無理やり連れていく。

 待て。連れていくな。俺が……俺が、あの人を守るんだ……!

 伸ばした指先は空を掴み、音もなく崩れた。
 重たい血の匂いと、耳鳴りの中で、自分の鼓動が遠ざかっていく。

 ――玉環(ユィファン)様……

 「おい、そろそろ起きろ。」

 その声に俺はびくりと目を見開く。白い天井、ぼやけた蛍光灯…ここは??

 寝起きで混乱する俺を誰かがのぞき込む。金髪に見慣れた青い瞳、年齢に合わない童顔。

 「っ、ゼ!」

 ゼロ!と声をあげたかったが、乾燥した喉がそれを許さなかった。おもわずせき込むと、ゼロが手際よくナースコールを押した。

 「その調子じゃ、元気そうだな。」

 そういってゼロは水の入ったコップを差し出した。ありがたいと水を呷る俺をゼロはあきれた様子で眺めた。ここは、警察病院らしい。

 「ゼロ、玉環(ユィファン)様は?」

 まっさきにそう尋ねた俺を見て、ゼロはやや眉を動かす。

 「様付けって…お前たち一体どういう関係性なんだ?…まあいい、無事だ。安心しろ。」 

 胸の奥の緊張が一気にほどけた。安堵の息が漏れ、体の力が抜けていく。

 他にももっと尋ねたいことがあったがちょうど看護師がぞろぞろ駆け付け、検査検査と中断されてしまった。ゼロは病室を去る直前、振り返った。

 「おかえり、ヒロ」

 俺はどうやら無事に日本へ帰ってこられたらしい。



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 『おすわり。』

 「ええ??」

 

 目覚めてから一か月半、過酷なリハビリに耐え、無事外出許可がおりた俺は、主人にそう命じられた。

 

 俺は退院当日に、病院前に止まっていた車に問答無用で乗せられ、問答無用で新幹線のチケットを渡され、問答無用で新幹線に乗せられていた。道中、久々の再会かと思えば、俺を散々連れまわした上司は何も教えてくれずちょっと泣いた。

 

 そしてチケットに記された席に向かうと、席に不機嫌そうに眼を吊り上げた主人が腕を組んで座っていた。リハビリ中一度も顔を見せてくれなかった俺の可愛いご主人様は、存外元気らしい。

 

 『あのー、どこに向かってるんですか?俺ら』

 『お前が知る必要はない』

 『えぇ、そういわずに』

 

 玉環(ユィファン)様はそれだけ答えてぷい、と窓の外を向いてしまった。うーん、いつも通りの会話だ。忠犬よろしく、俺は主人の様子を眺める。

 

 変わらず艶めいた黒髪の向こうに見える頬が、以前よりもふっくらしている。可愛い。本国にいた頃と変わらない口調だが、俺がそばにいない間、玉環(ユィファン)様が纏う雰囲気は随分変わった。

 

 雪のように白く、温度を感じさせなかった肌が、今では淡い桃色に薄く色づいている。本国にいた頃の薄氷のように冷たく、張りつめていた雰囲気は薄まり、生き生きとした柔らかい雰囲気に様変わりしている。その破壊的な美貌は抜きにして、”普通の”こどもと変わりないその姿に俺は目頭が熱くなる。

 

 『玉環(ユィファン)様、お元気でしたか?お怪我などはなさりませんでしたか?』

 『貴様のような手負いの駄犬が、この私を心配すること自体が不敬だ。黙れ。』

 『つまり、俺のこと心配してくださったんですか?うれしいです、もう平気ですからね。』

 『……脳まで弾丸が貫通したか。会話が成立せん』

 

 玉環(ユィファン)様は軽快に俺を罵倒する。くぅ~っ、これこれ。いや、俺は別にマゾとかではない。これは俺と玉環(ユィファン)様のコミュニケーションであって、そんなんじゃない。これはなんというか、健康診断の問診に近い。玉環(ユィファン)様が淀みなく罵倒するということは彼女の健康を意味している。

 

 久しぶりのこの会話にほっとしながらも、ふと俺の傷が疼いた。入院中やリハビリの最中、俺は何度もあの夜の玉環(ユィファン)様を思い出した。撃ち抜かれた俺を見つめる、玉環(ユィファン)様の暗い瞳を。

 

 目覚めた後、ゼロにも散々お叱りを受けた。

 「自分の眼前で味方が撃たれたときのあの子の気持ちを考えたことがあるのか

 

 …お前がもしあの時死んでいたら、あの子に消えない傷跡を残していたかもしれないんだぞ。」

 

 公安に保護された夜、玉環様は安心して眠れただろうか。俺が眠っている間、どんな夜を過ごしていたのだろうか。そんなことばかり考えていた。

 

 『…よりにもよって、あなたの前で倒れるなんて、犬として失格でした。

…さぞ怖い思いをさせたと、反省しています。』

 

 玉環(ユィファン)様は俺の言葉にゆっくり顔を向けた。光を受けた睫毛がかすかに揺れ、その瞳がまっすぐに俺を射抜く。そこに怒りはなく、ただ、深い静けさがあった。

 

 俺はたまらず、主人の手をとり、額に当てた。

 

 『あなたを、一瞬でも一人にしてしまった。…それだけはしないと決めていたのに』

 

 そう懺悔する俺に、玉環(ユィファン)様はしばらく黙った。それから、ため息ともつかぬ吐息が落ちた。

 

 『あの時、お前が死んでいないことにくらい、気づいていた。』

 

 俺の傷口に、玉環(ユィファン)様のすらっとした、小さな手が当てられる。

 

 『…許す。生きているなら構わん。』

 

  その瞬間、堪らず声が出た。

 

 『玉環(ユィファン)様ぁ!!』

 『急に吠えるな犬!いつまで私に触れている!』

 

 先ほどまでのしんみりした空気はどこへやら、俺らはすっかりいつもの調子に戻った。俺たちにはこの会話があっている。

 

 

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