嫌になるほど歩かされ、海沿いの街についた。建物は木と煉瓦で出来ていて、所々に魔法陣の様なものが刻まれていた。街では衛兵が剣を持って巡回していた。武器を持った人間を見ると何故か気が締まる。
港町といってもそんなに大きくは無かった。港町の周りはほとんどが農場で、建物のほとんどは3階建てだった。街の中心には何かの城がドカンとそびえたっていた。東京タワー程の存在感があった。
衛兵の態度は横柄で、我こそがこの街を支配していると言った感じで歩いていた。往々にして官憲と言うものはそういう物だ。初任給と一緒にそう言った態度を天から授かる。俺もそうだった。君も来る日も来る日も頭のおかしい犯罪者の相手をしてるとそうなる。
街を歩いている人間は少なく、代わりに馬車がせわしなく走っていた。通りには町工場が多かった。所々に張り紙が貼ってあり、わかりやすい文字で大きく『作業員募集』と書かれていた。労働者の街といった所か。仕事がすぐに見つかりそうな場所に飛ばしてくれて助かった。
異世界らしく色々な人種がいた。緑の肌をした人間だったり、映画で良く見るエルフやドワーフ、オオカミ人間。一体どうやって様々な人種がごった返して暮らす事が出来るのかさっぱりわからなかった。身長も肌の色も、恐らく生活習慣も違うだろう。きっと官憲連中も人種ごとの多種多様なトラブルに振り回されているのだろう。
どの人種もセラフィーの姿を見て振り返った。
人種の波を通り抜けセラフィーは「移民申請所」と書かれた建物に入っていった。窓のない執務室のような場所に通され、気だるげそうな中年の小太り男が俺を出迎えてくれた。
「ミカエル、新しい救済対象者よ」
「いいね、歓迎する」
セラフィーは「じゃ、よろしくね」と言うと、光る霧となって消えてしまった。小太りの中年男と2人きりになってしまった。こいつも恐らく天使だろう。
ミカエルと呼ばれた天使は座るように促した。
「ジョン・リードです。よろしくお願いします」
「異世界へようこそ。地獄じゃなくて良かったな」
ミカエルは俺がセラフィーに待たされた荷物を奪うと中に入っている物を机の上に出し始めた。中に入っていた書類を3枚机の上に広げるとミカエルは書類を見た。
「太った天使もいるんですね。その、神話のイメージと違う」
俺がそう言うとミカエルは指を鳴らした。すると金髪の美少年が一瞬現れて、元の太って禿げた中年男性に戻った。
俺が驚くとミカエルは「この姿の方が人に警戒されない」と言った。そして淡々と話を続けた。
「お前はチュウゲン王国のコウハク伯爵領から移民して来た人間だ。歳は20。移民の理由は領地で戦争が始まって働いてた店が潰れたから。元の職は雑貨商」
偽りの身分を伝えられたのは生まれて初めての気分だった。スパイ映画の様だった。
「俺は実際にはそこにはいたのか?例えば今の俺はよその誰かに魂だけ乗り移った存在?」
「神が救済対象者にそこまで手をかける事は無い。お前は死んでこの世界に召喚されたんだ。だからそこにいなかった。契約書読んだろ?」
ミカエルはぶっきらぼうに返した。話に温かみが欲しかった。コイツが看守だとしたら半罪人みたいな連中に冷たくするのは当然か。俺も警察官の頃は犯罪者に1ミリも慈悲の心は持たなかった。
因果は巡るか。
思わずため息をついて、妙に固い椅子の背もたれに身を預けた。ミカエルは不思議そうな顔をして俺を見た。そして一瞬目から光を出して俺を見た。そして納得した様な顔をした。なるほど、目から光を出して救済対象者の思考を読むわけか。
「このレーリヒ王国テオドラ女公領に来た理由は、工場労働者として働く為だ」
「工場が割とあって助かる。仕事には困らなさそうだ。半泣きの人間のトラブルを解決するようなね」
ミカエルは書類から顔を上げると「神に感謝しな」と淡々と言い、話を続けた。
「領主のテオドラは、隣の領地に出来た大規模ダンジョンへの労働者流出を防ぐために、お抱えの魔導士を総動員して領地の境界線に魔方陣を張って出れないようにしている。許可なく領地の外に出ようとしたら監獄行きだから気をつけろ」
魔法のある世界とは聞いていたが、人の流出を防ぐために魔法陣を使うとは夢のない話だ。権力者にとっては夢のような魔法なのか?
「どういう事だ?この場所には出入りの自由が無いのか?」
「国にとって大事なのは人がどれだけ住んでるか…だ。たった一人で一国を揺るがすような冒険者や魔術師がいる世でもそれは変わらない」
ミカエルは書類を纏めていた。俺はそれを見て言った。
「一人で国を揺るがせる様な人間なら好き放題出来ると思いますがね」
「人は一人では生きられない。どんなに強くてもな。人付き合いがお上手なお前が理解してないとは思えないが」
ミカエルは纏めた書類を俺に投げつけて言った。
「お前はそれなりに何とか出来る奴だろ?右腕を出せ。魔力で移民情報を刻印する」
ミカエルからお褒めの言葉を頂いた。俺は右腕をミカエルに差し出した。急に切り落とされなければ良いのだが。頭に手を突っ込むみたいに。
ミカエルは金属製のペンを取り出した。ペンの頭にゴルフボールくらいの光る石を取りつけた。そうするとペン先まで光り出した。ファンタジーらしい。
「それで何を出来るんだ」
「お前の持つ魔力に情報の刻印を刻むんだよ。免許証とかパスポートみたいなモンだ。公的な情報なら、なんでも刻印できる」
「すごいな、画期的すぎるぞ。全領民が書類なしでデータ管理出来るって事か」
ミカエルは頷くと俺に文字を刻む。初めて俺にかけられる魔法は回復魔法ではなく、個人情報の刻印か。免許証みたいに無くさなくて便利だが、マジで夢が無いな。
ミカエルが握る先端の光るペンが皮膚に触れるとチクリと注射を打たれた感触になった。
「天国に行くにはどうすりゃ良かったんだ?」
ミカエルの手が止まる。
「それは自分で考えろ。そんな事を聞くからお前は今こんな事になってるんだよ」
耳が痛いし、腹も立つので、ちょっと言い返す事にした。こんな事で地獄には落ちんだろうしな。
「次死んだら今回ちゃんと生きられたか聞くよ」
ミカエルは手を動かし始め淡々と言った。
「これを書いたらお前は自由だ。神は見守っているがな。正しいと思うことをしな」
そう言うとミカエルはこの世界の金の入ったポーチを俺のカバンに入れた、1ヶ月分くらいの生活費が入ってると付け加えた。ちなみにこの世界の貨幣は魔法陣の刻印された金、銀、銅で構成されていた。
刻印が終わるとミカエルは「宿は冒険者ギルドの近くのサマンサ宿が良い」と言うと早く出て行くように促した。冒険者という言葉はとてもファンタジー物語らしい。
「至れり尽くせりで非常にありがたいんだが、いくつか聞いても?」
海外旅行の前に聞いておいた方が良いことを一応聞いておく。天使なら知っているだろう。
「この辺はスリとか犯罪は多いか?関わらない方が良い連中とか、行かない方が良い場所は分かるか?」
ミカエルはハッとした顔をして、申し訳なさそうな顔をした。天使もそんな顔をするんだな。
「あー、悪いが気にした事が無かった。基本我々はそういう目に会う事は無いからな。今度来た奴の為に意識しておこう」
神や天使は人の行動には興味はあるが、全体の営みには興味があまりなさそうだ。
「チュウゲンってのはどんな国だ?」
「まぁ、昔の中国みたいな国だ。世界史で習ったろ?朱元璋とかがいた時代だ。 イメージで話しても基本バレることは無いが、話さない方が良いかもな」
高等教育で受けた事を思い出そうとするが、まったく思い出せなかった。映画で見た三国志くらいしか思い浮かばない。良く生きるのが使命なら、嘘で自分を取り繕う様なマネをさせる必要が無い様に思える。
「嘘をつくなら生まれ変わらせた方が良かったんじゃないか?」
ミカエルは右の眉を上げると右手を光らせた。
「お前にそこまでの手をかける価値はない」
ひどい言い方だと思っていると、体が勝手に出口に向かって歩き出した。天使だからこういう事も出来るのか。
ミカエルはさよならも言わずに、ドアを閉めた。手を使わずに。