戦神騎士物語   作:神父三号

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第11話 ローランの道・背負う者

「なるほどな。ヴァルゲンを通らずにラガニアへ、ねぇ……」

 

 魔物を撃破した村の、村長の屋敷。

 

 その広めの一室でローランとナツメは、戦闘中に若者達を仕切っていた中年男と話をしていた。

 どうやらこの男は村の若頭のようで、耄碌して隠居した種無しの村長に代わって、村の諸々を世話しているらしい。

 怪我人の手当てに屍の焼却と弔いでだいぶ時間がかかったようで、屋敷に通されたローラン達は日が暮れるまで待たされたが、それは仕方のないことだった。

 部屋の奥隅では、妻か下女とおぼしき恰幅のいい中年の女性が、何かを手際よく編んでいる。

 

「……ああ。何やら価値があるけど、人目に触れさせたくないガキらしくてな。ヴァルゲン通らずに、わざわざ迂回しろとよ。元はヴァルゲンまでの商隊の護衛って話だったんだぜ? それが南門の手前まで来て、急にラガニアから直々に褒美が出るからって言われて飛びついたら……この大荷物だ」

 

 ローランは出された濃い酒を煽りながら、後ろに座ってフードを目深に被ったままスープを啜っているナツメを指差した。

 当然、村に入る前にナツメと適当に考えた嘘である。

 しかし若頭はローランの話を完全に信じたようで、真剣な表情で唸り出した。

 

「まあ、探究の国が色々手広くやってるのは、俺もヴァルゲンの市場に行く度によく聞くからな。その手の妙な依頼も当然あるだろうなぁ……ここ最近、南方の情勢も大きく変わったしな。オズワルドの飛びトカゲどもめ」

「何も考えず、話に乗るんじゃなかった。よく考えたら、ヴァルゲン通らずに荷物抱えて大河川を渡るなんてよ……面倒にもほどがある」

「ははは、それで何とかしようとこんな大河川の東の方まで来たのか。咄嗟の助太刀といい、あんた傭兵なのに律儀だなぁ、レオンさん」

「……別に。報酬と今後の信頼のためだ。請け負った大仕事を投げ捨てる傭兵だなんて知れたら、ヴァルゲンじゃもう食っていけないだろ?」

「そりゃそうだ。あそこは傭兵うじゃうじゃいるからなぁ。逆に面倒な依頼をきっちりこなしてくれる傭兵ってことで商人に名が通れば、仕事はひっきりなしだろうな」

「理解が早くて助かる。面倒は面倒だが俺にとっては、ヴァルゲンでもラガニアでも名を上げる良い機会なんだよ」

 

 若頭は人の良さそうな笑みを浮かべて頷き、盛んに酒の杯を傾けては、こちらの苦労を慮ってくれている。

 まだ中年で、村長とは血の繋がりが無いと自ら言っていたのに、それでも村をまとめている中々の人物だ。

 そんな男をひたすら騙していることに後ろめたさを感じながらも、ローランはまた酒を呑んだ。

 この手の演技をするのは、生まれて初めてだ。

 しかも、差し出された酒を呑みながらの演技である。

 一応、ボロが出ないようにナツメには黙っているように言ってあるが、非常に居心地が悪い。

 

 生き残りの戦神騎士の中でこの手の詐術が得意なのは、ジェラルド、ウィルフレッド、イオくらいのものだろう。

 あとは後輩のニコルも、生意気ではあるが非常に器用な少年だからできるかもしれない。

 ローランは正直なところ、嘘を並べ立てて取り繕うのは大の苦手だった。

 相手の若頭の人が良くて、かつ助太刀で恩を売っているから、何とかなっている節がある。

 

「あんたは村を助けてくれた恩人だ。正直言ってうちの連中だけじゃ、あの魔物どもを追い払うのにどれだけ犠牲が出たか分かんねえ。できるなら、船を出してやりたい。けど……」

「…………」

「けどなぁ。……はあ、レオンさん。あんたもヴァルゲンの傭兵なら、分かるだろ?」

 

 申し訳なさそうに眉をひそめ、若頭は遠回しなことを言ってきた。

 ローランは何とか頭を全力で回転させて、発言の意図を理解しようと努める。

 

「…………ああ。ヴァルゲン通らずにこの村から大河川を渡れますなんて知れたら、面倒だわな。ヴァルゲンの商売敵になっちまう。最悪、村ごと潰されるかもだしな」

「そうなんだよ。俺らだって、ヴァルゲンと取引して食ってるからよ……あんたがそういうの言いふらす人じゃなさそうだってのは、こうやって話してりゃ何となく分かるんだけど。それでも、村としてはあんまり無茶はしたくねえ。村長も……もう多分長くねえしな」

 

 若頭は遠い目で、大きなため息を吐いた。

 ローランとナツメのために、村から船は出せない。

 その理由は納得できるから、仕方がないことだ。

 しかしローランにとっては、このやり取りで一つ分かったことがある。

 それは、やろうと思えば水中の魔物を躱すように船を出す方法が──大河川の上を動き回る方法が、明確にあるということだ。

 そういう方法があるからこそ、この村は船着き場を持っていて、ヴァルゲンと取引できているのだろうから。

 

「……俺は商業都市サレから、ちょっと東の村の出身でな。都会のヴァルゲンに憧れてやって来て傭兵始めたから、東方と南方の行き来なんてのは、当然ヴァルゲンを通る仕事ばっかだった。だから実は、大河川やそこに潜む魔物のことがよく分かってねえんだ。イカダ作って、水中の魔物を凌ぎながら大河川を渡るとかってのは、実際出来るもんなのか?」

「んー……ただのイカダだとまず無理だな」

「水中の魔物は、そこまで凶悪なのか?」

「川の魔物の気性は、一概には言えねえ。魚や貝食って生きてるような大人しいのもいれば、積極的に人間に襲いかかるような危ないのもいる。例えば、魔力の槍を水中から勢い良く飛ばしてくる、魚と人間の中間みてえなのがまとまった数でよくうろついてんだけどよ。多分そいつらに狙われたら終わりだ」

「魚と人間の中間……?」

 

 ローランは頭の中で姿を思い浮かべようとしたが、上手く形にならない。

 魚に人間の手足が生えているみたいなものか。

 あるいは人間の手足が、魚のヒレのようになっているのか。

 

「あるいはタコみたいな……ああ、タコっつっても分かんねえか。なんというかな……太くて長くて粘っこい腕が二十本くらい生えてる、気色悪くてドデカい魔物がいて、こいつがこの辺じゃ一番ヤバい奴なんだが。それにイカダが捕まったら、あんたがどれだけ手練れでもほぼ確実に死ぬ」

「……よく分からんが、イカダじゃ無理なのは分かった。この村から船出してもらうのが無理なのも理解してる。……それでも、何とかならないか?」

 

 ローランが尋ねると、若頭は腕を組んでまた唸り出した。

 目を閉じ、盛んに口をもごつかせて、何事かを思案している。

 応答をじっと待っていると、やがて若頭は話し始めた。

 

「あんたは村の恩人だ。だから教えるが……結論から言うと、何とかなる。俺らの作る船は、村近くの森の……ある特殊な木で作るんだけどな。その木は、川の魔物の大半が嫌う匂いを出すんだ。しかも、しっかりと水に浮く。だからそれでイカダを作れば、いけるはずだ。それでも寄ってくるのはいるけど船やイカダをぶち抜けるような奴じゃないし、さっきの魔物と渡り合えたあんたなら、特に問題ねえと思う」

「そんな木があるのか。……けど、それは余所者の俺に教えてもいい話か?」

「あー……まあ、川の民にとっては常識だし、ヴァルゲンでも知ってる奴はちょびっとだけいるしな。そもそも大陸南方の川の民って俺らと、ヴァルゲンのちょっと西にいる俺らの仲間くらいだからよ。この川の魔物が嫌う特殊な木ってのが、南方じゃかなり稀少でな。それが確保できる場所だからこそ、ここやヴァルゲンの西に俺ら川の民が住んでいると言ってもいい」

「なるほど」

「あとその木は、パッと見でこれだって分かるようなもんじゃねえ。川の民でも、子供の頃から時間をかけてちゃんと見分け方を教わらないと、判別が難しい代物だ」

 

 川の民。川の民か。

 何度も出てくるその言葉を、ローランは心の中で繰り返した。

 大陸南端の大山脈に住む山岳国家ビードの連中は、大陸南方では「山の民」とも呼ばれていた。

 大河川の恵みを糧として生きる集団ならば、確かにそれは「川の民」と呼ばれて然るべきなのかもしれない。

 だが、ローランにとっては、初めて聞く言葉だ。

 後ろでナツメが若干そわそわしつつも、興味深そうに話に聞き入っているのが感じられる。

 

「面白いな。色々な知恵があるもんだ」

「ははは、だろ? 俺らからすればむしろ、大山脈の山の民の暮らしが気になるんだけどよ」

 

 若頭は楽しそうに、酒をぐいっと煽った。

 そして空になった杯へ、すぐに瓶から追加の酒を注いで、また呑む。

 瓶を差し出されたので、ローランも付き合いで呑んだ。

 やはり、中々に濃い。しかも、何とも言えない奇妙な後味がある。

 これも、川の民ならではのものなのだろう。

 

「んぐ。山の民といえば、山岳国家ビードか? あ、いや……俺はサレより南に行ったことないから、よく知らねえけど」

「そうそう、ビード! それだそれ。数年前にヴァルゲンで聞いたんだがよ。あいつらもうフォルラザに滅ぼされたけど、山を走る鳥の魔物に乗ってたらしいんだぜ。鳥の魔物なのに空飛ばなくて、代わりに馬より速く山の斜面を走り回ってたんだってな。んぐ、んぐ。ぷはぁ~……そんなの絶対、楽しかっただろうなぁ……」

 

 若頭は酒をまた呑み干して、幼い少年のような純朴な笑みを浮かべて目を閉じ、何やら浸り始めた。

 だいぶいい感じに、酒が回ってきているらしい。

 ローランは乾いた笑いで応じるしかなかった。

 

 大山脈の怪鳥は、楽しいなんてものじゃない。

 ビードの最精鋭"山騎士"の駆る、山岳戦最強の魔物だ。

 山騎士は大陸南方において間違いなく、フォルラザの戦神騎士の次点に位置づけられる猛者達だった。

 フォルラザが南方の覇者となるための最大の難敵だったし、ローラン個人にとっては、苦い思い出が残る相手でもある。

 大事な緒戦において山騎士の猛威に怯えたせいで副長に殴り殺されそうになった上、それを多数の同朋に見られたのである。同期のノーラにも見られた。

 汚名はきっちりその後の活躍で雪いだが、それでもあの無様で当分周囲にからかわれたのを、今でも覚えている。

 

「ありゃ。もうねえや。おーい、ビアンカ! 酒ー!!」

 

 奥隅に座っていた、ビアンカと呼ばれた中年の女性が苦笑しながら立ち上がった。

 そして部屋から出ていき、すぐに追加の酒瓶を数本持ってきた。

 

「ごく、ごくっ……ふぅー。ひっく、そもそも俺らみたいな普通の川の民ってよ……五枝水軍のせいで、大陸東方じゃシンガにがっつり嫌われて、その同盟相手のラガニアにも当然嫌われてよ。ったく、あんなのと一纏めにするなっつーの。ひくっ……なぁ?」

「……? あ、ああ……五枝水軍な」

「中央ではオズワルドの奴らが飛びトカゲで脅して、コキ使おうとしてくるらしいし。ク・アリエは大河川どころか川全部の都気取りで、たまに上がっていってやってもクソ偉そうだしよ……ひっく。あと、あれだ。西方では最近マーブリスが、蛮地や闇まみれの妙な国とやり合い始めただろ? だから俺らもう、北方と南方のせっまーい地域にいるしかなくてよ。この辺りじゃ実質、ヴァルゲンで物売るしかねえんだわ」

「……?? えー……まあ、そうだろうな、うん」

「んぐ、んぐ、んぐ。げぷっ。いっそのことク・アリエのバカヤローどもを、シンガかラガニアが攻め落としてくれりゃいいのにな。ひっく、んぐ……そうすりゃ五枝水軍だって後ろ盾と商売に困って、ひっく。シンガに媚びるしかないだろうしよ。まあ、あれだけ長く荒らしてれば……ひくっ、今さらシンガに頭下げても、水軍としてはぶっ潰されるだろうがな、ははは! んぐんぐ、あーそれか無理にアリエ湾に遠征して、そのままアリエスの餌でもいいな、わははは!!」

「??? お、おう……」

 

 上機嫌で大笑いする若頭に対して、ローランはよく分からず適当に相槌を打った。

 酒が回りきった中年男の口からは、聞いたことのない名前が矢継ぎ早に出てきて、全く話についていけない。

 オズワルドとラガニアは分かる。

 シンガとマーブリスも、かろうじて知っている。

 それぞれ大陸東方と西方の大国のはずだ。

 あとの話はほぼ理解できない。

 ただ、川の民が大陸の情勢に非常に詳しいことと、その中にも危険な連中がいることくらいは、何となく察せられた。

 

「ひっく、うぷ。というか、おっふ。そもそも、ク・アリエの奴らが全部悪いんだよなぁ……あいつらが五枝川とオズワルドに……」

 

 またよく分からない長話が始まろうとしている。

 酒が入って饒舌になる人間が、ローランは嫌いではない。

 酒は楽しく呑んで酔い、楽しく騒ぐのが一番なのだ。

 

 しかし、流石にある程度酔いを冷ましてやらなければ、まともな問答にならないと思った。

 少なくとも、先ほど話題に上がっていた、川の魔物が嫌う特殊な木を手に入れられるようにしなければ。

 若頭の話ぶりにだいぶ身を乗り出してきていたナツメをそっと後ろに押し戻し、ローランは口を開いた。

 

「……なあ。昼間に村へ来てた魔物達なんだけど。あいつらはよく来るのか?」

「んんー? ひっく、いや……俺は初めて見たな。この辺の森や山にいる魔物が村に来ることはたまにあったけど、大きくても猿くらいの大きさだったしな。ただ……えー、ひっく、なんだっけ? ……そうそう。うちの村にも、"海"の前の河口まで漁に出る奴らが何人かいてよ」

「"海"……? えー、あー……ああ、知り合いの魔術士が言ってた……ような?」

「俺は"海"嫌いだから、あっちの方には行かねえんだけど。そいつらが言うに河口の傍に結構デカい森があるから、そっから来たんじゃねえかって。ひっく」

「そうか。とにかく、若頭のあんたでも見たことない大きな魔物が、その森から急に来たかもしれないんだろ? だとしたら、森の状況が最近変わったのかもしれない。何か対策考えないと今後同じのが何度も来て、ずっと被害受けるかもしれないぞ」

「……ん。ああ、言われてみりゃそうだ。ひっく。ただあの大きさの魔物の巣なんて、俺らにはどうしようもないしなぁ……ヴァルゲンがわざわざ軍出してくれるとは思えないし。あっ、レオンさん。あんたどうにかできないか?」

「…………できるわけないだろ。あんたらの援護貰っても、三匹相手にして死にかけたんだぞ? あいつらの巣になってるような森に突っ込んだら、絶対死んじまうし……というか俺はラガニアに荷物届ける仕事の最中だ」

「だよなぁ。参ったぜ……ひっく」

 

 現実的な問題の話で少しは酔いが冷めたらしく、若頭は顔をしかめて頭をかいた。

 その姿を見てローランは、少し悩んだ。

 ヴァルゲンの傭兵と名乗った手前、かなり苦戦したフリをしたが、実際には魔物の力は大したことなかった。

 それに今自分は、魔物の気配を広範囲で感知できるナツメを連れているのだ。

 時間をかければ、その森の魔物を一掃するくらいはできるかもしれない。

 とはいえ、さすがにそれをやれば、自分がただの傭兵でないことに間違いなく気づかれてしまうだろう。

 ナツメを故郷の山に送り届けて、本来の目的地のラガニアに行くのも大幅に遅れる。

 何よりナツメは、魔物の殲滅の手伝いなどさせられれば、強く心を痛めるだろう。

 視線を後ろへやると、何とも言えない表情のナツメと目が合った。

 

「……悪いな。冷や水ぶっかけるような話しちまって」

「いや、いいんだ。あんたの言う通りだ。確かに何か考えねえとな……」

「せっかく美味い酒もらってるんだし、面白い話も聞かせてもらってるし、なんとかしてやりたいけど……いや……それでも俺じゃ到底、力不足だ。すまん」

「いいって。……レオンさん。俺、あんたが気に入ったぜ。多分、船着き場見て助太刀してくれたんだろうけど、あんなデカい魔物に立ち向かってよ。俺らの今後の心配までしてくれてよ」

「…………俺は所詮傭兵だ。結局、全部打算だよ。船着き場見て助太刀したってのは、大当たりだ。この村に恩を売れば、大河川渡るのに手っ取り早いと思ってな」

「はは。打算なら、打算だって言うべきじゃねえぜ。あんたもっと口が上手くならねえとな。ヴァルゲンじゃ、売り込みの上手さだって大事だろ?」

 

 杯に注がれた酒を一息で呑み干し、ローランは口元を拭って、俯いた。

 ここまで嘘を信じきられては、逆に申し訳がなかった。

 この若頭は、好感が持てる人物だ。

 オズワルドを嫌っているようだし、正体を明かして、腹を割って話してもいいかもしれない。

 

「…………っ」

 

 そう思って開きかけた口を、ローランは無理やり閉じた。

 オズワルドが大陸南方を得た以上、南方の集落に戦神騎士の生き残りと関わりを持たせるのは、やはり軽々しくすべきではないのだ。

 あの大柄な魔物がたまに来るよりも、ずっと不幸なことになる可能性だってある。

 

「……よし、決めた。十本だ」

「え?」

「あんたに十本、俺らが船に使う森の木を教えてやる。それとイカダを作れるような、丈夫な縄もやる。あと、保存の効く食糧だ。そのくらいしか助太刀の恩が返せねえが、それでよければさせてくれ」

「っ! ……ありがたい」

 

 ローランは深く頭を下げた。

 後ろでナツメも、頭を下げる。

 

「本当なら、しっかりしたイカダが作れるよう村で手伝ってやりたいところだけどよ……」

「いや、それは自分で何とかする。川を渡るのも、村からだいぶ離れてだ。誰に見られるってわけでもないだろうが、万が一のこともあるからな」

「……すまねえな、助太刀の礼がこんな冷たいもんで。あんたの言う通り、村人集めて魔物への対策も練らねえとだし。……ただ明日の朝、若い奴を一人つけて離れの木を教えさせる。もし急にオズワルドの飛びトカゲがすっ飛んできて見られても、そのくらいなら怪しまれねえだろ」

「それで充分だ。……これで、俺もちっとは売れる傭兵になれるぜ」

「おうよ。何かあったら、また手伝ってくれるとありがてえな。……あ、その時は格安でな?」

「ははは、考えとくよ」

 

 若頭とローランは笑い合いながら杯を酌み交わした。

 おそらくは、もうこの村と関わることはないだろう。

 それでも、この出会いは大切にしておきたかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 結局、若頭はその後また酔いが大いに回り、全く理解できない長話を延々と繰り返して、やがてそのまま横たわってイビキをかき始めた。

 部屋の隅でずっと静かにしていた恰幅のいい女性がローラン達の前までやってきて、中年男の頬をぺちぺちと叩く。

 だが酔っ払いは、いっこうに目覚めない。

 

「あらら、まあまあ。こりゃ久しぶりに、がっつり潰れたもんだねぇ」

「……申し訳ない。村で大ごとがあったばかりなのに、余所者の俺につき合わせて呑み潰しちまった」

「いいのいいの。普段ずっと、村長の代わりに気を張ってる人だからね。あんたみたいな、何のしがらみも無い相手と話せるのが嬉しかったんでしょうよ」

 

 ビアンカと呼ばれていたその中年の女性は、朗らかに笑った。

 

「今夜はここに泊まっていくといいよ。……と思ったけど、あんた自分の外套持ってないのかい?」

「…………まあ、あんまり売れてない食い詰めもんでな」

「ふーん。その割にそっちの可愛らしいお嬢さんには、ちゃんと着せてあげてるんだねぇ」

 

 ビアンカは何かを見透かすように、首をかしげた。

 若頭と違って、だいぶ勘が鋭いのかもしれない。

 ローランは目を逸らして、杯に残っていた酒を煽った。

 ナツメはいつの間にか、座ったままうつらうつらと揺れている。

 

「ちょっと待ってなよ。外套くらいあげるから」

「……若頭には、もう充分な報酬を約束してもらった。これ以上は」

「そりゃあ村としての礼だろう? あたしからの礼ってことでさ。……この人があれだけ楽しそうに呑むの、久々に見たからね」

「あんた、若頭のカミさんか?」

「まあねぇ。お人好しだけが取り柄の、うだつの上がらない幼馴染だと思ってたのに。そんなだから色々背負わされる羽目になっちゃって。少しくらいは、支えてやろうかってね。あはは……逆に追加で三人も、背負わせちまったけどね」

 

 そう言って自分の腹をさすって笑う女の顔は、とても優しげだった。

 幼馴染。ローランには、そんな相手はいなかった。

 十五歳で成人するまでずっと、母相手にひたすら剣を打ち合い、戦の心構えや文字の読み書きを叩き込まれて育った。

 あえて自分にとってのそういう相手を考えるなら、やはり同期のノーラになるだろうか。

 気高くて、怜悧で、果敢で、悔しいが自分より武力があって。

 しかし、頑なに自分に弱みを見せようとしない女だった。

 王に旗槍を賜った時、あんなに分かりやすく震えていた女だったのに。

 今や戦神の軍の再起と竜神の国への復讐を誓い、残った唯一の戦神の旗を掲げている。

 

「……んぐ」

 

 最後の酒瓶から酒を杯に注ぎ、一気に呑み干す。

 あの旗槍の重さは、フォルラザがあった頃より遥かに増していることだろう。

 野心を秘めた女だったかと、今さらそれをむき出しにした馬鹿だったかと、あの夜は思った。

 だが、オズワルドから逃げ延び、こうして旅をする中で、ノーラが果敢に旗を掲げ続けていることが自分にとっての確固たる支えになっていった。

 

 当然、今だってそうだ。

 あの同期の持つ獅子の赤旗が、最後にかけられた力強い言葉が、心の拠り所になっている。

 だけどこうして、濃い酒が染み渡った頭で、改めて考えていると。

 あの夜の再起と復讐の誓いは、本当は彼女なりの、虚勢だったのかもしれない。

 そんなに心の底から強かで、率先して誰よりも先頭を走ろうとする女ではなかったはずだと、今さらながらに振り返って思う。

 あの場の勢い任せに別れることなく、同期として傍で支えてやるべきだったのではないか。

 そうすればまた、違う道があった──かもしれない。

 しかし今となっては、何もかも遅い話だ。

 

「…………」

「…………」

「……ははあ。あんたにも、良いお相手がいそうだね」

「いいや、どうだろうな。到底釣り合いが取れてない、何もかも遠くなっちまった奴だ。それにずっと、意地の張り合いばっかりしてた。今さら、そんな気がしてる」

「あはは、そりゃ難敵だねぇ。けど、遠くばっかり見るんじゃなくて、すぐ近くもちゃんと見てあげておくことだね。……まあ、心配いらなさそうだけどさ」

「?」

 

 よく分からない言い回しに、ローランは酒気ですっかり熱くなった頭を捻った。

 こてんと背中に、うたた寝していたナツメがもたれてきて、すぐに謝って座り直した。

 ビアンカはクスクス笑う。

 

「さてと。他にも入り用なものがあったら、用意したげるよ。何かないかい?」

「特には…………いや、やっぱり一つだけ。本当に図々しいが、粗末なものでいいから剣を一本くれないか?」

「剣?」

「この連れに、持たせておきたい。金はあるだけ払う」

「……そうかい。分かった。ちょっと待ってなよ」

 

 ビアンカはナツメの方を見やり、少し表情を曇らせて、若頭を引っ張っていって席を外した。

 そしてほどなくして、若干短めの剣一本と、外套を一枚持ってきてくれた。

 鞘に納められている剣を、ローランは少しだけ抜く。

 軽いが刃は磨き上げられ、剣帯も備わっている、しっかりとした造りのものだった。

 ナツメが護身に持つならば、最適な逸品である。

 外套の方も、厚手でフードがしっかりついた上等な品だ。

 

「……ありがとう、ビアンカさん。代価を」

「いいよそんなの。あたしからの礼だって言っただろ?」

「しかし」

「売れてない食い詰めもん、なんでしょ? ……あんたらが本当はどこに行って何をするのか知らないけれど、もしものためにお金は残しておきなさいな」

「ぅ……」

 

 ビアンカの温かい眼差しは、やはりローラン達の事情を何となく見透かしているようだった。

 重ねて礼を言って頭を下げると、ビアンカも頭を下げて、そして部屋から出ていった。

 ローランはナツメと床に横になった。

 もうすっかり、夜更けになっている。

 

「すごく優しい人ですね、ビアンカさんは……」

「ああ、本当にな。若頭共々、良い夫婦だ。俺達みたいな急に飛び込んできた、得体の知れない連中なんかに」

「若頭さんのお話も、とても面白かったですね。全然知らない名前がいっぱい出てきて、この大陸は広いんだなって感じました」

「ん、確かにまあ結構面白かったけど。けど、聞き覚えの無い名前連呼されても、俺は頭に入ってこねえんだよな。そもそも大陸の地形だって、南方一帯しか頭に浮かばねえし。途中からは適当に頷いてただけだったよ。……正直、ちょっとしんどかった」

「あはは……」

「それよりナツメ。この外套羽織れよ。こっちの方が分厚くて上物だ」

「いえ、大丈夫です。ウチはローランさんに貰った、この外套が良いですから……ふわぁ」

 

 ナツメが大きな欠伸をして、目を擦る。

 若頭の酒に付き合っている間、ずっと黙って座っていたのだ。

 退屈で疲れたことだろう。

 とはいえ、久々に屋根の下で寝られる。

 床には、丁寧に編まれた柔らかな敷物がされてあった。

 少しは、旅の疲れが取れるはずだ。

 

「……ローランさん」

「何だ?」

「ウチ、お荷物になってますよね。ごめんなさい」

「はあ? …………あのな。お前、それは村に入る前に一緒に考えた嘘だぞ? 本気にするなよ」

「でも、お荷物なのは本当で……それにウチのせいで、あんなに優しい人達を騙させちゃって……」

 

 向かい合って横になっているナツメの真紅の瞳から、涙が一筋落ちた。

 ローランや若頭夫妻への罪悪感を噛みしめ、苦しそうに呻いている。

 とっくに分かっていたが、やはり純粋で繊細で、心優しい少女だ。

 襲ってきた魔物を悼むくらいだから、それも仕方ないのかもしれない。

 ローランは若干呆れながらも、昼間のように涙を拭ってやった。

 

「泣くな、ナツメ。お前を故郷の山に送り届けるって決めたのは、俺自身だ。自分で決めたことだから、俺はきっちりやり遂げたいんだ」

「でもそれは、ウチがあの時お願いしたから……」

「それにこの村とも、多分これっきりだ。村の危機に助太刀した見返りに、礼を貰う。酒を呑んで仲良くなったから、厚意を受ける。確かに正体を偽りはしたが、お互いのやり取り自体は、何も道理から外れたことじゃない」

「……ぐすっ、でも」

「『でも』はもういい。泣くなってば。お前は……えーと、あれだ。お前は泣くより笑ってる方が、ずっと魅力的だ」

「っ……!!」

 

 ナツメの端正な容貌が、朱に染まった。

 いや、自分は酔っているし眠たくて目が霞んでいるし、気のせいかもしれない。

 

「ふわぁ……もう寝ようぜ。明日からはイカダ作りだ。ガッツリ働かせるからな? 剣の練習だってこれからは、木の枝じゃなくてもらった剣を使うぞ」

「はい……はい、頑張りますっ!」

 

 ようやく、ナツメの顔に笑顔が戻った。

 ローランも笑顔を返して、目を閉じた。

 酒気と眠気が重たくのしかかり、もう意識が落ちそうだった。

 

「ローランさん」

「ん……?」

 

 ナツメがか細い声で何事かを言ったが、よく聞こえず、ローランは眠りの中に沈んでいった。




若頭の話の中に多数の固有名詞が出ましたが、当分話には大きく関わりません。
「酒の場で出たよく分からない愚痴」程度の認識で大丈夫です。
もう少し話が進んだ時に、また大陸地図は改めて更新したいと思います。
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