カミラは死ぬほど愛想が悪いが黙って仕事をしていた。案外、すぐに冒険者以外の仕事が見つかるのかもな。
そんな事を思っていると両サイドを借り上げた金髪の男が大剣を背負って中に入ってきた。男はマントを羽織っていたが、高そうなものでは無く、使い捨てで麻製の質が悪いものだった。
男はあたりを見渡しイシュメルを見つけ言った。
「なんだお前冒険者辞めんのか」
「お前には関係ないだろ」
ニンジンを剥いていたイシュメルは舌打ちをしながら言った。
男の顔は髪型に似合わず繊細そうで、人を煽る様な人間には見えなかった。男は厨房から出て来たカミラに言った。
「おいおい、そこにいるのは火龍に腕と足を食われたカミラじゃないか」
カミラは何も言わなかった。ただ、包丁を静かに置いて、ゆっくりと立ち上がった。その動作だけで、場の空気がピンと張った。彼女の手のひらから火花が散った。
「………黙れ」
低い声だった。その落ち着き方から彼女が殴るタイミングを伺っている様に思えた。
男がわざとらしく鼻で笑うと言った。
「負け犬2人で仲良くイモでも剥いてるんだな」
カミラの手から出る火花が大きくなり、イシュメルはナイフの刃の方を持ち投げる準備をした。俺は男を庇う様に立ち、話した。
冒険者は品の無い連中の集まりだと街の人間から聞いてはいるから、前向きな事している人間の足を引っ張りに来る事は覚悟していた。
「待て待て待て、自分の状況わかってるか?」
「こいつらには殺されねぇから問題ねぇな」
男の髪型は馬鹿らしかったが、目は細く知的な顔をしている。相変わらず人を煽る様な人間には見えなかった。
「あんたは人を煽らないと気が済まないのか?お互い無駄なケガも嫌だろう」
「俺はその女みたいに足や手を無くしたりしない」
誰かの歯ぎしりが聞こえた様な気がした。ついでに火花が散る音も。
「随分な自信だな、保険にでも入っているのか?」
「俺は身の程に合った仕事しかしない」
「その髪型で堅実なのは意外だ」
「A級で調子に乗ってたバカとは違う」
男はにっこりと笑った。横目でカミラを見ると今にも動き出しそうだった。俺はカミラを指差し「一瞬落ち着いてくれ」と言った。
「あんた所属は?アリア・スティルウェルのところ?」
「そうだが、それがどうした」
「なら良かった」
俺は振り向いてカミラとイシュメルを見つめた。
「殴るのはやめておけ、身の丈の合わない仕事をしない男が…お前らを煽る為だけに来ると思うか?」
俺は男を再び見て言った。
「我々は暇人の冒険者と違って真面目な労働者でね。あんたも『命がけ』の仕事で忙しいだろう?労働者に構わず、ドラゴンでも殺して稼いでくれ」
男はにっこりと笑って踵を返して立ち去った。
俺は二人に向かって言った。
「殴らなかったのは良い事だ。これからもそういう風にしてくれると助かるよ」
カミラとイシュメルは不満そうな顔で軽く頷いた。イシュメルが「あんな奴すぐにボコボコに出来る」と言った。
カミラが見開いた目で外に出て行こうとした。俺は彼女の義手を掴んで言った。
「喧嘩は無しだ。お前も、もうただの“冒険者”じゃない。俺たちは“働いてる”んだよ」
カミラが無言で俺を睨みつけ、次の瞬間には義手で俺の胸を押した。原付に跳ね飛ばされたときの記憶がよみがえる(議会議員の不倫男に轢かれたときだったか)。俺の背中が机に叩きつけられ、次の瞬間には木が砕ける音が響いた。
机を粉砕した。背中から空気を思いっきり吐き出した。
善行を積んでたらもっとタフガイになっていたのだろうか。ぼやける視界でカミラとイシュメルが駆け寄ってきてるのが見えた。
ぼやけた耳でカミラが「そんなつもりじゃ!!」と言っているのが聞こえた。イシュメルが「あ、大丈夫そうだね」と言っているのが聞こえたので、大事だバカ。と言おうとしたが衝撃のあまり何も言えず、意識が薄れていった。
—
「開けて下さい!!」
22時、女の叫ぶような呼び声とインターホン連打によって俺は事務所の扉を開けた。
大方予想していたが、元依頼人がそこにはいた。真っ白になった顔にルビーのピアスが映えていた。
女を中に入れず、俺は告げた。
「あなたの息子さんはもう見つけました。追加の依頼はもう受けませんよ」
アル中の家出息子を見つけ出す仕事はもうしたくは無い。この仕事のお陰で2.3発殴られてたし。警察に厄介になりかけた。社長からもう仕事を受けるなと言われている。
女はこの世の終わりの様な顔をした。旦那はこの街有数の金持ちだから、何とかなるだろう。この世の終わりじゃないさ。
「……あなたしか!!」
「息子さんは家にいるんでしょう?これ以上は警察か然るべき専門機関に相談して下さい」
俺は酔っ払いのお守りじゃないと付け加えようとしたが言葉を飲み込んだ。
「そんなこと…!!」
そんな事したら世間体が悪いだろうな。金持ち上流階級の中では恥だろう。
俺は脱アルコール依存症の会をやっているNPO会長の名刺を渡して「それでは」と言って扉を閉めようとした。
女は俺の手を掴み「なんとかお願いします」と叫んだ。
そんな事したって俺が依頼を受けない事は決まってる。
さて、どうしたものか。
—
目を開けるとカミラとイシュメルが俺を見下ろしていた。
「多分大丈夫だと思うけど、気持ち悪いとか無い?」
俺はイシュメルに親指を立て、ゆっくりと床から起き上がる。気絶してたのは一瞬だけだった様だ。
「…悪かった…本当に」
カミラが消え入りそうな声で言った。初めてカミラから怒りや嫌味以外の感情を感じたような気もした。「気にするな」と言った後続けて言った。
「鍛えておけばよかったよ…」
リズボンはキッチンから出てきた。彼女は何も言わずに「やっぱり」と言った顔をした。
「…まぁ、こうなる事は分かってたけどね、アンタはもう30超えてんだよ…色々あったのはわかるけどさ…」
カミラは消え入りそうな声で「すみません」と言った。この女は俺以外の人間には素直だ。
「こんな事したって、人間生きていかなきゃなんない事は変わんないよ」
リズボンは笑って言った。
「アンタも鍛えたほうが良いんじゃないかい?」
「給料安くて力が出ないんですよ」
リズボンは俺の肩を叩いた。
善行を積んでれば、こんな思いをせずに済んだのか?前世の自分を恨んでも仕方が無いか。