地獄行きすれすれ男の異世界善行記録   作:ただのジョンソン

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第8話:冒険者には先が無い

他愛の無い会話をして、ワインが1本空いた後、俺は移民組合を後にした。移民組合に入ったときは夕方だったが、空はすっかり暗くなっており、俺はアルコールでぼんやりとした意識に浸りながら、サマンサ宿に戻った。

 

サマンサ宿に着くころには酔いが冷めていた。ドアを開けると、主人のリズボンがカウンターでグラスを拭いていた。食堂には5人ほどの冒険者が、バカ笑いをしながら、骨付きの鶏肉を食べていた。

 

「遅かったね!どこか寄ってたのかい!?」

「あぁ、移民組合でワインをご馳走になったんだ」

「あんたに会いたいって人達が来てるんだ」

 

俺は一瞬考えた。今の俺に会いたいと思うのは、天使か、過失とはいえ俺をぶん殴った人間の関係者だろう。

 

俺は自分の顔面のアザを指差して言った。

 

「このアザの件か?」

「そ、ギルドの人間が来てるんだ」

「粗雑な連中は今日は満足です」

「頼むよ、ギルドの一番偉い人が来てるんだ」

 

俺は頭を撫でて頷いた。リズボンは事務所で待たせてると言うと早く行くように促した。リズボンは事務所と言っているが、固い木の椅子と書類が積んである机と、雑多な物が大量に置いてあるものだ。

 

食堂のキッチンの中を通り、事務所に入った。机の上の書類は片付いており、代わりに軽食とワインが一杯と水が一杯置いてあった。固い椅子には女が二人座っていた。一人は40代くらいで、もう一人は20代くらいだろう。

 

俺は二人の女に向かって言った。

 

「あぁ、待たせてすみません。移民組合で手続きをしてたもので」

 

40代くらいの女が、申し訳なさそうな表情をした。女は白髪の混じった黒い髪を後ろできつく結び、仕立ての良さそうな薄緑のツイードを着て黄色いスカーフを巻いていた。目はキリっとしており、眉間には薄く皺が刻まれている。市役所で受付をしているタイプではなく、容赦のない警官と言うイメージを受ける。

 

「申し訳ありません。私は冒険者ギルド『飛龍の爪』ギルド長のアリア・スティルウェルです。ギルドのメンバーにはあなたが起きたら私を呼ぶように伝えたのですが」

 

アリアと名乗った女は申し訳なさそうな顔を辞めて、キリっとした目のまま誠意のありそうな顔をした。その目は『舐めたマネをしたら殺すぞ』と俺によく言った警官時代の上司を思い出させた。

 

俺は「どうも」と言って少し頷いた。

 

続いて隣にいた若い女が話し出した。女はかなり美しい顔をしていた。高嶺の花と言っても良いくらいの美しい顔立ちだった。髪は長くさらさらと揺らしており、大きな蒼い目と通った鼻筋をしていた。

彼女が全身銀で出来た鎧を着ていたことから彼女が冒険者と言うものであることが伺えた。その鎧はどこかの美術館に展示してあっても良いくらい華麗な装飾が施されていた。

 

彼女は小さな口を開いて言った。

 

「この度は弟のイシュメルが申し訳ありませんでした」

「彼女はカリーナ・クレチです。この度は、あなたへの暴行についてお伺いしました」

 

俺は首を振って愛想笑いを浮かべた。

 

「いいんです。私は衛兵との喧嘩を止めようとして、彼が振り回した拳に巻き込まれただけです。所謂、過失と言う奴ですよ」

 

俺は手を叩いて「それじゃ、私は明日から仕事なので」と言って帰ろうとするとアリアは素早く言った。

 

「あなたにお許し頂けるのであれば、彼の収監を止める様にしていただきたい」

 

俺は話の意味が分からなかったので、アリアに聞いた。

 

「私は法執行機関ではありません。今日来たばかりの移民なので…少しよく分からないのですが...」

「この国では、治安紊乱の罪は被害者の許可があれば、刑の執行が免除されます」

「被害者は彼に殴られた衛兵では?」

「衛兵の方は何とかなります」

 

不可解だった。俺はただ巻き込まれただけで、直接暴力を受けた訳では無かった。治療もタダで受けさせてもらった。俺は被害を騒ぎ立てもいない。普通の企業なら謝罪に来るのは当たり前だが、評判の悪い冒険者集団なら謝罪が無くても当然と一般人は考えそうなものである。

 

というか、その法律だとヤクザが『被害者』をボコして『許可』させれば、殴り放題じゃないか。

 

「...別に構いませんが、私は何をする必要が」

「そうですね、衛兵の詰め所に行って書類にサインしてもらえれば」

 

ちょっと嫌だった。衛兵への暴行に関する罰を免除するという書面にサインすることは危険な香りがした。治安維持機構は自分たちに対して舐めたマネをする人間は嫌いだ。俺自身、警官だったからそのことは良くわかっていた。俺も前世で善行を積んで何かしらの能力を持って衛兵たちを容易く倒すことが出来たらサインするだろう。

 

「一般的には、警…衛兵は身内への暴力を嫌います。その身内に対する暴力の犯人を一般人が許したと思われると少し困る」

 

アリアは「だろうな」という顔をして、カリーナはきつく唇を結んだ。俺は続けて言った。

 

「私は移民で誰の後ろ盾も無い、衛兵に嫌われる様な事はしたくありませんね」

 

ただ、俺が善行積まなかった事でこの世界に転生させられたのだから、彼を許して善行を積んだ方が良いのか?

 

俺は顎に手を当てて目の前にいる二人の女を見た。

 

一日の内で今日は多くの事が起きすぎている。早くベットに潜り込んで寝たかった。

 

目の前にいる二人の女を俺は見た。宿屋の事務所は換気がされておらず、空気がこもっていた。

 

俺は「換気しましょう」と言って窓を開けた。

 

座りながら俺は言った。

 

「なんとか、私の預かり知らぬ所で彼を釈放する方法は無いんですか?」

 

天使のセラフィーが言った『保身が得意なクソ野郎』という言葉を思い出した。その通りだが、これから彼は犯罪を起こすだろう、人に刃物を向ける少年は牢屋に入れた方が世の為だと思えた。

 

アリアは黄色のスカーフを撫でて言った。

 

「あなたの言っていることは良くわかります。ただ、あなたの署名が無いとイシュメルは釈放されないのです」

 

正直なところ誰かに判断を任せたい。

 

「…そうですか。一緒にいた衛兵は何と?」

「まぁ…知り合いだったので、矛を収めて貰いました」

 

衛兵を買収するとかこのテのトラブルに慣れてんだろう。そんなことに慣れる前に、どっかで礼儀を冒険者に教えてやるべきだと思った。

 

そもそも、何で人を許す許さないの話を俺が考えなきゃいけないんだ?天使の嫌がらせか?

 

思わず軽くため息を漏らすと何かを察したのかアリアは話を続けた。

 

「もし釈放頂けるなら彼には冒険者ギルドを辞めてもらいます」

「私はそんなことは聞いてません!」

 

カリーナは驚き声を張り上げると、遮るように低くドスの利いた声でアリアは言った。

 

「言ってないからね」

 

その言葉を聞くとカリーナは唇を嚙んだ。彼女は思ったより聞き分けが良いのか、それともアリアの権力が強いのか、どちらの可能性が高いのだろうか。

 

俺は久しぶりに思った通りの事を言う事にした。久しくそんなことはしていなかった。思った通りの事など言える場面など俺の人生にはあまりなかった。

 

「この国に来る前の自分なら『そんな子供の事なんか知らんから、牢屋に入れておけ』と言ったでしょう。ただまぁ…ついさっき魔物になりかけの人を射殺したばかりで、私には人の何かを決める資格があるとは思えない」

 

二人は不思議そうな顔で俺を見ていた。

 

「もしこの空の上に神様がいて、何を望んでいると思います?」

 

何がおかしかったのか、アリアは軽く笑って言った。

 

「彼の幸福でしょうね、きっと」

 

カリーナは怒気を含んだ口調で言った。

 

「失礼ですが、辞める事があの子の幸せになるとは思えません」

 

アリアは深くため息をついた。

 

「前々から思ってたけど、君の弟はまだ12歳でしょ…?これもいい機会だし、別の仕事を探させてやったらどう?文字も書けるんだし」

「彼には私が…」

 

アリアは机を叩き、カリーナに掌を向け黙るように促した。

 

「言い方を変えるわ。彼の事を考えるなら、冒険者ギルドは辞めるべき」

「あの子が来てから2年間見てたけど、良くない方向に向かっているとしか思えない」

「彼が来たときは敬語も使ってた...人を殴る事なんてしなかった。そうでしょ?」

 

俺の目の前で家庭事情を披露する喧嘩は辞めて欲しかったが、12歳の子供に力の行使を伴う仕事をやらせるのはどうかとも思った。

 

現に彼は見ず知らずの俺に剣を向けてきた。悪影響がある事は間違いないだろう。

 

「私は何度も言った筈よ『彼には若くて未来がある。冒険者なんて先の無いことをやらせるの?』って…新しい仕事なら私が探すわ」

 

カリーナはアリアを睨みつけた。もっともな正論を言っている様な気もするが、家族同士助け合って来た絆の様な物もあるのだろう。

 

12歳の子供を一人で仕事をさせるのも何となく不安だという事も分かる。まぁ、その子供を彼女は管理出来て無さそうなのだが…

 

「私が弟を不幸にしてるって言うんですか?」

「未来を潰している。二人仲良くボロボロになりながら冒険者を続ける事を幸福と呼ぶなら話は別ね」

 

アリアは淡々と畳み掛ける様に言った。

 

「騎士にもなれず、魔法学校にも入れない。親にも捨てられた貴族の子供にはよくある事だけど…」

 

カリーナは勢いよく立ち上がった。目を見開き、唇を噛みしめていた。深呼吸をすると何も言わずに座った。見事なアンガーマネジメントだった。

 

俺は言った。重い空気を変えたかった。

 

「それで、冒険者の子供を更生させるとう名目なら、私がサインしても衛兵は恨まないとお考えですか?」

「その通りです。衛兵も人が更生する事を望んでいるし。彼には社会奉仕活動をさせた後、衛兵の働き口を用意するつもりです」

 

カリーナは若干震えた声で言った。

 

「あの子を私から引き離したいんですか?」

「引き離すわけじゃないわ、彼の仕事が変わるだけ」

 

アリアは重そうに口を開けた。

 

「それに、あなたは騎士で、あの子はほぼ一般人よ。あなたは一般人の生き方を誰かに教えられる人間には見えないわ」

「あの子は私が面倒を…」

「2年間見てたけど、面倒を見ているというよりかは破滅に導いている感じだったわよ」

 

カリーナの机の上に置かれた拳がきつく握り閉められた。アリアはカリーナに外へ出て頭を冷やして来るように言った。

 

カリーナは鬼気迫る表情で外に出て行った。事務所の扉が勢いよく閉められた。

 

「そこまで言う必要があるとは思えませんね…かなり怒ってた。彼女は強く言う必要が無い人間に思えますが」

 

アリアはこちらを見るとにっこりと笑った。お前は黙ってろと言う意味だろう。

 

「強くは言ってないわ。言うべき事実を言っただけです」

「確かにそうとも言える。普通は遠回しに言いますね」

「それは保身の為でしょう?」

「ま、人を怒らせて良いこと無いですからね」

 

アリアはグラスに入ったワインを一気に飲み干すと言った。

 

「釈放にはあなたの署名が必要だからまた明日お願いします。こちらにお伺いしますね」

 

書類にサインするとは一言も言ってない。その事についてうだうだ言うほど俺は心が狭いわけではなかった。

 

「それでは、彼の幸福に」

 

俺はそう言うと、立ち上がりながら、愛想を浮かべアリアを見つめた。彼女もまた愛想笑いを浮かべていた。保身が得意で、情け容赦のなさそうな社会人の姿がそこにはあった。

 

俺はアリアに背を向けて部屋の外に出た。

 

 

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