衛兵隊長の執務室を追い出され、俺はアリアとミルナー、その部下2人と大通りで立ち尽くしていた。
夕暮れ前の大通りは相変わらず賑やかで、馬車の車輪の音と商人の叫び声が混じっている。俺たちだけが沈んだ空気をまとっていた。
俺はこの空気を変えたくて言った。
「イシュメルが消えてから何日だ?」
ミルナーはどんよりした顔をしたまま答えた。
「昨日だ」
「なら良かった」
言ったそばからミルナーがぶるりと肩を震わせた。
「……どういう意味だ?」
「日が浅いほど足取りは分かりやすい。人間はどこに転がっていくか分からんからな」
ミルナーは緊張を紛らわせるためか、一転して語り始めた。
そうでもしないと気持ちが持たないのだろう。気持ちはよく分かる。
「『騎士様』はイシュメルを気絶させて……どこかに行った。乗って来た馬はまだ街にいた。だからそんな遠くには行ってないはずなんだ」
ミルナーはカリーナを嫌見たらしく『騎士様』と呼んだが顔には恐怖の色が浮かんでいた。どんな暴れ方をしたのだか。
アリアが腕組みをしながら呟く。
「どうしてすぐに街を出なかったのかしら」
アリアはため息をつきながら続けて言った。
「痕跡探しに犬を使えないの?」
アリアの問いにミルナーが頷いた。
「そうするか。ま、見つかるとは思えないが」
ミルナーがそう言うと犬を連れて来た。動物とはかわいいもので、犬が来たら場の雰囲気が和やかになった気がした。
犬を追って行くとあっさりと町はずれの宿屋についた。犬を連れて大人数で宿屋に入ると、宿の主人が目を丸くした。事情を説明するとカリーナがいる部屋を案内してくれた。
「いいな開けるぞ?」
俺は皆に目配せをして扉を蹴り開けた。喜ばしい事に開けた瞬間、ブチ殺されるという事は無かった。
部屋を確認すると、イシュメルはベッドに寝かされていて、その上に布団が丁寧に掛けられていた。
カリーナは居なかった。
アリアはベッドに近づき、イシュメルの額に触れた。
「睡眠薬を飲んでるのかしら?ちょっと痣はあるけど、無理矢理連れて行った割に綺麗な物ね」
「手加減で仲間の衛兵を伸ばしたのか?」
「優先度が違うのよ。イシュメルの身は傷つけない。でも、他はどうでもいい」
嫌な感じだった。カリーナの行動はあまりに無計画で、無鉄砲だった。正常な判断力を失っている。現に犬一匹ですぐに見つけられた。
「正常な判断力を失っている。あまりに稚拙で、狂ってるとしか思えない」
アリアは頷いた。ミルナーが寝ているイシュメルを担いだ。ミルナーは「まぁ、見つかって良かったじゃないか」と言った後首を傾げた。
「アホだと思うが…そんな言うか?」
「『犯罪』をした後だったら、街の外に逃げるだろ?家にも帰らず、何で宿屋に泊まってるんだ?」
部屋の荷物は少ない。おそらく日帰りで帰るつもりだったのだろう。泊まりの為に、買い物でもしに行ったのか?無計画な狂人過ぎる。今すぐ帰りたい。
「家には帰りたくないのよ」
アリアは気まずそうな顔をしていた。
「あの子は…」
俺はアリアを止めた。同情を誘い俺を巻き込もうとするのは辞めて欲しかったからだ。
「聞きたくないな」
「誰にでも事情はあるでしょう?」
「衛兵宿舎を襲撃する理由はそんなに無いと思うが?」
アリアはムッとした顔をしたが、無視して俺は咳払いをした。
「生贄作戦だな」
俺がそう言うとアリアとミルナーは首を傾げた。
「この中の誰かがイシュメルを『街の連中に見せつける様に』連れ帰って、騎士団長様にぶん殴られる。一網打尽よりはマシだろ?」
本来なら地元のヤカラ共から追われてる時に、『依頼品』を誰が持つか決める為にこの呼び方をしていた。
これじゃ本物の『生贄』作戦だ。
ミルナーは淡々と言った。
「それじゃ、クジだな」
ミルナーは即席でクジを3本作り、『当たり』のクジを俺とアリアに見せた。
ミルナーは背中にクジを隠しシャッフルした。
クジが目の前に差し出される。俺が一番先にクジを持った。
3人同時にくじを引く。
星が巡るように俺は『当たり』を引いた。神様は俺を苦しめるのが好きらしい。
俺はイシュメルを背負いながら街を歩いていた。当然だ。ここで抗議をするほど俺は女々しい奴じゃない。
「…ごめん」
イシュメルのか細い声が聞こえた。
「謝る事じゃないさ、俺が『当たり』を引いただけたがらな」
「ねーちゃんを……どうすれば……」
俺は静かに言った。
「分からないな。こういうのは正解は無い」
こういう時は、もう刑務所にブチ込む様に動き回った。それをイシュメルは望むだろうか?
「まぁ、一つだけ聞こう。昔似たような仕事をした事がある。その時は犯人を牢屋に入れるように動いた」
背中越しでイシュメルが返事をした様な気がした。
「君はそれを望むか?」
長い沈黙があった。酔っぱらいの笑い声が聞こえた。俺も酒を飲みたくなってきた。
「…嫌かな」
俺は溜息をついた。家族とは面倒な物だ。俺だったら刑務所にブチ込んでいる。
「分かった。最善を尽くそう」
ふと、兄の事を思い出した。雪の振る日、深酒をした後、道端で眠り死んだ。
イシュメルが小さく「ありがとう」と言った。
俺は窓を開け、街の喧騒に耳を傾けた。
騎士団長が暴れている街の空気ではなかった。
平和そのものだ。