割と酔いが回っている。一人でここまで飲んだのは久しぶりだ。ヤケ酒ではない。
トイレへ行こうと席を立つと足がもつれた。撤回だ。かなり酔いが回っている。
『味』のあるトイレで用を足し席に戻るとアリアが隣に座っていた。
「飲んでるわね?かなり」
「ま、ボチボチ…どうだった?」
アリアは含みのある顔をした。俺には話したく無いという顔だった。アリアは鍵を机の上に置いた。
「宿はカミラの兄がここの上に用意してくれたわ…カミラは実家で泊まると」
アリアは見当違いの言葉を淡々と言った。俺は「そうじゃないんだが、話し合いはどうだった?」と聞こうと思ったが辞めた。重い話が飛んで来そうだったからだ。
「そうですか、ま、詳細はいいですよ。それなりに歓迎された様ですし」
「にしても、貴方もよく着いてきたわね」
俺は7か8杯目のエールに口をつけた。俺は「そうですね」と言って、黙った。アリアは確認するように聞いた。
「どうして?」
エールのジョッキを眺める。答える気にはならなかった。他人に感傷的な話はしたくなかった。告解するみたいに目の前の女に語ってみるか…それをしなかったから『ここ』にいるのかも知れないしな。
「昔、ある女から『アル中の息子を見つけて連れ帰ってくれ』と依頼を受けてな…2.3回依頼通りに連れ帰ってやった」
気弱そうな息子をヤバそうなバーで見つけ出した時のことを思い出す。真っ青な顔で酒を飲み続けていた。俺は店主と話をつけなければならなかった。
「そいつを連れ帰るには俺は結構な犯罪や危ない橋を渡る必要があった。それ以上は彼を見つける仕事を受けなかった…息子は冬の海に飛び込んで死んだ。最終的にはそいつの親に恨まれてぶっ刺された」
一呼吸置いて「デザートフォークでな」と付け加えた。
「本当に見つける仕事だったの?」
この女、痛い所ついてくるなと思い押し黙った。
「………救って欲しいと言われた…俺は忠告した。然るべき所に相談に行けと。相談先も紹介してやった、が…世間体を気にして行けなかったんだろうな」
「後悔してる?」
「してない。俺はベストな対応をした…が、俺の人生をかければ救えたとも思う…」
死にたがりの馬鹿を人生賭けて助けて自滅したんじゃ洒落にならない。エールを飲み干した。
「いつも思うんだ。俺のトコに来る連中は助けて欲しいと言いながら、助かる気が無いんだ。必要な情報も言わないし、助かる為に必要な事もしない」
アリアは複雑そうに眉間にしわを寄せた。
「それでイシュメルとカミラを?」
「やっぱり、償いなんだろうな。これは。」
アリアは首を傾げたが、何も言わなかった。
「助けられる人間を見捨てた。その償いだ。恐らくそうなんだろう」
俺は「なんか今日は疲れたな。寝るよ」と言って、席を立ち上がった。これ以上何も言いたく無かったからだ。
酒場の階段を登り、アリアが借りた部屋のベットに飛び込んだ。
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俺は右胸にデザートフォークが刺さったまま、立ち上がった。
「えぇ、自分の息子には向き合えないクセに、赤の他人にはフォークでも刺せるんだな」
女は周りの人間に取り押さえられ、うなだれた。
俺は勘定を店員に押し付け店を飛び出した。こういう時にかけるべき言葉なんなのか。なに、所詮は他人だ。
嫌な気分のまま、早足で俺はその店から離れた。
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目を覚ますとアリアが俺を見下ろしていた。深酒のせいか寝坊したようだった。そして上裸だった。
昔から深酒した時、たまにやってしまうクセだ。自分がリングに立ってると勘違いして上着を脱ぐのだ。
「確かにフォークで刺されたのは本当みたいね」
アリアが俺の右胸を見ながら言った。ベッドに腰をかけて俺の目を見た。
「また片付いて無いことがあったでしょう?宿に戻ったらアントンを向かわせるわ」
「何で俺が金も貰ってねぇんだぞ」と言いそうになったが言葉を飲み込んだ。今日見た『悪夢』の事を思い出した。
「そうだな…最後までやらんとな」
カミラは村の山に出た大狼を討伐してから帰ると言った。村の子供と仲良くなったイシュメルにカミラを連れて帰るように言い、アリアと共に先に帰ることにした。
先に帰ってもこれ以上事態が悪化することは無いと思えた。俺が監視してなくても大丈夫だ。
宿に戻ると、モヒカンの冒険者が食堂で水を飲んでいるのを発見した。あの時の煽り倒して来た冒険者だ。
俺は自室で休みたかったので、気が付かないフリをしたが、彼は俺を見つけると手を振った。
相変わらず知的な目をしていた。彼がアントンなのだろう。
「俺の依頼主が、どっかのバカを脅迫したみたいでね」
アントンはそう言いながら、ヤレヤレといった表情を崩さなかった。
休む間も無く次から次へとやってきやがってと思ったが飲み込んだ。
「それで?社会奉仕活動の妨害について謝罪を?」
アントンは首を振った。
「俺は頼まれた事をしただけだ。武器屋にツケが溜まってるモンでね…カタをつけろと我らがギルド長に」
俺はアントンの顔を見た。変わらず繊細そうな顔だった。写真をしている人間には見えない。
「君の依頼主だが、ド素人だろ。下らん事で300万も要求できるワケ無いし、俺が手伝う必要も無い」
「あんたなぁ…人に何かを辞めさせるにはそれなりの説得力が必要なんだよ、冒険者だけじゃ交渉にはならない」
アントンは金貨の袋を出した。
「金があるなら、平凡な移民は必要ないだろう」
「いや、あんたの力が必要だ」
アントンは俺と肩を組んで、歩き出した。疲れたし、自室のベッドにケツをつけたい所だった。
目的地は、移民街の鍛冶屋だった。何度か横目で見たことはあった。
「もしかしてここの店主が?」
「そうだ。娼婦狂いのおっさんだ」
「登場人物全員馬鹿なのか?」
アントンは小さく鼻で笑った。
「その馬鹿にはアンタも含まれてるよ」
そう言うとアントンは勇み足で入って行き怒鳴った。
「オイ!ナルティ!!厄介ごとに巻き込んでくれたな!!!」
ダルそうな痩せ気味の男がノロノロと作業場から出て来た。眉間の間に苦労のあとが刻まれていたが、顔は整っており、娼婦狂いには見えなった。
ナルティと呼ばれた男は手袋を机に投げ置き、机の上に座った。
「…なんだよ。仕事中だ。あんたは?冒険者には見えないが」
「ある前科者の更生監察をしているジョン・リードです」
俺がそう挨拶するとナルティの口元がピクピクと動いた。
「まぁ、馬鹿から300万レーニは取れないという事を伝えに来ました」
ナルティは勿体ぶって咳払いをした。
「…なんの事だが、そんな女の事は知らんよ」
「女とは言っていない」
探偵を長い事やっていたが、こんな自分から墓穴を掘る男は久しぶりに見た。アントンはため息を付いた後、金貨の袋を机の上に投げた。
「娼婦買うのを辞めて、しっかり飯を食った方がいいぞ…10万レーニだ。アリア・スティルウェルから」
ナルティは袋を2.3回振ると言った。
「これで納めろって??」
「任せるよ。俺らみたいな紳士はもう来なくなると思うが」
アントンがそう言った後、俺は続けた。
「酒に酔った死にかけの老人でも、こんな事で脅迫をしようとは思わない。脅迫のネタにもなりませんよ。それに、大抵のゆすり屋は海に浮かぶことになります。そういうプレイが好きなら別ですが」
アントンは声を低くしてナルティを睨んで言った。
「それを受け取ったら、この事は忘れろ。ツケをチャラにする件も無かった事にして良いからよ…」
バカな依頼人にバカな請負人、そしてバカな探偵もどき。異世界に来ても似たようなモンだな。俺はにこやかに笑って言った。
「もしそれをしなかったら、アリア・スティルウェルがフラッとあんたの所にやってきて、3人仲良く面倒な仕事をやる事になる。前科者の更生とかね」
ナルティが「… 分かったよ」 と不貞腐れた様に言ったのを聞いて、アントンと鍛冶屋を後にした。
こんなバカタレには10万レーニも惜しいのではないのだろうか。なんせこの辺の家賃2ヶ月分だ。
踵を返してナルティをぶん殴って、金貨の袋も分捕ってやろうかと思ったが、辞めた。疲れて気が立っているだけだろう。