地獄行きすれすれ男の異世界善行記録   作:ただのジョンソン

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第2話:罪人は大人の記憶を持った子供になれない

最寄りのコンビニでタバコを吸っていた。

クリスマスケーキの販促ポスターを見ながら、吸い殻を灰皿に捨てた。このまま仕事を続けていれば、5回目のクリスマスを警官として迎える事になっていただろう。

 

「やっぱり辞めんのか?」

 

後ろから野太い声が聞こえてきた。俺の上司だ。無論クソ野郎だ。仕事をしてると皆クソ野郎になる。俺もクソ野郎だ。

 

「えぇ、まぁ」

 

上司は白髪の混じった短髪を撫でながら、煙草に火をつけた。

 

「結構良いスジ持ってたと思うよ、お前。刑事になれた」

 

次の仕事をどうするかも聞かず。彼は淡々と追った。

 

「持って生まれた才能は、自分の為だけに使うべきじゃないと思うがな」

「才能…?あれば警察なんてやらずに金持ちになってますよ」

 

上司は苦笑いをしながら、煙を勢いよく吐き出した。

 

「皆が皆、要領良く生きられるワケじゃ無いからな」

 

俺は顔に疑問を浮かべた。彼は続けて言った。

 

「お前みたいにな」

 

彼は俺の右胸を力強く叩いた。

 

 

俺は飛び起きた。目の前に森が広がっていた。俺は頬を叩いた。痛みがある。これは現実だ。そして、全裸だ。

 

俺は全裸で森の中にいる。あの天使とやらは本物で、俺が死んだのも現実である事が本能で理解できた。酒に酔って記憶を失い、奇妙な夢を見ながら全裸で森の中にいた方がマシそうだ。

 

勘弁して欲しかった。俺は露出狂ではないんだ。

出来る事ならバングラデシュ製の安物のコートとスーツ一式は着ていたかった。大した服では無かったが、着慣れた服ではあった。今頃はタコスと同じく灰になっているだろうが。

 

途方に暮れているとさっきの天使が着心地の悪そうな麻の服と革のジャケットを俺に投げつけ、着る様に促した。革のジャケットはなんか臭かった。

 

「死んだのに生きてるってのは、不思議な気分だな…それと、セラフィー…だったか?」

「正解よ。神の御業によってこの世界に召喚された気分はどう?」

 

ストレッチをすると体が軽かった。確か20歳の時の体になるんだったか。ふと通知書の内容を思い出した。

 

麻のズボンとシャツ、下着は無駄にチクチクして、革のジャケットは工業用のオイルの様な匂いがした。

 

渡された服を着終わるとセラフィーが俺の目を見つめながら俺の顔を触ろうとした。美しい顔立ちに一瞬見とれたが、不自然な状況だったから思わずその手を払い除けてしまった。

 

セラフィーは手を払い除けた事に嫌な顔一つせずに感心したように言った。

 

「やっぱり自分に不利益がありそうな事ならすぐに分かるのね」

 

そう言った瞬間セラフィーが俺の右足首に蹴りを入れた。気が付くと地面に仰向けになっていた。足払いだろうか。天使が柔道の類をやるな。

 

こんなことなら護身目的でやっていたキックボクシングや高校生県大会で優勝したボクシングをマジメに続けておくべきだった。警察学校で柔道も習っていたのにこんな事になるとは情けない。

 

セラフィーが仰向けになった俺に馬乗りになるのと同時に頭に両手を突っ込んだ。水に手を突っ込むみたいに俺の頭に手が入っている。奥歯が自分の意思に反してカチカチと鳴り始める。 

 

「カヒュッ!コヒュ!ヒュー!コッ!ヒュー…」

 

自分の物とは思えない声が勝手に喉から出始めた。視界がチカチカする。 セラフィーの淡々とした声が聞こえる。

 

「悪いわね、警戒されると処理が入りにくくなるの」

「ヒュー…ヒュー…ヒュヒュー」

「それにしても、不穏な事に敏感でネズミみたいね。お、あった」

 

脳内で「ゴリュッ」という嫌な音が響いた。

身体がビクンと跳ねた。目の前が真っ白になると同時にセラフィーは手を俺の頭から引き抜いた。

 

2、3度顔を叩かれ俺はゆっくり起き上がった。思わず悪態をついた。

 

「今のは何だ?」

「転生時の記憶処理ね、転生の事もこの世界の第三者に言えなくした。安心して…同じ転生者と傷を舐め合う事は出来る様にしてあるから」

 

確かに前の自分の名前が思い出せなくなっていた。

 

「 もっとマシなやり方があるんじゃ?」

「警戒されなきゃすぐに出来たんだけど」

 

彼女が俺のせいだと言いたげにジトッと俺を見た。

 

「神様に頼んでそういうのは死んだ時にやってもらえないのか?」

「善人でも無い人に神はそこまで手間をかけない。神は善人を救うのに忙しいし、私に奇跡を起こす様な力はあんまり無いの」

 

なるほど、俺は半悪人であるから、拷問紛いの記憶処理をされたのか。

 

「ちなみに抵抗する奴はいるのか?」

「あー、何処かの国の諜報員とか軍人ね」

 

恐らく彼らは俺より悪い事をしている筈だろう、殺人とか?彼らが地獄に行かない理由が分からない。弁護士では無いからだろうか。

天使は見透かした様に黙り込んだ俺を見て言った。

 

「殺人を犯した人もこの世界に転生させたし、もちろん弁護士もね、麻薬の売人だって居るわ。彼らは必要に迫られて仕事をしただけ。貴方も軍人とかスパイだったら容赦なく人を殺すタイプのクソ野郎だから人の事をとやかく言う資格は無い」

 

神の基準で悪人では無い地獄行きを免れた弁護士や麻薬の売人がいる様だ。俺は神の基準では善人ではなかったが、麻薬の売人とかと同じカテゴリに分類されるのは嫌だな。

そもそも、人の事を人殺し予備軍と言うのは辞めて欲しいし、俺は人は殺さない。

 

「貴方は人の法を犯してないだけ。でも、探偵だから人の法を犯すような調査もやったんでしょう?」

 

文句を言いそうな俺に釘を刺すように天使は言うと、鉈と盾を俺に渡した。前の世界だと恐らく銃刀法違反だ。当たり前だが剣術など知らない。だから鉈を渡したのだろう。

 

武器を持たされると言うことは暴力が身近にある世界に来てしまったということか。

 

鉈は留め具で腰に付けられる様になっており、顔の大きさ程の盾はバンドで左腕の前腕に着けた。

 

セラフィーは無言で俺に背を向けて歩き出した。俺は黙って後ろを着いて行った。

 

それからというものひたすら歩かされた。途中休憩があったがとにかくひたすら。

まぁ、探偵業はとにかく歩く稼業だから、慣れた物ではあった。

 

2時間ほど歩かされた。たまに馬に荷車を引かせる農民らしき人間にすれ違ったくらいで、何も起きなかった(荷車に謎の野菜を積んでいたからそう判断しただけ)。

 

足も痛くなってきた。俺はついに根を上げた。

 

「いつまで歩くんだ?」

「近くの街まで行くわ。仲間の天使が移民管理所にいるから、そこで移民登録をするわ」

 

『何とか管理』、『何とか登録』という言葉は嫌いだった。大体待たされたり、たらい回しにされがちだったからだ。このひたすら歩かせるのも手続きの一環だったりしてな。

 

「歩かせるのは嫌がらせか?前世で善行をしなかったからか?」

 

天使はさらりとした顔で答えた。当たり前だが天使は疲れることなど無いのだろう。

 

「規則よ、救済対象者は徒歩3時間圏内に人が居住してない場所に転生しないといけないのよ」

 

救済対象者て、嫌な響きだ。まぁ、あと1時間歩けば着くわけだ。

 

「救済対象者ってのは、思ったよりも嫌な響きだな」

「それなら地獄行き候補とか、半罪人、無慈悲なロクデナシとかの方が良い?」

 

俺は思ったよりも火力の高い返しが来たので、笑って誤魔化した。

 

「神の祝福を受けた転生者はどうなるんだ?」

「あなたみたいな転生兼召喚はされないわよ、この世界で前の世界の記憶を持ったまま生まれ変わるか、天国で楽しくしてるんじゃない?」

「神の祝福を受けて?で、なんで俺は生まれ変われない?異世界で移民として暮らすのは嫌なんだが」

「半罪人で大人の記憶を持ったズル賢い子供なんて、世界にとって害悪が過ぎると思わないかしら?これは贖罪なのよ?」

 

酷い言い方だが、確かに大人の記憶を持った子供なんて、他の子供からしてみればズルい存在だ。

 

「その…『善人』の転生者には会えるのか?」

「大抵は身分の高い家の子供か、何かしらの才能を持った人の下で生まれるから、あなたが会うことはまず無いわよ」

 

善人が転生するなら、そういう風な優遇された生まれ方をするのだろうか。

 

「あなたみたいな救済対象者には会えるかもね」

 

元とは言え、スパイや麻薬の売人とかが居るなら何としても関わり合いを持ちたく無い。

 

そんなことを考えているとセラフィーが言った。

 

「第二の人生でも探偵みたいな仕事をするつもり?」

 

どうした物かと俺は考えた。探偵の仕事は単純だ。事務所で雑誌を読んでいると半泣きの男か女がやってきて、自分に降りかかった不幸を解決して欲しいと話し出す。だいたいの不幸はそいつのせいなのだが、俺はそんなこと言わずに恭しく話を聞いて問題を解決してやる。

 

正直言ってもうそんな仕事はしなくても良いんじゃないかと思っていた。

 

「探偵になる前は、警察官だったでしょう?」

 

何でそんなこと知ってるんだよと思ったが、こいつは天使だから知ってるのか。

 

「4年だけな。警察にならずに大学行って会社員になっときゃ良かったよ、それとも、高校でやってたボクシングを真面目に続けてプロを目指せばよかったかな」

 

俺はついでに自分の人生設計のミスを嘆いた。セラフィーはクスリとも笑わなかった。

 

「何で探偵に?」

「理由を知ってるんじゃないのか?」

「あなたの口から聞きたいのよ」

 

嫌がらせなのだろうか、教会で言うところ懺悔室の様な物なのだろう。天使に懺悔をするのは俺が初かも知れない。

 

「警察っていう組織になじめなかったんだよ。それで、知り合いの探偵事務所に雇って貰った。給料は比較的良かったのと昔から人はトラブルを抱える物だから食いっぱぐれは無いと思ってな」

 

俺は警察を辞めた後の人生設計について懺悔をした。一つ分かったことは昔から人はトラブルを抱えるが、トラブルを抱えた人間は往々にして金を持っていないという事だ。

 

セラフィーは何も言わずに黙ったので、俺は付け加えた。

 

「生きるってのは大変だよな」

「貴方より大変な人は沢山いましたよ」

「主観の話だ。それに、俺は何処かの善人みたいに全人類の為に十字架で磔にされる様な事は出来ない」

 

セラフィーはあきれた様に溜息をついた。

 

その後は一言も会話を交える事なく歩いた。正確には山を越えたあたりで海が見えたので、俺が「海だ」と言うとセラフィーが「しばらく海沿いに歩けば港町です」といった事務的な会話があった。

 

港町か。昔借金をした漁師を追いかけていたら真冬の海に突き落とされて死にかけた事があったから嫌いだ。

 

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