サマンサ宿の勤務開始時間は前世の時間で言うと6時半だ
俺が6時に宿の食堂に行くとイシュメルは既に起きていて、つまらなそうに水を飲んでいた。不良少年は勤務時間前に起きない。
「良いね」
「何が?」
「早く起きてここにいる、出来ない人間も多い」
俺は何人かのどうしようも無い不良少年を思い出した。
リズボンもイシュメルが起きていることに対して『良いねぇ!』と言った。リズボンはすぐに仕事を振った。
そんなこんなで、俺はジャガイモを剥きながら、シーツを踏み洗いをしているイシュメルを見ていた。
「移民なんでしょ?何でこの国に?」
すぐに分かった事だが、彼は話好きだという事だ。
「前いたトコで死にかけて…こんな思いはウンザリだと一念発起してな」
イシュメルは何かを察したのか、しばらく考えて話を続けた。ま、彼には俺がガス爆発で死んだ転生者であることは分かるまい。
「何してたの?」
「ん、ただの雑貨商だ。ま、人の悩みを解決してやって報酬を貰ったりしてたが」
俺はロクでもない依頼人たちの事を思い出した。
「冒険者?」
「ちょっと違うな。俺は友達に頼み事をして物事を解決する。俺は戦えないからな」
「…どういうこと?」
「例えば、酒に溺れてる男がいたとするだろ?そいつを一定期間酒の無い所に閉じ込めて置きたい奴がいたとする…どうする」
イシュメルはシーツを踏むのを止めて言った。
「酒を飲まないように押さえつける」
「それも正解だ。ただ、まぁ俺は弱いからな。俺には使ってない倉庫を持ってる住職…いや、聖職者が知り合いにいてな。そいつに頼んで倉庫に閉じ込めて貰うんだ」
「なんだよそれ…」
「そいつの頼みを聞いてやったからな、俺に貸しを返す為ならなんでもしたのさ」
イシュメルは一瞬だけ悲しそうな顔をした。
「俺の言うことなんか誰も聞いてくれない」
「子供ならそんなもんだろ」
どの業界でも若造は下に見られて使い走りから始まるんだ。そう思っていると、イシュメルが踏み洗いをしていたシーツが空に浮き始めた。イシュメルが呪文の様な何かを唱えるとシーツが空に浮いたまま絞られた。魔法ってのはこういう事も出来るのか。
「よくやるもんだな…シーツが空に浮いてる」
「魔法初めて見るの?」
俺は何も言わず、首も動かさず。含みのある表情をした後言った。案外賢い子供に見えるからこれ以上聞くなという事を理解しただろう。
「俺の周りにはいなくてな」
「ん~、そう…コレは系統的には『空』魔法になるかな…」
魔法も使えてそれなりに社会性のある子どもの引き受け手はかなりいて、イシュメルは社会的評価が低そうな冒険者をやる必要がないんじゃないか。と俺は思った。
「何だよ」
「あぁ…関係ない話で悪いが…何で冒険者を?」
「俺にはそれしかなかった」
「…誰がそれを?」
「ねーちゃんが」
俺は謝りに来たカリーナの顔とアリアと揉めていた時の出来事を思い出した。ま、いろいろあるが、俺には関係の無い話だ。他人の事情にわざわざ口出すモンじゃない。
昼間に俺は買い出し、イシュメルは部屋の掃除を行った。冒険者になる前は母親の仕事の手伝いをしていたから掃除とかは慣れてるらしい。ま、メイドの息子だからそうなるのか。
トラブルの匂いだ。まともに働ける子供を冒険者にする意味がどこにある?アリアが言うように破滅に導いているだけじゃないのか?
俺は八百屋の店主が差し出してきた野菜を見ながら考えていた。
「なんだい?足りないモンでもあるのか」
「野菜が悪くないか」
「その予算じゃそれだよ」
「そんなモンかね?」
「ケチなんだよリズボンは」
ケチな雇い主に、冒険者の子供、そしてこれから前科者の面倒を見ないといけない。俺が何したってんだよ。善行を積まなかったからこんなことになっているんだが。
宿屋に帰った後リズボンに言った。
「良い物を買いたいならもっと金を出せと」
「全員酔ってるから関係ないんだよ…いい飯食いたいなら予約して貰わないと」
ちょっとお高い寿司屋みたいな事をしてんな…と思いながら俺は頷いた。
「夜の仕事は?」
「食堂で給仕だ。料理はアタシが、あんたは冒険者に酒を注ぎ続けるだけさ」
「イシュメルは?」
「同じさ」
「今日は辞めといた方がいいんじゃないか?」
イシュメルが話を聞いていたのか遠くから皿を拭きながら言った。聞こえるのかよ。耳が良い
「どうして?」
「どう考えてもトラブルになるだろ。冒険者は君にちょっかいを出す筈だ」
イシュメルはムッとした顔をして言った。
「俺は大丈夫だ」
「わざわざロクでもない連中と関わる必要も無いだろ」
リズボンも「確かにね」と頷いた。イシュメルが何かを言おうとしたので俺は言った。
「冒険者が君をほっとく様にギルド長のアリアさんが指示してるか確認してからだな」
イシュメルは不満そうに口を閉じ再び皿を拭き始めた。
問題の夜になった。
冒険者たちは酒を飲むことに忙しく、新入りの俺を気にも留め無かった。
俺はビールを注ぎながら殴り合いを始めた冒険者を見ていた。
想定通り、予想通りというべきだが、どういう経緯で喧嘩が始まったのかまったく理解できなかった。
まともそうな冒険者が間に入り喧嘩を止めていた。
「いつもああなのか?」
「あぁ、そうだよ」
「子供の教育に悪そうだ」
初日の仕事は問題なく終わった。
連中が使った後の机は死ぬほど汚かった。犬が餌を食べてもこうはならないだろう。
—
イシュメルは人との接し方に根本的な問題があった。とてもじゃないが、初対面の人間に会う様な用事は任せられなかった。
そんなワケで、リズボンがイシュメルに会話の練習をさせている。
今は買い出しに行った時の場合の話し方を練習させていた。リズボンには『アタシはぶん殴られながら口の利き方を覚えたケドね、良くないよね』との思いがあった様だった。
カラオケ屋のバイトでもそんな事しねぇぞと俺は半分バカにしてたが、イシュメルは素直に練習に付き合った。
「野菜買いに来たんだけど、ある?」
あまりの舐めた口の利き方にリズボンは手が出そうになっていたが、それを抑えイシュメルに言った。
「八百屋にタフぶってどうすんの、八百屋はアンタの友達だよ!」
イシュメルは「はぁ」と間抜けな返事をすると頷いた。あんまり分かってなさそうだった。
リズボンに「見本を見せてよ」と言われると俺は会話のシュミレーションを始めた。
「どーも、リズボンの所に新しく入ったジョン・リードです。使いで野菜を買いに来ました」
リズボンは近くの八百屋の店主のフリをして話し出した。
「あ〜、そうなの珍しいな、新しいのは、大変だろ?」
「いんや給料安い以外は、全然ですよ」
実際給料を上げてほしかった。
「なんだ給料安いのか?」
「バカ冒険者が色んなモン壊すから金欠なんだと」
「それもどうだか、ただケチなだけだろ」
話し終えるとリズボンは俺の肩を殴った後、イシュメルを見て言った。
「もう冒険者じゃないんだから、仲間を増やすような事をしないと」
俺も続けて言った。
「冒険者は自分の事をタフに見せる話し方をしてたと思うが、普通の人間はそんな話し方されたら不快に思うモンだ。誠実そうな奴のフリでもしておけばいいさ」
イシュメルもなんとなく分かったように頷いた。
1日も待たず彼は他人に対して失礼な言葉を言わなくなった。これは不良少年じゃないな。
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俺は買い物ついでにイシュメルを移民組合のビスの所に連れて行った。まともな口の聞き方を覚えたからでもあるが。
「どうしたんだい?子どもなんか連れて」
「たまたま仕事の途中で、同僚を連れて来ただけです」
「イシュメル・ターナーです」
「アリア・スティルウェルさんの所で冒険者をやってた」
ビスは頭の中の情報を結び付けたのか俺の隣に座った。
「あぁ、スティルウェルさんの所で子供の冒険者がいるって聞いてたけど…君の事か」
「結構読み書きも出来るんだ」
ビスは懐から本を取り出しイシュメルに差し出した。この男には無遠慮に人の能力を図ろうとする欠点がある。
「読めるのかい?」
イシュメルは怪訝そうな顔でそれを読んだ。
「『わが母は、私を牢獄に閉じ込める為に嘘をついた。それは愛の為に行われたのであって、決して憎しみによるものでは無かった』なにこれ?」
ビスは懐から紋章が刻まれた名刺を差し出すと言った。
「面白いね。腹が減ったらここに来ていいよ」
イシュメルはパッとしない顔でそれを受けとった。ヤクザかよ。いや、街の有力者?に認めれるという事は良い事だと思うが…
ビスが缶詰工場の労働者に呼ばれ、どこかに行った後、俺はパンにオリーブオイル塗りながらイシュメルに言った。
「俺にはその名刺は渡さなかった」
「どういうこと?」
「将来的に仲間にしたいって事さ、君をね」
イシュメルは名刺をまじまじと見ていた。俺はイシュメルをじっと見た。素直で読み書きも出来て、おまけに魔法も使える。かなり上澄みの子供だ。
「何だよ」
「アリアさんが、君にはもっと良い人生があると…この後冒険者を続けるのか?」
「さぁ…まだわかんないや」
ま、時間もあるし彼がゆっくり決める事だ。俺が何かを言うまでも無い。問題はイシュメルを冒険者にした奴の頭がかなりおかしい可能性があるという事だった。
「冒険者になるときどんな感じだった。君の姉は」
「アリアとかなりケンカしたって…よく覚えてないけど」
「どんな?」
「わかんないよ、俺はそこにはいなかったし」
俺はゆでたジャガイモをフォークで刺し、じっと見つめた。何度も経験がある。トラブルの匂いだ。