地獄行きすれすれ男の異世界善行記録   作:ただのジョンソン

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第35話:事情の通し方

皆で神妙そうな顔で衛兵隊長を眺めている。俺はこの大男を説得しなければならない。

 

幸いなことに衛兵隊長はイシュメルが見つかって機嫌が良かった。

 

「それで、この件に関していくらか報酬を頂きたいのですが…」

 

衛兵隊長はギロリと俺を見た。俺は彼が口を開く前に言った。

 

「イシュメルの姉上を訴えないで頂きたい」

 

衛兵隊長は新しくなった机を撫でながら言った。

 

「論外だな、そんな理不尽な事は認められない」

 

俺は頷いた困った顔をした。

 

「えぇ、その通りです。この世は理不尽な事だらけです」

「血縁によって20歳で騎士団長任命されてしまうような事もあります」

「若くして長に任命された人間には強いストレスがかかります。誰も若造の言う事なんて聞きませんし」

 

俺は衛兵隊長がカリーナに同情してくれることを祈った。祈りが通じたのか衛兵隊長は遠い目をした。

 

「プレッシャーに負けてしまったんですよ」

 

冷酷な声で衛兵隊長は言った。

 

「それは言い訳にはならない」

 

「彼女には心を許せる人はイシュメルしかいなかった」

 

衛兵隊長は呆れた様に首を振った。

 

「それに街の衛兵がたった一人に負けて、それを訴えるのも心が狭いと思えませんか?」

 

鋭い目付きで睨まれ、お手上げといった表情をして俺は頷いた。殺されなくて良かった。

 

「あなた次第です」

 

衛兵隊長は呟いた。

 

「何のメリットがある」

 

俺は首を振った。

 

「礼になるかどうかわかりませんが…ここにいるアリアさんも1度だけ無料で依頼を受けます」

 

相談してない事だが、このくらいはフカしても大丈夫だ。彼女は苦虫を噛み潰した様な表情をしてるだろうが。

 

「私も人物調査の経験はあります。1度だけあなたの為に働きますよ…ま、馬小屋の馬糞掃除でも構いませんがね」

 

衛兵隊長は静かに頷き、窓の外を見た。

 

結果として、彼は公式にカリーナを糾弾することはしなかった。

 

カリーナの実家に苦情は入るのかも知れない。代わりに、衛兵たちへ地獄の訓練が課される事になっている様だった。

 

俺はこの世の理不尽を衛兵たちに押し付けた。イシュメルは他の衛兵に嫌味を言われる事になるだろう。最も、ミルナーとイシュメルは上手くかわすだろうが。

 

---

俺はカリーナと向き合っていた。一番フラットな立場である俺がカリーナに話を聞いてみるべきだと。ミルナーが言った事が原因だった。

 

鎧ではなく絹で出来た高そうな服を着た彼女を見ていると、騎士団長というよりは、気弱な文学少女と言った印象を受けた。

 

とても俺を殺しに来た人間には思えなかった。

 

彼女は俺に謝罪をして、俺はそれを許した。我ながら宗教家にでもなれる位の寛大さだ。湖で水中歩行する日も近いのかもしれない。

 

だが、無慈悲に告げた。

 

「次は無い、次同じことをしたら君を牢屋にぶち込む事になる」

 

カリーナの銀髪が揺れた。赤くなった目のまま頷いた。うぶな男だったら惚れてしまうだろう。

 

「それで、他に何をした?」

 

俺は鉛筆を手の中で回した。

 

「何もしてません」

 

嘘つけと思ったが俺はそれを飲み込んだ。

 

「OK、君は領地から馬に乗ってきて、衛兵をなぎ倒してイシュメルを誘拐して、街の人に俺とイシュメルの居場所を聞いた」

 

カリーナが何かを言おうとしたが俺はそれを止めた。

 

「馬は君のか?」

 

「近くの農家から買った馬です」

 

秘密裏に家を出たから自分の馬は使えなかったという事だろう。普通は移動手段を使えるように根回しをするものだが。

 

「その証明は?」

 

カリーナは不服そうな顔で言った。

 

「でも、買いました!」

 

「俺は君を信用していない、正直金を押し付けて無理やり乗って行ったんじゃあないかと思っている」

 

カリーナが下唇を噛みしめた。彼女は何も弁明しなかった。

 

「農家に馬を返しに行って、金を少し返してもらおう」

 

俺はカリーナからその農家の場所を聞いて書き留めた。

 

「衛兵の方はイシュメルがなんとかするだろう。君のためにね」

 

カリーナは「あの子が」と暗い声で呟いた。お前のせいで迷惑してるんだがなと昔の俺なら言っただろう。

 

「殴り倒した衛兵の数は7人で合ってるか?」

 

「…はい」

 

「本当か?こういう時謝ってない人間が一人でもいると良くないんだが」

 

「だから本当です!」

 

カリーナはまた語気を強めた。神経質だった。環境のせいなのか、元からの性格なのかは理解出来ない。これ以上ヒートアップすると面倒なので俺は雑談を挟むことにした。

 

「君を慰めていた人たちは?」

 

「ギルドにいた時のパーティーメンバーです…いい人たちです」

 

カリーナのは思い出を慈しむような眼をしていた。

 

「気の合う仲間だったんだろうな。楽しい生活だったか?」

 

彼女は何も言わずに頷いた。

 

「イシュメルじゃなくて、そいつらを騎士団につれていけばよかったんじゃないか?」

 

「彼らにも生活があります」

 

どの口がいってんだコイツは…?

 

「イシュメルにも生活があって、人生があると思うが」

 

カリーナの体が硬直した。拳が飛んでくるかと思ったがそうはならなかった。

 

代わりに下を向いてむせび泣き始めた。彼女の真っ白な手に涙が落ちた。

 

無言の空間が続いた。

 

俺は女の涙に弱い優男では無かった。

 

「泣いてる場合じゃない、未来の事を考えよう」

 

彼女は下を向いたままだった。

 

「顔を上げろ」

 

少なくとも美少女に言うべきでない物言いを俺はした。

 

「昔の仲間がいればやっていけそうか?」

 

「…たぶん、はい」

 

カリーナは顔を拭った。

 

「冒険者に先はない。ほとんどがその日暮らしで先もないだろう。君のお仲間も例に漏れずな…イシュメルより、彼らを騎士団入れてやった方が良いと思うが」

 

「そんなこと父が…」

 

「父が認めない?確かに君の父上にも事情があるんだろうな…だが、君にも事情がある。仲間がいないとやってけない」

 

「親父と交渉したのか?」

 

カリーナは首を振った。

 

血族の中で誰もやりたくない騎士団長をやってやったんだから、それなりに交渉力はあると思うが、彼女はそこまで考えられて無いらしい。

 

「そこから逃げたからイシュメルを誘拐するなんて事になる」

 

そういった瞬間にカリーナが俺に飛び掛かって来た。どこかで見た光景だった。

 

「何が…何が分かる!!」

 

カリーナはそう叫んだ。少しきつく言い過ぎたか?

 

そんな事はない。人生じゃもっとキツい事を言われる事がある。

 

だが、カリーナは冷静で俺の胸倉をつかんだまま、泣いてるだけだった。

 

胸倉から手が離れる。こんな様子で騎士としてやっていけるのか?

 

暫く嗚咽しているカリーナを眺めていた。

 

比較的泣き止んだところで、俺は言った。

 

「俺には俺の事情があるし、君の父上には父上の事情があって、君には君の事情がある。よく考える事だ」

 

俺は続けて言った。

 

「事情の通し方を君に見せる、一度だけな」

 

俺は目の前にいる女の為に、薄汚い大人になる事にした。

 

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