天使に無理やり外に出された。勝手に体を動かされたのは中々ない経験だと思うことにしてイラつきを落ち着かせた。
薄暗い移民管理局の事務所とは違い、外は暖かい日差しが眩しかった。
さて、どうしたものか。
当面の目的は
・住む場所の確保
・仕事の確保
・知り合いを作る事
だろうか?ま、
1.知り合いを作る
2.住む場所の確保
3.仕事の確保
が簡単な順番になるだろう。
ミカエルに言われたサマンサ宿に行って腰を落ち着ける事を考えたが、ひとまず落ち着いて辺りを見渡すことにした。
特に目を見張るものは無かった。木と石で出来た3階建てくらいの家屋が立ち並び、分かりやすい文字で『貝の剥き手募集』と書かれた大きな納屋があった。その納屋と鉄製の柵をはさんだ向いに食堂があった。魚介類の匂いを放つ労働者が食堂の中に入っていった。
移民管理事務所の近くにあるから、何か移民に関する情報が入れば良いのだが……。こういう時はインターネットで身の振り方を調べたい。
『異世界 移民 仕事 おすすめ』
『今から天国に行く方法』
『テオドラ領 観光 注意事項』
とかやれば答えが出て来た『前世』はかなり恵まれてる。
食堂の名前はカキ食堂と言うらしい。店の壁には堅苦しい言葉で貼り紙が貼ってあった。
『この店は100年前、ガス・ヴィドーにより出店されました。この度領主のテオドラ様のご厚意に対する恩返しとして、テオドラ女公領のこれからの発展に貢献する移民の為に、移民管理局から来たばかりの方に限り価格を相談します』
張り紙をする必要も無さそうな内容だった。えらく堅苦しく形式張った文体で書かれていた。
俺は神の加護?で字を読める様になっているが、これは学のない人間(失礼な表現だが…)には読みにくいだろう。
俺は張り紙の内容を疑問に思いながら食堂の中に入って行った。探偵稼業で知らない人間のサンドバック係をやっているだけあって、知らない場所に入っていくのは慣れたものだった。
食堂には昼時では無い事もあって2,3人しかいなかった。彼らは魚介類の匂いを漂わせながら、パスタを無言で食べていた。
中は木造の町中華の様な感じで、厨房と一人用のカウンター席と四人用のテーブル席がいくつかあった。
岩の様な顔で良いガタイをした店主が暇そうに「いらっしゃい」と言った。俺は壁に書かれたメニュー表のワインと「カキのアヒージョ」を頼むことにした。
今日くらい昼から酒を飲んでも良いだろう。なにせ死んだ後だし。
注文を言うついでに、店主に言った。
「いやぁ。ここはいい天気だね。海も綺麗だ…」
店主は暇そうな顔で言った。
「そーか?いつでもこんなモンだと思うけどな」
この国は良い天気がデフォルトらしい。天気の話題なんだから、適当に返事しとけよ。
「前の国は雨が多くてね、気が滅入った」
店主は得心したように言った。
「あぁ、あんた移民か」
「やっぱりこの辺は多いんですか。移民が?」
「最近は隣のダンジョンに人が行って少ないけどな、あんたもそっちに行けば良かったんじゃないのか?」
その大規模ダンジョンは金鉱の様に富をもたらす物らしい。領主が移民の流出を無理やり止めるくらいだ。アメリカのゴールドラッシュみたいな物だろうか。
店主は続けて言った。
「アンタ出れないよ、テオドラ様の領地からね」
俺も儲かりそうな所に行きたかった。もっとも、これは贖罪のための人生だから美味しい所には行かせてくれないだろうが。
「ま、仕方ないですね。知り合いのツテを辿ってこの街に来ましたから。どんなに栄えていても知り合いのいない街に行くのは辛い」
知り合いとは天使の事だから事実ではある。
店主は「その通りだ」と感心した様に言った。口からでまかせを言っただけなのだが。店主の気が緩んだところで俺は割引の件を持ち出した。
「あー、そういえば安くなるんでしょう?何割引きなんです?表のチラシに…ほら…」
店主の手が止まった。まずい事を言っただろうか。
「何割引きかって?あんたアレが読めたのかい?」
大方予想していたが、文字が読めることはそれなりの特殊技能らしかった。神に感謝しないとな。
「まぁ、それなりには」
俺は嫌味な感じが出ないようにさらっと受け答えをした。
「うちの兄貴と話しな、飯は上に持っていくよ」
店主は厨房を離れドアを開けると中に入る様に促した。嫌な感じがしたが、一回死んでいるのでどうにでもなれと言った気持ちで中に入って行った。
ギシギシと鳴る薄暗い階段を上がりドアを開けた。
中には真っ白なシャツと革のズボンを履いた若い男が事務机に座り手紙を書いていた。男は俺に気づき手紙を机の中にしまった。真っ白なシャツを着ている人間なんてこの世界に来てからはあまり見かけない。
男は美形では無かったが、黒髪に温和そうな表情を浮かべていた。手のひらにはかなりの古傷があった。優しそうな顔に見合わない、傷だらけの手だった。人を殴った跡だろうから、ロクデナシの可能性がありそうだ。
「やぁ、弟に通されたのかな?」
「そうですね」
男の声は柔らかかった。あの岩の様な店主の兄だとは信じられない。ヤクザの師弟関係的な弟と言う意味だろうか。
俺は立ったまま男の質問に答えた。座るように促されて無かったのと、座りたく無かったからだ。
「ここには来たばかりかい?僕はビス・ヴィドー。君は?」
「えぇ、ジョン・リードです。」
ビスは座るように促したので、俺は椅子に座った。苗字が同じという事は下の食堂の設立者の関係者という事か…
「僕はこの地区の移民組合長です。正確にはオイスタ市移民組合北地区長」
偉いんだか偉くないんだか分からない肩書ではあるが身なりが良いことを考えると儲かってはいるのだろう。
「ある程度読み書きが出来そうな『ちゃんとした』人を探していてね」
なるほど表の張り紙はテストだったのだろう。効果的な様にも思える。
「確かに読み書きはそれなりには出来ますが」
ビスはもったいぶった様な表情で話し出した。
「単刀直入に言うと私の知り合いが文字を書ける人を探していてね・・・差し支えなければここに来る前は何をしていたか教えてくれるかな?」
ビスの目つきが若干鋭くなった。俺としては誰かに値踏みをされるのは気に入らなかった。犬みたいに腹を出して値踏みして下さいと頼み込んだなら話は別だが。
「雑貨屋で売り子をしながら、他人のトラブルを解決しながら小銭を稼いでました」
俺は嘘と真実を交えながら話した。実際のところは死ぬ前は探偵業をやっていたから間違いは無いだろう。
「トラブルって?」
「色々です。旦那が浮気した証拠が欲しいとか。人や物を探して欲しい、何処かに行くのに付き添って欲しい、飼い犬を見つけて欲しいとかですね」
ビスの顔つきが少し厳しいものになった。
「それは冒険者とは違うのかい?」
冒険者とは何か分からないが、映画やアニメ的な物を想像するならどこかのダンジョンとかに潜って何かを倒すのだろう。
探偵の主な仕事は人に殴られたり、人から罵詈雑言を浴びせられて、それなりの金と少しの感謝をいただくのが主な仕事内容だ。
「ま、何が冒険者と言うものかは分かりませんが・・・人を殴るような事が仕事ではありませんでした、基本的に法律の範囲内で動きます」
「そうか、ならよかった・・・荷馬車屋の帳簿係の仕事をする気はあるかい?」
二つ返事で受けたいところだったが、ビスの身元が反社会的な勢力で無い事がはっきりしない以上あまり深くかかわる事はやめた方が良い様な気がした。それにトントン拍子で話が進みすぎている。
「なぜ私を信用するんです?」
「冒険者なら、自分を法律を守る人間に見せる事はしないね」
「あぁ、いわゆる自分をタフそうに見せる奴ですか」
俺がそう言うとビスは軽く笑った。
「それにこの街は『態度の良い』労働者不足でね…」
ま、出来る奴は隣の大規模ダンジョンとやらに行っているんだろう。
「仕事なら移民管理局のミカエルさんから、サマンサ宿に行くように言われてる。ありがたい話ですが、仕事の手配をそこでしているかも知れないし、サマンサ宿の話を聞いて来てからでいいですか」
ミカエルから仕事の話なんて一言も話題に上がっていなかったが、相手の気分を害さない形で、ここから出て彼が反社会的な人間では無い事を誰かに確認したかった。
それに手に殴った傷跡が多い人間の仕事は受けたくないと言うのが本音だ。
「構わないが、あそこはケチで有名だよ」
「まぁ、でも。ミカエルさんは知り合いの紹介でね、あまり不義理は働けない」
扉が開きさっきの店主がやってきた。店主はドタドタと歩き、料理が置かれたトレーを机に置いた。
「飯です」
「あぁ、弟のモスだ。モス・ヴィドー」
紹介するとビスは隣にモスを呼んで脇腹を小突いた。小声で「客人がいるときはノックしろ、ドタドタ歩くな」 と耳打ちをすると部屋から追い出した。
ビスは「弟が無礼で申し訳ない」と言うと咳払いをした。俺は形式的にいえいえと首を振った。暴力的では無かったが、いかにもヤクザ者らしいやり取りだった。
俺はビスに料理を勧められるまで、料理には手を付けなかった。
咳払いを終えるとビスは深刻そうな表情で言った。
「この街で移民は嫌われてる。街のルールは守らないし、大体の移民は冒険者になってトラブルを起こす様な人間になる」
どの世界でも移民は肩身の狭い思いをしている様だ。俺はあえてパッとしない様な顔をした。
「移民組合は移民同士の互助会だ。この店の2代前のガス・ヴィドーも移民同士の助け合いによってこの店を建てたんだ」
組合活動という物は何かしらの人間関係の調整が難しい。いくらかの組合費を払うだけでは何の役にも立たない。何かしらのイベントを起こして有力な人間とのコネクションを作る必要がある。
まぁ、その人間関係構築に払うコストが面倒くさいのだ。
ビスは話を続けた。
「隣に大規模ダンジョンが出来て、領主のテオドラ様は人が出ていかない様に弾圧を始めている。こういう時代こそ、組合でまとまって団結して身を守って行くべきだと思う」
要するに移民組合への勧誘だ。死ぬ前の自分ならそんなクソ面倒で役に立たなそうな組織には入らなかったが、一度死んだのだから前の自分がやらなそうな事をやっても良いかと思う事にした。こういう縁も神のお告げなのだろう。
「移民組合に入らないか?ひと月3,000レーニだ」
まぁ、金は取るわな。安いのか?
「良い話だと思います。本当に……。さっきまで移民管理局で書類の山に追われてたんです。手続きとかそういう事はサマンサ宿で腰を落ち着けてからでいいですか」
入ろうとは考えたが、彼らの評判を誰かに聞いておきたい。軽率に組合に入って、組合活動はほぼヤクザみたいです。なんて、シャレにならない。
「なるほど、それもそうだ」
「期待しているよ、君のような物腰も柔らかくて字も書ける人間を冒険者にするのは惜しい」
久しぶりに誰かから賞賛の言葉を頂いた様な気がした。ビスは書類を俺に差し出した。俺は内心で感謝しながらその書類を受け取った。
「これは?」
「組合加入申請書だ。仕事が決まったらこれを出しに来てくれ」
なるほど、俺も君らが反社じゃないことを確認出来たら出しに行くとしよう。
モスが扉ノックを開けずに扉を開けた。
「ワインを忘れてた」
「昼間から酒かい?」
「今日はここに来るまでに死にかけまして。生き残った事に対しての乾杯を挙げようと」
まぁ、実際には死んだのだが。ひとまずは腰を落ち着けて酒を飲もう。カキのアヒージョとパンは美味しかったが、ワインはどこか悪くなっている味がした。