第14話:30歳超えた前科のある女冒険者
翌日ギルド長のアリアはカミラ・ミストリアを連れて来た。何故かイシュメルの釈放の時にいた衛兵もそこにいた。
だいたいは書類で見た通りの外見だったが、ぼさぼさの赤髪で、顔の右側には大きな傷があった。聞いていた通り、右腕と右足が義手、義足になっていた。
服は麻のボロい服だった。囚人服だろうか。動き方には義足や義手を付けているとは思えない軽快さがあった。
リズボンは朝一で仕入れに行ってしまった。安売りの何かがあるらしいが、こんな時にはいて欲しかった。
アリアは書類に不備が無いか確認し、署名をすると衛兵に渡した。衛兵はそれをチェックしながら淡々と言った。
「こういう面倒な事はしないが、自分が骨を折った事務仕事を無意味な物にしたくない」
衛兵は書類の確認を終え、封筒に入れるとカミラに向かって言った。
「お前の為に上司を説得するのは大変だった。また犯罪者になったり、冒険者になって大騒動を起こして監獄へ戻るなんて、勘弁だぜ」
彼の声音には上司に逆らえない勤め人の悲哀が混じっており、俺は共感してしまった。カミラは何も言わず不服そうに衛兵を見た。衛兵は毛ほども気にせずに続けた。
「それに、前途ある子供の将来にも関わる。しっかりやってくれよ?」
衛兵はアリアに「何もない事を祈ります」と言うと去って行った。アリアは少しの間衛兵の背中を眺めていた。
「カミラ・ミストリアよ、二か月間みんなの世話になると思うけどよろしくね…右からジョン、イシュメルよ」
「どうぞよろしく」
「よろしく」
カミラは何も言わずに頷き、俺たちの握手を無視した。イシュメルと顔を見合わせて「こいつマジか」と言う顔を互いにした。アリアが軽くため息をついた。
先が思いやられそうだった。
客観的に見ればどこにでもありがちな、『何かをやり直そうとする』人間たちの試みなのだろう。俺の役割は、その生活を見守ること。手助けではない。監視でもない。ぶっちゃけた話、子供には前科者の面倒はほぼ見れないので、俺が動くことになるのは確実ではある。
「それで、アタシの部屋は?」
どうしたものか。とアリアをみると彼女は肩をすくめた。俺はイシュメルに言った。
「イシュメル…案内してやってくれ」
「あ、あぁ」
俺はアリアに言った。
「どこが書類を書くだけだって?」
「少なくとも今のところ問題は起きてないでしょう?」
「この段階で問題が起きたら困る」
アリアにとっては重要な人間なのかも知れない。出所後の面倒を見るという事は…俺には何の関係の無い人間だが。
「どこまで彼女に思い入れが?」
アリアは一瞬黙り、スカーフを撫でた。
「人を詮索するのは感心しないわ」
「『どこまで』と聞いたんです。彼女の為にどこまで出来ますか?」
「貴方の30年分の給料は出せるわ」
「そうっすか…」
俺は外を見た。こんな陽気な朝に、再犯率の高そうな赤毛の女と向き合うなんて、俺の前世にどれだけの罪があったんだか。
俺の給料30年分ほど大事な人間をなぜ俺に?
「ギルドの人間に頼らなかった理由は?」
返答も聞かない内にイシュメルの怒鳴り声とカミラの怒鳴り声が聞こえてきた。
俺はアリアを見た。アリアは複雑そうな顔で愛想笑いをした。
「ま、こうなるわな。付いてきてくれ」
声が聞こえた方に向かって歩いて行った。
扉を開けるとイシュメルがカミラの上に馬乗りになっていた。カミラの左頬は薄っすら赤く腫れていた。俺はイシュメルの振りかぶった左腕を掴み引き離した。思ったよりかなり力が強かった。
「何があった?頼むから初対面の人間は殴るな」
イシュメルの目は血走っていて身体が熱くなっていた。
「お前とはヤラねぇからよそ行けよって!」
「殴る必要はないだろう?」
「あの女はオレのことを…」
俺はイシュメルの言葉を遮ってゆっくり言った。
「初対面の人間は殴るな、頼むから」
アリアは右目を痙攣させながら、カミラに普段の口調で言った。
「貴方も15にもなってない子供にケンカ売る必要ないじゃない」
カミラは俺らを気にせず麻のぼろ服を脱ぎ着替えを始めた。かなり引き締まった体をしていた。素早く着替え終わるとどこかへ行こうとした。マジで勘弁して欲しかった。このまま酒を飲みに行かれたらたまったもんじゃない。
「おい待て、あんたにも仕事がある」
「何?」
カミラは鋭い目つきで俺を睨みつけた。警官をやってなかったら怯んでいただろう。
「皿を洗ったりとかな、ゴブリンとかは倒さないが」
「…ふん」
カミラが部屋の外に出ようとした時にアリアが声を荒立て怒鳴った。
「待ちなさい!右手も右脚もない30歳超えた前科者の女が!これからどうするの!!」
アリアの言った言葉はあまりに火力が高いので、俺は思わず話を続けた。
「アリアさんは君の為に俺の給料30ヶ月分は出すと言っている。俺達は善意とカスみたいな報酬のためにこの仕事をやっている…少しでもアリアさんの好意に報いる気があるのなら、仕事をしてくれ」
イシュメルは不満そうな顔のまま口を開いた。
「2か月はおとなしくしててよ、俺のコトもあるんだからさ」
俺はイシュメルを指差して「静かにしろ」と言った。まぁ、彼の言ってることはおおむね正しい。俺もそう思う。
アリアはカミラの残っている方の手を掴んだ。
「牢獄に入る前にあなたは…冒険者を辞めて真面目に働きたいと言った筈よ」
カミラはアリアの顔から眼をそらし、下を向いた。アリアは気にせず話を続けた。
「あなたに何があったかは理解している。けど人生を投げ出すにはまだ早いはずよ」
俺はアリアの言葉に付け加えた。
「恐らくこれが最後のチャンスだ。今より良く暮らすためのな」
「あなたの面倒を見るのは、これが最初で最後」
カミラは下を向き「分かった。悪かったよ」と消え入りそうな声で言った。
一安心も出来ないしこれから起きることはロクでもなさそうな事は理解できた。
焼けて塩をまかれた畑にもう一度種を撒く様なモノだと、前世の自分だったら尻尾を巻いて逃げ出していただろう。
芽が出る事を祈るしかない。