いつもと変わらないはずの今日、今日と変わらず続いていくはずの明日。
変わらず会社で働き、帰りに通い慣れたカードショップに立ち寄っては中で遊んでる常連たちに混ざる。
見知らぬ誰かから見たらくだらない無駄な日々と笑われるような毎日。
そんな日々がずっと楽しく続いていくのだろうと信じて疑わなかった。
「ダメージチェック、トリガー無し。 ありがとうございました」
きっかけはただカードゲームで負けた。
ただそれだけ、よくある風景。
相手は……顔が思い出せないが、確か女性……のはずだ。
ショップ大会の後、見知らぬ方にフリーファイトを申し込まれたのが始まり。
この時点では遠征してきたんだろうなくらいにしか思ってなかったし、ファイトを受けたのだって記念くらいの感覚だった。
「そのデッキとは初めて対戦しましたけど、堅実に火力高いですね」
「ふふ、ありがとう。 凄く気に入ってるの、この子は」
対戦相手のテーマは……確か、ナナクリルだったかな。
常連たちは組んでなかったから初めて戦ったテーマだ。
ガード値こそ低めだが火力はそれなりに高いし、盤面の展開力もなかなかある。
可愛いらしい顔して尖ったナイフみたいなテーマのデッキだった。
「それじゃ――――」
「あ、対戦ありがとうございました」
「――――負けた罰として、ちょっとお手伝いしてもらおうかな」
「へ?」
その言葉を最後に、語尾にハートが付いてそうなくらい甘い声色と共に俺の意識は電源の切れたテレビのように消えていった。
気づけば見知らぬ天井が見えた。
少しだけ感じる柔らかい重さ、身体中に伝わる熱から布団の中にいるのはすぐに気づけた。
『はろー。あ、こっちじゃおはようだっけ?』
声が響いた。
聞こえたではなく、頭に直接響くような伝わり方。
視界には誰もいないし見えない。
明らかに普通じゃないが故に俺はすぐに布団……いや、ベッドの上から飛び退いた。
『ふふ、驚いてるね。連れてきた甲斐があるよ』
「なんだこれ……お前は、なんなんだ?」
『私? うーん……私は意思を持った現象みたいなものだから名前なんてないんだけど、そうだね……ナナクリルとでも読んでよ。さっきも言ったけど気に入ってるんだ。こう見えて自認は女だと思ってるからね』
ナナクリル。
ヴァンガードの楽園デッキのメインカードの名前だ。
先程相手したカードと同じ名前?
「名誉毀損もいいところだろ」
起きてから続く超展開に振り回されてばかりで脳内に響く声と会話できていることに疑問を持つ余裕は今の俺にはない。
いま、俺が疑問に持たないといけないことは他にあるからだ。
「ナナクリル、ここは何処だ?」
『君たちがヴァンガードと呼んでるアニメ? の世界だよ。時間軸はDivineZの半年ほど前』
「なんで俺をここに?」
『さっきも言ったけど、手伝ってほしいのさ』
「……内容は?」
『ちょっとね、奪う……あるいは破壊して欲しいカードがあるのさ、最悪本来の持ち主の手に渡らないならそれでもいい』
カードの破壊。
TCGプレイヤーにとって故意にカードを傷つける行為はとてもモラルに反する行いだ。
となると、もし俺が手伝うとしたら本来の持ち主の手に渡る前に奪うことだが……嫌な予感がする。
「もし、仮に手伝うとして……俺に対するメリットは? タダ働きはごめんだ」
『安心しなよ。勿論そこはこちらも理解してるさ。……そうだな、選択肢を二つ出す。そのどちらかを選ばせてあげる』
「両方じゃない辺りケチくさいな」
『内容的に両方ってのは難しいのさ。じゃ、まず一つ目、この世界を君の自由に弄べる権利をあげよう』
「は?」
『アレ? もっと悦ぶと思ったんだけどなー?』
その言葉は毒だ。
真っ当なやつなら……いや、真っ当じゃなくても人によってはどうしようもなくその言葉は堕落へと導く。
『ほら、君にとって魅力的な女を何人も自分のモノにして尚且つ誰もそこに疑問を持たなかったり』
アレが欲しい、これが欲しい。
あの女を自分のモノに。
働かなくてたって問題ない。
そんな誰もが考えるようなことが思うままに満たせるという権利。
人の心を腐らせる、魅惑の力。
……状況次第では俺だって欲しいと思うだろう。
同時に、そんなものがあっていいはずがないと頭のどこかで拒んでいる。
『金だっけ? それが無くても何もかもが手に入る。そんな生活が好きなんだろう、キミたちは?』
「む、無茶苦茶だ。できるわけが……」
しかし、その先を言うことはできない。
だって現状がそれを物語っている。
『否定なんてできないよね? できるならこの状況は存在しないんだから』
「……」
『ま、否定する言葉を探すよりも目の前の問題に目を向けるべきじゃない?』
……確かに提示された報酬は莫大なメリットとは言える。
例えで出された様にハーレムを作ったり、どんな物も必ず手に入ったり。
そんな文字通りの何でもアリが許される権利。
本来ならば不可能だと断じるべきだが……
超展開を起こしている謎の存在がいる以上、出来ないと言い切れる自信はない。
ただ――――――
「そんなことしたら世の中がめちゃくちゃになるし、そもそもNTRは嫌いだ。だから要らない」
『じゃあ、もう一つのメリットのほうかな。正直一つ目の方がキミの為だと思うよ?』
初対面と言っていいかはわからないが俺は既にこの超常存在が嫌いだ。
好きになる要素がほとんどない。
精々、見た目くらい……いや、こいつの話が本当なら見た目すら借り物で好きになる要素が無くなる。
『元の世界に戻してあげる』
「あ?」
提示された二つ目の内容が理解できない。
元の世界に戻る?
「いや、待て。それができるなら返してくれよ⁉︎」
『嫌だね、こっちの条件を満たさない限り返してなんかやらないよ』
「……その破壊して欲しいカードってのは、なんなんだよ」
ワンチャンに賭けた。
もし、破壊して欲しいカードが明らかに厄ネタなら仕方ないと割り切れるからだ。
人は大義名分さえあればどこまでも残酷な行いをやれるのだから。
『ようやくその気になってくれた? じゃあお願いするね。いやー、助かるよ。アイツは強すぎてこっちからじゃ歯が立たないからね』
そして告げる。
破壊依頼の対象となるその名は―――――
『あの畜生もといクソッタレ大天使、奇跡の運命者レザエルをぶち殺してね‼︎』
奇跡の運命者 レザエル
アニメの主人公の中核を担うカードにして、後にこの世界において重大な役割を持つカード。
厄ネタではないどころか絶対に失われてはいけないカードだ。
「誰がやるかボケェ‼︎」
ワンチャンなんてあるわけがない。
なんだったら喧嘩すら売られている。
超常現象は完全に不倶戴天の敵に成り下がった。
『いいんだ? まぁ、別にいいけどね。目標は既に達成してるし』
「失せろ‼︎ 頭の中から出ていけ‼︎声だけでも不愉快だ‼︎」
『はいはい、じゃあねー』
その言葉を最後に声は響かなくなった。
朝から最悪な気分のまま部屋を出て、降りることにした。
……あのクソッタレ超常存在の言っていた言葉の真意を知るのはすぐのことだった。
次回からはちゃんとファイトさせる……はずなので、ちょっと遅れます