また、複数人の視点でお話が進みます。
長い物語になるでしょうが、よろしくお願いします。
第1話 戦神の国フォルラザ
ある晴れた日。
六歳になったばかりのローランは母に連れられ、生まれて初めて都の外の荒れ地に出た。
遠くの方で、何百人もの人間が武器を手にして、まとまって動き回っている。
兵士達が命令通りに陣形を変える調練だと、母は言った。
説明されてもよく分からなかったが、ローランはその動きに見入った。
調練は日が暮れるまで延々と繰り返され、ローランは母とそれをずっと見続けた。
「分かるかい、ローラン?」
母が、何事かを問うてきた。
「みんな、つかれてきています」
ローランは、思ったことを口にした。
母は、それが正しいとも間違っているとも言わなかった。
やがて、その場に倒れ伏す兵士が、数人出てきた。
一人の重たそうな鎧を纏った男が彼らに近づき、何かを言っている。
それで兵士は皆立ち上がり、また動き出した。
ただ一人を除いては。
「よく見てなさい、ローラン」
立ち上がれなかった一人はそのまま少しばかり身じろぎしていたが、ついには動かなくなった。
死んだ。
ローランはそう感じて、小さく口を開けた。
調練はその間も、休むことなく続いていた。
死んだ兵士を、誰も顧みない。
死んだのに。
「母上、どうして」
「弱いからだよ」
母はローランの問いかけに短く答えた。
「帰るよ。明日からは、剣の使い方を教えるからね」
母はそう言って、片脚を引きずるようにして都に戻り始める。
ローランは死んだ兵士の方を何度も振り返りながら、母についていった。
死んだ兵士は、やはり死んだままだった。
次の日。
ローランは初めて、母が毎日大事に磨いていた剣を握らせてもらった。
重たい。切っ先を前に向け続けることすら、難しい。
「ローラン、必ず戦場で功績を上げなさい。敵を殺し、その返り血を全身に浴びなさい」
剣をどう握り、どう振れば上手く相手を斬れるかを、母はとても熱心に教えてくれた。
父は、ローランが生まれる前に戦場で死んでいた。
母もかつては、優れた戦士だった。
軍をやめたのは膝に矢を受けたのと、ローランを孕んだからだという。
今は都で、小さな商いをしている。
ローランが文字の読み書きを教わったのは、矢と魔術の躱し方の後だった。
「ローラン、戦神に勝利を捧げるのよ。父さんやあたしのようにね」
大陸の南方に位置する国。
戦神の国、フォルラザ。
ずっと、ずっと、戦争ばかりしている国だった。
戦神に愛されている国だと、民の誰もが誇らしげに語る国だった。
………
……
…
「俺はフォルラザの戦士ローラン! 必ずや戦神に、勝利を捧げてみせます!」
十五歳になったローランは母と縁を切って、軍に入った。
戦神の民にとっては、男女関係なくありふれたことである。
フォルラザの軍は、吼える獅子を象徴とする極めて屈強な軍だった。
ローランは軍の厳しい調練を受けた後、戦場に立った。
魔術の爆炎が炸裂して土埃が立ち込める中を、自身を奮い立たせるように叫んで突き進み、初めて人を斬って、殺した。
こんなものか、と思った。
これまで叩き込まれてきたことを、敵国の兵士を相手に繰り返しただけだった。
斬った相手の鎧がひしゃげ、裂け目から血が溢れてくるのを一瞬眺めて、すぐに次の敵へと意識を移した。
目を血走らせ、斧を振り上げて襲ってくる。
躱して、斬ってやる。
そう思った直後に、敵は横から突っ込んできた馬に轢き潰された。
フォルラザの要、戦神騎士団の騎兵達だった。
ローランの前で騎兵達はまるで数本の槍のようになって、既に半壊していた敵陣を、さらにズタズタに引き裂いていった。
十六歳の戦場で、ローランは敵に深々と斬られた。
斬られた脇腹が焼けるように熱く、痛みで戦場に無様にうずくまった。
戦で大地が揺れ続けているのが肌に伝わり、己の不甲斐なさに腹が立った。
再度、突撃の号令がかけられた。
「くっ……そ、がぁっ!!」
ローランは痛みをこらえて立ち上がり、雄叫びながら敵兵の群れへとぶつかっていった。
無我夢中で剣を振るい、視界に入る敵を次から次へと斬り殺した。
気づけば目の前で、一際目立つ鎧を着た男が馬に乗っていた。
咄嗟に逃げようとした男に対してローランは獣のように飛びかかり、馬から引きずり降ろしてもつれあって地面に転げ、その喉元へ刃を突き立てた。
初めて得た、敵将の首級だった。
「戦士ローランよ。戦神が託宣により、お前を選んだ。誉れある戦神騎士となり、戦い、殺し、さらなる屍の山を築け。戦神に、勝利を捧げよ」
十七歳の時。
フォルラザの王城で、ローランは戦神騎士団の一員に迎え入れられた。
死をもいとわず勇猛に戦う、大陸最強を自負する騎士団。
戦神の寵愛を一際厚く受けるとされる、最精鋭である。
その中でも、比較的若い叙任だった。
戦場に常にあり、功績を上げ続けたことが、戦神に認められたのだ。
王の手から直接下賜された白銀の大剣と漆黒の胴鎧は戦神の加護で強く祝福され、しかし鍛え上げてきたローランの肉体をもってしてもまだ重たく感じられた。
だが、ローランはその重たさが何よりも誇らしかった。
それはフォルラザの戦士にとって、最高の名誉だったからだ。
その後、ローランは縁を切った母を一度だけ訪ね、これまで育ててくれた礼として、戦神騎士としての最初の俸給で買った素朴な白銀の首飾りを贈った。
ローランが十八歳の時、フォルラザはついに仇敵としていた大国に攻め入った。
大陸の南端に広がる大山脈を支配する、山岳国家である。
戦神騎士となったローランは当然、緒戦で敵の最精鋭にあてられた。
山の斜面を縦横に駆け回る怪鳥に跨った騎兵は凄まじく強く、繰り出す技も巧みで、ローランは初めて敵に怯えた。
騎兵に向かうふりをしながら、歩兵をひたすらに斬り続けた。
緒戦がフォルラザの勝利に終わった後、ローランは騎士団の副長に殴り飛ばされた。
「この恥晒しが。ビードの山騎士なんぞに怯えやがって。戦神にどう顔向けするつもりだ」
殴られ、蹴られ、気を失い、水をかぶせられて目を覚まし、また殴られた。
このまま死ぬのかと思うまで、殴られ続けた。
団長が副長の処罰を止めた後、「二百人を斬れ。できなければ首を刎ねる」とローランに告げた。
ローランは言われた通りに敵国の要衝に攻め入る戦で二百人の敵を斬って一番乗りを果たし、汚名を雪いだ。
団長は大きく口を開けて笑い、ローランに立派な馬を与えて、騎兵にしてくれた。
ローランは戦に明け暮れる日々の中でも、ひたすらに鍛錬を続けた。
同朋の戦神騎士達と常に武を競い、戦場に出ない日には独り野山で動物や魔物を斬った。
鍛えれば鍛えるだけ、全身に力が漲っていく。
戦神が祝福してくれているからだ。
血と勝利が捧げられるのを、待ってくれているからだ。
その感覚は、ローランだけのものではない。
戦神に選ばれた騎士全てが、いや、戦神の民全てが、共有したものだった。
………
……
…
ローランが二十二歳の時、戦神の国フォルラザは名実共に、大陸南方の覇者となっていた。
諸国を片っ端から攻め滅ぼし、覇者たるに相応しい広大な領土と軍を得ていた。
「戦神の託宣が下った! 北へ! 大砂漠を越えて、北へ! 獅子の赤旗を、大陸中にはためかせるときが来た!!」
王は軍の前で高らかに宣言した。
王の命ずるままに、フォルラザの軍勢は万全の態勢を整えて大砂漠を北上した。
野心を迸らせる南方の覇者の進撃を迎え撃ったのは、大陸中央に君臨する大国、竜神の国オズワルドだった。
数万を数える大軍同士の、激突。
いつものように戦争が、始まった。
しかしそれは、ローランの勝手知ったる戦争ではなかった。
大陸最強の魔物とされる竜族。
その一種である飛竜が戦場に何十頭も姿を現して、空の上から一斉に襲いかかってきた。
騎士団の参謀からしつこく、オズワルドの飛竜兵の話を聞いていた。
頭の中には、戦場で騎兵の己が果たすべき役割の全てが入っていた。
それでも敗けた。
矢のように疾く、槍のように鋭く駆ける戦神騎士団の騎兵達が敵陣に辿り着く前に、巨大な飛竜にまとめて押しつぶされ、魔力の羽ばたきと火炎の息吹によって薙ぎ払われた。
オズワルドの飛竜兵は昼も夜も問わず、フォルラザの陣を荒らし尽くした。
戦神騎士達は雑兵をどれだけ殺そうが飛竜には敵わず叩き潰され、疲弊しきったところを、敵軍に追い回された。
敗北を重ね、とうとうフォルラザの軍勢は大砂漠を、ひたすら南方の祖国に向かって逃げ出した。
激しい追撃を受け、見渡す限りの砂地を屍が埋め尽くした。
ローランは敗走の中で、多くの同朋と、愛馬を失った。
敗けた。
戦神に愛されているはずの自分達が、完膚なきまでに敗けた。
ローランにとっては初めて味わう、大敗だった。
一年後。
竜神の国オズワルドの大軍が、大砂漠を南下してフォルラザに攻め寄せてきた。
やはり、敗け続けた。
オズワルドは兵士をそれなりに鍛えていたが、それでもフォルラザほどではない。
小さな戦のどうでもいい勝利ならば、いくらでも積み上げられる。
だが重要な戦においては、常に先鋒として出てくる飛竜兵に、戦神騎士ですらまるで歯が立たないのだ。
巨体の急降下がこちらの陣形を瞬く間に崩し、そこを騎兵や歩兵に攻められる。
敵将の傍には常に数騎の飛竜兵がどっしりと構え、あるいは飛竜兵がそのまま将となっていて、奇襲も上手くいかない。
戦神の加護を受けた武器も、竜神の末裔たる飛竜の強靭な鱗には通じず、騎手を狙った矢や魔術は羽ばたきと息吹によって叩き落とされる。
そして上手く騎手を殺せても飛竜自体はどうにもできず、暴れるだけ暴れ尽くし、騎手を補充しに悠然と敵陣へと戻っていく。
オズワルドの飛竜兵はまさに、一騎当千の強さだった。
苦しい防衛戦が、長く続いた。
かつてフォルラザが南方の諸国に対してそうしてきたように、いくつもの村や街や砦が攻め滅ぼされた。
劣勢の中で、軍を鼓舞しようと前線に出てきた、世継ぎの王子が死んだ。
ローランに馬をくれた、戦神騎士団の団長も死んだ。
そして。
「……城が」
必死に落ちのびてきた小さな山の上から、馴染みの王城が夜空を照らすように炎上しているのが、ローランの目に映った。
騎士の叙任を受けた無骨な城が、黒い煙に包まれていた。
炎の魔術が無数に撃ち込まれ、火と煙の勢いが際限なく強まっていく。
王は僅かに生き残った戦神騎士達に離脱を命じ、残った兵をまとめて未だ籠城している。
王都の夜空は十数頭もの飛竜が旋回し、市街のいたる所にオズワルドの旗が掲げられていた。
耳を澄ませば、民の絶叫が聞こえてきそうだった。
「敗けたのか、俺達は」
ローランの口から、思わず声が漏れる。
どうしようもなく、王に下賜された白銀の大剣を強く握りしめた。
「滅ぶのか、フォルラザは」
応えてくれる者は、誰もいなかった。
その場にいた戦神騎士の誰もが、呆然と眼下の城を見つめていた。
戦神に愛されている国、フォルラザ。
吼える獅子を象徴とする、屈強な軍。
大陸最強を謳う、戦神騎士団。
全て、嘘だった。
嘘に、なってしまった。
その日。
国は滅び、軍は壊滅し、戦神騎士達は王と民を見捨てて逃亡した。
………
……
…
「はぁっ……はぁっ……!」
王城が陥落するのを最後まで見届けることなく、ローランは夜の森の中を疾走していた。
軍の調練の中で、何度も夜通し駆け抜けたフォルラザの森だ。
暗くても不意に足を取られることはない。
目もしっかりと見えている。
それに鎧と大剣を携えていても、本来ならばこの程度で息が上がるはずはなかった。
しかし連戦に次ぐ連戦と、国と主君を失ったという衝撃が、ローランの心身を酷く蝕んでいた。
「くそっ……くそ、くそっ……!」
足を止め、苛立ち紛れに大剣を振り回す。
周りで何本も、大木が倒れ伏した。
だが、気分が晴れることはない。
苛立ちが収まらずに、地面に大剣を叩きつけた。
戦神の加護が施された、特別な武器だ。
この程度の乱暴では、損傷などしない。
だから何度も、力任せに叩きつけた。
「これが、戦神騎士の有様か……! 俺はっ……!」
俯いて唇を噛むと、血の味が染みてくる。
王の命令とはいえ、全てを捨てて都を攻める敵の前から逃げ出したのだ。
残っていればまだ、オズワルドに一矢報いることが出来たかもしれない。
いっそ戻るか。
今から森を逆走すれば、都を蹂躙している連中に少しでも噛みつくことができる。
「くだらないことは考えるな、ローラン」
「あぁ?」
息を荒く吐いたローランが視線を上げると、共に落ち延びていた同朋の戦神騎士が、木に背を預けていた。
「……お前は悔しくないのかよ、ノーラ」
鮮烈な赤髪を短く切り整えた女騎士ノーラは、ローランの問いかけに無表情で鼻を擦り、得物の旗槍を漆黒の胴鎧の胸元に抱き寄せた。
いつもならば見惚れそうになる怜悧で涼やかな美貌も、今は逆にローランを苛立たせるものでしかない。
「どれほど悔しがっても、もはや陛下も都も助かりはしない」
「陛下ならば必ず、最後の最後まで戦われる! 今から俺達が戻れば……!」
「『戦神の名のもとに』……陛下はそうおっしゃって、我々に離脱を命じられた。『生きよ』と命じられた。ローラン、お前はその意味も分からないのか?」
「……! ……っ、っ……っっ!!」
言葉にならない呻き声を上げながら、ローランは大剣を力の限り地面に突き立てた。
凄まじい膂力によって生じた衝撃が、周囲の木々を薙ぎ倒す。
土埃が爆発的に巻き上がり、暗い森がズズンと揺れた。
「……全てを捨てて逃げて、どうなるんだ。しかも、生き残りもこんな散り散りになって。これじゃ何もできやしねえ」
「十人。百人以上いた戦神騎士は、たったの十人になってしまった。まとまっていれば、オズワルドが飛竜でしつこく追撃してきた時に、一網打尽にされてしまう」
「だからって……」
「『顔を上げろ、前を向け』……副長も別れ際にそう言ったはずだぞ、ローラン」
「だから……! 何もかも失って、どう前を向けってんだっ!!」
ローランは叫び、地面に蹲って拳を打ちつけた。
傍目に無様で惨めだと、頭の片隅では分かっていた。
だが、戦神に捧げてきた自分の人生の全てが否定されたのだ。
数えきれぬ敗北、喪失。
これほどの屈辱と絶望はない。
頭が燃えて、燃えて、仕方がなかった。
そんな中にあって、愛用の大剣だけが冷たく、白銀の刃を輝かせ続けている。
「…………ノーラ、頼みがある」
「断る。介錯はしない。王命で『生きよ』と言われたのだぞ。自決など、最も恥ずべき行いだ」
ローランはノーラを睨みつけた。
暗闇の中で、赤髪と赤眼が輝いている。
旗槍の石突を地に突き立て、ノーラは胸を張っていた。
「この獅子の赤旗の前で、情けない姿を晒すな」
騎士団において戦神の旗槍を持つことを許された者は、戦死した団長を含めてもごく僅かしかいない。
戦神の旗を辱めることは、どんなことがあろうとも決して許されないのだ。
王より旗槍を賜った若手は、ノーラだけだった。
旗槍は、積み上げた武功だけで得られるような、単純な名誉ではない。
戦神の託宣によって、特別に授かるのだ。
ノーラはいずれ、騎士団の長になる。
誰もがそう囁いた、ローランと同期の出世頭である。
そして今、生き残った騎士の中で旗槍を持つ者は、ノーラしかいない。
「ローラン、戦神騎士の使命は何だ?」
「……戦い、殺し、屍の山を築き……戦神に、勝利を捧げること」
「そうだ。私達はまだ生きている。まだ、戦える」
ノーラは周囲に充満した土埃を造作もなく旗槍で振り払った。
フォルラザの、吼える獅子の赤旗がローランの眼前ではためく。
「オズワルドには必ず報いを受けさせる」
「……もう陛下も都も助からない、そう言ったのはお前だぞ。陛下がいらっしゃらなければ、戦神の託宣だって受けられない」
「分かっている。それでも、もう振り返らない。託宣がなくとも前を向き、進むのだ。私だけでなく、お前も」
「どうする気だ?」
「戦神の軍を立て直す。そしてオズワルドに攻め入り、討ち滅ぼす。赤髪のノーラが、今ここに戦神に誓う」
狂ったのか、こいつは。
ローランは同朋の正気を疑った。
全盛の時を迎えていたフォルラザが、それでも敗れた直後なのだ。
騎士団だけでなく、王も軍も領土も失ったのだ。
大陸のどこかに潜み、人材を集めて再起を図ったとしても、今まで以上の戦など出来るわけがない。
「ローラン、何という間抜けな顔をしている」
「……間抜けはそっちだ。現実を見ろよ」
「見ているさ。大陸中央を統べるオズワルドといえど、我々との長きに渡る激戦で大きく疲弊したはずだ。それに、わざわざ大砂漠を越えてまで攻め滅ぼしに来たのだ。死んでいった数多の将兵に報いるためにも、奪ったフォルラザの領土をそのまま放置して引き上げるわけにはいくまい。だが、南方一帯は度重なる戦乱で荒れに荒れた土地だ。戦の後始末ですべきことも多い。統治して、国の糧とするにも相応に時間がかかる」
「……お前は」
「東、西、北……どの地方の国々も、我々の大戦の結果を見て動き始めるだろう。これからこの大陸は、大きく乱れる。この機を逃すものか」
ノーラは赤い瞳を輝かせ、力強い笑みを浮かべていた。
どうやら再起に副長を立てるわけでもなく、自分で全てを取り仕切るつもりのようだった。
肩を並べて戦神騎士の叙任を受けた、同い年で気心の知れた同期である。
だが、内に野心を秘めた女だったとは。
こんな状況に陥って今さらそれを剥き出しにするとは、思っていなかった。
ローランは甚だ虚しくなり、もうこれ以上語り合う気が失せていた。
背を向け、森の奥へと歩き出す。
「どこへ行く気だ?」
「知らねえよ。とりあえず、オズワルドの飛竜が飛んでこない場所だ。もうあれは見たくない」
オズワルドの軍は既に、自分達を追ってきているのかもしれないのだ。
少なくとも、フォルラザの領土の外に出る必要がある。
行く先が東か西か、ローランはまだ考えていなかった。
副長は何故生き残った戦神騎士達が合流する場所を決めてくれなかったのかと、今さらながらに苛立った。
「…………」
ローランは俯いたまま、ノーラを置き去りにしてゆっくりと歩を進めた。
すぐさま駆け出さなかったのは、背中に何か声がかけられるかもしれないと思ったからだ。
自分の女々しさに、さらに気分が沈み込んだ。
「ローラン!」
振り返った。
獅子の赤旗が、夜空に向けて掲げられている。
「今のお前に『共に来い』とはあえて言わない。だが、いずれこの旗の下で再び、戦神に勝利を捧げる時を待て。私が必ず、その時を作ってみせる!」
「…………」
「その時が来るまで、お互い戦い続けよう! 道のりがどれだけ険しくとも、進み方がどれだけ惨めでも、生き続けよう!!」
ノーラが吼える。
戦神の象徴、勇猛な獅子のごとく。
「仇敵オズワルドに報いを!! 戦神に勝利を!!!」
頬を、熱いものが伝った。
ローランは白銀の大剣を一度だけブンと振り下ろし、背に戻した。
勝手なことを言いやがって。
勝手なことを。
そう呟いた時、両脚は既に駆け出していた。
立ち並ぶ木々の中を、夜の暗闇の中を、ひたすら前に進む。
ローランは駆けながら、雄叫んでいた。
ノーラと同じく獅子のように、吼えていた。
戦神の国フォルラザは滅びた。
竜神の国オズワルドによって、滅ぼされた。
生き残った戦神騎士は、十人。
十人だけだった。
それでも。
再起と復讐の道のりが、始まる。