移民組合のビス・ヴィドーの所でワインを飲んだ後は、明るいところを歩き、なるべく暗い路地裏に入らない様にしながら、天使のミカエルに言われた宿に向かうことにした。とりあえず腰を落ち着けられる宿を確保することが先決だろう。
何人かに道を聞いたがこの街の人間は比較的親切だった。俺が移民である事を知ると自分の働いている工場に来るように言われたりもした。
この街の人は基本的に1人でいる事は少なかった。常に2〜5人くらいでグループを組んで、ボソボソと小声で何かを話している。街を巡回する衛兵には食ってかかり、すぐに口論になっていた。
そしてほぼ全員が何かしらの武器を腰に下げていた。大体は光る石が付いた木の杖か、直剣だった。たまにリボルバー式の拳銃を腰に下げている人間がいた。
その武器で街に沸いたスライムやでかいネズミを殺していた。聞いてみるとどうやら何かしらの条件が整うと大気に舞う魔力に反応してスライムが湧いてしまうらしい。ネズミはスライムを食べデカくなるらしい。
俺はそんな話を聞きながら、目の前にいるほろ酔いの中年男性と犬人間に酒を注いだ。どちらも前歯が無かった。情報収集の代わりに路上居酒屋(通りに椅子を出して屋台で酒を出すらしい)で飲んでいた気の良さそうな中年にワインを一本奢った。
出来上がってきたのかさらに男たちは話し始めた.
「ほんでな、エルフの連中には気を付けろ!あいつら嫉妬深いからな。死んじまった嫁さんの元カレかなんかで、取り返しに来たかなんかで出合い頭に前歯を折られた!歯は一本しかないんだぞクソが」
「そうだよ、こいつに巻き込まれて俺も前歯を折られた」
天使に貰った金で二人は気分が良くなっていた。
「そりゃひどい、そのエルフは今どこに?」
「さぁ、今頃監獄だろ」
「死んだかもね」
よく見ると二人とも腰にリボルバー拳銃を下げていた。
「拳銃なんですね、前いた国ではかなり珍しい物でした」
この国には拳銃を持っている人間は少ない。俺からしてみれば、拳銃のほうが便利な様な気もするのだが。
「あんたも、鉈と盾だ。剣を習ってない山賊か?」
どうやら拳銃を持っていることを指摘されたのが気に食わなかったのか男達はムスッとした表情になった。
「まぁ、それに近い。でも拳銃の方が便利だ」
どうやら拳銃の所持は何かの低ステータスの証らしい、魔法のある世界では拳銃なんて意味がないのかも知れない。
「手っ取り早いしな。魔物を撃つ分にはちょうど良い!」
撃ったことがあるんかいと思いながら、話を聞き続けた。男たちはワインを飲み自嘲的に笑い淡々と言った。
「ま、俺らは良いんだ。ただの馬車屋だから魔法や剣術を教えて貰わなくても」
コンプレックスを刺激して申し訳ないと思いながら、二人の中年男性にさらに俺は酒を注いだ。
ゴミ処理に飼ってるスライムが懐いた様な気がする。息子が領地管理官になった。冒険者ギルドの連中は態度が悪い。拳銃の玉を作っていたら手が吹き飛びかけた。ゴブリンを召使として雇ってる奴を見た。許可なく領地線を越えた同僚が監獄で拷問されたらしい。
そんな有ること無いことを話半分で聞いていると息を切らした衛兵が俺に話しかけて来た。
「おい、あんた。魔王憑きを退治するのに協力してくれないか」
俺はピンとしない顔をした『魔王憑き』と言われてもよく分からない。そんな俺の表情を察したのか中年男性たちは教えてくれた。
「どこからともなく現れた魔王かその手先と契約して、魔物になった連中だよ」
そういうと俺にリボルバー式銃を差し出した。銃を持つのは警察官以来だった。何かの映画かよ。
「ま、なんだ。酔っぱらって無くてそれなりにタフな人間に声をかけてるんだよ。報酬はある。オイスタ市からな。囲んでその銃を撃つだけで良い」
衛兵がそれを言った後、それを聞いた中年男性と犬人間は笑い、座っていた俺に二人は喝を入れた。
「領民の義務だぞ!行って来い!!」
そう言われて立ち上がると拳銃を手渡された。
拳銃を持つのは久しぶりだった。
衛兵について行った先の現場に到着すると、白目が黒で、虹彩は金色になり、顔から角が生えかかった真っ白な肌をした男が獣人の男をぶん殴っていた。
獣人の男は3メートルほど吹き飛んだ。その光景を見るとマジかよと思い尻込みしてしまいそうだ。
幼さが残る顔つきで20歳前後の男だろう。
15人程の労働者たちが続々と集まり始め、小さな炎や雷撃を放つ魔法を放ったり、剣を振ってビームの様な何かを出したり。投げナイフを投げたり、銃を撃ったりしながら、魔物になりかけの男を囲んでいた。
壁を背にした男は攻撃がどこに来るか分かっているかの様に攻撃を避けたり防いだりしていた。一度も攻撃が当たらない。そんなこと出来るのかと思うほどの、不思議な光景だった。
魔王の手先とは呼ばれているとはいえ、囲んで攻撃をしているとリンチをしている様に見えた。ちょっと可哀想だなと同情した。まぁ、警察官の頃は犯罪者を囲んで捕まえたのだが。
同情の気持ちは一旦置いておいて。ここで何もしないのも同調圧力的にアレだしなと思いながら、当たらんように銃を撃つことにした。所謂「やってる感」 という奴だ。
拳銃を撃つのは警察学校ぶりだった。無論人に向けて撃つのは初めてだ(撃たないが)。
ここに神が居たら罪の無い者だけが石を投げろとでも言うのだろうか。投げてるのは石じゃ無いけど。あの場にいた人達も何となくノリで集まっただけだったんだろうなぁ。
そんなことを考えながら、適当に男の右上あたりの壁に照準を合わせて撃った。
パシュンと音を立てて頭に命中した。
血飛沫が空を舞う。
気の様な何かが俺にのしかかった様な気がした。
「何で当たった?」言いたげな顔で魔物と呼ばれた人間は俺を見ている。
彼はゆっくりと空を見上げるように地面に倒れた。
警察になってから人を殺した事は無かった。たとえそれが重犯罪者であろうとも。
汝、殺す勿れ。
歴史の時間に、高慢な歴史教師が黒板に書いた言葉がフラッシュバックした。
歯と歯との間から、長い息が漏れ始めた。
皆が魔王憑きと呼ばれた男が死んだ事を確認すると歓声と安堵の声を吐き出した。
その場にいた衛兵が2,3人で死体を囲み、死体を調べ何かの書類を書いていた。
俺は自分が人間?を射殺したという事実を受け止めようと試みた。あんまりな話だが、自分が人を殺したという事実はあっさりと受け止められた。
申し訳ない気持ちからか、自分が射殺した男に近付いて行った。思ったよりも安らかな死に顔をしていた。
だんだんと自分の中に非人間的な形容しがたい感情が湧いてきた。罪の意識で自分が押しつぶされてしまうのでは無いのかと思っていた。この程度で済んでいる俺はかなり天使の言う通り人間のクズだったのか?
「やっぱり軍人とかスパイだったら容赦なく人を殺すタイプのクソ野郎だったわね」
聞き覚えのある声に振り返ると天使のセラフィーが後ろに立っていた。転生早々殺人を犯した俺を裁きに来たのだろうか。いや、裁きが下されるのはもう一回死んだあとか。もうこの時点で地獄行きな様な気もするが…
「うるせぇな」と反論しようと思ったが、周りの雰囲気に流されて適当に銃を撃って人?を射殺したので、大方セラフィーの言う通りだった。
「魔王と契約した人が出たと聞いたから来てみれば、貴方が既に殺しているとは思わなかったわ」
「殺すつもりは無かった」
まさか自分が殺人犯のテンプレの発言をするとは思わなかった。しかも異世界で。
「彼は人の意志を読んで攻撃を予測する魔法を使っていたのよ、何も考えず適当に銃を撃ってた貴方の弾丸がたまたま当たった。彼「当たるはずがなかったのに」って驚いてたわよ」
「話したのか?」
死人と話せるわけ無いだろと言いそうになったが、俺は死ぬ直前に時間が止まって天使と話していた事を思い出した。
「悪魔と契約してしまったから、地獄に送る手続きをしないと」
天使は悪魔と呼んでいるが、魔王と契約すると地獄に送られるとは本当の事だったらしい。
「地獄に行くにしては安らかな死に顔だった」
「神は慈悲深いから、地獄で贖罪を果たせば天国に行けると」
そりゃ、一時的な慰めの言葉だな
と思った所で、セラフィーは俺を睨み「事実よ」と言い放った。彼女は話を続けた。
「彼は工場労働者の3男で貧困に喘ぎながら育った。代わり映えしない貧しい生活に耐えかね、魔王と契約して魔力を手に入れたのよ」
同情しろとセラフィーは言っているのだろうが、貧困で苦しんでいるのに金を望まない理由が分からなかった。それに、この街で生活して魔力の才能を金に換金する方法は限られているようにも思えた。
契約して周りの人間にリンチされて殺されるのはいささか不憫に思えたが、制度として周りの人間に殺されるのが分かっている以上、どこかの田舎や森で契約すりゃ良かったのにとも思えた。
そんな俺の思考を読んだのか、セラフィーはため息をついて珍しく押し黙っていた。
「皆が皆、それなりに正しい選択を選べるわけじゃ無いのよ。貴方みたいな保身が得意なカスとは違ってね」
俺は彼女の言葉を無視した。
「人を殺しても何も感じないでしょう?貴方はそういう人間のカスなの。利己的で他人を傷つけても心が痛まないカスね。犯罪は犯してないって言っても、それはお上手に生きてるだけ、あなたの善性は保証しないわ」
セラフィーは馬鹿にしたように笑い続けた。
「自分がどういう人間か分かったでしょ?これからは真剣に善行を積むべきね」
この天使は俺が半分罪人みたいな存在とはいえ、俺を罵るのが好きな様だった。ただ、彼女には俺を裁く権利は無さそうなので、いくらか言い返す事にした。
「神に慈悲があったなら、彼を賢くしたと思うけどな」
そう言った瞬間にセラフィーの拳が俺の顔面に飛んできた。飛びそうな意識の中、彼女の「クソ野郎」という声と観衆のどよめき声が聞こえた。
衛兵たちは死体の調査を中断してこちらをちらりと見た。
自分が射殺した男と目があった。彼は目を瞑り安らかな顔をしていた。この世の気苦労から解放されたかのように。