俺はイシュメルに事情を説明した。
カミラに婚約者がいて、その婚約は破綻したこと。
この杖は彼女の婚約者が返しに来たものであること。
アリア・スティルウェルは杖を返して、カミラに過去に向き合ってほしいこと。
おおよそ聞いていて気持ちの良くない話を彼にした。
彼は何も言わずに俺の話を聞いた。
「うまく言えないけど、いい事にはならないと思う」
「人は過去に向き合わないと前に進めないと、アリアはそう言っていた」
「間違ってる…と思う」
「俺はそんなに過去に向き合わないからな。そこは分からん。だが、カミラとの付き合いが長いのはアリアだ。多分そうなんだろう」
イシュメルは下唇を噛み、複雑そうな顔をして言った。
「もう俺らで捨てちゃった方が良いって」
「これを見てどうにかなっちまうんってんなら、もう先はない」
「見捨てるの?」
イシュメルの言葉に俺は思わず押し黙った。見捨てはしないと自分に言い聞かせた。昔の自分なら速攻で見捨てていたからだ。
「……見捨てはしないが、カミラはもう31歳だ。その年になれば色々折り合いをつける術を学ぶモンだ」
「折り合いって…」
「人生全部がうまく行くワケじゃないだろ?」
俺は手首のストレッチをしながら言った。
「それに上手くいかなきゃ、俺が何とかするさ」
上手くやるさと俺は自分に言い聞かせた。
「ま、杖を返す前に調べる事は三つある。カミラの人間関係、そのミラー・スティールって奴の事、酔ったカミラが行きそうな場所」
「何でさ?」
「絶対に持ち崩すからな、トラブったときに行先のアテがあるのと無いのとでは初動が違う」
俺はイシュメルと酒屋の前に行った。
自分が吐いた痕跡がまだ残っていた。
「あれが俺が酒を吐き戻した場所だな。ここで俺はカミラの元婚約者に殴られた」
イシュメルは白い目で俺の事を見た。酒は飲まないと決めているが、飲んでしまうからしょうがない。
あの時間に返しに来たって事はたまたまこの辺で俺とカミラを見たんだろう。俺とカミラの後を付けて酔ったタイミングで返しに来ていたとしたらさすがに根性が無さすぎる。
この辺に住んでいると考えてよいだろう、しばらくこの辺で聞き込みをすれば、すぐに見つかるハズだ。
5人に聞いたらすぐに彼の家の場所を教えてもらえた。着いてみると、そんなに金は持って無さそうな家と言う事が分かった。杖を換金してしまえば良かったものを。
俺とイシュメルはミラーの家の元へ向かった。
「ミラー・スティールさんですか?初めまして」
俺は彼女の観察をする旨を書いた書類をミラーに見せた。ミラーは「げ!」という顔をしたが俺は酒を飲みすぎて覚えてないふりをした。
「我々はカミラ・ミストリア氏の…いわゆる保護観察をオイスタ市から依頼されている者です。私はジョン・リード、彼はイシュメル・ターナー」
イシュメルは「どうも」と言って社交的な笑みを浮かべた。こんなことも出来る様になったのか。
「彼は若いのに…」
俺はミラーの言葉を遮った。
「色々事情がありましてね。まぁ…我々にも」
俺は咳払いをし続けた。
「カミラさんについて調査中です。彼女は監察中でして…」
俺はメモ帳を取り出した。
「交際されてたいた時の二人でよく行っていた場所は?」
「なんなんですか急に?」
ミラーは不愉快そうな顔をしたが俺は話を続けた。俺は厄介事に巻き込まれてるから、玉無し野郎の気持ちなど伺う気分にはならなかった。
「あなたからの『お届け物』のお陰で彼女の様子が変になりまして…センチな気分になって何処かにふらっと消えられれたら困る。居場所のアテくらいはつけておきたいんです」
「彼女に直接聞こうと思ったんですがね、普通は自分の監察をしてる人間と親しくしようは思わない、そうでしょう?」
最も、カミラの様子が変になるのは未確定なのだが。
「早く答えてくれ。別れた女だから関係ないだろう?」
ミラーが躊躇していると部屋の奥から女が声をかけてきた。おそらくは彼の今の嫁だ
ろう。
女は細身の体をしていて赤毛で丸眼鏡をかけていた。どことなくカミラに似ていて、気が強そうだった。女のタイプが丸わかりだ。
「何の話?あの女の話?」
イシュメルが「すぐ終わるから、黙っててくれない?」と言った。ガキらしく生意気な口調だった。
俺はメモ帳を男に差し出した。
「黙ってこの紙に書いてくれると助かります」
ミラーは複雑そうな表情でメモ帳にゆっくりと書き続けた。
俺はそれを受け取ると礼を行って足し去ろうとするとミラーが言った。
「彼女は…どうしてますか?」
ミラーがそう言った瞬間、丸眼鏡の女が彼に向けてタックルをした。
倒れたミラーに彼女は馬乗りになり、顔を右手で掴み地面に押し付けた。
「私と結婚してるのに!!前の女の事が気になるの!」
俺はため息をついて踵を返した。イシュメルが俺の手掴んで言った。
「これほっとくの!?」
俺はマウントポジションから抜け出そうとするミラーを見た。顔に右手がめり込み始めていた。イシュメルが女をミラーから引き離し、取り押さえながら部屋の中に入って行こうとした。
「答えなさいよ!!私が!!こんなにも!!答えなさいよ!!!」
俺は女がわけの分からない事を言いながら、部屋の中に押し込まれる様子を見た。立ちあがったミラーを見て言った。
「激しい人だ。名前は」
「セラーナ」
「カミラに絶対に会いに来ないでくれよ、何が起きるか分からん」
俺はミラーを見て言った。彼は悲しそうにうなずいた。
「何の仕事をしてるんだ」
「僕と同じ薬師です」
「…あの気性で…薬師か」
俺はミラーと一緒にセラーナが押し込まれた部屋に入った。彼女は涙を両目に浮かべてベッドの上に座っていた。隣でイシュメルが魂が抜けたような目をして立っていた。
ミラーはセラーナの隣に座りそっと抱きしめた。
「その…一般的な人間は、接点のある人間が刑務所に入ってたらその後の様子を心配するものですよ」
俺はそう言うと、イシュメルは「それじゃあ」と言って、その場から立ち去った。
ミラーの家から出た後、しばらく二人は無言だった。イシュメルが呟くように言った。
「なんかこう言うのって…疲れるね」
「あぁ、疲れる。こういうのは久しぶりだ」
昔の気が狂った依頼人たちの事を俺は思い出した。
その後カミラの評判を聞いてみたが、特に悪い評判は立っていなかった。愛想は無いが仕事をソツなくこなし、トラブルも起こさない。所謂、職人肌という奴だろう。
俺とイシュメルはアリアの元に行って、ミラーから貰ったリストを渡した。
そこには彼が思いつく限りのデートスポットが15件ほど書いてあった。
アリアは丁寧にメモを机の上に置き、その上にペーパーウェイトを乗せた。
「それで?コレを見て何を?」
俺は単刀直入に行った。
「カミラは何処に行きそうだ?ヤケクソになった時に」
アリアは怪訝そうな顔をした。
「もしもの話だ。かなり確率としては高そうだが」
「ここに行くって確証はあるの?」
「未練があったら行かないでしょう。未練以上の物があったなら別ですが」
イシュメルは言いにくそうに言った。
「馬乗りになって殴るくらいには良い男なんだと思うよ…多分まだ引きずってるよ」
アリアは「好きな子は好きな男かもねぇ」と呟くとリストに何かを書き始めた。
「実際の所、ヨリを戻せそうな確率は?」
「3割くらい?」
カミラとミラーの交際関係がどういうものだったかは知らないが、その確率は結構高いな…。
アリアはリストのカミラが行かなさそうな場所にバツを書いて俺に手渡した。候補が15件から7件まで減った。対して減ってないが良しとしよう。カミラがキレてどっかにいかなければ良い話だからな。
「それじゃあ杖は…明日渡すよ」
俺はドアノブに手をかけ、ふとアリアに向き直った。
「平和に終わる事を祈ってくれないか?アンタが善人ならの話だが…」
経験上、平和な事は無いと分かっている。たが、この世に神様がいる事は分かっているから、きっと思いは通じる筈だ。