世界で一番幸せな女の子と犬(成人男性国家公務員) 作:mimi11111111
新幹線に乗ること一時間半。車窓の外に見えた風景に、息をのんだ。
「長野……?」
『ぼーっとするな。行くぞ』
新幹線を降りると、公安の車が待っていて、俺らは今度はそれに乗り込んだ。車は静かに走り出し、やがて街並みを抜け、山道に差しかかる。鬱蒼とした木々が淡々と通り過ぎていく。
車に乗り込んでから
やがて、木々の間に石垣が見えた。緩やかな坂を上ると、小さな集落の外れに出る。
そこに、ひっそりとした墓地があった。
車が止まり、エンジンが静かに沈黙する。平日の昼間だからか、人影はひとつもない。ただ風が梢を渡り、木漏れ日が白い墓石の上をやわらかく撫でていく。
「……ここは」
『降りるぞ』
その背を見つめながら、俺は胸の奥に小さなざわめきを感じていた。
__
「私の祖母だ。」
「私は、祖母と、日本で、
彼女が、ゆっくり紡ぐ言葉に俺はただ耳を傾ける。その発音は少したどたどしく、しかし一音一音を確かめるように丁寧で、まるで遠い昔に置いてきた自分を呼び戻すような響きがあった。
「父に攫われてから、私は、ずっと一人だった。__一年前、お前がくるまではな。」
「お前が、いて…くれた、から…あー、そうじゃなくて…!」
環様は途中で言葉をつまらせ、視線をきょろきょろさせる。足元の石をつついたり、髪をかき上げたり、落ち着かない。何度も口を開いては閉じを繰り返していた。
「~っ!どうして私は…!」
そこまで言って、うつむく。歯を食いしばり、唇を結ぶ。目の奥に、悔しさと照れと、ほんの少しの涙がにじんでいた。
それが、なんかもう……かわいくて、俺まで泣けてきた。
環様が感謝を言葉にできない理由を、俺は知っている。
幼い頃から、感情を抑え、誰よりも上に立てと教え込まれた彼女。喜びも、悲しみも、彼女の世界では“弱さ”の証だったのだ。
でも、今の彼女は違う。その呪いを破って、自分の声で何かを伝えようとしている。
――その姿を見られるだけで、俺はもう、十分幸せだった。
「いい、いいんですよ、環様。何が言いたいのか、俺わかりますから」
芽吹きの時は今すぐじゃなくていい、だから無理しないで。
俺は環様にそっと寄り添うものの、環様は首を左右にぶんぶんふる。
「う、うるさい!ちょ、ちょっと黙れ……!」
大きく息を吸い、俺をまっすぐ見つめる。星が輝いた、美しい瞳。
「ありがとう。…私のそばにいてくれて」
その一言で、すべてが報われた気がした。
今、俺の眼前にいるのは、長い闇を抜け、自分の声で想いを伝える――ただの一人の少女、天城環だった。
あの日、組織の闇の中で“
それだけで、これまでの痛みも、撃たれた傷の疼きも、全部報われた気がした。
環様は気恥ずかしさからか、すぐに俺に背をむけてしまった。さぞかわいい顔をしてるに違いないと、見せてほしくて、俺は環様に近寄る。
「環様、俺は…」
「私はただの天城環に戻る。…だから、お前もそうしろ。」
「えっ?」
後ろを向いたままの環様の発言に俺は理解が追い付かず聞き返す。声の調子はさっきと打って変わって、強く、でもどこか震えていた。
「一般人の私に、犬を飼う余裕はないからな。お前はどこへでも好きなところに戻ればいい。」
「それは、どういう__」
俺が聞き返そうとすると、背後に誰かの気配。本国にいたときの癖で、環様を背中に庇いながら、パッと振り返ると、そこには懐かしい姿があった。
向こうも目を見開き、硬直している。
「景光……なのか……?」
もう何年も聞いていなかったその声。相手は俺の姿を確信するとすぐさま駆け寄ってくる。
「景光!お前今までどこに…!」
「兄さんこそどうしてここに…!」
混乱のまま呟いた自分の声にハッと気づく。
_まさか
俺は主人の方へ目を向ける。
けれど、そこにはもう誰の姿もなかった。墓石に差し込むあたたかい陽光だけが、少女がいたはずの場所に注ぎ込まれていた。