第29話:家族の揉め事
「カミラは大丈夫なのかな?」
俺は皿を拭きながら頷いた。カミラが教会で働く事になってから3日経過していた。
不安そうな表情で馬車に乗ったカミラの顔を思い出す。上手くやれるだろう。
「大丈夫だろう?勘だが」
ふと俺は思った。イシュメルは何時までここにいるんだ?
「君は何時までここに?」
「2週間くらいかな。そこから衛兵見習い」
イシュメルの姉、カリーナの事が気がかりだった。大事に思っている人間に危険な職業をさせようとする人物だ。何かが歪んでいるに違いない。
「君の…姉はどうした?」
「1カ月したら騎士団長に任命されるよ」
「あ〜、ここに来るのか?」
「ギルド長の所に行くんじゃない?」
「その、大丈夫なのか?姉は」
イシュメルは聡明だ。自分の姉がどのような人間で、自分が街で衛兵見習いをすると言ったらどうなるか薄っすら想像出来ていた。
「う〜ん…」
「出たとこ勝負か?」
「そうそれ」
よくある事だ。俺の仕事はいつもそう、出たとこ勝負で色んな奴に殴られたり暴言を吐かれたりする。
そして、イシュメルが衛兵見習いの職を始め、カリーナが街に戻って来たと同時に、困り顔を浮かべたイシュメルとイシュメルの釈放に手を貸した衛兵がサマンサ宿にやってきた。
なぜ俺の所に来るんだ?
「久しぶりだな。仕事は順調そうだ」
イシュメルの服は冒険者をしていた時の物ではなく、衛兵の服を着ていた。子供用の衛兵の服は無いからか、隣にいる衛兵の様なチェーンメイルは着ていなかった。
イシュメルはポリポリと頭を掻いた。
「その…家族の事でさ」
「良いね。単刀直入なのは好きだよ」
俺もまた頭をポリポリと掻いた。
「それで、貴方は?」
「オイスタ市第3衛兵隊のトマス・ミルナー」
トマスがそう言うと俺は二人に座るように促した。
「それで?話を聞こうじゃないか」
なに、俺により遥かに強い騎士様を何とかしろ、みたいな話だろう。消し炭になるくらいワケないさ。
酒を飲みながら話を聞いた。30分くらいだろうか?
話を簡単に言うとこうだ。何時ものように衛兵詰所で休んでいると、カリーナが怒鳴り込んで来た。
「イシュメルを連れて帰る」とブチギレて話がつかない。それを遠巻きに見ていたイシュメルとトマスは行き場所が無く、ここに来た。
単純な話だ。こういう時は勤務先を変えてしまえば良い。話を聞く限り、初対面の人間に怒鳴るほど社会性を失っている。
とても、イシュメルの家も勤務先も突き止められる精神状態じゃないだろう。
「簡単な話だ。こういう時は勤務場所を変るんだよ。上司に相談すりゃ良いだろう?」
ミルナーは驚いた様な顔をした。
「そんなんで良いのか?」
「赤の他人に怒鳴り込んで来る人間だ。社会性もなさそうだし、誰も新しい勤務先は教えんさ」
「どこに住んでるんだ?」
イシュメルは悲しそうな顔をして答えた。強く頼もしい姉が醜態をさらしている事が悲しいのだろう。
「衛兵宿舎だよ」
「さすがにそこには飛び込んで来ないだろ?門前払いさ」
俺はワインを飲んだ。安月給で買えるワインは辛すぎた。
その日の深夜俺は、久しぶりにアリアの元に行った。アリアは当たり前の様に良いワインを出してくれた。
「イシュメルの姉上が戻ってきた様でね」
「頭が痛い話ね。私の所にも来たわ」
「ま、大丈夫でしょう」
アリアは眉毛を少し上げた。
「根拠は?」
「勤務場所を変えるように言いました」
俺は一呼吸置いた。アリアの表情をよく見た。何を言っても大丈夫そうだった。
「あの社会性を失ってる状態じゃ、誰も力を貸しませんよ」
「懸念は?」
「衛兵宿舎を襲撃する馬鹿であること」
「それは無いわね、ま、見つけて説得するわ」
アリアはため息をついた。落ち着いた様な表情をして、ドライフルーツを俺に出してくれた。久しぶりの良いワインとつまみだ。
その3日後、俺はアリアと一緒に街の衛兵隊長に怒鳴られていた。事情聴取という話だったが、怒鳴られるとは聞いていなかった。
単純な話だった。カリーナが衛兵宿舎に乗り込んで、衛兵たちを素手でなぎ倒し、イシュメルを気絶させ連れ帰ったのだ。
化け物か?
そして、目の前にいる衛兵隊長も熊の様に大きく化け物じみていた。彼は鼓膜が破れんばかりに叫んでいた。
「前代未聞だ!騎士とはいえ!クソ!衛兵がなぎ倒され、衛兵見習いが誘拐された!!たった一人にだ!!しかも衛兵宿舎でだ!!!」
衛兵隊長は怒りのあまり机を叩いた。机にヒビが入った。
「街の笑い者だ!!!」
衛兵が一人止めに入った。
「お前らが!!騎士一人くらいなんとかしろ!!」
衛兵隊長は目を見開きその衛兵をぶん殴った。その衛兵は首が折れたんじゃないかと言う程に吹き飛んだ。
「貴様らが最初に持ってきた話だ!」
俺は隣に座っていたアリアを見た。下を向いて俯いていた。頼りにならないヤツだ。
衛兵隊長が目を吊り上げてこちらを見ていた。
「俺は関係ないだろう」
衛兵隊長は思い切り目を見開き俺を指差した。
「いやある!」
俺は「いやない!」と叫ぼうと思ったが、それを言った瞬間に首が360度回転する自信があった。代わりに俺は愛想を振りまきと冗談を言う事にした。
「でも、見どころのある子供だったでしょう?」
俺がそう言うと衛兵隊長は机を真っ二つに割った。
「その通りだ!絶対に連れて帰って来い!!」
「えぇ…」
隊長は衛兵たちを指差した。
「貴様らもだ!こいつらと一緒に行け!」
俺とアリアは引きずられる様に衛兵隊長の執務室を追い出された。扉が締まると俺は言った。
「どうすんだ?」
「これから考えるわ」
「出たとこ勝負か?」
アリアは力なく頷いた。こうしてまた俺は厄介ごとに巻き込まれた。