戦神騎士物語   作:神父三号

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第20話 ノーラの道・第三王子ヴェント

 ノーラ達一行は、調練を早めに切り上げて休息した後、夜間の行軍をおこなった。

 それも、大山脈の麓に沿って進むような移動の仕方である。

 しかし昨夜と違って、視線の気配は無かった。

 

「"監視"の魔術……どこにも効いてないみたいですね。僕達結構大きく動いてますけど、草花も虫も全然こちらを見てきません。やっぱり昨日の範囲だけに絞ってかけてたんですかね」

「ああ。あるいは"砂粒"に任せた伝言が、日中にマーブリスの第三王子へ届いたためか……」

 

 何とも言えないところだな、とノーラは駆けながらニコルに応えた。

 第三王子の判断で、監視を打ち切ったか。

 それとも、張り付いていた月影騎士の諜報によってこちらの西方侵入に合わせて昨夜だけ展開していて、それが即ちあちらの限界だったのか。

 ノックスで"砂粒"のまとめ役に接触してきたという月影騎士の少女は、十中八九エルフだろう。

 しかし、エルフの魔術がどれほどのものなのか、その限界がどこまでなのかは、魔術に疎いノーラとニコルには全く予想できないのである。

 ただ少なくとも「これほどの業が月の国の最精鋭には使えるのだ」という示威行為としては、かなり有効に機能している。

 

 ノーラはニコルと相談し、兵士達にマーブリスの最北で起きた二つの戦のことや、月影騎士と"監視"の魔術についてのおおよその私見を伝えた。

 今夜はその"監視"が作用していないことについても、である。

 しかしそれでも、兵士達はいつもより緊張した表情で、周囲を警戒しながら駆けている。

 当然だろう。今もなお月影騎士の諜報が張り付いている可能性が、大いにあるのだ。

 

「ノーラ先輩」

「何だ、ニコル」

「実際のところ、昨夜の"監視"の魔術はどのくらいの精度で見聞きされてたと思います?」

「さあな。エルフの魔術は、とにかく人間のそれとは桁違いだとは聞いている。聞いているだけで、私はエルフと直接会ったことがないから何も分からない」

「エルフ、ね。金髪碧眼で、すごい美形の亜人らしいですね。……ノア先輩よりも上なんですかね。僕が見てきた中だと、あの人が一番綺麗だと思いましたけど。金髪碧眼だし」

「かつて小国の王がその美貌に惑わされ、それで国が傾いた……なんて話を聞いたこともある。嘘か真かは知らんが、相当なものだろう。あと『エルフは奔放、気まぐれ、からかい癖あり』……だったかな。まあ、そういう手合いだ」

「へぇー。そんな扱いづらそうなのを騎士に叙任してるんですね、この国は。どうやって手懐けてるんだろう。最北の戦にも、やっぱり駆り出されたんですかね」

「分からん。それに、こちらに接触してきた月影騎士がエルフだというのも、現状はあくまで推測でしかない。まあどの道、ノックスとやらに行けば何か分かるさ」

 

 ですね、と呟いたニコルは白銀の剣を抜き、駆けながらに軽く足元を払った。

 ノーラは草花を斬ったのかと一瞬思ったが、よく見ると一匹の虫を、全く傷つけることなく器用に刀身へ乗せている。

 今さら驚くことでもないが、天賦の才の為せる技だ。

 

「べぇー」

 

 少年騎士は刀身の上で佇んでいる虫へ、得意そうな笑顔で舌を出す。

 虫はそれに驚いたように、すぐさま跳び離れていった。

 何をするかと思えば、これである。

 "監視"は作用していないのに、そんなことをして何になるというのか。

 ノーラは無意味な児戯に若干呆れながらも、声を上げて笑った。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 そうしてノーラ達は、大山脈沿いを少し時間をかけて夜間に南下した。

 やはり"監視"の魔術は、初めの夜だけだった。

 それでも、全速力での行軍はあえてしないように、適度に加減して動いた。

 

 その行軍の途中で大山脈から一人の"砂粒"が下りてきて、戦神騎士の古参である魔術剣士ジェラルドからの手紙を、ノーラに渡してくれた。

 

 ジェラルドからの手紙には、ノーラが要求してあった大陸西方に関する情報が書かれていた。

 訪れたことがあるいくつかの主要な街の概要に加えて、月の都の東に禁足地になっている大きな森があったから、もしかすると王家とエルフは何らかの繋がりを持っているのではないか、という内容である。

 ただし、"監視"の魔術については一切触れられていない。

 

「流石はジェラルド様。この前"砂粒"の人から聞いた話も踏まえると、やっぱり月影騎士の正体はエルフと見ていいでしょうかね」

「ああ。そしてジェラルド殿も今は亡き団長と同じく、"監視"の存在をご存知でないようだ。やはり、あの夜あの場所だけのものだったと現状は考えるべきだな」

 

 手紙にはもう一つ、西方のめぼしい人材の話も書いてあった。

 曰く、だいぶ前にジェラルドが手ほどきした教え子の少年がいて、かなりの魔術の才と聡明さを持っていた、とのことだ。

 もう二十歳を過ぎているだろうが、当時は幼いながらにどこか世間離れしていたから、まだ無聊をかこっているかもしれないという。

 

 名前は、エリオット。

 

 住んでいる街の名前と大まかな位置も書いてある。

 大山脈からさほど離れてはいない街のようだ。

 ジェラルドからそのエリオットという人物に宛てた封付きの書状も、"砂粒"が受け取ってきてくれている。

 接触できれば、人材として加えられるかもしれない。

 

「エリオット……ジェラルド殿が認める若き才人か。マーブリスから出ることになっても、何とかこの人物だけでも会っておきたいな」

「ですね。徐々にしっかりとした仲間を増やしていかないと、どこかで前に進めなくなるかもしれませんし」

 

 やがて、西の彼方にようやく、街の影がおぼろげに見えてきた。

 高い外壁に囲まれた、立派な街のようだ。

 

「どうします、先輩? このまま夜のご訪問といきますか?」

「いいや、やめておこう。マーブリスとて、降って湧いた国難の最中だ。第三王子の休息を妨げたくはない。朝起きて、ひと駆けの距離だ。今夜はここで休もう」

 

 ノーラは足を止め、この場で夜営することを兵士達に伝えた。

 

「ノーラ様、火はいかがしますか?」

「熾して構わない。どうせノックスはもうこちらを捉えているだろうからな。とはいえ、当番の歩哨はいつも通りしっかりと周囲を見ておくようにな」

 

 部隊長に指示を出して、ノーラは空を見上げた。

 今夜の月は、薄雲によって見え隠れしている。

 

「ねえ、ノーラ先輩。なんで"月の国"なんでしょうね、このマーブリスは。月なんて、大陸のどこからでも見えるのに」

「それを言ったら、大陸東方のシンガだって"太陽の国"だぞ? 太陽なんて、どこからでも見えるのに」

「西の月、東の太陽……か。お互いに意識してるみたいで、不思議ですね。実は建国者が兄弟とかなんでしょうか」

「ふふっ……王子に会ったら、尋ねてみてもいいかもしれんな」

 

 とりとめのない会話の後、ノーラ達は堂々と、ノックスの街の前で眠りについた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 翌朝。

 夜営の後始末をしたノーラ達は、ゆっくりとノックスの街へと近づいた。

 外壁の上ではためくマーブリスの国旗がしかと見える距離まで来た。

 黒地の旗の上には、銀の三日月。その三日月は弓に見立てられているのか、三本の矢がつがえてある。

 

 ふと、街のどよめきが感じられた。

 開け放たれた大きな門から、騎兵が沸き出てくる。

 次いで歩兵。

 合わせて、おおよそ一千と言ったところか。

 しかし、全軍ではあるまい。

 ノックスの壁の内側にはまだ、まとまった数が残っているとノーラには感じられた。

 

「……ノーラ様」

 

 部隊長の緊迫した呼びかけに、ノーラは軽い手振りだけで応じた。

 二十人の兵士達は皆、それで殺気を消した。

 

 ノーラ達が様子を窺っていると、騎兵のうち、特に身なりのいい者が一騎で突出してきて。

 そして、佩いていた剣を鞘に納めたまま高く投げ上げた。

 

「ニコル、どうだ?」

「一騎……ですけど、多分一人じゃないですね」

「気配か?」

「いや、勘です。月影騎士っていうのが、こっそりついてる気がします。まあ、当然でしょう」

 

 ノーラは旗槍を軽く揺らし、戦神の旗を広げて、石突を地面にしっかりと刺した。

 ニコルも部隊長に、白銀の双剣を預けている。

 二人の戦神騎士は外套を脱ぎ捨てて、吼える獅子の意匠が刻まれた漆黒の胴鎧を露わにし、野原を前進した。

 騎兵の男も馬を歩かせて、こちらへ進み寄ってくる。

 

 逆立つ短い黒髪と僅かに蓄えた顎髭がよく似合う、精悍な男だった。

 気品と豪胆さと武の気配とが上手く混じり合っていて、中々に好印象な人物である。

 三十歩分ほどの距離で、向かい合った。

 

「俺は月の国マーブリス第三王子、ヴェントだ!! 大山脈を越え、よくぞ参ったな! 戦神騎士ノーラ! 戦神騎士ニコル!」

 

 第三王子ヴェントの腹から発せられた勇ましい大声に、ノーラとニコルは拝礼で応じた。

 

「面倒な世辞は一切要らん! 腹の探り合いも御免だ! この国へやってきた理由を答えてもらおうか!!」

 

 "監視"の魔術を仕掛けてきておいて、よく言う。

 苦笑するニコルの気配を感じながら、ノーラは大きく口を開いた。

 

 

「ヴェント殿下、私は戦神騎士の旗頭ノーラと申します! 二度の大戦を経て、我が祖国フォルラザは、竜神の国オズワルドに滅ぼされました! 生き残った戦神騎士も兵士も、ごく僅か! ……それでも私は、再起と復讐を戦神に誓ったのです! それを為すために同朋の者達と、この月の国へやって参りました!!」

「再起と復讐か! 貴公はこのマーブリスの手を借りて、それを為そうというのか! それとも、民や土地を奪い取るか!」

「賊に堕ちて略奪をするつもりなどありません! 月の国と事を構えるつもりも! ……しかし率直に申し上げますが、悲願を成し遂げるための人材や物資、そして繋がりは得たい! そういう想いで、大山脈を抜けてきております!!」

 

 

 ヴェントは、大口を空けて笑った。

 軽蔑したような笑いではない。無謀を笑っているわけでもない。

 ただ快活に、笑っている。

 

「戦神騎士ノーラよ! フォルラザの戦神騎士は百人力と聞く! ならばその隣の少年も、百人力か!? その少年が、戦神騎士ニコルで間違いないか!?」

「……はい、そうですヴェント様! 僕がニコルです! 百人力の、戦神騎士です!!」

 

 ニコルは、ヴェントを「殿下」とは呼ばなかった。

 戦死したフォルラザの世継ぎの王子への、特別な想いがあるからだろう。

 

「かつての南方の覇者たるフォルラザの、最精鋭達よ! 貴公らに無礼なのを踏まえた上で、はっきり言おう! 俺は人間一人が、兵百人の力を持つとは信じられない! 人間一人は、どこまでいっても人間一人でしかないと思っている! 武芸の達人ならば、あるいは魔術士ならば、二十人の卑しい賊に囲まれても何とか切り抜けられるかもしれん! だが鍛え上げられた兵三十人、五十人ならばどうにもできまい! 百人力など、不可能に決まっている! 違うか!?」

 

 やはり月影騎士の正体は、エルフか。

 マーブリスの王子の物言いを黙って聞きながら、ノーラは内心思った。

 

「それはフォルラザの戦神騎士も、オズワルドの飛竜兵もそうではないのか!? オズワルドの飛竜兵は兵とは言うが、その実はただ暴れる飛竜に跨っているだけの木偶だと聞いているぞ! 人間一人が一人以上のことを為そうとすれば、大いなる何かにすがるしかあるまい! シンガの太陽騎士やラガニアの探究者もそうではないのか!? 貴公らの百人力など、風評ではないのか!? 貴公ら戦神騎士は戦神の武具なくして、人間としての力で百人力を謳えるか!?」

 

 そう挑発する第三王子の後ろで歩兵が動き始め、鎧を身に着けていない百人ほどが木の棒を持って、ノーラとニコルに近づいてきた。

 おそらくは調練に使う類の、剣や槍の長さに似せて作った棒である。

 距離は二十歩分。

 

「……別に戦神の武具があっても飛竜に乗ってても、それで百人力なら百人力扱いでいいんじゃないですか? ノーラ先輩」

「まあ、それはそうだが。おそらくマーブリスは、突出した人間の軍人がいない国なのだろう。だから他国の最精鋭の実力は風評か、あるいは外付けの力ありきだと考えてしまう。……月影騎士達の正体は、エルフで確定と見ていいだろうな」

「はぁ……で、要は『実力を見せろ』ってことですか? しかも、がっつり手を抜いた状態で」

「そういうことだ」

「僕達って戦神の武具無しでも、多少の加護は利いてますよね。それで木の棒使って手加減、ですか。面倒だなぁ……」

「まあ、今だけ加護を完全に消してくれと、戦神に無理な注文をつけるわけにもいかん。ということでニコル、器用なお前が適任だな。鎧無しが相手なら、私だと木の棒でも何人か打ち殺してしまうかもしれん」

「仕方ないなぁ」

 

 ニコルは胴鎧を脱いでノーラに預け、軽く身体をほぐした後、前に進み出た。

 

「すいませーん、ヴェント様! 棒を二本いただけますか!」

「二本だと?」

「僕、双剣使いですので!」

 

 ヴェントの指示で、短めの木の棒が二本投げ寄越された。

 ニコルがそれを拾い、構えた途端。

 鋭い武の気配が周囲に発され、二十歩先の歩兵達の顔が、一斉に強張った。

 

 

「じゃあ、行きますよ」

 

 

 冷たく呟いた戦神騎士が、獅子のように獲物めがけて駆け出す。

 二十歩分の間合いなど、一呼吸する暇もない。

 慄き後ずさった兵士の懐に、ニコルは潜り込んだ。

 

「ぐあっ!」

「ぅぎっ!?」

 

 一瞬で五人が宙を舞った。

 ニコルは一切動きを止めずに、周囲を囲もうと動く歩兵へと突っ込んでいく。

 幼少より鍛え上げられ、戦の中でも研ぎ澄まされた戦神騎士の膂力が、敵兵を叩きのめし、他の兵士を巻き込むように派手に吹っ飛ばす。

 後ろから不意打ちしてきた者をも、ニコルは適当に蹴り返した。

 しかし三十人ほどを片づけたところで、木の棒が両方折れた。

 

「ありゃ?」

 

 好機とばかりに兵士達が雄叫び、全方向から棒を突き出して突っ込んでくる。

 ニコルは高く跳び上がってそれを躱し、一人の兵士の肩に乗った。

 

「は、離れろっ!」

「そうします」

「ぁっ!?」

 

 ニコルが再び跳ぶと同時に、その兵士が投げ飛ばされてもんどり打つ。

 少年の手に、木の棒が一本戻った。

 多くの兵士がそれを見て構え直すも、一人だけ、唖然として棒を突き出したままの者がいた。

 ニコルはその兵士に素早く迫り、顎に掌底を叩き込んで棒を奪った。

 これで双剣使いは、双剣使いに戻った。

 

「……攻撃してこないんですか?」

 

 冷ややかな目で首をかしげる戦神騎士。

 マーブリスの兵士達は気づけばかなり遠巻きな包囲をとっていて、皆して腰が引けている。

 何人かが勇気を振り絞って仕掛けてくるのを適当に蹴散らした後、ニコルは再び包囲の一部に切り込んだ。

 五人が吹き飛ぶ。

 三人が蹴り飛ばされる。

 七人が倒れ伏す。

 木の棒がそこら中に転がり、何人かが引きつった顔で腰を抜かした。

 

 百人の歩兵は、あっさりと全滅した。

 

 

「僕の勝ちですね」

 

 

 ニコルは両手の得物を足元に放り捨てた。

 途中で奪い取った木の棒二本は、折れた最初の二本と違って、いずれも曲がりすらしていない。

 戦闘の中で、力加減を適切に調整した証拠だった。

 息すら乱していない。完勝である。

 

 まあこんなものか、とノーラは思った。

 ノックスでは王子が直々に軍を調練していると"砂粒"は言っていたが、飛竜兵を抜きにした竜神の国オズワルドの正規軍と、大差ない練度である。

 おそらく実戦の経験はほぼ無いのだろうが、それでも大国の兵士としては充分な身のこなしをしていたし、ニコルを包囲した時の動きも悪くはなかった。

 しかしそれでも、戦神の軍とは比較にもならない。

 

「……!」

 

 ヴェント王子が口を開けて、驚愕している。

 

 

「ヴェント様、戦神騎士に百人を適当に差し向けても意味なんて無いですよ。仮に囲んでも同時に仕掛けられるのは所詮、先頭の十数人だけなんですから。せめて弓矢か魔術……それか、その脇の人に不意打ちさせるとかしないと」

 

 

 ニコルはそう言うと、ノーラの元に戻ってきた。

 ノーラは大国の王子に無礼な助言をしたニコルを労い、軽く拳骨を見舞った。

 

「……っ、戦神騎士ニコルよ! 見事だった! だが確かに貴公の言う通り、何の指揮も取らない、道理の通らないぶつかり合いでしかなかった! それではかつての大国の、最精鋭たる者の真の力は見えまい!」

「なんか思ったより面倒な人ですね、王子様。ちゃんと実力見せたのに、何がそんなに信じられないんだろう……あいたっ」

「失礼を言うな、馬鹿。……では、殿下! 殿下の指揮と私の指揮とで模擬戦をなさいませんか! こちらはニコルを休ませ、代わりに私一人と歩兵二十人で戦います! 殿下におかれましては騎兵も歩兵も……あるいは魔術士も、自由に数を決めていただいて構いません!!」

「何っ、自由に決めていいだと!? それでは俺が貴公らに甘やかされているようではないか!」

「ほら、やっぱり面倒くさい。……い、いひゃい、いひゃいでふっ」

 

 確かに面倒臭いと、ノーラもニコルの頬をつねりながら思った。

 第三王子ヴェントが武芸を好む軍人寄りの人物であることは、"砂粒"の報告で分かっている。

 確かに武の気配も、そこらの雑兵よりは遥かに上だ。

 だがそれでもあくまで軍人寄りというだけであって、本質的には大国の高貴な王子なのだ。

 大陸南方の覇者だったフォルラザへの、対抗心がある。

 西方の覇者であるマーブリスの王子としての、自尊心がある。

 だから、面倒臭いことも言うのだ。

 

 しかし、ニコルの奮戦を見せられて、ノーラは戦神騎士の血が騒いでいた。

 後ろで見ている兵士達からも、昂りが伝わってくる。

 道理が通る通らないなど、別にどうでもいい。

 久しぶりに、戦がしたい。

 戦神の旗がはためいている前で、戦が。

 

「ならば殿下! 騎兵二十騎、歩兵二百人でお相手いただきたく存じます! それならば私達といえど、全力を出さざるをえません!」

「えぇー……もうやめません? 木の棒での模擬戦であの質の騎兵二十、歩兵二百なんて馬一頭先輩が奪えば……うわちょっ」

「うるさい、クソガキ。私の鎧を持ってろ。あと兵士達を呼んでこい」

 

 ノーラは提案しながら、脱いだ胴鎧をニコルに押しつけた。

 ヴェントは馬上で少しばかり俯き、一瞬自分の右斜め後方に視線を送って、肩をいからせた後、いいだろうっ、と大声を張った。

 

 

「勝負だ! フォルラザの戦神騎士ノーラよ!! ……だが、俺は将としての貴公と戦いたい! 馬を一頭やろう! 距離は五百歩分からだ!! ……殺す気で来いっっ!!!」

 

 

 ヴェントは自身の豪奢な鎧を外し始めた。

 起き上がった歩兵達がそれを必死に制止しようとするも、ヴェントは意固地になっているのか、構わずにとっとと脱ぎ捨ててしまった。

 ノーラは万が一を考えて鎧を着てもらうように言おうとしたが、やめた。

 一国の王子たる男の覚悟と気迫に、水を差すような無粋はすべきではない。

 ニコルに呼ばれた部隊長以下二十人の兵士達が、ノーラの傍までやってきた。

 

「ノーラ様、何やら面白いことになってきておりますな」

「ああ。久々に、戦神に捧げられる戦が出来るぞ。ただ、できるだけ殺すなよ」

「分かっています。戦神の民の力を、月の国に見せつけてやりましょう」

 

 獰猛な顔つきで笑う部隊長に、ノーラも同じように笑みを返した。

 二十本の棒と共に、一頭の馬がマーブリス側から連れてこられる。

 ノーラは一目見て、それが良い馬だと分かった。

 頬に触れると、馬が掌にすり寄ってくる。

 

「一戦限りの付き合いだ。だが、頼りにさせてもらうぞ」

 

 気力に満ちた眼差しを向けてくる馬。

 ノーラは突き立ててあった旗槍を拾い上げて馬に跨り、戦場の外へと出て刺し直した。

 

 互いの手勢が、距離を取る。

 五百歩分の距離だ。

 こちらは騎兵一騎、歩兵二十人。

 あちらは騎兵二十騎、歩兵二百人。

 

「ノーラ先輩、王子様を殺しちゃダメですよ。マーブリスが敵になっちゃいますからね」

「まあ、善処するさ」

 

 ノーラは兵士達を一本の矢に束ねた。

 先頭はもちろん、自分だ。

 最後尾に部隊長。

 

 相手も陣形を取り始めている。

 二枚の翼を広げ、かつ中央に多く兵を配した、迎撃に特化した陣形である。

 騎兵二十騎は左右の翼にそれぞれ五騎、中央の塊に九騎。

 残る一騎は中央の最奥、ヴェント王子だ。

 

 ドォン、ドォン、ドォン。

 

 あちらの後方より、太鼓が打ち鳴らされた。

 開戦の合図。

 マーブリスの軍は、動かない。

 ただじっと、息を殺して待っている。

 十倍も数で勝るのだから、当然だ。

 突っ込んできたところを、翼を畳んで包囲すればいいだけである。

 しかし。

 

 

「吼えろ獅子達よ! 戦神に、勝利を!!」

 

 

 ノーラの檄に応じて、戦神の軍が吼え猛る。

 馬の腹を軽く蹴った。

 戦場に一本の矢が、放たれた。

 目指すは、左の翼。

 だが、敵は上手く陣形を維持したまま、翼を素早くずらしてきた。

 あくまで中央の本陣で受け止め、包み込むつもりらしい。

 ヴェント王子は、よく兵を鍛えている。

 ノーラは思わず笑み、そして獅子のように吼えた。

 

「おおぉぉぉっ!!!」

 

 馬に意思が伝わって、加速する。

 ノーラは突出した。

 中央の敵兵は皆、棒をこちらに突き出して待ち構えている。

 騎兵が五騎、前方から突っ込んできた。

 左右の翼も囲もうと、一斉に動き出す。

 

「甘いっ!!」

 

 先頭の一騎を下から突き上げて落とし、続く四騎を蹴散らす。

 さらに四騎。

 うち三騎を次々に薙ぎ払ったところで、最後の騎兵が歯を食いしばった。

 馬ごとぶつかってくる。落馬狙いだ。

 ノーラは容赦なく、敵の跨る馬の首を棒でぶん殴った。

 立派な馬が悲鳴を上げてすっ転び、騎手ごと無様に横たわる。

 敵がどよめき、僅かに後ずさる。両翼の動きも、大きく鈍った。

 騎兵を全て片づけた勢いに乗り、ノーラは敵陣に飛び込もうとして。

 寸前で止まった。

 

「ぇっ!?」

 

 敵兵が困惑した一瞬の間に、こちらに向けて突き出されていた木の棒をひと振りで全て薙ぎ払い、再度突撃する。

 携えていた棒は、そのひと振りで砕け散った。

 しかしすぐさま敵の突き出してきた棒を掴み、力任せに大きく振り回す。

 

「うわぁっ!?」

 

 棒を奪われ、何人かを巻き込んで吹き飛んだ兵士。

 明らかに動揺し始めた敵の陣中を、ノーラは得物を左右に振るいながら一直線に駆けた。

 後ろから追いついてきた獅子達の咆哮が、さらに背中を押してくる。

 包もうとしてきた左右の翼は今ごろ、倒れ伏した味方の山に足を取られていることだろう。

 血が騒ぐ。

 群がる敵を撥ね飛ばし、薙ぎ倒し、叩きのめし、棒が砕ければ奪い取り、ひたすらに攻め込んでいく。

 前方の将、マーブリスのヴェントに向けて。

 

「殿下の元へは行かせん!!」

 

 前方の圧力が若干増し、馬の脚に迷いが生じた。

 おそらく近衛兵達だろう。武の気配が一段強い。

 さらに後方からようやく、騎兵が四騎だけ追いついてきた。

 

 ノーラはもう、自分を抑えられなくなった。

 血が燃えている。

 馬の腹を、強く蹴った。

 

「どけ雑魚どもぉっ!!!」

 

 突きかかってきた近衛兵の顔面に一撃を叩き込んで大きく弾き飛ばし、斜め後方から馬を狙った騎兵の突きを掴んで止め、そのまま引き寄せた。

 騎兵は武器を取られまいと、必死にしがみつく。

 しかし、ノーラが力任せに騎兵ごと棒を振り回したせいでその抵抗が災いし、周囲の味方を片っ端から巻き込んで、大きく被害を広げた。

 騎兵は全滅。ノーラの馬は、もう迷わない。

 将の首まで、あと十人。五人。

 

「おおおぉおぉっ!!!」

 

 敵将が武器を振りかぶり、果敢に突進してきた。

 隙だらけの雑魚が。ぶち殺してやる。

 戦神に、勝利を。

 ノーラの思考が血の色に染まり、低く構えた棒を、鋭く突き上げた──

 

 

 ガキッ。

 

 

 阻まれた。黄金の魔力の壁。ヒビが入って消えた。

 それでノーラは瞬時に冷静さを取り戻して、得物を投げ捨てた。

 

「貰ったぁっ!!!」

 

 すれ違いざま。顔面に向けて、横薙ぎの一撃が唸る。

 ノーラはその一撃を裏拳で跳ね上げ、もう片方の拳でヴェント王子の脇腹を殴った。

 

「ぉぐっ!?」

 

 前方に、もう敵はいない。

 模擬戦を眺めていた、マーブリスの兵士達だけである。

 武装こそしっかりしているが、その者達はもう、軍人の顔をしていなかった。

 ノーラはある地点で馬を止めて、後ろを振り返った。

 敵陣を一直線に抜いてきた戦神の兵士達が、追いついてくる。

 皆汗だくで息を乱しているが、二十人は誰一人欠けていなかった。

 

「はぁ、はぁ……ははは。やりましたな、ノーラ様! 戦神に捧げられる、見事な勝利でした!」

「ああ。だが、どうにも熱くなり過ぎたな」

 

 部隊長の称賛に応じつつも、ノーラは自身の赤髪をかいた。

 落馬したマーブリスの第三王子が、這いつくばったまま悶絶している。

 敵兵の多くは倒れ伏し、身じろぎすらしない者や血まみれの者も多数いた。

 その後方では、戦いにまともに関われずに終わった両翼の兵士達が呆然と立ち尽くしている。

 

 死者を出すような苛烈な模擬戦は、かつてのフォルラザでは珍しくなかった。

 しかしこれは大陸西方の大国の、それも王子が率いる軍相手の模擬戦である。

 明らかに、やり過ぎていた。

 ノーラは途中で昂りを制御できなくなった自分を恥じ、兵士達に悟られぬように小さくため息を吐いた。

 

 

「危うく王子殿下までも殺すところだった。礼を言おう、月影騎士よ」

 

 

 ノーラは馬から下り、左方に視線をやって、そう言った。

 久々の戦場で研ぎ澄まされた戦神騎士の感覚が空間の微かな違和を、しかし確かに捉えている。

 

「……ヤバ。さっきのガキんちょといい、あんたといい、何で急に分かるようになったの? 山の中じゃさっぱりだった癖に。戦神の使徒だから?」

 

 まるで垂れ幕が落ちたかのように、フードを目深に被った外套姿の少女が、ノーラの視線の先に突如姿を現した。

 

「そうとも。戦神騎士だからだ。……情けないことに、今までは気づけなかったが。まあ、腑抜けていたなと笑ってくれて構わない」

「笑えないっての。はぁ~……だから『やめときなよ』って言ったのに。ヴェントくんってば、いくつになっても全然落ち着きが無いんだから」

 

 僅かにフードを持ち上げた少女。

 金色の前髪。煌めく碧眼。抜群の美貌。

 人間で言えばまだ十七、八歳ほどだろうか。

 

 

「……戦神騎士、ノーラだ」

「月影騎士、ナギッサだよ。ヨロシク」

 

 

 月の国の最精鋭。

 そのエルフが赤い舌をちろっと出して、ころころと笑った。

 

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