戦神騎士物語   作:神父三号

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敗走からのスタートなので、当分はだいぶ冒険要素が強いです。
ご了承ください。


第2話 ローランの道・道のりは長く

 ローランはかつての戦神の国の領土を抜けるべく、東の方角へと駆けに駆けた。

 容易に追撃されぬように森や山を進み、時折川で水を飲み、兎や鹿を狩って食べ、夜は浅く眠り、日が昇る前に駆け始める。

 

 そして、もう駆けた日数を数えることすら面倒くさくなってやめた頃。

 ローランは山の中で、夕日に照らされた一件の小屋を見つけた。

 扉は粉砕され、中は荒れていたが、最近まで人が住んでいた形跡がある。

 しかし、床板に染み込んで乾いた夥しい血が、もう主が戻ってこないことを確かに物語っていた。

 世捨て人の小屋だったのだろうか。

 だが、こんな山の中に暮らしていれば、よほどの実力が無い限りいずれ賊か魔物の餌食になって当然である。

 魔物が住みつかないような清らかな山も多いが、それを見極めるのはただの人間には甚だ難しい。

 

 ローランは小屋の周辺を軽く探った。

 家主の屍はどこにも見当たらなかったが、印をつけたかのような爪痕が何本かの木に残っている。

 熊の爪よりも、大きく鋭い。そして、衣の切れ端も見つかった。

 おそらく魔物に、骨一本残すことなく貪り食われたといったところか。

 

「…………許してくれ」

 

 長々と逡巡した後、ローランは独り呟き、小屋の中を漁り始めた。

 金目の物が欲しいわけでは、決してない。

 この目立つ漆黒の胴鎧と白銀の大剣を誤魔化せるものが欲しいだけだ。

 鎧も大剣も戦神の加護が施された、王からの賜り物だ。

 手放すわけにはいかないが、これからはもうその獅子の意匠を無思慮に見せびらかして歩き回ることはできない。

 滅亡したフォルラザの戦神騎士であると喧伝するのは、無駄な諍いを産むだけだからだ。

 だから、外套と細布でもあれば。

 それだけだ。

 

 そう心の中で言い訳しつつも、盗人のようなことをしている自分が腹立たしかった。

 やがて適度な大きさの外套を見つけ、ローランはそれに身を包んだ。

 大剣の鍔を飾り立てる獅子にも、細布を巻きつけた。

 後ろめたい、いかにも落ちぶれた風体である。

 

「……クソったれが!」

 

 ローランは荒々しく吐き捨てて床板に大剣を突き刺し、外套も鎧も脱ぎ散らかした。

 自己嫌悪で苛立ちながら、埃まみれの寝台へ勝手に横たわる。

 見上げた天井にも、赤い染みが僅かにあった。

 この廃屋の主は、よほど激しく魔物に抵抗したらしい。

 せめて手持ちの金をある程度ここに置いていこうと決めて、ローランは目を閉じた。

 寝台の上で寝るのは、久々のことだ。

 竜神の国オズワルドが攻め込んできてからはずっと、都にある自宅には帰らず戦場にあった。

 騎士の俸給で建てた素朴なあの家は今頃もう、焼かれるか荒らし尽くされるかしていることだろう。

 

「はぁ……」

 

 ローランの口からため息が思わず漏れる。

 幸いにも、飢えてはいない。

 森や山には、いくらでも腹を満たす恵みがあるからだ。

 かつての仇敵だった山岳国家へ攻め込む際にこなした苛烈な調練によって、こういう環境で生き永らえる方法は多く会得していた。

 今も昼間に仕留めて食べた大きめの兎の肉が、まだ胃袋の中に残っている。

 ただ、疲れがどっしりと全身に溜まっていた。

 

 

『道のりがどれだけ険しくとも、進み方がどれだけ惨めでも、生き続けよう』

 

 

 別れ際のノーラの言葉が、脳裏に蘇った。

 

「オズワルドに報いを……か」

 

 確かに生き残った以上、戦神騎士としてそれは成し遂げなければならない。

 あの時はノーラを現実も見えていない馬鹿な女だと思ったが、いざこうやって落ち着くと、彼女が言っていたことは正しいと思えた。

 

 フォルラザとの激戦で疲弊したオズワルドは、手に入れた大陸南方の統治に苦労するだろう。

 一騎当千の飛竜兵を擁していても、それは荒れ果てた土地や集落の整備には直接役立ちはしないのだ。

 他の地方の国々も、今回のフォルラザとオズワルドの戦争の結果を見て、何かしら動きを見せるはずだ。

 

 だから大陸が乱れている内に、戦神の軍として再起し、オズワルドへ復讐する。

 戦神騎士の生き残りとして、それは確かな使命だった。

 あの死地で自分達に離脱を命じた王も、それを望んでいるだろう。

 無論、戦神だってそうに違いない。

 竜神の国に敗けて地に塗れたままなどという無様を、許すはずがない。

 

 だが、それはあまりにも困難で、長い道のりだ。

 こうして廃屋に寝転がっている今の自分を鑑みると、改めてそう思う。

 ノーラも他の戦神騎士の生き残り達も、今頃はこんなことをしているだろうか。

 考えれば考えるほど、沈痛な気分になる

 

 これからどうするか。

 フォルラザ周辺の地理は、一応分かる。

 度重なる戦争で駆け巡った上に、軍議で地図を何度も見ているからだ。

 とりあえずは身分を隠して一番近くの、いや、二番目に近い商業都市を目指そう。

 とはいえ、戦の最中に離脱したこともあって、所持金はごくわずかしかない。

 途中で村があれば、立ち寄って何か稼ぎになることをしてもいいかもしれない。

 

 そこまで考えて、ローランは素早く寝台から身を起こした。

 そして、床に突き刺していた大剣に手を伸ばす。

 何か来る。

 

『グルル……キヒッ……』

 

 扉の無い入口から大柄な猿のような何かが、こちらを覗き込んできた。

 纏った魔力で青白く輝く、鎌のように鋭い三本爪。

 左右で大きさの違う、どす黒い眼。

 下卑た笑いを浮かべる口元からは、白濁した涎が滴っている。

 家主を襲った、魔物か。

 一匹だけではない。後ろにもう二匹いる。

 ローランは息を吐いた。

 

「ちょうどいい」

 

 何がちょうどいいのかよく考えずに呟き、大剣を床から引き抜く。

 

『キヒヒィッー!!』

 

 小屋に入り込んでこようとした先頭の魔物を、素早く殴り飛ばした。

 後ろの二匹が巻き込まれ、三匹ともが小屋の入口から遠ざかる。

 ローランもまた、小屋の外に出た。

 

『キヒッ……ヒィッ……!』

 

 力の差を感じ取ったのか、今さら怯えて背を向けようとした魔物達。

 それをローランは、片手の一振りでまとめて両断した。

 剣圧に巻き込まれた木が、何本かへし折れる。

 どこにでもいる、低俗な魔物だった。

 しかし、これで少しでも、家主の無念が晴らせれば。

 外套と寝台をもらう、恩を返せれば。

 ローランはその場で大剣を掲げ、目を瞑った。

 完全に日が落ちるまで、そうしていた。

 

「…………寝るか」

 

 今日はもうこれ以上、何もしたくなかった。

 ローランは寝台に寝転び、すぐに眠りの中に沈んでいった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 さらに数日かけてローランが辿り着いた、山近くの小さな村は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 通りに人影は無く、広場に男達が集まり、武器や農具を並べて強張った表情を浮かべている。

 村人はローランが近づくと慌てて武器を手に取り、声を荒げて威嚇してきた。

 

「流れ者の傭兵だ。食い詰めてる。……出来る仕事があれば、いただきたい」

 

 村人達は警戒を解かずにローランに斧や鍬を向けたまま、睨みつけてきた。

 そのまま去ろうかとも思ったが、流石にずっと面倒ごとを避けて野山を歩き回っていても、何の進歩もない。

 目的の商業都市に辿り着いても、先立つ物がなければどうにもならないのだ。

 ローランは一瞬躊躇した後、白銀の大剣を地面に突き立て、鍔を包んでいた細布をほどいて吼える獅子の意匠を見せた。

 村人の数人がそれを見て息を呑み、声をひそめて話し合い始める。

 少しして、それなりに大柄な男がローランの前に進み出てきた。

 髭には白色も混じっているが、ローランと同じくらいの体格で背筋もしっかりと伸びている。

 村長の息子だと言った。

 

「フォルラザの……戦神騎士様で?」

「ああ。どうしてここに来たのかは、聞かないでくれ」

「……隣の村が賊の集団に襲われたと、逃げ延びてきた者が言っています。五十人はいて、馬も五頭ほど持っているようです」

「ここから少し離れた場所に、それなりの商業都市があったと思うが。そことは結んでいないのか?」

「交流はしています。しかし、市場に物を売りに行く程度の間柄です。村を守る協力はしてくれないでしょう」

「じゃあ、今まで村の守りはどうしていたんだ?」

「あなた方に滅ぼされた国に時折貢ぎ物を贈って、周辺を見回ってもらっていました。フォルラザが大きく領土を拡大してからは、そちらに。しかし、オズワルドがフォルラザに攻め込んでからというものの……」

「そうか。……すまないな」

「い、いえっ! そういうつもりで言ったわけでは……! そもそもこの辺りの村はどこも、あえて襲う価値が無い程度には貧しいのです。だからフォルラザだって他の国だってわざわざ手を伸ばしてこなかったのでしょうし。時折やってくる魔物は自力で追い払っていましたが長く争い事とは無縁で、こんな所でわざわざ賊をやる連中がいるとは……」

「分かった。賊五十人に、馬が五頭だな。何とかする」

「え……本当ですか?」

 

 村長の息子は、信じられないという眼差しでローランに尋ねてきた。

 五十人の賊など、馬乗りが混じっていようが別にどうとでもなる。

 とはいえ、この半ば独立した寒村では信じられないことかもしれない。

 戦神騎士の武威も、おそらく噂でしか知らないのだろう。

 一応、賊の討伐がきちんと成功するという、信頼性を持たせるような配慮はすべきか。

 

「……男手と、馬を一頭借りられるなら」

「あまり質の良い馬はありませんし……勝手を言いますが村としては男達も、出来れば死なせたくありません」

「それでいい。とりあえず今から村の入り口を封鎖して、常に見張りを置いてほしい。賊が攻めてきたら、男達は封鎖の後ろで、武器や農具を持って突っ立っててくれ」

「報酬は」

 

 ローランは少し考えて、無理のない範囲でそこそこの金と保存食を要求した。

 報酬など潰した賊から奪えばいいとも思ったが、安請け合いすれば逆に不信を招いてしまう。

 村長の息子は村人達と話し合った後、一人の若者を村長の家へとやった。

 若者はすぐに帰ってきた。

 

「父の……村長の許可が出ました。どうか村をお願いします。しかし……失礼ながら村長は、あなたに長居はしてほしくないと。その、オズワルドのことがありますので」

「承知している。ことが済んだらすぐに出ていく。賊が来なくても数日で出ていく。出ていった後は、忘れてくれ。それがお互いのためだ」

 

 息子は深刻そうに頷き、すぐに村の男達に封鎖の指示を出し始める。

 机や椅子、木材などをかき集めて村の入り口に積み上げるらしい。

 ローランも大きな木材を担いで、封鎖の手伝いをした。

 何とか日没前に準備が終わり、ローランは村長の家へと通された。

 

「…………フォルラザの戦神騎士、ローランと申します」

 

 あえて名乗る必要もなかったが、ローランは頭を下げて名乗った。

 

 戦神の国フォルラザに、長幼の序を重んじる習慣はなかった。

 貧富や貴賤についてもそうだ。

 自分自身が敬うべきだと感じた相手だけを、敬えばいい。

 そう教わってきたし、王族や騎士団長は敬うに値する立派な人物達だった。

 

 ローランが名乗ったのは、この村長も敬うべき人物だと、一目見て思ったからだ。

 長い白鬚を蓄えた猫背の老人は、深い皺に埋もれた細目でローランをしばらく見つめ、何も言わずに頭を下げた。

 ローランも再び、頭を下げた。

 

 丸まった背と骨張った首筋に、武の気配を感じる。

 しかし、それはもはや残滓と言っていいほどに微かなものだった。

 二人は何も言葉を交わすことなく、下女が持ってきた酒を、顔をつき合わせて呑んだ。

 酒は、ローランがフォルラザの都で呑んでいた物より、遥かに薄かった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 見張り役が長老の家に慌てて駆け込んできたのは、ローランが村に来て二日後のことだった。

 南のなだらかな山から、沸き出してきたようだ。

 長老の息子がすぐさま広場に男達を集めた。

 集まったのは、老若入り混じった二十人ほどだった。

 

「こいつが村で一番物怖じしない馬です。ただ、戦に出したことはありません」

「ありがたい。使い潰すことになると思うが、構わないか?」

「それで村が助かるのでしたら」

 

 ローランは与えられた馬に跨って、軽く広場をまわった。

 やはりその質は、かつての愛馬とは比べるべくもない。

 それでも、馬は馬だ。

 

「賊がすぐそこまで来てる! やっぱり五十人くらいだ! 馬に乗ってる奴らもいる!」

 

 見張り役の怯えた報告に、村人達が不安そうにざわめいた。

 

「封鎖の後ろで、得物を構えて立っててくれ」

 

 ローランは白銀の大剣を肩に担ぎ、馬を走らせて村の外の草原に出た。

 漆黒の胴鎧は不本意ながら、外套の下に隠したままだ。

 戦神騎士だと気づかれて、戦う前に逃げられては面倒だからである。

 賊はもう、矢や魔術が届く距離まで迫っている。

 久しぶりの戦の空気にローランは僅かに昂りながらも、素早く冷静に賊の集団を見渡した。

 

 馬に乗った者が報告通りやはり五人、うち集団の先頭を走っているのは四人。

 残る最後の馬乗りは、集団の一番奥だ。

 旗持ちがその傍に一人。

 何か抱いた志でもあるのか、掲げられた旗には、血と思わしき赤色で紋章が描かれていた。

 そして剣や槍や斧の他、弓を持った者がいる。

 魔術が使えそうな杖持ちの魔術士は、一見する限りいない。

 使い捨ての魔術のスクロールくらいは、隠し持っているかもしれない。

 鎧を着けている者は、半数ほど。革の鎧だ。

 ただ漫然と固まって動いているだけの、五十人だった。

 

「かっこつけの間抜けが! おうおうおう!!」

 

 ローランがじっと賊を見つめている内に四人の馬乗りが雄叫び始め、大きく加速して、各々武器を振り上げて突っ込んできた。

 大斧、曲刀、槍、大剣。

 先に矢を射ればいいものを。

 ローランはそう思いながら、馬上で大剣を鋭く振るった。

 二人が構えた武器ごと真っ二つになって、馬から落ちる。

 三人目の顔が引きつったのが見えた。

 返す刀で斬り捨てると、四人目は慌てて馬首を返した。

 ローランは馬の腹を蹴った。

 賊達が俄かに慄き始める。

 

「たかが一人だ! 囲め囲め!!」

 

 奥で馬に跨っている者が、威勢よく叫んでいる。

 他に比べて、やたらに身なりが良く、黄金の腕輪をつけている。

 賊の頭領だろう。

 ローランはあえて敵の群れの側面へ回った。

 武器をこちらに向けて突き出している者は、数人しかいない。

 弓を持った者は矢をつがえてはいるが、射る気配はなかった。

 切っ先がいくつか向いている中に、馬を突っ込ませる。

 手綱に、馬の怯えが伝わってきた。

 腹を強く蹴り、勇気づけた。

 

「ぐわっ」

 

 轢いた先頭の男が、声を上げる。

 同時に大剣を振ると、二人の上半身が革鎧ごと吹き飛んだ。

 急に馬が悲鳴を上げ、棹立ちになる。

 槍に腹を深く刺されたようだ。

 すぐさま乗り捨て、ローランは大地を踏みしめた。

 

「馬から落ちたぞ! やれっ! 殺せ!!」

 

 頭領の大声で、十人ばかりが一斉に襲いかかってきた。

 ローランは歯を食いしばり、柄を握る両手に力を込めて、大剣を強く薙ぎ払った。

 

 ゴウッ。

 

 殺到した敵がまとめて、血飛沫を派手に撒き散らしながら爆ぜ飛んだ。

 その後ろで追撃を狙っていた連中も剣圧に煽られ、もんどり打って転び倒れる。

 残りの者達が、怯えて下がり始めた。

 そして今さら思い出したかのように、矢が数本射られる。

 ローランは右手で大剣を振って適当に打ち落とし、狙いの正確な一本のみを左手で掴み止めた。

 外套を脱いで、漆黒の胴鎧を露わにする。

 鎧には大剣と同じく、吼える獅子の意匠。

 

「せ、戦神騎士だ……!」

 

 一人がそう呟いた途端に、頭領が後方で喚き続けているにも関わらず、賊達は完全にまとまりを失った。

 腰が抜けた者、背を向けて逃げ出す者、それを制しようとする者、踏みとどまって武器を構え続ける者。

 しかしもはや誰も、ローランに積極的に挑みかかろうとはしなかった。

 ローランは大剣を振るいながら駆け出した。

 邪魔な雑魚を次々に蹴散らしつつ、赤い旗へと迫る。

 返り血の先に、頭領の顔がはっきりと見えた。

 もう、戦う者の表情ではない。

 

「うわあぁっ!!」

 

 後ろから雄叫び。

 生き残っていた馬乗りが槍を構え、果敢にも背後からローランへ突きかかってくる。

 ローランは半身で突きを躱して槍の柄を掴み、そのままブンと振り回した。

 馬乗りがその辺の草むらに飛んでいき、馬の背が空く。

 すぐさま跳び乗り、駆け出した。

 頭領はもう、だいぶ先まで逃げていた。

 蹴飛ばされた旗持ちが、鼻血を垂らしてひっくり返っている。

 地に落ちた旗を踏みにじり、ローランは馬を走らせて頭領を追った。

 どこで奪ったのか、村の馬よりは良い馬だった。

 それでも、先行する標的には追いつけない。

 しかし、それは問題にならなかった。

 ローランは先ほど奪った槍を、振りかぶった。

 

 ヒュオッ。

 

 風を切る音。

 その先で、賊の頭領が落馬した。

 

「ぐが、うぅ……! た、助けてくれ……見逃してくれ……もうあの村は襲わな」

 

 最後まで聞かずに、ローランは首を刎ねた。

 振り返ると、生き残った二十人ほどが、呆然と立ち尽くしている。

 やがて、賊達は武器を捨て始めた。

 しかし一人だけ、旗持ちをしていた男だけが憤怒の表情で前に出てきた。

 

「カシラをよくも!」

 

 こちらに見せつけるように広げられた巻物。

 ローランは構わずゆっくりと、馬を歩かせて近づいていく。

 旗持ちが巻物に描かれた複雑な紋章を指でなぞると、"炎の槍"の魔術が勢いよく放たれた。

 だが大剣が、その最後の一撃を容易く打ち払った。

 

「えっ……」

 

 旗持ちが呆気にとられて目を見開く。

 

「魔術のスクロールがあるなら、もっと上手く使え」

 

 ローランはそう言って、首を飛ばした。

 そのまま賊達の前まで馬を近づかせると、皆揃って馬上のローランにひれ伏した。

 

「遺恨は残したくない。悪いが、皆殺しだ」

 

 無慈悲に告げた直後、生き残った者達は悲鳴を上げながら四方に逃げ出した。

 ローランは馬を縦横に走らせて、全員を斬り殺した。

 先に逃げて草むらに隠れていた者も、容赦なく殺した。

 村の前の草原は、夥しい血で赤く染まった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「賊は一人残らず片づけた。封鎖と武装は、もう解いていい」

 

 頭領と旗持ちの首を村の入り口に転がして、ローランは血まみれの大剣を片手に、村長の息子に報告した。

 先ほど斬り殺してまわった者達と同じ類の視線が、こちらに向けられている。

 後ろに控えていた何人かが引きつった声を漏らしながら、手に持った得物を震わせた。

 

 

「騎士様。村をお守りいただき、誠にありがとうございます」

 

 

 緊張を破ったのは、老いたしわがれ声だった。

 村人達の集まりの奥から猫背の村長が現れ、案外しっかりとした足取りでローランの前に歩いてきた。

 

「これ、約束の報酬を持ってこんか」

 

 村長が振り返らずに息子へ声をかける。

 息子は我に返って慌てふためき、数人の若者と共に急いでその場を離れていった。

 

「お待たせする間、この老いぼれと少し世間話をいたしませんかな」

 

 ローランを見上げる村長の顔が、皺くちゃの笑顔を浮かべている。

 二人で村の外の血まみれの草原に出て、平らな小岩に並んで腰かけた。

 

「戦ぶりを拝見しておりました。流石はフォルラザの戦神騎士ですな。五十人の賊を一蹴してしまうとは」

「戦いに慣れていない者達でした。勢い任せの襲撃と略奪は出来ても、その勢いが挫かれると簡単に崩れてしまう。だから、私一人でどうにでもなりました」

 

 ローランは先ほどの戦いを思い返し、謙遜を交えながら言った。

 別に戦神騎士でなくても、それなり以上の国で鍛え上げられた精鋭ならば、皆殺しに出来たかはともかく単騎で賊を追い払えたことだろう。

 

「何やら旗を掲げておりましたな。野心でもあったのでしょうか」

「さあ。しかし肝心の頭領に、掲げた旗に見合う器量がありませんでした」

「数の利を活かして、弓や魔術を有効に使うべきだったと?」

 

 村長の言葉に形だけ頷きながらも、戦い方が多少巧くてもどの道結果は同じことだったろう、とローランは内心思った。

 五十人の雑兵など、仮にそれが全て大国の正規兵であっても、フォルラザの戦神騎士の前ではものの数ではないのだ。

 賊を大いに鍛え上げたうえで、かつその統率に長け、手足のように動かせる頭領だったならばとは思うが、そんな傑物がそうそう在野にいるわけがない。

 

 むしろ、先の戦でローランの心に残ったのは血赤の旗、その扱われ方だった。

 男一匹が志を抱いて旗を掲げ、人を集めたとしても、窮地に立たされた時にその旗を捨てて逃げるのならば、意味がないのだ。

 別に、賊となって村を襲うことが悪いことだとは思わない。

 旗揚げした直後ならば、そういう行為が必要な場合もあるだろう。

 ただ、簡単に捨てられて地に落ちてしまう旗には価値がない、というだけの話だ。

 しかし。

 

「……とはいえオズワルドに敗れた私達も、今やあの頭領を批評できる立場ではありません」

「では、やはりフォルラザの都は……もう?」

「ご想像の通りです」

「大陸中央に君臨する竜神の国……それほどに強大でしたか。南方に名を轟かせた戦神騎士団ですら、敵いませんでしたのか」

 

 ローランは答えなかった。

 巨大な飛竜が翼を広げ、鋭い鉤爪で空から襲いかかってくる姿が、脳裏に焼き付いている。

 フォルラザがオズワルドに敗けて滅んでから、まだ幾ばくも経っていないのだ。

 しかし。

 しかしそれでも自分達はまだ、戦神の旗を捨てていない。

 赤髪のノーラが、果敢に掲げ続けている。

 その事実が今は自分の中で支えになっているのだと、確かに感じられた。

 

「……儂もかつては、騎兵をやっておりました」

「そうでしょうね。僅かに武の気配が残っておられます」

「これはお恥ずかしい。しかし、大昔の話なのですよ。ここよりずっと西にあった、取るに足りない小国に仕えておりました。今はもう誰も名前を覚えていないような、ちっぽけな国でした」

「…………」

「戦場で戦神の騎兵に軍勢を真っ二つに断ち割られて、そのままあっという間に滅ぼされてしまいました。そうして祖国を失くして……いいや、違うわな。見捨てて逃げて……色々ありましたが、今はこうして小さな村を作って暮らしております」

 

 村長は長い白鬚をしごき、どこか自嘲するように笑った。

 刻まれた深い皺と伸びた白髭に見合うだけの人生を、この老人は歩んできたのだろう。

 その道のりの長さは、まだ二十半ばのローランには想像しきれないものである。

 ローランと村長はそれ以上語らわずに、血まみれの草原を眺めて過ごした。

 ほどなくして、村長の息子が報酬を持って小走りに二人の元へとやってきた。

 詰まった金で膨らんだ巾着袋と、保存食の詰まった袋だ。

 

「ありがたく頂戴します。……私のことは、どうかお忘れください」

「そのつもりでしたが、貴方の戦いには老いぼれの萎れた心にも響くものがありました。息子と一緒に、男達を鍛えます。せっかく作った村です。今までは強いものに守られて生きてきましたが、今後は出来るだけ自分達でも守っていけるようにしなくては」

「……そうですか。これからという時に、借りた馬を潰してしまいました」

「お気になさらず。馬一頭で済んだ犠牲に、腹を立てる者はおりません」

「それと、村の前を血で汚してしまったことも。怯えて逃げ惑う者まで皆殺しにしました。屍にこびりついた怨念に、闇の魔物が沸きます」

「屍は全て集めて、しっかりと焼いておきます。敗けて死ねばこうなるのだと、若い者達に教えることにもなるでしょう」

 

 ローランは村長に頭を下げ、大剣を背に戻して、外套を纏った。

 五十人もの敵を斬った愛用の大剣は、拭わずとも既に白銀の刀身を輝かせている。

 戦神の加護を受けた武器は、血を吸うことによってその恩寵に報いるのだ。

 外套の下の漆黒の胴鎧も同じである。

 血を吸った戦神の武具は、際限なく強靭さを増していく。

 戦い、敵を殺し、その返り血を浴びて、屍の山を築くこと。

 それが、戦神に勝利を捧げるということなのだ。

 

 

「お達者で」

 

 

 ローランは村を背にして、歩き出した。

 ようやく一歩目を踏み出せたのだと、感じられた。

 

 道のりは、遥かに長い。

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