ギルドの灯りはもう落とされていて、廊下には夜風が流れ込んでいた。
ワインのグラスを握ったまま、俺はアリアの部屋で柔らかく高そうな椅子に沈み込んでいた。
事の顛末をギルド長のアリア・スティルウェルに報告しに行った。さらに俺は文句を言ってアリアに高めのワインを開けさせて堪能していた。
「それで、そんな事があったのを報告に来たのかしら?」
「机の修理費を」
アリアは舌打ちをした後、金を俺に差し出した。中身を見ると思ったより少なかった。居酒屋で少し豪遊した位の金額だ。
「これだけか?机と一緒にめちゃくちゃになった割に合わない」
「それじゃ、教会に行って貴方の善行を牧師に報告しておくわ」
俺はアリアの机からワインをふんだくると自分のグラスになみなみに注いだ。
「それで天国に行けるなら大歓迎だ」
アリアが乾いた笑みをこぼした。少し黙り、ワインを口に含んだ。
「……あの子に、飛龍討伐を頼んだのは私。人手が足りなくて、他に誰も回せなかった」
アリアがカミラの面倒を見る理由が分かり、「アンタにも慈悲の心があるんだな」と言いそうになったが俺は何も言わなかった。そして、深入りしたく無かったので、俺は話を変えた。
「更生してるか試す為に冒険者をよこしたのか?」
アリアは怪訝そうな顔で首を振った。何もかも不可解な様な気もしたが、俺が気にせず続けた。
「モヒカンで大剣を持ってる冒険者…心当たりはあるか?」
「モヒカン?ああ、アントンのことね。うちのギルド所属よ。もしかして彼が来たの?」
「多分な、どんな奴だ?」
アリアは少し眉をひそめた。けれどそれは“心配”というより“違和感”を感じたような表情だった。
「堅実な男。元は小さな海運輸送業をやってた人間。事業が失敗して借金を返すために冒険者に。自分の力を見誤るようなタイプじゃないし、他人にちょっかい出すのも性に合わない。口も軽くないし、礼儀もある」
「じゃあ、皮肉屋の世渡り上手じゃなくて?」
「嫌味も言わない。むしろ口数は少ない」
彼女の言い方には、アントンに対する素直な信頼と、ほんのわずかな違和感が滲んでいた。
俺はグラスを傾けながら、無言で彼女を見た。アリアも同じようにこちらを見返した。
俺とアリアは怪訝そうな顔をしてお互いを見つめあった。
「彼女は恨まれるタイプじゃないんだけど…恨まれるような事で牢屋に入ってないし…」
「あれでか?」
「彼女は自分から喧嘩を売らないし、街の人からも結構評判が良かったのよ。結構寡黙なタイプだし」
アリアはため息をついて「次はもっと良くないことがあるかもね」と言った。
そう言うとアリアは残ったワインを俺のグラスに注いだ。
「『面倒ごと?』って顔しないでよ」
「だめか?俺はもうすでにウンザリしてるんだが」
「駄目よ、このワイン…あなたの給料の3か月分はするんだから」
俺はにっこり愛想笑いを浮かべてワインを一気に飲み干した。
良いワインの渋みが喉を焼いた。
探偵時代、地味で面倒な仕事の前は、時々こうして酔っていた。
「あなたは人の頼みを聞いてお金を貰ってたんでしょう?」
「『探偵』と呼ばれてます。物探しや人物調査の職業です。違法な事は基本しません。ま、私の場合は便利屋に近い物でしたが…」
「楽しそうね…どうしてその仕事を?」
「ツテを辿った結果ですね。向いてもいました」
ふと所属していた探偵事務所の社長を思い出した。淡々としていて金に煩い男だった。自分にも他人にも淡々としている所が好きだった。
「あなたはどうしてギルド長に?」
「私は貴族なのよ?この辺りじゃ結構有名だった…人の上に立つ教育を受けてきた」
「もっと敬った方がいいですか?」
「当たり前よ」
少し残念だった。彼女も救済対象者ではないのかと期待していた。にしてもなんか訳ありそうな話であった。
俺は空になったグラスを見つめた。もう高いワインは出て来そうに無いな。
「カミラは大切な人なんですよね?何故、見ず知らずの移民に?」
「冒険者は腕っぷしは立つけど…私事挟んだデリケートな事は任せられないわ…」
そうじゃなくて、見ず知らずの俺にやらせた理由を『詳しく』知りたいんだが…俺がそう言う前にアリアが言った。
「あなたこそ…何で受けてくれたの?」
「巻き込まれたからですよ…。ま、人の為になってみようかと少し改心しましてね」
前の仕事でも結構、人の為になっていたと思うんだが…、ここにいるって事はそうじゃないんだろう。
「昔なら助けませんでした」
「…改心のきっかけは?」
「死にかけて初めて、神の存在を実感したんですよ」
実際はガス爆発で完全に死んでいる。アリアは呆れた様な顔をした。
「もしかして…天国に行く為に?神様に気に入ってもらって?」
「地獄よりは良い所に行きたいので」
「変わってるわね。精霊神の教えも信じてなさそうなのに」
『精霊神』…確か魔力の五大元素を司る精霊を統べる神とか…イシュメルがそんな事を教えてくれたな。忘れたが。
「ま、それはそうとどこか鍛える場所はありませんか?昔はグローブ付きの拳闘は習ってまして、関連する様なもので…」
「気にしてるのね、昼間の件」
「こう見えて男の子でね、プライドもある」
アリアは俺を薄目で見た。
「悪いけど、あなたには剣も魔法も才能がない感じするわ…銃を買って、拳闘を移民街で習ったほうが良いわ」
何だよ…前いた世界と殆ど変わらないじゃないか。