朝早く雇用主のリズボンに叩き起こされ、俺は衛兵詰所の様な場所にギルド長のアリアと一緒にいた。
この場所に俺を殴ったイシュメルとか言う男がいるらしかった。
小さな窓から光が差し込んでいる。その光を頼りに一人しかいない衛兵が何かの書類を書いていた。
どの世界でも警察とか衛兵とか呼ばれる人間は同じ様だった。どちらも日焼をして煩雑な書類を書く為にしかめた顔をしている。
かなり陰鬱として埃っぽい空間だった。待合室ですらこんな陰鬱とした感じなのだから、中の牢屋はかなり酷いものなのだろう。
「なぜあの男…イシュメルだったか?を助けようとしたんです?」
「男じゃない、男の子よ、まだ子供」
アリアは俺の言葉に訂正を入れた。特に俺の言葉に気分を害したという訳では無かった様だ。彼女は子供を守るべきと言う価値観を内包しているのかもしれない。
「牢屋に入ればもっと悪い人間と知り合いになる事になる」
「彼が悪い人間と親睦を結べそうには見えませんが」
俺の印象だがイシュメルは地元のヤンキー集団のボスにリンチされて殺されるタイプに思えた。
アリアは口をつぐみ「まぁ、ね」と呟きスカーフを撫でた。今日は青色だった。衛兵が部屋の奥に行った事を確認すると彼女は話しだした。
「イシュメルはクレチ家の子供よ。騎士家系の貴族ね。先に冒険者をやっていたカリーナが家での扱いがあんまりだったから連れて来たのよ。ま、冒険者ギルドではたまにそういう人がいるの、貴族の何番目かの子供ね」
カリーナは今朝謝りに来た女だろうが、彼女も家にいられない貴族なのだろうか?
「カリーナが働かせてくれって言うから仕事をさせた。剣も魔法の腕もあったから、死にはしないだろうし」
「はぁ」と気の抜けた声が出た。彼女は同情から子供を冒険者にする様な情に厚い人間には見えない。俺の心情を察したのかカリーナは付け加えた。
「ま、本当の所…カリーナはウチのギルドにクレチ家から修行のために来てる身分だったから、その時は断りにくくてね」
複雑な事情がありそうだった。嫌な気分になるし余計な事は聞かない事にした。彼女は戒めの様に重々しく話しを続けた。
「そんなこんなで2年様子を見たけど…ま、冒険者に囲まれて育つんだから、ロクな事にはならなわね」
「そんな悪影響なのか…」
「最悪ね、言葉使いも悪くて喧嘩早い、すぐに人を傷つける」
アリアは若干忌々しそうに吐き捨てた。「剣と魔法しか取り柄の無いバカ」とも付け加えた。彼らの事が嫌いなのだろう。
「嫌いなんですか?冒険者が。」
「まぁね」
「そんな連中のリーダーなのに?」
アリアはスカーフを撫でて重々しく言った。
「私にはね、出来るのよ。彼らの面倒を見ることがね」
「まぁ、何かの贖罪ならやる価値はあるかもしれませんね」
アリアはごまかす様に笑った。俺の質問には答えなかった。ため息をついて、窓から差し込む光を眺めて言った。
「彼は字も書けるし、普通の人より教養もある。貴族の家にいたし、もっといい場所、いい人生があるとは思わない?」
「確かにそう思いますが、家に戻ればいい話では?貴族なんですよね」
アリアは立ち上がりながら言った。
「さっきの話は嘘。妾の子なのよ。彼は、メイドと貴族の子供」
悲劇的な話だった。だが、この世界では字も書けて、教養もある。おまけに強い。結構いい手札が揃っているから、人生を投げ出すには早い。
お互いにそんな事を考えていたのか、衛兵が来るまで、無言の空間が続いた。
衛兵は銀の鎧を着た男を連れてきた。確かに俺はあの男に殴られていた。
「アリア・スティルウェル。釈放の手続きだ」
「いつも悪いわね」
『メンバーがよく捕まる組織は社会通念上よろしくない』と言いそうになったが飲み込んだ。
衛兵が「イシュメル・ターナー、座れ」と言うとイシュメルは大人しく座った。苗字が姉のカリーナと違う事に引っ掛かったが、顔には出さなかった。複雑な事情という奴だろう。
イシュメルは「ついカッとなってしまって、すみませんでした」と謝罪をした。思ったより素直に謝ったので、拍子抜けして間抜けな返事が出てしまった。
「ほんじゃ、いつも通り書類を書いて」
衛兵が書類を見ながらそう言うとアリアは慣れたように書類を書き始めた。慣れたくは無い仕事だなと横目で見ながら思った。
「12歳…冒険者…、犯罪歴は無しと…」
衛兵が書類を見ながら呟いた。イシュメルの事だろう。
「12歳で冒険者か?」
「バカにすんな。お前より強い」
睨見つけるイシュメルを見て、衛兵がポリポリと頭を掻きながら言う。
「強い弱いの話じゃねぇんだけどなぁ…」
衛兵はアリアが書き終わった書類を引き出しに入れた。衛兵はイシュメルの目を見て言った。
「社会奉仕活動が終わった後、衛兵見習いの枠が1つ空いてんだ。やる気あるか?」
イシュメルは意味がわからないといった顔をした。アリアが衛兵に職の空きがあるかどうか聞いたのだろう。
「え?」
アリアは優しそうな口調でイシュメルに告げた。
「あなたには飛龍の爪を辞めてもらう」
イシュメルは意味が分からないと言った顔で眉を潜めた。12歳の子供には意図は伝わっていないだろう。
「は?なんだよそれ?」
それも承知だったのかアリアは言葉を続けた。
「ん〜、冒険者はいつでも出来るわ。ひとまず普通の仕事やってみて駄目だったらまた戻ってくればいいじゃない」
若干不機嫌になったのか、イシュメルは押し黙ったままだった。
「衛兵見習いの職なら私が見つけておいたわ」
イシュメルは何かに気付いたかのように言葉を発した。
「俺が弱いから?」
「強い弱いの話じゃなくて、より良い人生を生きて欲しいのよ」
イシュメルはピンとしないと言った顔だった。
衛兵は俺に書類を見せ、署名する様に促した。もう既に署名が一つ書いてあった。俺はその隣に自分の名前、ジョン・リードと書いた。
衛兵はそれを確認すると頷いた。
俺は立ち上がり外に出ようとした。が、それはアリアに右手首を掴まれ止められた。
「まだ何か?署名はした」
衛兵は怪訝そうな顔をした。アリアは強めの力で俺の右手首を引っ張り元の場所に座わらせた。衛兵は言った。
「アンタはイシュメル・ターナーの社会奉仕活動の立会人になるって聞いてるが?若い人間の更生に力を貸したいんだろ?子供一人で社会奉仕活動は無理だし…」
俺は何も言わずにアリアを見つめた。アリアは「もちろん謝礼は出す」と小声で言った。言いたい事を色々と飲み込み、再び座った。
「初回奉仕活動の内容は…まぁ、簡単に言えば刑期を終えた人間の観察報告。あと悪い事をしてたら忠告とかもしてくれると嬉しい。期間は2カ月、簡単なモンだ」
「飛龍の爪にいた冒険者よ、新しい家を見つけるまでの間、サマンサ宿で宿泊する。イシュメルはその期間、そこで働いて、その冒険者の様子を紙で報告してくれれば良いから」
「はぁ」とイシュメルは頷いた。そしてアリアは俺を見て話を続けた。
「あなたは、イシュメルがその仕事をしている事を確認して欲しいの。ギルドから別途謝礼は出すわ」
「ま、いい気分はしませんが良いでしょう」
俺は行儀良く言葉を吐き捨てた。権力者が良くやる手口だった。断れない状況を作って仕事を押し付ける方法だ。