戦神騎士物語   作:神父三号

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戦神騎士達の指揮を取る、赤髪で旗槍使いのノーラへと視点が移ります。
時系列は第9話でノーラ達が山騎士レオンと別れた後からのお話になります。

ちょっと入り組んだお話になってしまっていて、申し訳ありません。
ひと段落ついたら、また全体の動向を軽くまとめるようにします。


第19話 ノーラの道・最精鋭達

 大陸西方、月の国マーブリス領内。

 月光の照らす中、大山脈を下りてその大地を踏んだ戦神騎士ノーラは、既に南方との空気の違いを感じていた。

 かなり見通しのいい野原だ。

 

 涼しい。夜なのだから、当たり前のことか。

 しかし、風は無い。

 自身の赤髪は、身じろぎに合わせて僅かに揺れるだけだ。

 そして何より。

 

「やけに静かですね」

「……お前もそう感じるか、ニコル」

 

 並んで立っていた戦神騎士の少年ニコルが、野原に片膝をついた。

 草花の陰で、虫が鳴く声すら聞こえてこない。

 

「見られてますね、多分」

「ああ。それも、後ろの大山脈以外の……全方位からな」

「……? 私には特に何も感じません。ノーラ様、マーブリスの諜報でしょうか?」

 

 二十人の兵士達を束ねる部隊長が、声をひそめてノーラに尋ねてくる。

 他の兵士達も不思議そうにノーラとニコルの様子を見ているだけで、この視線の気配に気づいていない。

 幼少よりひたすら鍛え上げられた、戦神の民達が、である。

 それほどに微かな気配だった。

 片膝をついたまま、ニコルが小さく唸った。

 

「……いや、違いますね。これは人間の視線じゃないです。草花、虫。そういう小さなもの達が息を殺して、僕達を監視してるように感じます。……敵意は全然無いですけど」

 

 ノーラも同感だった。

 自分達は大陸南方に住んでいた戦神の民だ。

 西方の自然にとっては、まさにいきなり転がり込んできた異物というわけか。

 だが、それにしても。

 ノーラはしゃがみ、足元の白い花を摘んだ。

 花が向けてきていたであろう極めて微かな視線の気配が、それで消えた。

 死んだからか。

 いや、これは──

 

 ノーラのすぐ横でニコルが小さな羽虫を捕まえ、じっと見つめて、やがてぷちっと握り潰した。

 かつてのフォルラザで天賦の才を称された少年騎士の目が細められ、潰して殺した虫の死体を冷ややかに眺める。

 

「……ノーラ先輩、ちょっと大山脈沿いを駆けてきてもいいですか?」

「ああ、行ってこい」

 

 ノーラが許すと、ニコルは大山脈の麓を戦神騎士の脚力にものを言わせて、駆け始めた。

 五百歩分ほど遠くまで行ったかと思えばすぐに引き返してきて、今度は真逆の方向へ大山脈の麓を駆け直す。

 それだけにとどまらず、大山脈から離れて野原の彼方へと走っていったりもしている。

 兵士達は怪訝な表情で、ニコルのよく分からない縦横無尽の疾走を眺めているだけだった。

 

 やがて、ニコルはノーラの元に戻ってきて、ごく小さな声で耳打ちしてきた。

 

「……ノーラ先輩、一度"砂粒"の人を呼びませんか? "これ"、ちょっとまずいかもしれないですよ。見られてるだけならまだいいですけど、最悪の場合、聞かれてる可能性もあります」

「そうだな。だが、この無数の視線の中を呼びつけるのはな」

「はい。だから朝、改めて周囲の様子を見ましょう。"これ"がいつまで続くのか、ここに留まって見極めておくべきです」

 

 ノーラは頷き、ここで夜営をしよう、と兵士達に大きく声をかけた。

 皆がそれで、きびきびと動き始める。

 

「どうだった?」

「詳しいことは明日の朝、状況を見て話しましょう。でも、月の国マーブリス……西方一帯を統べる大国なだけはありますね」

「ああ。だが気になるのは、この国と何やら繋がりがあって都の有り様まで知っていた今は亡き団長が、"これ"については話していなかったことだ。私やお前が気づく感覚ならば、団長も確実に気づいたはずだ」

「ですね。まあ、危ないお喋りはもうやめておきましょう。今夜はさっさと寝るに限ります。読み書きの練習も、やっぱり昼間ですね」

 

 そう言って大きな欠伸をかましたニコル。

 ノーラは、月を見上げた。

 

 戦神の国フォルラザの、戦神騎士。

 竜神の国オズワルドの、飛竜兵。

 山岳国家ビードの、山騎士。

 探求の国ラガニアの、探究者。

 そして太陽の国シンガは確か、太陽騎士。

 

 力ある国には必ず、その国の象徴とも言える最精鋭達がいる。

 

 ならば月の国マーブリスは、一体どんな強者を抱えているのか。

 ノーラは自分でもよく分からないまま、何故か月に向かって微笑んでいた。

 

 この大陸は、広い。

 改めて、そう感じた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 翌朝。

 夜明けを告げる太陽の光と共に、ノーラは目を覚ました。

 そしてその場に座り込み、息を殺してじっと佇む。

 

「んあああぁ……むにゃむにゃ。あれ、隊長さんも早いですね。おはようございます。……あはは、気にしすぎですよ。別に、敵が迫ってきてるわけじゃないんですから」

 

 ノーラのために設営された、簡単な幕舎。

 その外から、ニコルが部隊長と話す声が聞こえてくる。

 他にも目覚めた兵士の気配が、増えてきた。

 ノーラは大欠伸をかました後、目を擦って、赤髪を軽く整え、旗槍をしっかりと携えて幕舎の外に出た。

 

「皆、おはよう!!」

 

 ノーラは溌剌とした顔で戦神の旗をはためかせた。

 二十人の兵士達の、威勢の良い声が応じてくる。

 

「早速だが、朝食の確保だ! 今日の当番の歩哨三人、それとニコルは残れ。あとは部隊長以下全員、一旦大山脈に入ってこい! 迅速に動くように!」

「よし、行くぞ!!」

 

 部隊長が兵士達を連れて、昨日下りてきたばかりの大山脈へと駆けていった。

 ノーラは当番の歩哨三人にそれぞれ、別の方角を監視するように命じた。

 

「……昨日の視線の気配、消えてなくなりましたね」

 

 離れていく歩哨達の背中を眺めながら、ニコルが呟いた。

 

「ニコル、お前はいつ視線の気配が消えたと感じた?」

「太陽の光が差し込んでくるのと、完全に同時ですね。はっきり消えました。それまではずっと見られてました」

 

 ノーラは頷き、足元を横切っていた小さな虫を捕まえた。

 ただの虫だ。

 こちらを確かに認識してもがいているが、じっと視線を送ってはこない。

 ただの虫に、戻っていた。

 

 ノーラは旗槍を軽く振るい、野原を衝撃波で撫でた。

 それでもやはり、何も感じない。

 

「呼ぶぞ」

「はい」

 

 ノーラは小さな木笛を懐から取り出して、吹いた。

 音は鳴らない。

 だがその鳴らない音が、遥か遠くまで響いて、戦神騎士の同盟者である諜報集団"砂粒"の誰かの耳に入って、駆けつけてくる。

 "砂粒"から予め渡されていた、そういう特別な木笛である。

 

「……さて、ニコル。"砂粒"が駆けつけてくるまでに、お互いに感じたことを共有しておこう」

「了解です」

 

 そっと野原に腰を下ろしたノーラの前で、ニコルも楽な姿勢で座った。

 

「まず初めに……視線の気配は、いくつ感じた?」

「無数にですね。それも昨日僕が駆け回った大山脈の麓沿いに、隙間なくびっしりと。……だけど、麓沿いの視線の気配は僕が引き返したところ辺りで消えてました。多分、八百歩分くらいの幅ですかね。そして大山脈からある程度離れても、同じように気配は消えました。ある程度の範囲より外のもの達は、明らかに僕を見てきてなかったです」

「大山脈から一定離れると消失する気配の方については、私もあの夜この場に立っていて感じた。ニコル、大山脈からどの辺りまで離れても視線を感じていたか、ちょっと歩いてこい」

 

 ニコルが身軽に立ち上がり、野原を遠くへ歩いていき、途中で止まって、片手を上げた。

 およそ二百歩分。ノーラ自身が感じていた距離とほぼ同じだ。

 流石に、フォルラザ史上最年少の戦神騎士なだけはある。

 そしてこの野営地は、大山脈を下りてすぐの麓。

 大山脈沿いを八百歩分の横幅と二百歩分の縦幅の範囲で、夜間の間だけ自然の存在に監視させる魔術なのだろうか。

 ノーラは思案しつつも、ニコルを呼び戻してまた座らせた。

 

「お前、ちなみに魔術の才能はあるのか?」

「これっぽっちも。イオ先輩に『物は試しだからよー』とかって杖振らされましたけど、数回振ったら鼻で笑われました。魔物が帯びてるっていう魔力の感じも、全然分かりません。先輩は?」

「私は若干魔力があるし、それなりに魔力感知の素質もある。まあ、それでも杖より剣や槍を振るのに専念すべきと年長者達に断じられる程度だ。魔力感知も、目視や気配を直接探った方が手っ取り早い精度。……少なくともそんな私は、昨夜のあれこれに魔力を感じなかった。しかし、ああいうことが出来るのは、おそらく何らかの魔術だろうとは思う」

「うーん……僕はあんまりよく知らないんですけど、魔術士の先輩達って大陸中を旅してたんでしょ? ノーラ先輩はその人達から、このマーブリスの話を聞いたことないんです?」

「無い。フォルラザという国自体が大陸南方と中央と、あとは商業都市で繋がる東方ばかり見ていたからな。私は西方については、団長から月の都の美しさが云々しか聞いたことが無い。そもそも戦神の魔術士連中はほとんどが放浪癖持ちで、継続した交流が持てない者ばかりだったしな。だから一応、先日の同朋の皆への連絡では西方の情報を求めておいたが……それもどこまであてにできるか。というかこういった魔術の存在を知っているならば、見識や高説を垂れるのが好きな魔術士連中は宴の場なんかで嬉々として語っていたはずだ」

 

 ニコルが腕を組み、片目をつぶって俯いた。

 何ごとかを考えているようだ。

 これまでの道中で感じていたが、この少年は年齢不相応に聡明なところがある。

 大戦中にはあまり目立たなかったそれが、再起と復讐の道のりの中で浮き彫りになってきているのだ。

 だからノーラは、ニコルが言葉を発するのを待った。

 

「……今、気になってることが三つあります。考えても仕方ないことばかりですけど」

「構わん。全部言ってくれ」

「一つ目。"砂粒"の人達は大陸中に散らばってるはずですよね? 戦神の国フォルラザが西方の事情をほとんど知らなくても、あちらさんは違うはずです。だから本来ならマーブリス領に入る前に、昨日僕達を監視していた業や、その業を仕掛ける動きについて警告してくるはずじゃ?」

「うむ、確かに……我々が西方入りすること自体は、行動の初期に"砂粒"には共有してあったしな。とはいえ、私とお前以外は気づかなかったような微弱な気配だ。それに範囲も限られていた。"砂粒"があれを知らなくても、仕方ないかもしれない。まあ、この疑問についてはやってきた"砂粒"に聞けばいい」

 

 ニコルはそうですねと応じ、言葉を続けた。

 

「じゃあ、二つ目。あの業を仕掛けてあった意図について、です。あの草花や虫に監視させる業の正体が魔術だとして、とりあえず単純に"監視"の魔術とでも呼びましょうか。……でも、あの程度の範囲の"監視"なんて、僕達は昨日気づいた時点でその気になれば一瞬で抜けられました。昨夜わざわざあの効果範囲内に留まったのは、魔術の性質を知りたかったからです」

「ああ、そうだな」

「仮に一切気づかなかったとしたら、ノーラ先輩は今のこの場所で夜営する選択をしましたか?」

「……どうだろうな。少し物見を放って、それで考えたかもしれない。しかし、先ほど確認した"監視"の範囲内で夜営する、絶対的な必要性は無かった」

「ですよね。それに僕が昨日駆け回った限りだと、戦神の軍が下りてくるであろう地点をある程度正確に予測してたかのように"監視"の魔術が仕掛けられてあった……ように感じます。だから僕達の行動は大山脈の中にいた時点で既におおよそ、この月の国マーブリスに筒抜けだったということになりませんか?」

 

 ノーラはニコルの疑問を聞いて、しばし考え込んだ。

 ニコルはノーラの思考の整理を手助けするように、さらに意見を述べる。

 

「あと僕は魔術の知識全然無いから疑問なんですけど、大山脈沿いのあれだけの範囲に夜間の間だけでも、大量の草花や虫を操るような魔術をかけるなんて芸当は、腕のいい魔術士なら可能なんですか?」

「……魔術士ではない私の浅い知識で判断するならば、不可能かな。私とお前が確認し合った範囲の小さな生き物全てに"監視"の魔術を行使して夜間の間操るなんて芸当には、莫大な魔力が必要になる……のではないだろうか。まず人間が身体の外に放出した魔力をそれだけの長時間、広範囲の魔術として維持し続けることに、かなりの無理があると思う。そんなことが出来るならば、魔力で壁を作る"防護"の魔術があらゆる戦争の大前提になっているはずだからな。そうなっていないのは、放出した魔力で単純な分厚い壁を一時的に形成して維持する"防護"ですら、相当に高度な技量が要求されるからだ。それにお前も見知っているだろうが、ジェラルド殿達のような戦神の魔術士が使う"赤獅子"の魔術にしたって、戦神に祝福された特別な杖でもって行使され、それでも一度の戦の間に何度か出し直す必要がある程度にしか持続しない。……そしてもし月の国の魔術士が大勢で、私達の西方侵入の時期を予測して昨夜だけ特別に仕掛けに来ていたとしても、西方に散らばっている"砂粒"が、そんなあからさまな動きに気づかないわけがない」

 

 そうニコルに答えながら、ノーラは思考の整理を終えた。

 

「よって現状の推論としてはお前の言うように、マーブリスの諜報がこちらの細かな動きを大山脈にいた頃から既に捉えていた、というところだろう。……だがそうすると今度は、私達戦神騎士や"砂粒"、それに山騎士のレオンも含めた全ての目をすり抜けて張り付くという、異常にもほどがある業が必要になる。そして、私の考えではあの"監視"の魔術の行使も、おそらくは超人的な技量を持つ、目立たぬほどのごく少数で行動できる魔術士達によるもの、ということになる」

「うーん……じゃあ、"砂粒"を遥かに上回る諜報集団に加えて、とんでもない実力を持つ少数精鋭の魔術士達がこの国にはいる、と。マーブリスは西方全土を統べる大国らしいから、ありえなくはないのかな……」

 

 ニコルが口をもごつかせ、俯いて長々と唸る。

 

「いや……ですけどそんな凄まじい諜報集団をこの月の国が抱えてて、僕達に張り付けたままとするなら、今度は精鋭魔術士達が"監視"の魔術を仕掛ける意味が無くなりませんか? むしろ"監視"の存在に早々と気づかれた場合、こうやって色々と分析されて警戒されるだけで逆効果ですよ。分析のために留まったところを夜討ち、なんてこともしてこなかったし。ノーラ先輩は、何か意図を考えつきます?」

「……マーブリスは現状、我々を完全な外敵と見ているわけではない。かつ、『諜報と魔術においてこれほどの業を行使できる最精鋭達を抱えているのだ』と威圧してきているか、あるいは我々戦神騎士の実力を測ってきている……くらいかな」

 

 ノーラはそう返すしかなかった。

 夜討ちしてこなかった理由は、戦神騎士に蹴散らされるのを恐れたから、で一応説明はつく。

 だが、それでも自分達戦神騎士に気取られないように張り付けるならば、少なくとも二十人の兵士達を減らすような夜討ちは出来たはずだ。

 それすらしてこなかったのだから、マーブリスは現時点でこちらを明確な敵対者としていないことだけは感じられる。

 だから、"監視"の魔術はこちらに気づかれる前提の威圧か、こちらの力量を測るためのものだと考えるべきだ。

 

 

「じゃあ気になってること、最後の三つ目。あの"監視"の魔術の性質と運用に関する、根本的な疑問です。あの魔術をかけた草花や虫がじっと監視していた僕達を、仕掛けた張本人は昨夜同時に見えていたのか? あるいは聞こえていたのか? そして何よりあの"監視"を今後、僕達の行く先々で仕掛けられないだろうか? ……です」

 

 

 ニコルが提起した最後の疑問に、ノーラは首をひねった。

 それは間違いなく、魔術士でない二人がこうして顔を付き合わせていくら考えても、答えの出ない疑問だった。

 しかし、大陸西方で行動していく上で非常に重要な疑問である。

 

「……私達が踏んだ"監視"はやはり、おそらく諜報で西方への侵入地点をおおよそ把握した上でのことだろう。しかし確かにお前の疑問通り、あれで終わりだとは限らないな。月の国の諜報で筒抜けになっている我々の動きに対して"監視"の魔術が、"砂粒"ですら気づかぬように予め仕掛けられ、それが夜間働いているとするだけでも相当に厄介だ。そして魔術をかけられた草花や虫の耳目が、仕掛けた術士へ即時にそのまま伝わっていたら、これはもう……」

「ええ。少なくとも僕達の標的はあくまで竜神の国オズワルドで、マーブリスと敵対する意思は無いことを、早めにこの国の偉い人に話した方がいいかもですね。気づけば詰んでしまってる、なんてことが冗談抜きにありえます」

「やれやれ……西方に足を踏み入れていきなりこれとはな。まったく、色々と考えさせてくれる」

 

 ノーラが西の方角に視線をやったのと同時に、兵士達が山からまとまって下りてきた。

 皆でガヤガヤと昼食の準備を始める。

 ノーラは焼けた兎の肉をかじり、山騎士レオンの教えてくれた美味しい木の実をいくつか食べ、一番大きな実をつまみ食いしようと横から手を伸ばしてきたニコルの頭に拳骨を落として、ひと休みした。

 そして、"砂粒"を待つ間、久しぶりに平地での調練をすることにした。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 調練の最中。太陽が西に傾くころ。

 幕舎の裏手に、同朋の気配が一つ現れた。

 ノーラは部隊長に一声かけて調練の監督を命じ、ニコルと共に幕舎の中に入った。

 

「どうもどうも」

 

 幕舎の中で跪いていたのは、細目で微笑を浮かべた、長身の優男だった。

 裕福な街で放蕩にふけっていそうな、いかにも軽薄な風情である。

 

「えっ、お兄さんみたいな浮ついてそうなのが"砂粒"?」

「おいニコル……」

「はっはっは。同朋にもよく言われますよ。まあ、砂の粒だってよく見ればそれぞれ全然違うということで、どうか一つ」

 

 よく分からない言い包めをされ、釈然としない気分になりながらノーラは、昨夜体験した"監視"の魔術の話を詳しく聞かせた。

 ニコルが挙げた、三つの気がかりについてもである。

 "砂粒"の優男は、微笑を崩さずに黙ってそれを聞き、時折頷いた。

 

「西方の"砂粒"としての、あなたの意見を聞かせてくれ」

「まず、ノーラ様がおっしゃった"監視"の魔術についてですが、はっきり言いますと私達は一切気が付いていませんでした」

 

 きっぱりと言いきった"砂粒"に、ニコルがえぇーと声を低めた。

 

「お話によれば、外の兵士さん達も気づかなかったのでしょう? 私達"砂粒"は諜報の業や戦神の民としての武力は叩き込まれますが、それでもやはり戦神がお選びになった戦神騎士の方々の感覚の鋭さには到底及びませんからね」

「うーん……まあ、確かにそうでしょうけど……」

「ええ、はい。ですからお連れの兵士さん達が気づかなかったのなら当然、"砂粒"の者もそういう魔術の存在に気づけるわけがない、ということになるんですね。よって、"監視"の魔術の性質や運用についても一切分かりません。……しかし」

 

 優男は軽薄な笑みを解いて真剣な表情を作った。

 そうするだけでぐっと、戦神の民らしい精悍さが滲み出てくる。

 

「少なくともお二人が気がかりなマーブリスの諜報集団に関しては、掴みました。"月影騎士"と呼ばれる者達のようです」

「"月影騎士"? 騎士に叙任された者が、諜報をやるのか?」

「正確には、我々"砂粒"のような類の諜報集団ではないらしいです。極秘裏に種々様々な動きをする、この国の最精鋭とのことです」

 

 ノーラとニコルは顔を見合わせた。

 ニコルは何やら納得していないような、難しい表情を浮かべている。

 その理由が、ノーラにはよく理解できた。

 

「極秘裏に動く最精鋭……"砂粒"はどこでそんな情報を掴んだ? しかも、何故今になって報告を? それも、人伝に聞いただけのような言い方だ」

「大山脈の上からご覧になったかもしれませんが、ここからだいぶ南西に下ると、"海"の傍にノックスという大きな街があります。私はそこに落ちている"砂粒"の一つなのですが、そのノックスにはちょうどフォルラザがオズワルドに攻め込まれ出した時期に、マーブリスの第三王子が下向されてきておりまして」

「第三王子……」

 

 ニコルがポツりと呟く。

 

「ヴェント様とおっしゃいます。まだ三十歳手前の、豪胆で武芸を好む王子です。そして、このマーブリスという国への想いが非常に強いように感じます。特に最近は街で大々的に兵士を募り始め、外の野原で調練を、それもご自身の指揮でよくやっておりますね」

「それを私達が大山脈の中にいた頃に共有してこなかったのは、何故だ?」

「下向より少し前から、この大陸西方では少々怪しげな動きがありました。西方における"砂粒"のまとめ役がちょうどノックスにいるのですが……その者だけが微かに勘づく程度の業で、"砂粒"の動きを探られていたようなのです。それで、今まで西方の"砂粒"はノーラ様に有益な情報を回せませんでした。申し訳ありません」

「いや、構わない。それが今になって多くの情報を運んできたということはつまり……その第三王子が月影騎士とやらを使って、"砂粒"に接触してきたか」

「はい。ノーラ様のご想像通りです。もっとも接触されたのは私ではなく、まとめ役なのですが」

 

 "砂粒"の表情は、気づけば山間で接触してきた旅装の男のような、感情の読めない色に変わっていた。

 最初の軽薄さも直前の精悍さも失せ、今度はまるでありふれた村人のように、記憶に残らない凡庸な顔つきになっている。

 今までやりとりしてきた"砂粒"の中でも相当の手練れだ、とノーラは直感した。

 

「……接触されたまとめ役は、やはりあなたよりも腕前は上か?」

「遥かに上ですね。それこそ広い街中に落ちている、どうでもいい砂の一粒のような老婆です。適度に広く浅く人と付き合い、しかし老衰で死んでもすぐに存在を忘れ去られるような類の、大陸西方では段違いの巧者です。長年、ノックスで目立たず"砂粒"をやっていた同朋です」

「なるほどですね。つまり月影騎士の技量は少なくとも、"砂粒"の上澄みの上澄みにすら勝ると」

「間違いなく。この幕舎に駆けつけてきた私の動きも、把握されている可能性があります。……よほどの者でないと気づけないとは思いますが、接触してきた月影騎士はおそらくその"よほどの者"の可能性が高いでしょう。一応、あえてかなりゆっくりとやって来ましたが」

 

 登板の歩哨三人には西と南と北、三つの方角を絶えず見ているように命じてあった。

 しかしその視線すら掻い潜って、この"砂粒"は見通しの良い野原を、ノックスというかなり遠方の街から、半日足らずでここまで駆けつけてきている。

 どういう業なのかまるで見当もつかないが、その見当もつかない業を、マーブリスの最精鋭は見破っているかもしれないという。

 

「……第三王子ヴェントの望みは何だ? 月の国の玉座に着くための、戦神騎士の助力か?」

「いえ、おそらく違うかと思います。マーブリス王家は現状よく安定していますので。世継ぎは壮健な第一王子と既に決まっていますし、王子王女達の仲も良好。家臣が大きな派閥争いをやっていたりということもありません」

「へぇー、良い国なんですね。じゃあ、何が目的で"砂粒"に接触を?」

「今のところは、ただ一つ。『西方に下りてきた戦神騎士達と話がしたい』と。つい昨夜、自宅の寝室で寝ようとしていたまとめ役の前にフードを目深に被った少女が突然現れて、月影騎士と名乗り、その概要を明かして、話を持ちかけてきたそうです」

「……ちょっとすいません。さっきの言い方だと、ノックスにはお兄さんとお婆さんの他にも"砂粒"がいるんですよね? その人達への情報共有は?」

「していません。昨夜接触された我々のまとめ役も、その場では侵入者に怯え戸惑ったように振る舞っただけで、自分からは何の情報も与えなかったそうです。それに、私への連絡も直接対面してやり取りしたわけではありません。先ほどの木笛の音がノックスに届いた直後に、秘密の業で普段よりだいぶ遠回しに伝えられました」

 

 ノーラはニコルを横目で見た。

 口元に手をやり、地面を見つめて考え込んでいる。

 

「昨夜、か。それで『西方に下りてきた戦神騎士達と話がしたい』か」

「はい」

「……ノーラ先輩。これで見えてきたことがありますね。"監視"の魔術を行使していたのはおそらく、そのマーブリスの月影騎士だったこと。そしてその効果範囲内へ戦神騎士が複数入ったことに、遥か遠方の街で瞬時に気づいてすぐに行動したこと」

「そうだな……何とも厄介なことだ」

「それとこの件に関連して、お二方にお伝えしておくべき重要事項がもう一つあります」

 

 "砂粒"が一段と声を低めた。

 ノーラとニコルは顔を見合わせ、言葉の続きを待つ。

 

「つい数日前、マーブリス領の最北で二つの戦が起きたようです。大河川近くの二つの城塞都市に住む"砂粒"達が、火急の報せだとそれぞれ最速で伝達してきました。ちょうど今朝、その情報がノックスの"砂粒"にも届いたのです」

「最北で、二つの戦だと?」

「一つは"蛮地"。大陸北方に住まう蛮族がマーブリスへ攻め入ってきたと。そして、ほぼ時を同じくしてもう一つ、得体の知れない勢力の軍が侵攻してきたらしいのです。両者ともに、大河川を易々と越えて」

 

 それを聞いてノーラは、頭の中に蓄えた知識を掘り起こした。

 

「……"蛮地"は本で読んだことがある。確か、低俗な類の魔物どもを何らかの秘儀によって使役する蛮族が古から住まう土地……だったか。しかし、もう一つは……」

「マーブリスはその勢力の捕虜を得たようですが、尋問は極秘裏に行われており、"砂粒"も実態を掴めていません。……ただ、大陸北西には分厚い"闇の吹き溜まり"に囲まれた、かなり広大な土地があります。"砂粒"とて潜入できない場所です。おそらくはそこからではないかと」

「魔物を使う蛮族と、"吹き溜まり"の先からの侵略者……ですか。フォルラザとオズワルドの大戦の余波で大陸が乱れるのは予想ついてましたけど、マーブリスでもやっぱり乱れがあったんですね」

「はい。しかしながら、二つの戦自体はどちらもマーブリスの勝利に終わり、蛮族も謎の勢力も西方からはしっかりと駆逐されております」

 

 大陸西方の覇者に対する、北方の二つの勢力の同時侵攻。

 そして、マーブリス第三王子からの誘い。

 ノーラは、物思いに耽った。

 

「……ニコル。"砂粒"が運んできた情報の数々を踏まえて、お前は第三王子の誘いをどう思う?」

「行くべきですね。というか行かないと、ノックスっていう街の"砂粒"はその騎士に全員消されるでしょう。まあ、行っても消される可能性はありますけど。こちらの出方次第では、ノックス以外に散らばっている西方の"砂粒"も片っ端から消されるかもしれません。北方から急に仕掛けられた戦で、マーブリス国内は殺気立ってるでしょうからね。あとさっきの話で気になるのが……」

 

 ノーラもニコルと同意見だった。

 その上で、一つ気になることがあるのも同じである。

 

「フードを目深に被った少女が突然寝室に現れた……そう言ったな?」

「……はい」

「戦神の同盟者よ。西方のあなた達"砂粒"は、ずっと健在のままか? 今まで、または最近、数を徐々に減らされたりはしていないか?」

「していません。同朋間のやり取りは、今でも問題なく出来ています。まとめ役も探られている可能性を承知の上で、それでも西方内でのやりとりは続けることとしておりました」

「あなた自身は、ノックスに入って何年になる?」

「八年ですね。ノックスについては、もう隅々まで知り尽くしているつもりです」

「では聞くが、その街で亜人は……特にエルフはどのように扱われている?」

「……『いるところにはいるんじゃないか?』『少なくともこんなところにはそうそうやって来ないだろう』という感じですね。他の亜人は……大山脈から下りてきたドワーフをごく稀に見かける程度です。それでも、街としてしっかりドワーフと結んでいるわけではありません。まあ、森からも山からも離れた、"海"の恵みを活かして生活している、大きな船着き場を備えた街ですので」

「では、月の国マーブリス全体ならば?」

「国全体を見てもエルフを崇拝するような風潮も、逆に嫌悪するような風潮も無いはずです。大陸南方と同じく、ほぼ幻の存在扱いですね。魔術士が畏敬しているのも同じです。……山のドワーフとは鉱物や装飾品絡みで、他国と同様にちらほら繋がりを持っているようですが。ノームはご存知の通りです。基本的に人間を怖がる亜人なので、やはり西方でも存在感はありません」

「…………」

「ただ、月の都の同朋によれば……都のだいぶ東、大陸の東西を流れる大河川が南方向への二本の支流に枝分かれする辺りに、かなり大きく深い森があるそうです。そこは王族しか立ち入れない、マーブリス唯一の禁足地とされております」

 

 ノーラは心に決めた。

 隣に目配せすると、ニコルもやはり真剣な眼差しで応えてきた。

 

「月影騎士に接触されたというまとめ役の"砂粒"へ、急ぎの伝言を頼む。『フォルラザの戦神騎士ノーラ及び戦神騎士ニコルが、マーブリスの第三王子ヴェント殿下の元へ参る』とな。王子への伝達手段は任せる。ただ、今後はあなた達西方の"砂粒"も、警戒を強めた方がいい。最悪の事態も想定して、備えておいてくれ」

「はっ!」

 

 幕舎の外に出た"砂粒"が、すぐに気配を消した。

 

「……ノーラ先輩」

「何だ? ニコル」

「昨夜の大掛かりな"監視"の魔術、人間が長時間維持するのはかなり無理があって超人的だって、先輩は話してましたよね。戦神騎士と"砂粒"と山騎士が全員気づかない張り付き方をする諜報なんてのも、異常だって」

「そうだな」

「……何人いると思います? 月影騎士っていう、この月の国の最精鋭は」

「さあな。だが今、私とお前の考えていることがもしも正解ならば……数十人、あるいは百人いたらぞっとするな」

「ですよね。この国、もしかしたらだいぶ面倒かもしれませんよ。それも最精鋭の月影騎士だけじゃなくて、他にも色々と面倒というか……しかも何だかその面倒に、がっつり巻き込まれるような。はぁ……竜神の国への復讐は、相当遠回りになる気がしてきました」

 

 ニコルが大きなため息を吐いて、自身の茶髪をかく。

 

 昨夜の体験と、今聞いた話。

 この二つだけでも、迂闊に今のマーブリスを刺激するわけにはいかなくなった。

 

 月の国マーブリス。

 その最精鋭である、月影騎士。

 少なくともノックスに今いる月影騎士の正体はおそらく──

 

 エルフなのだから。

 




大陸地図に、月の国マーブリス南端の街「ノックス」を追加しました。

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