ある日の晩から、カミラが酒を飲んで戻ってこなくなった。良くある話だ、何かが呼び水となりグチャグチャになってしまう事は。部屋には荷物がそのままで、失踪という線は薄いだろう。
1日経過し、翌日の夕方になっても戻って来なかったので、俺はアリアにカミラが消えた事を伝える為にギルドに向かった。
扉を開け、仕事依頼を担当している受付が俺の顔を見るなり、カウンター越しに大きな声で冷たく言い放った。
「あなたが来たらギルド長室に行くようにと」
俺は女の態度に『なんだこいつ』と表情に出してしまった。女は更に付け加えた。
「アリアさんは、ぽっと出のみすぼらしい移民を頼るのかしら」
俺は手が出そうになったが、それを抑えて薄く笑った。
「さぁ、君よりも教養があって礼儀をわきまえてるから?」
女が小さく舌打ちをした。冒険者連中がちらちらと俺を見始めた。
俺は何も付け加えずにギルド長室に早足で向かった。俺はノックをせずに扉を開け「おたくの受付は良い教育をしてるな」とも付け加えた。
アリアは俺の顔を見て深刻そうな顔をして言った。
「カミラは?」
「一昨日の夜飲みに行って戻ってこない、これから探しに行く。そんな大したことにならないさ、経験に基づく希望的観測だが…」
俺はアリアの机から紙とペンを取って必要な物を書いた。
「何らかの事件に巻き込まれてる可能性もある。備えが必要だ」
書いたメモをアリアに渡した。
「かなり固いベルトと聴診器、それと睡眠薬、公的な身分証明書。融通が利きそうな知り合いの衛兵のリスト…」
「睡眠薬とベルトはカミラを落ち着かせる為だ…万が一の為にな。睡眠薬と拘束具の組み合わせは他人に誘拐犯だと思われる。だから固いベルトだ。聴診器はドア越しに音を聞いたり出来る」
アリアは俺の話を半分も聞いておらず、衛兵の名前を紙に書き始めた。
「睡眠薬は酒や他の薬物と合わさって悪さしない物を、後は…何か公的な書類を…他人が見て説得力のありそうな」
書き終わると彼女は机の引き出しの下から、封筒を取り出し、そこに書類と書いた紙を入れた。
「イシュメルの釈放の書面と、カミラの経過観察の書類、写しじゃないから無くさないで…知り合いの衛兵のリストも入ってる、必要な物は受付に言って貰って…『総合受付』の子の方よ、愛想が良いね」
俺がそれを受け取ると同時に彼女は言った。
「冒険者を一人付けるわ」
俺は首を振る。
「仮に傷害事件起きた時に、武器の所持や冒険者を雇っていると不利になるか?」
「冒険者はマズいかも。C級以下の武器なら所持は護身用と認められるわ」
「それじゃあ、俺が2日戻らなければ冒険者をよこしてくれ」
俺はミラーから聞いた『思い出の場所』を書いたメモ紙を渡した。アリアはそれを素早く書き写した。
「例の場所から探す」
アリアは立ち上がり戸棚を漁るとリボルバー式の拳銃を取り出した。アリアは机の上に銃を置いた。
「護身用に…あなたは魔法も剣もダメでしょ?カミラは撃たないでよね」
「ありがとう、アンタも来てくれると助かるんだが、何かあった時に話も早くなるし」
アリアは都合の悪い顔をした。
「それじゃ、すぐに出かけられる様にしてくれ」
「………オイスタ市市長との食事会が」
「なんとかならないのか?万が一もある」
まぁ、権力者あるあるだ。と不平を飲み込んだ。しかし、イシュメルと俺だけでは不安だ。
「ギルドから冒険者以外の人間は出せるか?いるだろう?」
彼女は口をきつく結び黙った。俺は返事を待った。アリアは両手で頭を掻いた。彼女が取り乱すのを初めて見た。
「分かってるわよ!分かってる!でもね!」
彼女が突然怒鳴った。どちらかと言うと抑えきれなくなったと言うべきか。
「ギルドの人間は頼れないの!こういう…ナイーブな問題は!こういう時に頼りたくないの!?それに私はギルド長よ!気軽に外部の人へ弱みは見せられないわ…」
俺も外部の人間だが…?アリアはさらに唇を震わせた。
「だから…だから!こうして最近あったばかりの…扱いやすそうな移民に頼ってるの…分かるでしょ?」
俺に対する評価が最悪だし、アリアはギルドや外部の人間に弱みの様な物を見せたくないんだろう。彼女もまた、俺が見てきた依頼者と同じく何かの偏見や経験により意固地になっていた。この件は何かの弱みになるとは思えない。
俺は言いたい事と皮肉を飲み込み黙って頷いた。皮肉を挟むような余地は無かった。
「確認だ。さっき渡したリストの所を探しに行く、見つかった際暴れれば眠らせて拘束する。何か他人に疑われれば貰った書類を見せる。2日間ここに姿を見せなければ、冒険者を出してくれ。いいな?」
ふと、警察官時代の出来事を色々と思い出した。警察がなんでも解決出来ると思っている人間達だ。
「衛兵には頼るなよ、彼らは人ではなく組織だ。ナイーブな案件には関わらせるとロクな事にならない。大事にしたいなら別だが…」
アリアは力なく頷いた。ぼろ負けしたボクサーの様だった。
「結果の有無問わず、明日の夕方顔を出す」
俺は拳銃を革ジャケットの内ポケットに突っ込むと部屋を出た。
『総合受付』で働いている女に俺は必要な物を用意してもらい、急ぎ足でギルドを飛び出した。外ではイシュメルが待っていた。イシュメルは銀の肘あてと膝あて、心臓を守る胸当てを付けていた。
「水の瓶と食べ物、たぶん酒を飲んでるから」
「良いね。さぁ行こう」
小走りで走りだし、馬車を見つけそれに乗った。金は掛かるが仕方ない緊急事態だ。
「アリアは来るの?」
「来れない」
「何それ?二人だけ?」
イシュメルは怒りを露わにした。
俺はそれを無視して馬車の運転手に向かって言った。
「なぁ、今日はヒマか?儲け話がある?」
「なんだい?」
「明日の昼まで馬を走らせてくれないか。8000レーニだ」
運転手は怪訝そうな顔をした。
「いいけど、なんでだい?」
「失恋中の女を探しててね、酒で死んでるかも…」
運転手は「ははぁん」と言った。
「俺も前の嫁さんと別れた時は酒に溺れて酷いモンだった。そん時は金を出して助けるなんて事は誰もしてくれなかったよ…」
「冷たい街だな。でも、今は大丈夫そうだ」
運転手は「まぁな」と笑った。俺は付け加えた。
「探すのも手伝ってくれたら、追加で5000レーニ出すよ」
「金を貰わなくても手伝うよ」
運転手はにこりとこちらに微笑んだ。禿げた親父が俺には天使に見えた。
俺はイシュメルに言った。
「これで三人だ」
「二人よりはマシだね」
イシュメルは相変わらず不満そうな顔のままだった。