第6話:不良少年に未来は無い
セラフィーに顔面にぶん殴られ顔面が猛烈に痛かった。俺はゆっくりと右頬をさすりながら顔を上げた。左頬も差し出した方が良かっただろうか。
セラフィーは踵を返しツカツカと歩き去って行った。俺はその背中を見送った。
衛兵の一人が『魔王憑き』に攻撃をした人間に謝礼と一緒に紙切れを渡し始めた。
衛兵が頬を抑えている俺の方にやってくると淡々と魔方陣が書かれた紙きれを3枚渡した。
衛兵は声色を変えて興味ありげに聞いてきた。
「ところでどうやって頭に当てたんだ。ありゃ、先読みの魔法を使ってた。見たところ先読みを遮断する魔法も持ってなささそうなアンタが殺せるとは思えない」
さっき天使のセラフィーが言っていた人の意志を読んで攻撃を予測する魔法の事だろうが、魔法を使えなさそうに見えた事とナメられた様な気がしてプライドが傷ついた。
人を殺した後に自分のちゃちなプライドを思う時点で、俺は碌でもない人間だった様だ。
「とりあえず何も考えず適当に撃ったんです」
「あ~、たまにある奴だな。あんた、殺すのは忍びないから当たらないように撃ったろ?」
「よく分かりましたね」
衛兵は「おかげで手間が省けた」と気持ちよく笑った。
「それでこの紙きれはどう使うんです?」
衛兵は「あんた移民か」と慣れたように呟くと淡々と説明を始めた。
「近くの冒険者ギルドで換金してくれ、受付の奴に言えば換金してくれる」
「サマンサ宿の近くに冒険者ギルドは?」
「『飛龍の爪』だな、そこに行ってもらうと良い」
トラブルを起こす移民がよくいる冒険者ギルドか。移民組合のビスの口ぶりから、できれば関わりたくなかった。
紙切れをポケットに突っ込もうとすると子供の声が聞こえた。夜中に補導される不良少年の様な声だった。その様な声は嫌というほど知っていた。
「あ~、なんだよ。先に越されたのか~。コイツらに倒せると思えねぇけどなぁ」
声の主は15歳にもなっていない男だった。男はマッシュヘアーとい言った感じの銀の髪をサラサラと風になびかせていて、急所を銀色の金属で守っている革の鎧を着ていた。
横柄な態度から関わり合いになりたくない手合いだったので、とっととその場を去ることにした。俺はもう警察ではない。
衛兵が俺に向かって「冒険者ギルドの連中だ。あんなガキで冒険者やってる様じゃ、先行きは暗いな」と小声で言った。
銀の鎧を着た男が俺が紙切れを3枚持っているのを見つけたからか、俺に向かって言った。
「お前が殺したんだ。そんなに強そうに見えないけど」
強そうに見えないのは事実だ。が、礼儀も知らず社会性も獲得して無さそうなガキの対処はしたくなかったので、俺は何も言わない。こういう連中は話せば話すほど厄介な事になるからだ。
俺は『何いってんだコイツ?』という顔をして鼻の下を掻いた。
軽く息を吐いた瞬間に自分の首筋に直剣があった。男が剣を抜いて俺の首筋に当てたのだろうが、まったく見えなかった。この世界の人間はかなり早く動けるらしい。
「やっぱり弱いじゃん」
男はニヤニヤと笑いながら言った。予想通り、どの街にもいる不良少年だ。
男が剣を鞘に戻した。首に剣を当てたまま会話を続けて俺を弄ぶと思っていたので、拍子抜けだった。まぁ、ビックリさせて満足したのだろう。
俺は「速くて見えなかったよ、それじゃ」と言って踵を返した。
「おい待てよ」
振り返ると男はまた剣を抜いて立っていた。また抜くなら何でさっき戻したのだろうか。俺は何も言わずに振り返った。こう言った時は、わざとらしく時計を見て『急いでいるのでお前なんか相手に出来ない』と演技をするのだが。時計は持っていなかった。
「まだ話が終わってないんだけど」
この男が何をしたいのか、俺はおおよそは理解している。親の愛を充分に受けれなかった不良少年が、行き場のない怒りを自分より弱そうな奴にぶつけているだけだろう。
男はニヤニヤしたまま俺を見つめていた。
俺は男が話し始めるのを待った。この手の手合いは話さない方が良い。社会はお前みたいな不良には冷たいと態度で示せば良い。話して彼を更生させる様な熱血警官でも俺は無かった。
呆れた様に男は笑うとカカシに話してるようで飽きたのか衛兵に言った。
「魔法もロクに出来ない衛兵ごときじゃ、カタがつかないと思ったんだけどな」
衛兵は「テメーが来るのが遅いから、早めにカタがついたんだろ」とぼやいた。
男はそれを聞いて鼻で笑った。衛兵は「こっちも仕事あんだから早く帰れ」と不機嫌そうに付け加えた。
男の端正な顔の眉間にシワが寄った。
トラブルになりそうな予感がした。この場合はとっとと立ち去る事が正解だ。まぁ、少し場を盛り上げても良いか。揉まれるだけ揉まれてやるか。
俺はずっと閉じていて乾燥で張り付いた口を開いた。
「まぁ、ここで終わりにしよう。今日は誰も死んで無さそうだし、トラブル無く家に帰ろうじゃないか。俺は酒を飲むつもりだ。この後ね」
俺がそう言い終わると衛兵の一人が書類を書きながら、気のなさそうに吐き捨てた。
「その通りだクソガキ。家に帰れ。その歳で冒険者だから帰る家なんてねぇか?」
衛兵がそう言い終わると男が顔を真っ赤にして突っ込んで来ていた。火に油を注いだ様だった。煽るんじゃねぇよバカが。
やっぱりよく分からないバカには関わるべきじゃないな。
男と衛兵が取っ組み合いになっていたので、周りの人間と一緒に男を取り押さえようとした。
「離せよ!この野郎!!」
男が振り回す拳が俺の顔面目掛けて飛んできた。本日二度目の顔面への打撃だった。
ひったくりを追っていた時に原付に跳ね飛ばされた事があった。それを思い出す衝撃だった。
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「オレは行くトコあるからお前に構ってるヒマは無いんだよ!」
痩せた少年の目を見た。少年の目は若干動揺していた。今日は暑く背中に制服が張り付いていた。
「そうは言ってもね。私も仕事なんですよ」
少年は唇を噛んだ。風と忙しなく動いている頭のせいで、彼の金髪が揺れた。
「オレがクドウさんのトコで働いてんの知ってんのかよ?」
クドウ…工藤、あぁ、ココじゃ有名な半グレの事だろう。アレの下で働くくらいなら死ぬかヤクザになった方がマシだろう。
「あ〜、そう…そりゃ大変だ」
少年は首を傾げた。俺の言った意味を理解してなかった様だ。
「ま、詳しい話はあの人が後で聞くからさ」
俺は後ろにいる刑事を指さした。
俺は口を開いて言葉を続けようとした。熱いし早いとこ戻りたかったので、俺は口を閉じた。
俺はこう言おうとした。
ロクでもない半グレのトコで働くくらいなら、真面目に働くかヤクザになった方がマシじゃないか?と…
2ヶ月もしない内に彼は黒いワンボックスに轢かれて死体で見つかった。
俺は特に何も感じなかった。
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薬品の香りで目を開けると、知らない天井だった。
転生?の影響か過去の事ばかり思い出す。
俺はベッドの上で寝ていて、隣では線の低い痩せた男が薬の調合をしていた。
「あぁ、目を覚ましたのかい」
「ここはどこです」
「冒険者ギルド『飛龍の爪』だね」
「なぜここに」
「うちのギルドの人間が君を殴り飛ばしたから、僕には治療する義務がある」
男は人ごとの様に淡々と言った。何の偶然か分からないが、ちょうど冒険者ギルドで券を換金するつもりだったからちょうど良かった。
ポケットを探ると券が無くなっていた。気絶して寝てりゃ誰かに盗まれるか。
「まぁ、よくわかりませんがありがとうございます。ジョン・リードです」
「このギルドの医師をやっているマーク・スティルウェルだ。よろしくね」
スティルウェルは薬をゴリゴリやりながら俺の事を見もせずに淡々としていた。あまり人の事には興味が無い様だった。
スティルウェルは早く行けと言わんばかりに俺の持っていた荷物を押しつけて来た。
「もう少し休ませてくれても良いんじゃないか?」
「あぁ、結構良い治療魔法と気付け薬を使ったから大丈夫だ」
俺はお前の仲間が俺をぶん殴って気絶させたんだから、もう少しもてなしてくれても良いんじゃないかとオブラードに包んで言ったつもりだったが、通じなかった様だ。
俺はとっとと起き上がるとドアに手をかけた。
スティルウェルは淡々と言った。
「あ~、何かの手続きを済まして出て行ってくれ」
お前が案内しろバカがと思いながら扉を開けた。何の手続きだよ。まぁ、受付に聴けば分かるか。
建物は吹き抜けになっていて、光るクリスタルのシャンデリアがぶら下がっていた。
シャンデリアは高そうで綺麗だったが、その他の装飾品は一切無かった。絵画やカーペットすらもなかった。
印象としてはシャンデリアのある刑務所だろうか。ま、粗暴な人間の手の届く所には装飾品は置かない事にしているのだろう。
1階に降りて総合受付と書かれたカウンターにいた女に話しかけた。
「どうも、さっきまで殴られて寝てたジョン・リードです」
「あ~、災難だったね。治安維持協力券を現金化しておいたわ」
「あと、医療費はウチが負担したって言う書類にサインしてね」
なるほど手続きってのはこの事か。俺は金を受け取ると男に殴られた件について聞いた。
「ここだけの話、冒険者ってのはすぐに暴れるのか?」
「でしょうね~、冒険者って気むずかしいから~。何言っても変に解釈してケンカばっかり」
「それに、会話をしてもなんかずれたような感じしかしなかった」
「変な育ちの人が多いからね~」
女は軽そうな口ぶりで淡々としていた。
「大変そうだ」
「私も給料高くなかったらここで働いてないわぁ」
冒険者と関わりたくないから人が集まらず受付の給料も高くなると…。そりゃそうだ好き好んで粗暴な連中と関わる奴はあまり居ない。
天使も好き好んで俺と関わってる訳では無いだろう。
そんな事を考えながら、受付にサマンサ宿の場所を聞いてギルドを後にした。