戦神騎士物語   作:神父三号

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第18話 ディーンの国・俺の国

 大山脈に夕陽が沈む頃。

 

 二人の腹心が、オズワルドの第四王子ディーンの居室に戻ってきた。

 椅子に腰かけたディーンの前で、隻眼の将ゲイリーと若き文官オルソンが手を後ろで組んで直立する。

 竜神の国が戦神の国を攻め滅ぼして手に入れた、この大陸南方。

 その統治をしっかりと進めていく上で現状やるべきことを一つか二つ、考えてくるように命じてあった。

 

「よし。まずはゲイリーからだ」

「私からは二つ申し上げます。まず一つ目ですが、兵士の質が悪いので、しっかりと鍛え上げるべきです。オズワルドの兵士がフォルラザに質で遥かに劣るのは先の大戦で私自身痛感しましたし、戦神の民との生き方の違いを考えれば仕方ないことですが、それにしても南方総督府の兵は質が悪すぎますな。殿下が入城するというのにだらだらと道を空け、列の中には欠伸をしている者も武器をだらしなく下ろしている者も見かけました。早急に調練をしっかりと行い、改善すべきです」

「……分かった。もう一つは?」

「もう一つは、軍を動かす際の話です。軍は最小でも兵五百人に飛竜兵一騎。五百より兵数を削らざるをえない事情があっても、飛竜兵は必ずつける。これをあらゆる軍事行動の最低条件とすべきだと思います」

「先の大戦の経験を踏まえた上での話か」

「それもありますし、何より直近で大山脈に送られた兵三百人が、伝令すら出せずに殲滅された事例があります。オズワルドが慣れていない山岳戦だったということを考慮しても、生き残った戦神騎士達の武力は異常です。その例から単純に考えれば、兵を三百以下で小分けにして動かすのは多くの場合、彼らにとっては格好の餌にしかなりません。鍛え上げれば多少対応はマシになるでしょうが……私としてはそもそも相手が攻撃を断念するように、せめて躊躇するように、軍を動かすべきだと考えます。ですから、常に飛竜兵です。戦神騎士達がこの南方に潜伏している限りはとにかく、飛竜兵を軍のあらゆる行動の前提にすべきです」

 

 ディーンは腕を組んで、机を見つめた。

 

 兵士の質の悪さは、確かにすぐに改善し始めるべきだ。

 ごく少数の戦神騎士相手に伝令も出せないまま数百人が一方的に殲滅されるようでは、まるで話にならない。

 将の怯えが兵士に伝播しているのもあるだろうし、自分と同じように「半ば国外に追放されたようなものだ」という後ろ向きな感情で士気が下がっているのもあるかもしれない。

 だから性根を叩き直すようなことをすべきだと、ゲイリーは言っているのだ。

 

 それと、軍の動かし方。

 消耗した南方の駐屯兵九千に麾下の一千を加えて、総勢で一万人の兵士。

 飛竜は自分の乗ってきた一頭を入れて、十一頭。

 ディーンは軍事には疎いが、この総督府の守りを考えれば、兵五百人と飛竜兵一騎という単位で動かせる軍の数は、およそ五、六くらいが限界な気がする。

 そういう規模の軍五つ六つで、広大な大陸南方を鎮撫して回り、維持していく。

 少し厳しいのではないか。

 それらをひと纏めにして動かせば、まだマシになるか。どうだろうか。

 

 ただ、そもそも戦神騎士に安易に攻撃されないように常に飛竜兵を伴って軍を動かすべきだという、ゲイリーの考えはもっともである。

 奴らが南方に潜んでいる以上はとにかく飛竜兵、いや、飛竜に頼る。

 それが先の大戦を戦い抜いた将の、結論なのだ。

 その考えは、先ほどゲイリーから大戦の話を聞かされたディーンにも、よく理解できる。

 極端に考えると、兵百人の部隊を百回殲滅されれば、それで南方の兵一万は尽きるのだから。

 それに、フォルラザの残党は決して十人以下の戦神騎士達のみというわけではあるまい。

 昼間の引見によれば戦神の民の集落だって、まだいくらか残存しているというのだ。

 

 だが一方で、飛竜兵で常に威圧して回るというのは、「竜神の国とはどこまでも飛竜頼みで、飛竜の威を借りなければ領土の統治すらままならないのだ」と南方の民草に思われることになるようにも感じる。

 竜神の民ならばそういった統治の在り方を何とも思わない者の方が多いだろうが、この南方で生きている人間達は違う。

 いずれ戦神騎士達が南方からいなくなった時に、そんな印象が定着していればそれはおそらく、総督府の統治にまた別の困難を生むだろう。

 まあ、実際にどうするかは、これからじっくりと話し合って決めていけばいい。

 

「うむ……次、オルソン」

「はい。私からも二つです。まず一つは土地の開発。総督府の周辺はほとんど荒れ地です。おそらくかつてのフォルラザはこの荒れ地を軍の調練の場としていたからそうなっているのでしょうが、これを兵士に開墾させて、作物を育てられるようにすべきだと考えます」

「兵士に荒れ地の開墾を?」

 

 ディーンはよく分からない提案に、首をかしげた。

 

「畏れながら殿下は、オズワルドの軍の性質をご存知でしょうか?」

「……都に常駐する正規兵達は厳しい調練と軍役を課せられる代わりに、俸給を貰って都やその周辺に家を建てて暮らしている。まとまった数が必要な場合は、その都度方々の村や街から徴兵して調練する……だったはずだ」

「はい。今南方に残されているのは後者の、徴兵された者達です。ですからゲイリー様のおっしゃるように、数はいても質が悪いのです」

「それが開墾と、何の関係がある?」

「将や文官の中で比較的まともな者達から、話を聞きました。現在、南方の駐屯軍を維持するための糧食の大半はオズワルド本国から複数の飛竜兵を伴った軍勢で輸送し、それでも足りない分は周辺の村々からの徴発……いいえ、略奪によって賄っていると」

「略奪……」

「南方一帯は、森や山は多くても長い戦乱で平地は荒れ果てているそうですから、南方の環境に慣れていないオズワルドの軍では必然的にそうなるでしょう。下手に森や山を漁ろうとすれば、フォルラザの残党に出くわす危険だってありますので、仕方ないことです。しかし、そういう略奪を方々でするから、簡単に戦神騎士達の餌食にされる。また、仮に軍事行動のやり方をゲイリー様のおっしゃるように整備しても、今の軍の在り方では絶対に長続きしません。大砂漠を越えての輸送は本国に大きな負担がかかる上に、略奪を続ければ民心も集められず、その上いずれ奪える物もなくなって、兵士は飢えます」

「……うむ」

「さらに申し上げれば、輸送の軍勢を戦神騎士達に奇襲されると、本国からの援助も危うくなるかもしれません」

「輸送の軍勢を奇襲? しかし、複数の飛竜兵がついて輸送しているのだろう? 奴らとてそんな危うい真似は……」

「いえ、殿下。私もオルソン殿の危惧は正しいと思います。今残っている戦神騎士達はあの大戦を生き延びた、最精鋭中の最精鋭なのです。森や山に気配を殺して潜み、近くを通りがかった輸送の軍勢へ飛竜兵の迎撃をかいくぐって一撃加え、素早く離脱して逃げ隠れする……賭けのような攻撃ですが、その賭けが数度通れば、あの都の連中は南方への輸送を躊躇う可能性が出てきます。そうなれば南方総督府は、あっという間に干上がりますぞ」

「……この大陸南方は、竜神の民の多大な犠牲の果てに勝ち取った土地だ。統治が安定した後ならまだしも、今の段階で早々に援助を打ち切って総督府を見捨てるなどと、流石に都の連中でも言わないように思うが……」

 

 それはどうだろうか。本当にそんなことはありえないと、言いきれるだろうか。

 二人の腹心は揃って黙りこくり、眼差しのみでそう語ってきた。

 オルソンの提案を、十六年しか生きていないディーンは頭の中で必死に整理する。

 

「……要するに自分達が食べる物くらいは、自分達で作るべきだということだな?」

「ええ。南方の兵は、村や街から徴兵された者達ですから。幸いにも都暮らしの正規兵よりは、そういう生き方を知っています。軍をしっかりと統率して行えば、広い範囲の開墾が効率的に可能なはずです。……また、こういった多数の兵士を使っての組織的で大規模な土地の開発は、大陸東方の太陽の国シンガでかつて成功し、それでシンガは飛躍的に力を伸ばしたと聞きます。あの国はその結果、五枝水軍とぶつかり合うことになってしまったようですが……それでもシンガに出来たのならば、我々にだって出来るはずです」

「…………」

「ゲイリー様のおっしゃる、調練の一環としてやらせるような形でもいいでしょう。最初は非常に苦しく、成果が出始めるのにも時間がかかるでしょうが、長い目で南方の統治を考えるならばすぐにでもとりかかるべきです!」

 

 オルソンの小難しい話を、ディーンは目を閉じてよく咀嚼した。

 頭が痛い。大広間での引見から、文武の腹心二人と長話だ。

 途中で休憩したが、それでも頭がもう爆発しそうになっている。

 それでも南方の総督として、聞くべきことを聞かなければならない。

 

「……分かった。もう一つを聞こう」

「この攻め滅ぼしたままにして放置してある、フォルラザの都跡。これをしっかりと片づけて、整備しましょう。まずは焼けた家々や瓦礫の撤去といった、基本的なことからです」

「兵士をきちんと住まわせるためか? 確かに、いつまでも荒れ地に築いた仮初の営舎で暮らさせるのはどうかと思うが……」

「当面の理由は殿下のおっしゃる通りです。……しかし最終的にはこの総督府を、大陸南方の確かな要とするためです! 先ほどの土地の開発とも繋がる話ですが、私はここを商人や民草が自然と集まってくるような、豊かで活気のある場所にすべきだと考えています。立地は申し分ありませんから、きちんと整備さえすればこれもできるはずです!」

「……オズワルドの第二の都にするということか?」

「そうです! それでいてあの王都のような国内の富を全て集約する場所ではなく、南方全体を富ませるための、まさに要となる都にできれば……!」

 

 身を乗り出したオルソンの涼やかな容貌が、紅潮している。

 王子の面前で王都を非難する無礼を働いているのにも気づかぬほどに、昂っているらしい。

 ゲイリーが横目でそれを見て、苦笑した。

 笑われたことで我に返ったオルソンが慌てて謝罪して、直立の姿勢に戻る。

 ディーンは僅かに微笑んだ。

 

 二人とも、不遇の身だったのである。

 オズワルドという国の在り方にはやはり、色々と思うところがあるようだ。

 自分の考えで試してみたいことも、多いのだろう。

 

「……二人の意見は分かった。兵の質、軍の動かし方、土地の開発、総督府の整備。……語ってくれたこと一つ一つと、皆で向き合っていこう」

「ありがとうございます、殿下」

「殿下。あとは前総督が帰国される際の護衛についてですが」

「ああ、あったなそんな話も。……ただでさえ余裕がないのに、大砂漠の往復か。約束などしなければよかった。適当な理由をつけて、輸送の軍勢と一緒に帰ってもらう……では駄目か?」

「あれでも高貴な家柄の男です。失礼がなく、かつ安全を確保できる程度の数はつけるべきでしょうな。本国で悪評を垂れ流されたら面倒ですぞ」

「そうだな。その手配はゲイリーに任せよう。よいな?」

「承知いたしました」

 

 その後、ディーンは腹心達からいくつかの報告を受けた。

 彼らが総督府にいる者達からとりあえず聞き集めてきた、南方の占領統治に関わる話である。

 これで今日話すべきことは、話し終えた。

 ディーンがそう思った時だった。

 

「……殿下。僭越ながら、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

「構わん、オルソン」

「この場だからこそ……オズワルドが得た大陸南方を治めるということに殿下の下で真面目に向き合い始める初日だからこそ、お聞きしておきたいことがあります」

「何だ?」

 

 オルソンは一瞬視線を下げ、しかしその後はディーンの目をしっかりと見つめてきた。

 

 

「殿下は、大陸南方を占領統治するということ自体を、どう考えておられますか?」

 

 

 オルソンを見ていたゲイリーの隻眼も、こちらを向いた。

 

 

「……戦神騎士の生き残り達。西方のマーブリス。東方のシンガとラガニア。北方の蛮地。大陸中央のオズワルドは南方を領土としてなお、相変わらず敵だらけだ。……いや、違うな。今までは表面上敵対していなかった連中が、これからは明確な敵になっていくかもしれない。そうなれば大河川の都ク・アリエだって、オズワルドに見切りをつける可能性がある。……私は何となくそう感じている。二度の大戦でオズワルドが大きく疲弊した今、大陸の各勢力は隠し持っていた牙を剥き出し始めるのではないか、戦神騎士達の動きがそれを促すのではないか、とな。あくまで、視野もまだ狭い世間知らずな私の、何の根拠もない予感での話だが。しかし……」

 

 

 ディーンは大きく息を吸った。

 自分は、竜神の国オズワルドの第四王子だ。

 大陸南方を治めて本国の糧とするために、総督として下向してきた。

 しかし。それだけで終わりたくはない。

 これは苦境であると同時に、好機でもあるのだ。

 妾腹の第四王子である自分の前に転がってきた、おそらく次はないであろう、絶好の機会。

 

 だから、この場限りだと思って、言いたいことを言おうと決めた。

 

 

「しかしそれでも、この大陸南方はきっちりと治めるべきように治める。大陸中央からの援助が途絶えても、自分達でしっかりやっていけるような場所にしたい。その上で、積み上げたものをただ中央に搾取されるような、憐れな場所にはしたくない。理不尽なことをあちらが命じてくれば、毅然と跳ねのけられるような、そして外敵にも脅かされぬような……そんな"国作り"をしたい。私からは以上だ」

 

 

 二人の腹心の目が、確かに輝いた。

 いや、火が点いたというべきかもしれない。

 ディーンにはそう感じられた。

 自分の見る目はどうやら、正しかったようだ。

 言葉に含ませた思惑を、二人はよく理解している。

 

「……よし、もういい。二人とも南下の旅で疲れ果てているだろう。今日はもう休め。明日からは早速、色々と動き始めたい。忙しくなるぞ」

 

 二人の腹心は深く拝礼し、部屋から出ていった。

 

 言った。

 言ってしまった。

 オズワルドの第四王子の身で、南方総督の身で、言いたいことを言ってしまった。

 

 ディーンは大きな後悔と、それを越える解放感を味わっていた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 南方総督に着任した、その夜。

 ディーンは近衛兵を二十人連れて、フォルラザの焼け崩れた都の中を歩いた。

 

 下向の旅を終えてすぐに大広間で引見をして、その後に腹心達との長話である。

 疲れた。

 

 軍事も政治も、本を読んだり教師に聞かされただけで、実際の経験など一切ないのだ。

 それなのにゲイリーもオルソンも容赦なく、自分の考えをガンガンと叩きつけてきた。

 確かに直言を許しはしたが、それでも十六歳の王子である自分に対して容赦がなかった。

 二人とも不遇だっただけはある、実直さの塊だ。

 

 南方総督となった初日から大いに、疲れた。

 

 近衛兵に気づかれないように小さくため息を吐き、ディーンは大きく左右を見渡した。

 燃やされた家屋と瓦礫の山ばかりの、大きな戦神の都。

 流石に闇の魔物が沸かないように屍は片づけられていたが、後の始末はほとんどされていない。

 南方を任された将も文官も、前総督に何の進言もしなかったのか。

 それとも、見せしめや腹いせのつもりでこうやって捨て置いていたのか。

 確かにオルソンの言う通りだ。

 さっさと片づけて、せめて兵士達の住まいくらいは整備しなければ、「これが私の南方総督府だ」と胸を張ることすらできない。

 

 ディーンはとある焼け崩れた家の前で、何となしに立ち止まった。

 一見普通の家に見えるが、よくよく散らばっているものを観察すると、どうやら小さな商いか何かをしていたようだ。

 

「……ん」

 

 半分炭になった壁板の破片。その隙間に、月の光で輝く何かが見えた。

 近衛兵に命じて壁板をどけさせ、ディーンはそれを拾った。

 特に飾り気のない、白銀の首飾りだ。

 攻め滅ぼされた直後の都ではおそらく、飛竜が破壊した残骸の中をまさぐるような凄惨な略奪も行われたことだろうが、これはどうやら運良く兵士達に見つからず、焼けもせずに今まで残っていたらしい。

 奇跡的にも、首にかけるための紐までしっかりとついたままだ。

 

 

「白銀、か」

 

 

 ゲイリーとオルソンが居室に戻ってくるまでの間に、ディーンは戦神の国の王子が遺していた本を一冊、軽く読んでいた。

 それによると白銀は吼える獅子と並ぶ、戦神の象徴だという。

 果敢に戦う者のために光り輝く、戦神の加護の触媒だという。

 

 フォルラザはオズワルドにとっては、侵略者だった。

 だから迎撃し、二度目がないように逆に侵略して、攻め滅ぼした。

 それは何も間違った行いではない。

 

 オズワルドは建国者が竜神と"秘めた契約"なるものを結び、飛竜の協力を得て、興された国だ。

 だが、後の代で大陸中央の覇者となった後は長きに渡り、それ以上の領土の拡大を行おうとしてこなかった。

 飛竜の力で強引に攻めようと思えば東西南北のいずれも、おそらく手に入ったことだろう。

 大陸全土を統一することだって、これまでの王家の代のどこかで出来たかもしれない。

 しかし、それは結局為されなかった。

 

 ディーンはフォルラザとの二度の大戦であっという間に疲弊して荒れた本国を、空を舞う飛竜の背から見た。

 そして今日、この無様な南方総督府の姿も見た。

 だから何故今までオズワルドという国が大陸中央を統べるに留まり、それ以上の領土欲を出さなかったのか、その理由はよく分かる。

 それが今の王の代になって南方へ向けて攻め入ったのは、フォルラザの側が先に攻めてきたから──父である王に言わせれば「竜神の逆鱗に触れたから」なのである。

 だからそれは決して、間違った行いではない。

 

 南方の覇者にまでなった戦神の国は、滅ぼさねば何度だって竜神の国に攻めてきたことだろう。

 大戦が幾度となく繰り返され、民は今よりももっと困窮したことだろう。

 だから非があるのは間違いなく、侵略してきた戦神の国フォルラザの側なのだ。

 

 そしてどこかの時点で講和することだって、現実的ではなかったはずである。

 竜神と戦神。そもそも、信仰する神が違うのだ。

 

 ディーンは戦神の信仰の在り方についても、フォルラザの王子が遺していた本で読んだ。

 戦い、殺し、屍の山を築き、勝利を捧げること。

 それが戦神を信仰して生きることだという。

 そんな信仰を持つ国と争い始めれば全力でぶつかり合うしかなく、そうすれば必然的に、滅ぼすか滅ぼされるかという話になる。

 散々南方諸国を滅ぼしてきたフォルラザが、大陸中央のオズワルドとぶつかって、ついに滅ぼされる側に回った。

 それだけのことでしかない。

 

 だから滅亡はフォルラザの自業自得で、生き残りの戦神騎士達は逆恨みで動いているだけだ。

 客観的に見れば間違いなく、そういうことになる。

 しかし。

 

 

「……繰り返すだけだ、このままだと」

 

 

 しかし人間とは本当に、そんな在り方でいいのだろうか。

 信仰、生き方や考え方の違いでぶつかり合い、殺し合い、滅ぼし、滅ぼされる。

 そんな在り方でいいのだろうか。

 戦神を信仰して戦いに生きることそのものが間違いだなどと、容易く断じるつもりはない。

 だが、戦神騎士達と竜神の国は、滅ぼすか滅ぼされるかのやりとりをまた繰り返すのか。

 いずれは他の国とも、そんなやりとりが始まるのだろうか。

 そしていずれは飛竜の暴威でオズワルドが大陸の全てを討ち滅ぼし、荒らし尽くして、この無様な南方総督府のようにろくに統治も出来ず、それで終わりなのだろうか。

 あるいは戦神騎士達が復讐を成し遂げてオズワルドが滅び、空白地帯となった大陸中央を諸国が奪い合うのだろうか。

 

 命が、大量に消えていく。

 その最果てには、何も残らないのではないのか。

 この、かつての戦神の都のように。

 

 そんなことは、どこかでやめるべきだ。

 やめなければならないのだ。

 だが、信仰が違う。生き方が違う。考え方が違う。

 それは人間である以上、当たり前のことだ。どうしようもないことだ。

 しかしそれがすれ違いを生み、諍いを生み、争いを生み、そして命の奪い合いになる。

 だから、やめなければならないのに、決してやめられない。

 だから、その最果てにはおそらく、虚しい滅びだけがある。

 

 

「だとしても、この南方だけは……」

 

 

 自分がこの大陸南方を上手く治められれば、強固な"国"と成せば、せめてこの南方だけでも──

 

 いや、それでも結局は同じことだろうか。

 少なくとも、戦神騎士達とのぶつかり合いは到底避けられない。

 むしろ竜神の国を、真っ二つに割るだけになりはしないか。

 竜神の民同士が、飛竜同士が、ぶつかるだけになりはしないか。

 そうならなくてもいつかは結局、他者と滅ぼし滅ぼされることを繰り返すのではないか。

 それに、「お前の考えは不遇故にこじらせた野心でしかない。その身勝手な野心で、ただでさえ疲弊しているオズワルドをさらに乱す気か」と誰かに詰られれば、今の自分では毅然と反論することはできない。

 

 俺が今考えていることは、やろうとしていることは、本当に正しいのか。

 妾腹の第四王子であるが故の、ただのひねくれた感情の暴走ではないのか。

 だとしても。そうだとしても、俺は。

 

「…………」

 

 ディーンは焼け崩れた家の前で長く瞑目し、そして首飾りを強く握りしめた。

 答えの見つからない問いかけを自分に繰り返しながら、生きる。

 いくら考えても探しても見つからない答えを、それでも追い求めて生きる。

 

 道のりは、遥かに長い。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 そうしてディーンは夜の都を軽く回って、巨大な厩の前までやって来た。

 いや、厩と呼ぶべきではない。

 

 オズワルドが竜神から賜った至宝である飛竜、そのための特別な褥だ。

 あの無能な前総督も、流石にこの飛竜の褥だけはしっかりと整備したらしい。

 王都の褥に倣って、壁面には羽ばたき吼える飛竜の意匠が丹念に彫り込まれ、宝石や金銀が埋め込まれ、褥の床には"竜鱗"をやるような賤民では一生食べられない贅沢な作物が、干して敷きつめられている。

 寝床が特別ならば、食事も特別である。

 竜神の国の聖地である、飛竜の谷。

 その傍の極めて広大な牧場で大切に育てられた牛を捌いて丁寧に味付けした干し肉を、供物として飛竜に献上するのだ。

 餌ではない。あくまで供物だ。

 

 オルソンから聞いた話によれば、総督府の兵士達を食わせる輸送とはまた別に、この大量の作物と供物を南方総督府に運ぶためだけに、数千人の兵士が大砂漠を忙しなく往来しているという。

 

 近衛兵を褥の門前に待機させ、ディーンは一人でその一室に入った。

 

「……どうだ、ネリス。新しい"厩"の寝心地は」

 

 ディーンはあえて、飛竜の褥を"厩"と呼んだ。

 物心ついた頃からの相方である飛竜は、一切反応しない。

 

 ネリス。

 

 鮮血のように赤い鱗を持つ、比較的小柄な牝の飛竜。

 ネリスはその翼を閉じて丸まり、目を瞑ったままだ。

 だが、寝息を立てていない。

 こちらの言葉を、無視しているのだ。

 いつものように。

 

 長い付き合いだ。

 自分は幼い頃から数えきれないほどにこの飛竜に跨って、空を飛んできた。

 父や母にたしなめられても、何かと理由をつけては空を飛んだ。

 オズワルドという国を、この飛竜の背からずっと見てきた。

 だから、ディーンには分かっていた。

 いつものように、無視されている。

 

 

「これからこの大陸南方は、俺の国だ。どうせオズワルドじゃ、俺はただの厄介者なんだ。妾腹の、第四王子だもんな。当然の話だ。だから南方はなんとしても、俺の国にしてみせる。転がってきた好機は逃さない。本国が、オズワルドが何を偉そうに言ってきても無視できるような国に……決して無惨な争いごとに巻き込まれないような国に、してみせる」

 

 

 ネリスは片目だけを開いて、ディーンを見上げてきた。

 

 いつもの目だ。

 人間が塵ほどの大きさの虫けらを見るような、何の感慨もない目だ。

 物心ついた頃からずっと、ディーンはこの目と見つめ合ってきた。

 

「俺は今日、フォルラザの王子の部屋を初めて見た。そしてそこを、自分の居室に決めた。……その部屋はな、ネリス。今お前が寝てるこの厩よりも、ずっと貧相な部屋だ。王子は部屋の掃除だって、自分でしてたんだ。大陸南方の覇者となった戦神の国の、世継ぎの王子がだぞ?」

『…………』

「随分と良いご身分だな、お前達は。魔物の分際で、大国の世継ぎよりも裕福な寝食が出来るなんて」

 

 挑発するような物言いにも、飛竜ネリスは何ら動じない。

 

 飛竜は竜神の末裔。大陸最強最高の魔物である、竜族の一種。

 竜神の国オズワルドの至宝。オズワルドが、選ばれた至高の国である証。

 都の誰もが興奮してそう語るのを、ディーンは聞き飽きるほどに聞かされて育った。

 父母や兄妹達ですら、早口で誇らしげに語るのだ。

 今のディーンの物言いを他の誰かが聞けば、近衛兵だろうと憤慨して、飛竜への無礼を咎めることだろう。

 

 しかし、それでもディーンは飛竜という存在が、好きになれなかった。

 確かに自分は、幾度となくこの飛竜に跨って空を飛んできた。

 だがそれは、竜神の国の有り様を王子として、見つめていたかったからだ。

 何度一緒に空を飛ぼうとも、ネリスのことは決して好きになれなかった。

 

 自分を見つめてくるこの目。

 そして、この贅沢な褥と供物。

 それが好きになれない理由だった。

 

 ネリスだけではない。

 ディーンが今まで見てきた飛竜は、皆そうだ。

 いつも人間を、虫けらを見るような目で見ている。

 取るに足らない存在のくだらない些事に、暇潰しで付き合ってやっているのだと、冷めきった目が物語っているのだ。

 ディーンには、そう感じてならなかった。

 

「戦神騎士の生き残りが、まだこの南方で暴れてるそうだ。お前達飛竜が無能にも取り逃がした連中が、だ」

 

 そう言ってやってようやく、ネリスは両目を開けて、頭を持ち上げた。

 流石に戦神の加護を受けるような特別な人間の話には、興味があるらしい。

 

「その者達は、オズワルドに復讐を狙ってるかもしれない。そういうような動きを、してるんだそうだ。どうする? お前達を崇め拝んで良い寝床と美味い餌をくれる竜神の国が、滅ぼされてしまったら」

『…………』

 

 ディーンは鼻で笑って、褥の壁に埋め込まれている宝石の数々を見た。

 そして腰に帯びていた剣を抜き、切っ先でその一つを小突いた。

 

「あんな国、いっそ滅ぼされてしまえばいいんだ。……昼間に聞いたぞ。お前達の尻に敷くための作物と餌の肉をここへ運ぶためだけに、数千人の兵士が大砂漠を絶えず往復してるらしい。そんなくだらない浪費をしてるというのに、南方を治めて国の糧として寄越せだと?」

『…………』

「ははは、なんて愚かな有り様の国だ。お前達飛竜のために費やされてるものを回せば、どれだけの民が豊かに暮らせると思う? 都の外の貧困は、ある程度改善できるだろうよ。僻地で賤民扱いされてる者達だって、少しはマシな暮らしをさせてやれるはずだ。竜神の民の誰も彼もが、お前達を崇めてるなんて思うなよ? 都の外じゃきっと、飛竜を恨んでる連中の方が多いだろうさ。作物も肉も、魔物なんかの分を優先されて、自分達はひもじい思いをしている。そんなの、俺だったら絶対に耐えられない。お前達飛竜さえいなければ……ってな」

 

 ディーンはそこまで勢い任せなことを昂る感情のままに吐き捨て、しかし唇を噛んで俯いた。

 

 

 俺は飛竜が嫌いだ。

 人間を見下している、この魔物どもが大嫌いだ。

 しかしそれでも、分かっているのだ。

 オズワルドが大陸中央を統べたのも、長く君臨してこられたのも、飛竜の力のおかげだ。

 先の大戦の当事者だったゲイリーにも聞かされた。

 戦神の国フォルラザとの大戦に"敗けなかった"のも、全て飛竜の力のおかげだ。

 旧き建国者が竜神と"秘めた契約"とやらを結んでいなければ、その血が連綿と受け継がれていなければ、竜神の国オズワルドはなかったのだ。

 フォルラザとの大戦がそれをまさに、良くも悪くも証明してしまった。

 だからゲイリーのような、大戦を戦い抜いた実直な将である人間ですら、「とにかく飛竜だ」と言うのだ。

 そして今、もしも竜神に見放されれば、飛竜に見放されれば、オズワルドは大陸の四方から攻め込まれるか、内乱で呆気なく滅ぶだろう。

 盛んに媚びへつらってきている大河川の都ク・アリエの連中だって、飛竜がいなくなったオズワルドなどさっさと見限るに違いない。

 もうとっくの昔に、そういう国の在り方になってしまっているのだ。

 そして国が滅ぶということは、民は後ろ盾を失うということだ。

 貧困よりも、もっと辛い目に遭う。

 

 この南方総督府だってそうだ。

 俺の前にいるネリスを合わせて、十一頭の飛竜。

 もしも明日、それをいきなり中央に召し上げられれば、全てはあっという間に崩壊する。

 もしも飛竜という心の拠り所を失った状態で、戦神騎士が数人がかりで生き残っている戦神の民を率いて、総督府に突っ込んできたら。

 兵が一万いても一瞬で恐慌して統制がとれなくなり、それで終わりだろう。

 

 

「……分かってるさ。俺達竜神の民の全ては、ひたすら飛竜にすがることありきなんだ。自分達の力で国を守ることすらできやしない、憐れで無様な人間だ」

 

 

 ディーンはまだ立ったことのない戦場へと、想いを馳せた。

 皮肉にも大嫌いなネリスといる時の自分は、少しだけ勇敢な気持ちになれる。

 

 オズワルド最強の武力。一騎当千の"飛竜兵"。

 戦神騎士すら寄せ付けなかった以上、飛竜兵は名実ともに大陸最強であることを証明した。

 しかし、そんな飛竜兵は兵とはいっても、跨っている騎手は兵らしいことは何もしない。

 槍や剣を持ちはするが、振るうことなどない。

 飛竜に「どうかあそこに降りて、戦っていただけますか」と乞い願うだけなのだ。

 そして何も言わずとも何を願っても、飛竜がその場で最適な行動を自分で考えて、勝手に動くことの方が多いという。

 だから、本来は騎手など誰でもいいのだ。

 ゲイリーだって言っていたではないか。

 飛竜兵ではなく、飛竜だけが無敵だったのだ、と。

 なのに飛竜の騎手達は、騎手であることを至上の名誉として誇りに思っている。

 自分達は竜神に選ばれた特別な人間なのだと、本気で思っている。

 滑稽だと、飛竜に乞い願う自身を顧みて思わないのだろうか。

 

 いや、自分だって同じことか。

 傍にネリスがいる。ただそれだけで、少し気持ちが大きくなるのだから。

 

「戦神の民……戦神騎士……か」

 

 手に握りしめたままだった白銀の首飾りを、ディーンは見つめた。

 フォルラザの戦神騎士は人間一人の身で、兵百人以上の力を発揮するという。

 それは戦神の加護ありきなのだろうか。それとも鍛え方が凄まじいからだろうか。あるいはその両方か。

 歩兵ならば、武器を握り締め、雄叫びを上げて敵軍に鋭く襲いかかり、兵士を次々に薙ぎ倒す。

 騎兵ならば、列を為して突撃し、片っ端から敵兵を跳ね飛ばしながら、陣形をズタズタに引き裂いていく。

 魔術士ならば、どうするのだろう。想像もできない。

 それは一体、どれほどの高揚だろうか。

 

 飛竜にすがりつき、乞い願う竜神の民。

 自分は竜神の民であることを、竜神の国の王子であることを、一度も誇りに思ったことはない。

 建国からの全てを飛竜に頼ってきたのが、竜神の民だ。

 人間を見下す魔物にそっぽを向かれた瞬間、全てが終わりになる民だ。

 そんな生き方をする自分に、どう誇りを持てというのだ。

 

 自ら果敢に戦い、屍の山を築く戦神の民。

 彼らは鍛え上げた自身の武力を、戦神の民であることを、きっと何よりも誇りに思っていることだろう。

 その果てに辿り着いたものが、祖国の滅亡であったとしても。

 これから歩むのが、あまりにも長い復讐の道のりであったとしても。

 そして彼らは道半ばで倒れても、自分は戦い抜いたのだと、誇らしく死んでいくことだろう。

 

 

「……ネリス。俺はもしかしたら、戦神騎士に生まれたかったのかもしれない。果敢に戦って、何百人もの敵を自分の力で打ち倒して……それでお前の、その冷めきった目に一撃くれてやって、死にたかったのかもしれない。そうすれば何も苦しむことなく、こんなに色々なことを考えることだってなく、ただ目の前の戦だけを見て、それで……」

 

 

 ディーンは自分の言っていることが甚だ虚しくなり、溢れた涙を袖で拭って、相方の飛竜に背を向けた。

 

『……満足したか?』

「…………え?」

『いつものように吐き捨てたいものを吐き捨てて、ディーンは満足したか?』

 

 ネリスはわざとらしく大きな欠伸をして、ディーンを見下ろしてきた。

 

 飛竜は決して、人間の言葉を話さない。

 それは他の魔物のように、低俗で知能が足りないからではない。

 あまりにも尊く、気高く、隔絶した存在であるからだ。

 人間と対等ではないからだ。

 ディーンは、周囲からそう聞かされていた。

 そのはずなのに。

 

『戦神の民がどういうものかもよく知らない癖に、勝手に共感して、勝手に憧れて。そして勝手に自分の人生を悲観して、他人の人生に同情して……"随分と良いご身分だな"』

「っ……!」

『"この大陸南方は、俺の国だ"……最初に吐いたあの言葉は、ただの虚勢か? 私の前でわざわざ虚勢を張ることに、何の意味がある?』

「何だと……お前、お前はっ……!」

『ディーンは童の頃から何も変わらないな。私の寝床でいつもそうやって溜め込んだものをこっそり吐き捨てて泣くだけで、外では格好をつける……腰抜けの人間だ』

「おい黙れよ……魔物の分際で……!」

『愚痴が済んだのならば、早く帰って寝ろ。竜神の国とかいうくだらない集まりの、大事な王子とやらなのだろう? ディーンは』

「っっっ!!!」

『為したいことを、為せばいいではないか』

 

 ディーンは激昂した。

 雄叫んで剣を振りかぶり、ネリスの首筋へと全力で叩きつけた。

 しかし、刃は太く長い首を傷つけるどころか、食い込みすらしない。

 叫び声を聞きつけた近衛兵達が、急いで褥に駆け込んできた。

 

「はぁっ、はぁっ……いや、何でもない。私の敬愛するネリスに、野ネズミが触れようとした。それが許せなかったのだ。……どうも引見で疲れていてな。気が立ってしまっていたようだ」

 

 精一杯の作り笑いを浮かべたディーンに近衛兵の一人が、褥の責任者を呼びつけますと言った。

 ディーンは別に構わないと制し、このことは触れ回るなと固く口止めした。

 それで近衛兵達は王子の懐の深さと飛竜への想いに感服したかのような顔で拝礼し、褥の外に出ていった。

 

『それ見ろ。格好つけめ。腰抜けめ』

「黙れ。飛びトカゲめ。おぞましい魔物め」

 

 ディーンは剣を鞘に納めて、褥を後にした。

 ネリスの視線をずっと、背中に感じながら。

 

 

『……"契約"は、ディーンのものでもあるのだぞ。私達は、お前の父の"契約"にのみ応じるわけではない。そして"契約"は決して、不変のものではない』

 

 

 飛竜の呟きは、誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 居室に戻ったディーンは、拾った白銀の首飾りを何となしに、本棚に一冊だけあった恋物語の本に挟んで隠した。

 そして、寝台に寝転がった。

 部屋はまだ、塵と埃まみれである。

 それは仕方ないことだ。

 今日着任した自分が半ば気まぐれでこの部屋を居室に定め、そのままずっと居座って、腹心以外の入室を許さなかったのだから。

 フォルラザの都の跡を回っている間だって、誰もこの部屋に入るなと言ってあった。

 

「……はあ」

 

 ため息を吐いて、部屋の隅に置かれた掃除用具を見る。

 しかし、どうにも身体が動かない

 やはり自分は戦神の国の王子のように、部屋を自ら掃除する気にはなれなかった。

 明日、改めて下女に掃除を命じよう。

 その上で、今この部屋に置いてあるものは、そのままにしておいてもらおう。

 自分でも理由は分からないが、当分はそうしておきたい。

 

 そこまで考えて、ディーンは目を閉じた。

 

 

 生まれて初めて、ネリスと話した。

 飛竜が人間と口を利かないというのは、嘘だったのか。

 それとも王族だけが、特別に言葉を交わせるのか。

 だとしたら何故皆して、自分に嘘を吐いたのだろうか。

 何故ネリスは今までずっと、口を利かなかったのか。

 

 

 眠りに落ちていく中でぼんやりと、そんなことを思った。

 




大陸地図に、竜神の国の聖地である「飛竜の谷」、大河川の都「ク・アリエ」、東方の「五枝水軍」、北方の「蛮地」を追加しました。

【挿絵表示】

次回からまた視点が変わります。

なお今回、大陸南方の統治方針に関するシーンがありましたが、政治のやり方に関する詳しくて細かい描写はあまり書かないつもりです。
この物語は政治のお話ではなく、戦神騎士達の再起と復讐のお話ですので、そこに関係する部分しか触れないと思います。
ご了承ください。

長いお話になりますので、お時間のある時に気長にお付き合いいただければ幸いです。
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